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王子様と過ごした90日間  作者: 夏野 みかん
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小さな針。


「叔父様!」


「殿下!」


片膝を床につかれたルシアン王子は、

「…大丈夫だ。」


そう言われて、頭を軽く振り…また「…本当に大丈夫だ。」と言われると、テーブルに手を置いて立ち上がられた。




大丈夫なはずはない。



ルシアン王子の青褪めた顔に、すべてが後手に回っていると思った。

だけど、どうすればよかったのだろう?

いや…これから先、私はどうすればふたりの主君を守って行けるのだろうか?



手の平に爪が食い込むほど握り締めていた手に、ミランダ姫の手が重ねられ「ダメ」と、ひとこと口にされると、今度はルシアン王子に向かって


「この眼で…ローラン王の心を見たいの。そして…そのローラン王が決めた叔父様の婚約者も…。」


ミランダ姫の言葉に、眼を見開いた。


アデリーナ様とお会いした時感じた、体の芯まで冷えるようなこの恐怖は、スミラ様に似ていらっしゃることで、ルシアン王子の心が、変わってしまうかも知れないと思う…怖さからだと思っていたが…




でもどこかで…、心のどこかで、私も思っていた。


もしかして…と




「…アデリーナは…」


口を開かれたルシアン王子は、無表情な顔でミランダ姫を見つめられて、「彼女は…違う。」そう言われた。



「どうして?どうしてそう思うの?」


「…青い瞳…青いドレス…。」


「えっ?叔父様?なんて仰ったの?」



ルシアン王子は抑揚のない声で

「仮面舞踏会の日、花影草の毒と腕の傷で意識が朦朧としていた俺に…アデリーナが『医者を呼ぶなと仰るのなら、殿下の右腕は、私に止血させてください。』……と、そんな彼女が…敵だとは思えない。」




チクッ


小さな痛みだったが、心に針が刺さった気がして、私は顔を歪めた。




どうして…あの日の記憶が…私からアデリーナ様になっているのだろうか?

思い出が…私を支える思い出がひとつひとつ…消えてゆく。



重なっていた小さな手が、私の手を力一杯握り


「婚約者を信じている今の叔父様に何を言っても無駄ね。でも…叔父様は信じてやらないといけない人を忘れているわ。」


「えっ?」


「私の騎士よ。『申し訳ありません。姫が何れ女王となられる日を見る事は叶わないかもしれません。』って、言って部屋を飛び出し、死ぬ覚悟で叔父様を助けに行ったの。」


「俺を…助けに?!」


ミランダ姫は頷くと

「例え、叔父様を助ける為とはいえ…死ぬなんて……絶対許さない。私だって…叔父様を守る秘密組織の一員なのに!一緒に戦うつもりなのに!ムチャクチャ腹が立ったわ。」


「秘密組織…?」


ルシアン王子のキョトンとした顔に、ミランダ姫は両手をルシアン王子の両頬に置くと

「私が…ううん、叔父様を守る秘密組織が、叔父様を、そしてブラチフォード国も必ず守るわ。これ以上、魔女たちに好き勝手にさせない!」


その言葉に、ルシアン王子の無表情だった顔に柔らかい笑みが浮ぶと、ミランダ姫の手に自分の手を重ねられ

「俺には…こんなに力強い味方がいたとは…。秘密組織のメンバーは誰なんだ?」


ミランダ姫の両手は、ルシアン王子の首へと…まるでルシアン王子を抱きしめるようにまわると


「隊長の私でしょう。そして侯爵と…ロザリー。」


そう言われて、ルシアン王子の赤い瞳を覗き込むと

「きっと思い出すわ。なぜ…ロザリーなのか…」


「ミランダ?」


ミランダ姫はにっこり微笑まれると、私へと視線を移し

「作戦会議よ。侯爵を招集して!」



きっと…この方は生まれながらの君主なのだ。

私は「はい。」と言う言葉しか出て来なかった。





「い・だ・い~!!」




突然、ミランダ姫の篭った声に、慌てて顔をあげると、ルシアン王子に鼻を摘まれたミランダ姫がいた。

ルシアン王子はミランダ姫に…そして私に微笑まれると


「何れはおまえはこの国の女王だが…今はまだ幼き王女だ。」


そう言われると、また優しい顔で


「戦いは…男に任せろ。シリル!」


「は、はい!」


「侯爵を呼んでまいれ。」


「ミランダ。俺はローラン王が、お前やシリルが言っているような方だとは思えない。だが、お前たちが俺を謀ることは…それ以上に思えない。だから、はっきりさせよう。お前とローラン王が会える様に、それも…ごく自然に…。」


ミランダ姫は少し赤くなった鼻をさすりながら

「望むところよ。私の大事な叔父様の記憶を操作し、この国に暗雲をもたらした罪は償った貰うから!」




…この国は安泰だ。



静かに頭を垂れた私に、おふたりの声が重なって聞こえた。




「ロザリー!」


「シリル!」



ミランダ姫の【ロザリー】と呼ぶ声に

ルシアン王子の【シリル】と呼ぶ声に


私はただ…

「はい。」と答えた。



シリル…か…。ルシアン王子が、私を呼ぶ声はまた私の心に小さな針を突き刺した。



…小さな、そう小さな針だ。

痛くなんかない。

そう…痛くなんかない。



わかっている。


小さな針だがそこに何本も、何十本も、そして何百本も刺さったら、どうなって行くのかわかっている。



でも気づきたくない。



眼の前のふたりの主君が、生きていらっしゃる。

その事が大事。





私は…シリル。




ロザリーは田舎の領地へと…帰ったんだ。そう…そしてもう二度とこの王都には戻っては来ない。




「もう~!!。やっぱり今!今、思い出して!!!」



ミランダ姫はそう言われて、ルシアン王子の頭をポカポカと殴られた。



私はその様子を見て……俯いた。




チクッ。


また針が刺さった。



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