なかった出来事。
「右に…刃先が…」
そう、もう一度言われて私を見られた。
…右。
その意味するところは、もうわかっておいでだろう。
だからあえて、それ以上何も言わずに、ルシアン王子の言葉を待った。
赤い瞳が私を探るように見ている。
つい数時間前まであの赤い瞳には、私に対する信頼があったのにと思うと…
キツイ。
私のことを忘れられたのだから、仕方ないと思っても、私が何を考えているのか探るような眼は…
本当にキツイ。
忘れられても好きだから…
だから、この方を守りたい。この方が愛しているものすべてを守りたい。
そう思っていたのに、また心が揺れる。苦しくて、張り裂けそう。
張り詰めた空気に耐え切れず、胸に手を置こうとしたときだった……空気が変わった。
「……嘘だと言うのだな?」
ようやく、ルシアン王子が重い口を開かれた。
「はい。」
「ならば嘘をつく理由は…」
「ローラン国王が黒幕だからだと、私は思います。」
私の言葉にルシアン王子は眉を顰められ、あの時と同じように 赤い瞳が私に問いかけるが…そこには信頼も愛情の欠片も感じない。
やはり…ローラン国王のほうが、私より信用できるのか…。
ルシアン王子とて、わかっていらっしゃるはずだ。ローラン国王の首に傷をつけた者は、左手でやったものだと、それは右利きである王太子様にはできない事なのに、私を信じるより、不自然な行動のローラン国王のほうが信じられるとは…悲しい。
でも!でも諦める訳には行かない。
このままだと……
このままだと、国は…ローラン国に潰される。
「殿下!では!!ミランダ姫に力を…あっ!…ぁ」
ぁ…ぁ…信用がない私が言えば、よりルシアン王子に不審を抱かせるだけなのに…思わず口にしてしまった。
口を押さえ俯いた私に、探るような視線が、冷たい視線に変わったのを肌で感じる。
失敗した。
ローラン国王はミランダ姫の力を知っているはず、だからエイブにミランダ姫を殺すように命じたのだ。エイブが失敗したことはもうご存知だろう。同じ城の中にミランダ姫がいるのは…ローラン国王にはかなり目障り。
必ずまた…ミランダ姫は狙われる。
ミランダ姫を隠すことが良いと思っていたが、お父様、そしてルシアン王子が記憶を消され、黒幕であろうローラン国王を信用されているこの状況を打開するためには…ルシアン王子の中にあるローラン国王の信用を壊さなければならない。
相反する事だが…
ミランダ姫の人の心を色として見る力で、ローラン国王の心の内を見て頂ければ…状況は必ず変わる。
でも、それはミランダ姫にローラン国王に会って戴くということだ。
だが今、私のことを信用どころか、覚えてもおられないルシアン王子に、ミランダ姫の力を知っている事や、ましてやローラン王を黒幕だと言い切ったこの口で、ミランダ姫と会って頂たいと言っても、その意図はわかってもらえないのに…。
口を閉ざし、下を向いた私の耳にルシアン王子の低い声が聞こえた。
「ミランダ?ミランダの力と言ったな…。」
ルシアン王子はそう言って、私に一歩近づくと私の襟首に手をかけられ
「お前は…何を言いたい。いや何を知っている。」
「うっ…」
首が絞まり、思わずもれた声にも、ルシアン王子は動揺もされず
ルシアン王子が私の襟首を締め上げ、もう一度
「ミランダの何を知っている!」
何も言えなかった。
今のルシアン王子には、私の口から出る言葉など信用してもらえないだろうと思え、悲しくて…締め上げられる襟首に抵抗する事ができなかった。
襟首を締め上げるほど…疑われているのか…。
でも、ここであきらめて、失神するわけにはいかない。
私が意識を失えば、それだけローラン国王の企みは進む。それは…絶対させない!
意識を失うことはできない。だったら…これしかない。
私は腰に隠している針のように細い剣を出し、自分の腕を刺した。
「うっ……」。
ルシアン王子が大きく眼を見開き
「…おまえ…どうして俺ではなく、自分の腕を…」
「…主…君の…腕…は…させま…せん…。」
「おまえ…」
ルシアン王子の手が緩んだその時…
ガタン!!と扉が大きな音を立てて開き
「姫様!!お止めください!!」
と叫ぶ女性の声と同時に、誰かが飛び込んで来た。
その人は部屋の様子を見て、真っ青な顔でルシアン王子へと、穿いていた片方の靴を投げて叫ばれた。
「叔父様のバカ!!」
「ミ、ミランダ…」
驚いたルシアン王子の手が私の襟首から離れ、私は咳き込みながら、その場に座り込むと、ミランダ姫を追い掛けてきた侍女のキャロルさんが、私の横に座りルシアン王子に訴えた。
「も、申し訳ありません!シリル様にどなたも姫様のお部屋に通さないようにと言われて、扉の前で立っておりましたら、姫様が窓から…も、申し訳ありません!」
「キャロルは悪くないわ。…罰したいのなら私にして。」
ミランダ姫はそう言って、ルシアン王子を睨まれ背中越しにキャロルに
「キャロル、ごめんなさい。」
その声に、キャロルさんは涙を浮かべ
「…そのお言葉だけで…」と言って、微笑むとお辞儀をして出て行った。
ミランダ姫は振り返ると、キャロルさんの出てゆく背中を見ながら
「…どうして?!どうして叔父様が?」
そう言って、ミランダ姫はまた靴を脱いでルシアン王子へと投げつけようとされたが、頭を横に振り、その靴を抱きしめ
「どうして!叔父様はロザリーにそんな酷いことをなさるの?」
何を言われているのかわからないルシアン王子の呆然とした顔を見た私は、
「…ミランダ姫。ルシアン殿下は…記憶がないのです。」
「えっ?」
「私に関するすべての事柄を忘れていらっしゃるのです。」
「…ロザリーがシリル…」
「はい。すべてです。」
「ひ、ひどい!ひどいわ、叔父様!ロザリーを…忘れるなんて…好きな人から忘れられたロザリーはどうなるの!」
ミランダ姫は、泣けない私の代わりに泣いて下さっている。
例え、ルシアン王子が私のことを忘れなくても、この思いが叶うことは厳しいことはわかっていた。
でも、叶わない思いでも、あの時感じたドキドキと鳴る心音が…
『足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。』と言われたあの言葉が…
私とルシアン王子の心の中にあれば、その思い出だけで、私は前を向いて生きてゆけると思っていた。
だけど…ルシアン王子の心の中では、それはなかった出来事なんだ。
それが一番悲しい。
つらいな…。
でも、私は忘れない。私だけは忘れない。
忘れられても、この方が好きだから…
この方を守りたい。
この方が愛しているものすべてを守りたい。
だから…
泣きじゃくるミランダ姫の前に跪き、ミランダ姫を抱きしめるとその耳元に
「ミランダ姫。私に話をさせてください。」
そう言って、ミランダ姫を抱き上げ、ルシアン王子へと振り返り
「殿下。ミランダ姫は、私と双子の姉ロザリーの名前を混同される時があります。」
その言葉に、抱きしめていたミランダ姫がビクッと体を振るわせられた、その背中を撫でながら
「姫、どうか…私に…」と言って息を吐くと、呆然としたまま、私とミランダ姫を見ている赤い瞳に
「ミランダ姫が仰ったのは…ロザリーが殿下をお慕いしている事をご存知だからだと思います、でもそれはロザリーの片思いです。どうぞお気になされませんように。」
ミランダ姫の小さな手が私の服を握り締められていた。
私はその手にそっと触れ…
「ミランダ姫、今から私は…姫を危険に晒すかも知れない事を殿下に願い出ます。……私を、私を…信じてくださいませ。必ずお守りします。どうか…どうか…」
ミランダ姫が大きな緑色の瞳を丸くして、私を見られたが、にっこり微笑まれると
「ロザリーは私の騎士だもん。信じているわ。」
その言葉に…今度は私が微笑んだ。
私は今から殿下に、ミランダ姫にローラン王の色を見て頂けることを願いでる。
ミランダ姫をローラン王に会わせるのは危険だとはわかっているけれど、でもこのまま相手の出方を待っている時間はない。なにより…ローラン王はミランダ姫を狙っておいでだ。仕掛けられるより、仕掛けたほうが良い。相手はお父様を、そしてルシアン王子を罠に嵌めるほどの方だ。
待っていたら…相手の手中に落ちる。
覚悟を決めれば良いことだ。ううん、もう覚悟を決めている
この方を守りたい。
この方が愛しているものすべてを守りたい。
私は…やる。
「ルシアン殿下。ミランダ姫のお力でローラン国王の心の色を見て戴くことを、どうかお許しください。」
明日から、しばらく先行で書いている(アルファポリス)ほうを優先して、改稿してから(小説家になろう)のほうへ、投稿します。
なるべく早くこちらに投稿してゆきますので、(小説家になろう)のほうで、読んで頂いている方、すみません。




