因縁
私は迷っていた。
人混みをかき分けるように着いたフロワーから、どうやって人が少ない場所へ、アデリーナ様と誘ったら良いのかと…
だが思いがけず、そのチャンスは向こうから訪れた。
「シリル様、今宵はダンスよりお話したいのですが…」
その言葉に、心臓がドキンとなったが、気づかれないように微笑み
「実は私もです。アデリーナ様。」
ダンスフロアーから外へ出ると、アデリーナ様は私の手の上から、そっと自分の手を離され、私に向かってその手を伸ばされた。
…私の眼の前に突き出されたその手は…
この美しい方に見合った白く細かった手は…今は人としての形はなかった。
黒い煙のように見えた。
ミランダ姫に見えていたのは…これか?
黙ってその手を見ていた私を、アデリーナ様はクスクスと笑いながら、
「あなたに触れられている手に、神経を集中するのは大変だったわ。」
そう言われて、黒い煙のようになっていた手を軽く左右に何度か振られると、黒い煙となっていた手が…白く細い手へと変わっていった。
怖がりもせず、驚きもせず、黙って変わってゆくその手を見ていた私に
「やっぱり、ご存知なのね。ミランダ姫が私とローラン王を見ていらしたということかしら?」
この方は…やはり…人ではなかったんだ。
「…あなたは…王大后様、王妃様…そしてエイブと同様に…」
「それは違うわ。あの人達は死んだ体から離れて行こうとする魂を結んでいるだけ。だから…何れ腐って行く。」
「不死身だと…エイブは言っていました。」
「そうね。魂を他の体に…そう死んだ体にまた結べば可能よ。でも、それも何れ腐るわ。」
「あなたは…いったい何者なのです。」
「私は…。」
そう口にされたが、クスリと笑い
「私とローラン王は、人して生きている内に、悪魔に体と魂を捧げた者。」
「…それはなんと引き換えに?」
「あら?賢いのね。」
アデリーナ様は笑うと
「時間よ。1000年と言う【時間】と。でも…もう私は800年以上も使ったわ。あの人が…なかなか転生しなかったから…。だから、ここでこの思いを成就させるの。邪魔はさせないわ。」
微笑みながらそう言うと、赤く長い爪を私の頬に押し当て
「そういうあなたは…誰?」
チクッとした…痛みに顔を歪めた私に、クスリと笑い
「ねぇ、ウィンスレット侯爵家の11代前がロイだと知っている?そしてブラチフォード王家の9代前が、ロイの心から消える事がなかったあの女だと……知っているかしら?
ロイがブラチフォード王家の【子孫】ルシアンとして生まれた知った時、神はどこまで私をからかうのかと…笑ったわ。
神はあの女とロイは時を重ねても、その縁は切れないのだと私に言っているようで…可笑しくて堪らなかったわ。
神に仕える身でありながら、信仰を捨て悪魔にすべてを捧げた私が、よほど神様はお嫌いのようで…可笑しくて、
そして悔しくて…。
でもそんな思いも、幼かったルシアン王子を見た時、胸が一杯でもうそんな事はどうでも良いと思った。もう何も考えたくなかった。
ロイがまたこの世にいることが嬉しくて、また…恋をするんだと思うと体が震えるようだったわ。
だけどそんな思いも…19年前だったわ。ウィンスレット侯爵の弟に会った時に、そう簡単じゃないと思い知らされたのよ。
兄を羨む、その心根は卑しくて、話などろくに聞きもしなかったわ。でも…ひとつだけ…気になった。
『兄の子供は女ばかりなので、何れは爵位は私の手に来ると思っていたのに、また姉は腹を大きくしてる。今度男が生まれたら…』
その言葉に…ふと思ったの。もしかして、ウィンスレット侯爵家にあの女が生まれるのではないかと…ね。神はロイを侯爵家から王家にその命を授けたように、今度はあの女を王家から侯爵家に…と。だからあなたが生まれた日、私の手下となった女にメイドとして侯爵家に入り込ませたの。」
アデリーナ様は突然話をやめて、大きな声で笑い出し
「運が良かったわね。あなたの姉のロザリーは…。あなたが遅れて生まれてきたから…ロザリーは殺されなかった。でも…」
赤く長い爪は私の頬を、ゆっくりと線を引くように私の口元へと動き
「でもわからないわ。その浄化する力といい…あなたは何者?どうしてそんな力があるの?でもあの女の生まれ変わりではないはず。だって…あなたは双子だもの。双子はその魂はいつも一緒はずだから…前世も現世もそして来世も双子として生まれるはずだから……だからあの女ではないはず。」
運命とは…おかしなものだと思った。
お父様が侯爵家を守るために付いた嘘は、私を助ける事になっていたとは…本当におかしなものだ。
あの時、双子だとお父様が言わなかったら…私は殺されていたかもしれなかったんだ。
ついている。私はついているのかも…。
ひょっとしたら私に…神様はチャンスをくださったのかもしれない。
そう思ったら、口元が笑みを浮かべたように綻んだ。
アデリーナ様は、私が笑ったように見えたのだろう。
「なによ!」と言って、突然私の頬を張ろうと手を上げられたが…私はその手を右手でしっかりと受け止め、左手で頬から流れる血を拭いながら
「こんな格好ですが…一応女なので、これ以上顔に傷をつけたくありません、どうぞご容赦を…。」
そう言って、笑った。
はったりだけど……笑ってやった。




