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王子様と過ごした90日間  作者: 夏野 みかん
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王子様の記憶。

ミランダが俺を睨む事など……なかった。

ましてや…ミランダがこれほど慕う者などいなかった。



それほど、このシリルとミランダは親しかったのか…



いやそれだけではないようだ。


俺がシリルを知らないということに、ミランダは血相を変え、そしてシリルは…今にも泣きそうにくらい顔を歪めている。



俺もシリルと親しかったのだ。



そう思ったら、シリルの襟首を締め上げていた両手に自然と眼が行き、唇が「…すまない。」と言っていた。



「殿下は…私に関する記憶がないのですから、私を不審な者と思われたのは当たり前です!どうかそのように、謝らないでください。」


「シリル…。」



それほど俺に忠誠を誓う者を、どうして俺は忘れてしまったのだろう。



この少年がこの部屋に入った来た時、清廉な空気を感じた。

ひどい頭痛と嘔吐感が、この少年の持つ空気を感じて嘘のように治まり、ようやく俺は現実に戻ってきたような感じがしたのに…それなのに俺の心は…どうしてシリルを忘れているんだ。


くそっ!!なぜ忘れている。



すごく苦しかった、胸が引き裂かれそうなくらい苦しくて、助けを、いや許しを求めるように青い瞳に…


「……忘れて、お前を忘れてすまない。」


シリルは眼を見開いたが、嬉しそうにほんの少し口元を緩めたが、頭を横に振ると


「私の父も…ウィンスレット侯爵も母を忘れております。」


「侯爵夫人を…?!あれほど…想い合う夫婦が…」


「はい。おそらく…殿下と同じように、陛下のお部屋で何かされたのだと思います。」


「修道女と呼ばれていた…魔女のせいよ!叔父様!」


「ミランダ!」


「お願い。私をローラン王に会わせて!その魔女を引きずり出すわ。私の大事な人を泣かせる人は許さないんだから!」


「殿下、どうかお願い致します。この命に代えても、必ずミランダ姫をお守りいたしますから、どうか…」



侯爵と俺は…誰かになにかをされ、一部分だけ記憶を失っているとしたら、そんなことが出来る輩との戦いに、ミランダを巻き込むのは躊躇う。



なにかが…蠢いているのはわかる。

俺が意識を失っている間に、なにかが変わっているのもわかる。

それがなんなのか知るためには、待っているだけは行かないこともわかっている。


でも、危険だ。ミランダを表に出したくはない。



「叔父様!」



…だが…俺の姪はやる気満々のようだ。


ふう~、腹を括れというのか?俺にも腹を括れと…



「殿下…。」シリルの静かな声もどうやらそのようだ。


やらねばならないようだ。

このふたりに言われたら、誰も断れないだろうな。



だが、俺にはローラン王がそんなに恐ろしい方だとは思えない。いや、思いたくない。



もしシリルの言う通りだったら…


俺は母の兄を切ることになる。そうなれば…ローラン国との戦争へとなってゆくだろう。

母が生まれ育った国を、俺は血で染める事になるのだ。


そうあって欲しくない。



「…私にやらせてください。」


突然、シリルはそう言った。

俺の心を読んだような返答に、俺は唖然とした顔でシリルを見ると、シリルはまた言った。


「ローラン王を切るお役目は…私に」


「…シリル!!」


「殿下が躊躇されるのは、ご生母様の兄上と言う事と、ローラン国との争いは避けられなくと言う事だと思います。だから私が錯乱し、ローラン王に刃を向けた事にしてください。」


「何を!何を言っている。」


「気が触れたひとりの剣士がやったことにしても、ローラン国が簡単に納得するとは思えませんが、でも、争いを避けるためには、それが最良かと…」


「バカな事を!!わかっているのか?例え、気が触れたものがやったとしても、ローラン国を納得させるためには、お前を差し出さねばならないのだぞ!」


「ですが!殿下がローラン王に刃を向けてはなりません。王家の人間がやれば…戦争です。そしてなにより…殿下のご生母様の兄上で在られるローラン国王を切られるとなると、事態はより複雑になります。」


「シリル。そこまで…読んでいるのか。」


「ローラン国王には、お子様は居られません。今でも、次の国王はどうするのかと、喧々囂々(けんけんごうごう)の議論を行っていると聞き及んでおります。ですが…ローラン国王の兄弟の方々は残念ながら、人の上に立てるような方々ではありません。世継ぎを願う重臣達が、愛妾の方を次々と後宮に入れて居られるようですが…今もって良い知らせはないようですし。…となると…ローラン国の血を引かれる殿下が、もしローラン国王を殺めることになったら、ローラン国を狙っての事だと思われるでしょう。ましてや、ローラン国の中にはルシアン殿下を押す者がいると聞き及んでおります。」



俺の血の半分はローラン国。そしてこの黒髪と赤い瞳は、ローラン国の王家に多い色だ。

確かにシリルの言うように…ローラン国の民や貴族は、そう思うかもしれない。


……そうなれば内乱は避けられないだろう。


母の国を…血で染めたくはない。




だが…



だからと言って、主君とはいえ、襟首を締め上げている俺に刃を向けず、己の腕を刺すことで意識を保つ事を選んだ…この忠臣をどうして犠牲などできるか!


「せっかくの申し出だが…お前を差し出す選択は俺にはない。」


「で、殿下?!」


「思いたくはないが……もしローラン王がお前の言っている通りならば…俺がやる。」


「でも!!」


「そのときは…俺の背中をお前に預けたい。」



「*%#”&*」


ミランダが言葉にならない声を上げ、突然泣き出し。


そして…


シリルの青い瞳が、大きく見開き…大粒の涙が零れ落ちていった。



その涙の美しさに…息が止まりそうだった。


俺は…前にも…そうだ、前にも同じ事を言った気がする。







彼女を失いたくない。

だが、彼女だけを守る事はできない。

そして…彼女だけを愛することができない。

そんなジレンマに、きっと一生苦しむかもしれない。


…だから…


だから、せめて…



俺はお前に命を預ける。

誰も信用できずに預け切れなかった俺の背中を…お前にだけに…愛しているお前だけに…



『俺の背中をお前に預ける。』





…今のは?



『足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。』



俺は…誰にそんな言葉を…



『…私はルシアン殿下をお慕いしております。』


そう言った女性が…いた。


「ロ…ザ…リー?」





「殿下?どうなされました?」


「叔父様?!!」






意識が…


遠のいてゆく…







『修道女様は俺の命の恩人です。恋人とこうして、生きて会えたのも修道女様のおかげです。ありがとうございます。』


『…私を…忘れたの?…ロイ。』



誰だ?

いったい…この記憶はなんなのだ。

ロイ?…俺を呼んでいるのか?





『神よりも、あなたを選んだ私をどうか愛して。』


『愛してる…アデリーナ。』







意識が暗闇に落ちる前に見えたのは…黒い修道服姿の女だった。


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