もうひとつの人生。
本当に…この格好で行くの?
私は鏡に映る私に言った。
あの日以来の青いドレス。
あの時は…浮かれていた。
初めてドレスを着ての仮面舞踏会。
初めて女性のパートを踊れると、徹夜で練習したんだった。
でも…
手に持っていたルージュが、花柄のカーペットの上に落ちていった。
*****
あの日、お父様が揃うと、ルシアン王子は言われた。
「2日後、夜会を開く。」
夜会…?なぜ…こんなときに夜会なのだろう?
お父様やミランダ姫が目を見開く中、ルシアン王子はまた言われた。
「アデリーナを城内にいる者に、婚約者として紹介するために夜会を開こうと思う。」
声が出なかった。
呆然としてしまった私の代わりにミランダ姫が
[ま、待って!おばあ様達がおじい様を襲ったのよ。それも異様な姿で…。城の者はそれを見たのよ!そんなときに婚約者を紹介だなんて…あり得ないわ!」
「城の者達は、化け物に陛下が襲われそうになった事は知ってはいるが、それが王大后と王妃だと思ってはいない。」
「それって……」
「あぁ…顔の判別ができなかった。だからあのドレスと宝石を見て、王大后と王妃だと思ったのだ。」
ルシアン王子の言葉に、「お可哀想に…」と呟かれ、ミランダ姫は両手で顔を覆われた。
「ミランダ…」
労わるようにミランダ姫の名前を呼ばれたルシアン王子に、ミランダ姫は頷きながら「大丈夫」と仰り、顔を上げられ
「叔父様は人質のようにローラン国に連れて行かれて、有無を言わせず結婚させられる予定だったから、妻となられる方をこの国の者は、ううん…子供とはいえ、姪の私でさえもその方の顔を知る事ができなかった。確かに…良い案だと思うわ。アデリーナ嬢を紹介したいと言えば、ローラン王は夜会に出席せざる得ないものね。」
ミランダ姫の視線を感じたが、その視線から逃げるように、私は眼を伏せた。
「罠を仕掛けるのね。ローラン王に…」
「俺は、ローラン王に罠を仕掛けるつもりで言っているのではない。ましてや、人質になった覚えもないぞ。」
「まだ、信じているの?あの…王様を…」
ブスッとした声に、ルシアン王子は困ったように笑うと、人差し指で軽くミランダ姫の額を弾かれ
「アデリーナを皆に紹介したい気持ちは本当だ。だが…」
そう言って、ルシアン王子はミランダ姫を抱き上げると
「だが、なによりも…。ローラン王とアデリーナの疑いを晴らしたい。」
「…今は…」
「今は…?」
「そう、今はいいわ。でも…必ず叔父様の頭の中に植え付けられた紛い物を…引き抜いて見せるから!」
ミランダ姫のその言葉に、ルシアン王子は笑いながら
「お前にだけは…俺が好きになった人を認めて欲しいんだけどな。」
「…認めるわ。本当に、本当に叔父様が好きになった方なら認める!」
「……ミランダ?」
ルシアン王子は愛しそうに眼を細め、微笑まれると
「焼き餅か?」
「はぁ~?!」
「お前は俺にべったりだったからな。」
「それは!叔父様が妙なところが抜けているから心配だったからよ!!」
「まぁ…そういうことにしてやろう。」
「もう~!!」
ルシアン王子が大きな声で笑い、そしてお父様は微笑んでいらしたが…でも、私は気になることがあって、笑みを作ることができなかった。
気になること…それは…
なぜ、今になって陛下を襲ったこと。
陛下が倒れられて、もう数年の月日が経っている、狙う機会は何度も合ったはずなのに、今までに一度もなかった。それが…なぜ?今になって…なぜ?
なにかがあるはず。今陛下のお命を狙う理由が…。
「ルシアン殿下。私は心配です。長い間眠っていらしている陛下をなぜ…今頃になって、それも王大后様と王妃様を使ってまでも、陛下のお命を狙ったのでしょうか?今、陛下を狙わなくてはならない理由があるのでは?もし、私の考えが当たっていれば…また陛下は狙われます。ですが…あの部屋で、どうやって陛下をお守りしたら良いのでしょうか?」
数百年前、たった一人の職人が十年かけて作った陛下の寝室は、城の2階の端にあり、外からの進入を防ぐためか…登るにつれ角度が増し、しまいには垂直近くまで角度があがっている。
そして出入り口はひとつ。
確かに敵の侵入は防げるが、味方の応援は望めない。
出入り口を数十人で守っても、相手が…あの修道女と呼ばれる者なら…いくら多数で守っても…守りきれるのだろうか?ましてや剣を使う可能性が大なら、部屋の中は数人しか入れない。それが部屋の中で戦うセオリー。ギュウギュウ詰めで兵士を入れれば、剣を使うことは危険だからだ。
魔法が使える者と一流の剣士がいれば…。
あの修道女とアストンなら…。
陛下の部屋には侵入されそうだ。
そうしたら…勝てるだろうか?
唇を噛む私に、ミランダ姫が
「それは侯爵が、一番良い方法を知っているわ。」
私は慌ててお父様をみると、お父様はミランダ姫の言葉に唖然としていらしたが、その口元がゆっくりと笑みを作ると、深く頭を下げられた。
「ご存知でいらっしゃるのですね。」
「一応、この国を治める次の君主は私だもの。」
「さすがでございます。姫は…」
「どう言う事ですか?!」
お父様の言葉が終わる前に、私はたまらず声をあげると。
そんな私に、ルシアン王子は
「王家とウィンスレット侯爵家の結びつきは、お前が思っているより、もっと深くて強いのだ。」
「えっ?」
「あのね。おじい様のあの部屋は、ウィンスレット侯爵の屋敷と繋がっているの。」
「えっ?!!」
陛下の寝室と屋敷が繋がっている?
あっ?!
「だから…だから、あの日父上は…陛下のお部屋に…」
「そうだ。ミランダ姫をお救いするために、お前と殿下が向かわれた。そうなると城は…無防備だ。陛下を狙う者にとっては好機。あの秘密の通路が作られてから数百年、使ったのは…私が最初だろうな。」
「でも…なぜ?」
私の問いに、お父様は少し困ったように笑われると、その様子を見ていたミランダ姫が仰られた。
「昔ね、うちの祖先にあたる王女と、ウィンスレット侯爵家の次男ロイが恋をしたの。でも…当時は建国したばかりで、ふたりが結ばれることは難しかった。ところがね、反対されればされるほど…燃え上がちゃって、ふたりはある職人に頼んで、城と侯爵家を繋ぐ通路を作ろうとしたのよ。」
「えっ?そんな…」
「でも、通路ができあがる前に、隣国と戦争になりロイは戦争に…そして行方不明。でもうちの祖先は諦めが悪くて、ずっとロイを捜して、ようやく見つけたの。だけどロイは記憶を失ってて、他の女性と結婚する寸前だった。どうやって記憶が戻ったのかはよくわからないけど、記憶が戻ったロイは、反対に今度は…結婚する予定だったその女性のことも含めて、行方不明になっていた期間のことを忘れてしまったの。だから…」
「だから…?」
「…どうなったのですか?」
私の声に、ミランダ姫は微笑まれると
「あくまで言い伝えだから、どこまでが真実かは不確かなんだけど、その女性は神に仕える者だったらしいわ。信仰を捨ててまで、ロイが好きだったのね。だから行き場を失った恋は凶器となって…」
「…ロイは…その女性に…殺されたのですか?」
「…言い伝えでは…その女性は王女を狙ったんだけど、ロイは王女を庇って…亡くなったと…。」
眼の前に突然…黒い服を着た女性が、何度も頭を振りながら、真っ赤に染まった両手を見ている姿が見えた。
そして、誰かが私を抱きしめている。
『・・・!!』
私が叫んでいる。その人の名前を…泣きながら呼んでいる。
でもわからない、その人の名前を呼んでいるのに、私の耳は、その人の名を呼ぶ私の声を拾おうとはしない。
なに…これは…いったい…なに?
その人は荒い息を吐きながら
『相変わらす…大きな声だな。』と言って、フゥ~と息を吐くと、私の唇の上で『…愛してる。』と囁くように言って、ゆっくりと眼を閉じて行く。
心臓が大きな音をたて…唇が言葉を、またその人の名前を叫んだ。何度も泣きながら叫ぶような声は、はっきりと言えていないのに、私の耳はその声を…その名前をようやく拾った。
「……ロイ…」
「…?」
「どうしたのだ?」
「ロザリー?!!」
この記憶はなんなのだろうか?
私は…いったい…
それから後はよく覚えていない。ルシアン王子が、ミランダ姫が、そしてお父様が、なにか言われたが、聞こえているのに、心だけがどこかに行ってしまったようで、私は人形のようになっていた。
*****
鏡に写った泣きそうな自分の顔…
すべてではないが…私の中でもうひとつの人生があったことに気がついた。
あの日私は…いや前世の私は愛する人を失い、そして彼女はロイを刺した剣を自分の喉に突き刺し…ロイを追ったが、でも、私は…彼女のようにあの人を追う事は出来なかった。
後を追おうとした私を止めたのは、私を国から追ってきた騎士の声だった。
『陛下が…王太子様が…戦死されました。姫!どうか国に戻ってくださいませ。このままだと、国はバラバラになってしまいます。上に立つ方が必要なのです!どうか…姫!』
ロイ…。
私は…今、あなたの下へは逝けない。
ロイ…。私は逝けない。
前世の記憶が私を責める。
これ以上、愛する人を追えば、また悲劇が起こると…
だから…追うなと言っている。
もう…なにがなんだかわからなくなっていた。




