王子様とローラン王
「…800年前?」
「前世のお前の話だ。」
前世?いったい何を言っているのだ、ローラン王は…。
落ち着け。ローラン王のペースに嵌るな。
無理やり口角を上げ、俺は笑った。
「フッ…前世ですか?」
「可笑しいか?」
「えぇ、とても…」
そう言って、俺はローラン王の前に立った。
「前世があろうが、なかろうが…ましてや800年前に何があったかなど、どうでも良いことです。」
「重要なことではないと言うのか?ほぉ~」
「例え前世があったとしても…。そんなことに振り回されて、今をしっかり生きることが出来ないことのほうが、問題であり、重要な事だと俺は思います。」
「…良いな。今という時間を生きているお前だから言えるその言葉…私も使って見たかったものだ。」
「えっ?」
急に…ローラン王の姿が揺らいだように見えた。
眼を見開いた俺に…
「私はスミラの息子であるお前が愛おしい半面、あの王の血が入っていると思うだけで、お前を切り裂きたくなるほど…嫌いだ。」
ローラン王は、そう言って、ニヤリと笑った。
愛おしい半面、切り裂きたくなるほど…嫌い…か。
会うたびに…この人の姿は母の姿と重なって見えていた。
頭を撫でられるたびに、男の手なのに、母の細く小さな手を感じていた。
だから…
切り裂きたくなるほど…俺を嫌う気持ちはあったかもしれないが、その気持ちはいつもローラン王の心を占めてはいなかったと思う。そう思いたい。
【そう思いたいから…俺は…】
「では…伯父さん」
俺の言葉に眉を上げたローラン王に、もう一度
「伯父さんの好意を受け取って、行かせてもらいます。決着は…」
「あぁ…待っている。また女に殺られるなよ。結ばれることがなかった甥の恋を、800年経ったこの時代で実らせたいと思って行かせるのだからな…。まぁ、輪廻の輪に乗る公算のほうが高いがな。」
800年結ばれることがなかった恋?俺の…恋?
前世での俺の恋とは…それは…いったい…。
「お前は私が殺る。お前の体に流れるあの王の血をすべて出して、スミラの清らかな血だけがお前の中を満たすために…。」
「ローラン王…。」
【壊れて行くこの人を…】
「俺こそ、悪魔に魅入られたあなたをこの手で…」
【母上、あなたの元に…。伯父上の中に、人としての心がまだあるうちに…】
「伯父上を母の元へ送ります。」
「それも良いな。スミラに会いたいが為に、悪魔に魂を売ったが、スミラにあの世とやらで会えるなら、それでも良いな。」
大きな声で笑い出したローラン王に背を向けて、俺は歩き出したが、ローラン王の視線が、俺をじっと追っているのを感じていた。
なぜ…ローラン王は人を捨てたのだろう?
人に在らざる者になってまでも、ローラン王が求めていたのは…いったいなんだったのだろう。
『スミラに会いたいが為に、悪魔に魂を売ったが…。スミラにあの世とやらで会えるなら、それでも良いな。』
ローラン王が言った言葉を思い出し、走りだそうとした足が止まった。
まさか…ローラン王は…母を?
頭を大きく横に振った。
今は…今はシリルだ。
記憶を失っている俺にとっては、どれほど重要な人間なのかはわからないが…あいつを死なせたくない。
あいつだけは死なせたくない。
絶対死なせたくない。
「ルシアン!」
ローラン王の声に立ち止まって、俺はゆっくりと振り返り、ローラン王を見た。
「お前もすぐに知るだろう。なぜ私が悪魔に魂を売ったのか…シリルの亡骸を見たらな。」
「シリルは死なせない!」
ローラン王は楽しそうに、口元は緩めると
「早く思い出してやれ。そう強く、それも必死に、お前から【シリル】と呼ばれていたら、少しばかり可哀想だ。いや…今思い出すより、シリルの亡骸を見て、すべてを思い出し、私と同じ道を選ぶのを見るほうが一興だな。」
俺の顔を見て、グラスを掲げ
「行け。健闘を祈っているぞ。」
何を考えておられるのか…わからない。
ただ思い出せないものは、とてつもなく大事なもので…そこに…俺のすべてがあると言うこと。
そして、その中にシリルがいるということだけ。
ならばやることはひとつ。
シリルを死なせないことのみだ。
そして…前世に、過去に、囚われた人達の因縁を断ち切るために…俺は
引導をあなたに渡すために、必ず!戻ってきます!」




