その視線の先に…。
「シリル叔父様」
可愛い声が、嫌味っぽく聞こえたのは気のせいではない。
相当怒っていらしゃるようだ、困ったなぁ…。
そう思いながらも、恨めしそうに私を見る大きな眼に、思わず口元が緩んだ。
それがまたお気に召さなかったのか、可愛い顔はムスッとした顔へと変わり
「今日は一段と男らしくてカッコ良いですわね。シリル叔父様」
怒りたくもなるか…。
でも…私は…。
*****
ルシアン王子、ミランダ姫、お父様の4人でローラン王を引きずり出す計画を立てた2日前のあの日。
ミランダ姫は、大きな声で言われた。
『私!侯爵の孫になるわ!』
突然の宣言に、みんなが戸惑う中
『ローラン王は私の力を知っているから、いつも私を避けていた。そんなローラン王に、私が参加する夜会に出てくるはずはないわ。きっと(それは良い)とか言いながら、結局はドタキャンすると思うの。だから…』
『おぉ、だからお得意の変身ですな!』
お父様の声に、ミランダ姫は満面の笑顔で頷かれ
『そうすれば、侯爵が私の側にいてくれてもおかしくないわ。』
『なるほどそれは良い案ですな!!』
ミランダ姫は…お父様から視線を私に移すと神妙な顔で
『でも…私ぐらいの子供は、だいたいが母親と一緒だわ。でも危険な仕事だから、そうそうに、母親役を頼めない。』
言われる…間違いなく言われる。
動揺する私をしっかりと見られると
『でも…ロザリーなら剣の腕も、古武術も一流だから…どうかしら?ロザリーに頼むのは?侯爵の娘だし…。』
そう言って、回りとぐるりと見渡すと
『姪の面倒を見るために、ロザリーが出席にしても変ではないと思うんだけど。』
幼いとはいえ、頭が切れるミランダ姫は、私が本来の女性の姿で夜会に出れば、ルシアン王子の記憶が戻ると考えておいでであったのだろう。
でも、私は陛下の部屋と屋敷が繋がっている話を聞いた時、記憶の片隅にあった出来事が、突然映像となって、目に浮かんだ私は、何も言えなかった。そんな私をミランダ姫は黙って見ていらしたが…
その夜、私を呼んで言われた。
『ロザリーが、なにを考えているのかはわからないけど…約束して!逃げないで!叔父様から逃げないで!きっと、叔父様はロザリーを思い出すはずよ。あんな熱い目をして、ロザリーを見ていた叔父様だもの。絶対思い出すわ。だから…ドレスを着て夜会に出て。お願い。』
ルシアン王子の記憶の中に、私がいないと気が付いた時…、ルシアン王子を、そしてミランダ姫をお守りできればと良いと…そう思った。
そう思ったのに…。
私は、嵐の中で翻弄される小船だった。
ミランダ姫の言葉に心が揺らぎ
私を思い出してくださったら…
またあの赤い瞳で見つめてくださったらと思うと…また揺れた。
好きだから、ミランダ姫の仰るとおり、ドレスを着た私をルシアン王子がご覧になったら、もしかして…もしかして記憶が…と思うと揺れ動く心をとめることが出来なかった。
でも鏡に映った自分の顔は、青褪め震えていた。
期待に心が震えたのではない、怯えているただの女性の顔。
記憶の片隅にあった出来事に、大きく心を揺らす女性の顔だった。
怖い。
また…
同じことを繰り返すのではないのだろうかと思うと……怖い。
ましてや、記憶の片隅にあった私とルシアン王子は…恋人だったが、この現世では…私は主君であるルシアン王子に仕える騎士。
前世とは…違う。
今の私とは立場も状況も違うんだ。
ルシアン王子の記憶が戻られても…
アデリーナ様とのご結婚がなくなったとしても…
何れは、ルシアン王子は国の為に動かれるだろう。
強靭な国を作る為には同盟を、そしてその為に婚姻はある意味当たり前だ。
私とルシアン王子の未来は、一緒ではない。
前世で私が愛する人を追う事を選べなかったように、現世でルシアン王子が私を選ぶことは出来ない。
思い出されても、この関係が変わる事はないだろう。
なら、そんな危険を侵す必要などない。
私とルシアン王子の未来は見えないのだから…
寧ろルシアン王子が私を忘れていらしたことが、幸いだったのかもしれない。
『俺もこの恋に足掻いてみたい。』
この場面を何度も思い出して、泣いてしまうだろうなぁ……と思っていた。
その時、溢れる涙は幸せだとは、限らない。
悲しくて、辛くて…心から血が流れるような涙かも知れない……と思っていた。
それが…本当になってしまった。
床に落としたルージュを拾うと、引き出しにしまい、唇を色づかせていたルージュを手で拭った。
こんなところで、足踏みをしていたらすべてを失う。
あのアストンがいるのだ。きっとあの男はここに来る。
あの男が動揺する私やルシアン王子の隙を見逃すはずなどない。
迷うな!
ふたりの主君を守るのが何より大事
これが現世の私の幸せなのだから迷うな!
*****
数刻前の出来事を思い出し、小さく息を吐き、私はミランダ姫の頬にキスをすると、その耳元に
「アストンの所在がわからない今、ロザリーの姿では戦えません。」
そう口を開いた私に、ミランダ姫は俯かれ
「でも…嫌なんだもん。こんなの嫌なんだもん。叔父様とロザリーがこんな形になるのは嫌なんだもん。」
ミランダ姫の頬に流れる涙に、もう一度キスをした。
「約束を守る事ができなくてすみません。」
私の言葉に、ミランダ姫は唇を噛んで、また零れ落ちそうな涙を堪えられると
「暴いてやるもん。」
「…はい。」
ざわつき始めた広間に、私の声が掻き消され…時が迫った事が分かった。
いよいよだ。
ミランダ姫は俯かれたまま、もう一度私に
「必ず、勝つわよ…シリル」
この幼い姫も…腹を括られたのだ、だから私も…。
今度は広間のざわつく声に掻き消されないように、大きな声で言った。
「…御意。」
ルシアン王子、アデリーナ様…そしてローラン王がお見えになった事を知らせる先触れの声が、扉の向こうから聞こえ、ミランダ姫は顔を上げられると、子供とは思えぬキツイ眼で前を見られた。
その視線の先の扉を、私もミランダ姫と同じように見つめ、右手を握り締めた。




