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王子様と過ごした90日間  作者: 夏野 みかん
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歪んだ笑み。

陛下の部屋の前のたどり着いた時、衛兵の肩を借りられて、ちょうどお父様が部屋から出てこられる所だった。お父様の無事な姿に、ほっと気息をついて安堵した私の姿に、気がつかれたお父様は微笑まれると軽く手を上げられた。


「お父様、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


「いや…大丈夫だ。」


「良かった。ご無事と知れば、きっとお母様も安心されます。」


「お母様?…」


「お父様?いかがされました?」



それは…突然だった。

キョトンとした表情で、言われたのだ。

「お母様とは…?」


一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

「えっ?なにを言っておいでなのですか?!」


「お前の…母ということなら…わ、私の妻か?!」


「…何を!…何を言っておいでなのです?!!」


「…なんてことだ…名前も…いや顔も思い出せない。わ、わたしは妻がいることも…忘れてしまっている…どうして?…」そう言って、左手で頭を抱えられた。


いったい…なにが…いや、何をされたの?


あぁ…どうしたら…良いのかわからない。


お母様の不安な気持ちを抑えられた、あの手紙が、インクが滲んだ手紙が、頭に浮かび…心が大きく揺り動かされる。


どうして…お母様だけを…。

あんなに…お父様を愛していらっしゃるお母様だけを……忘れるだなんて…。



忘れられる。

愛している人に忘れられるなんて、あまりにも…悲しい。



お父様が悪いわけではないが、【どうして、お母様なのですか?!】と思う気持ちで、お父様を見つめてしまった。


頭を抱え、うずくまるようなお姿のお父様。


あぁ…違う…。

可哀想なのは忘れられたほうだけではない、忘れたほうも…同じなんだ。


黙って、お父様の体を抱きしめると、お父様の体が震えていた。


いつも、なにがあっても、どこか飄々としているお父様が…。

こんなに小さくなって震えていらっしゃるとは…。


だが、このまま屋敷にお父様を戻すわけには行かない、

これではあまりにもお母様が…いや、おふたりが……可哀想だ。


息を吸った。こんなときだから、深い深呼吸をした。

動揺するな。と心に言い聞かせて、私は人を呼び、お父様を宮廷医に見てもらうように言うと…部屋を借り、侯爵家に使いを出したいと頼んだ。


担架に乗せられ、運ばれてゆくお父様を見て、そっと…拳を握り締め

「許さない。」


そう口にして、涙を溜めた眼を両手で強く擦り、その手で両頬を叩き気合を入れると、お母様への手紙を急ぎ書き、使いの者へと預けた。



陛下の部屋の前の大勢の人達は、不安そうな顔で口々に(どうなるのだろう)と言っていたが、徐々に、その人の数は減って行き、もう残すの人は衛兵と医療関係の者ばかりだった。

だが…その者達も、時折立ち止まっては陛下の部屋を見ていた。


誰もが…王家が揺らいでいる事に不安なのだ。


陛下を殺そうと日中、それも王大后と王妃が…あのような姿で…現れれば、誰もが思うだろう。

そして、私もそのひとりだ。


不安だ。

いったい…どうなってゆくのだろう。この国は…

お母様へと書いた手紙を思い出し……俯いた。



****


お父様はご無事ですが、国を揺るがす事件が起こった為、お父様にも、力をお貸し頂きたいとおっしゃる重鎮の方々の声に、しばらく城にて待機される事になり、屋敷には、しばらくはお戻りになられそうもありません。ご心配だと存じますが、どうかご安心くださいませ。


****



全部が全部、嘘ではなかったがその内容を思い出すと、暗くなりそうで、小さな溜め息を零れそうだった。


どこが…【どうかご安心くださいませ。】だ。


思わず、眼を伏せた先には握り締めた手があった。

この手から…すべてが零れ落ちるような気がして、怖くて堪らない。


だが、一粒でも握り締めてやる。この命にかけて!


その言葉を繰り返し、胸のうちで言っていたが、それが…声として聞こえた。





「命をかけてくれた侯爵には、申し訳なかった…。」


「えっ?」



私に声をかけられた方は、唇に笑みを浮かべて近づいて来られたが、その笑みの冷たさに…私は心の中で笑った。


ルシアン王子と血の繋がりがあるこの方を、遠くからお見かけする度に、ルシアン王子に似ていらっしゃると思っていたが…とんだ勘違いだった。よく見れば、あの眼の冷たさもだが、なにより漂うものが異様だ。



「お前が侯爵家の…シリルか?」


「…はい。ローラン国王陛下。」


私はゆっくりと跪いた。

そのゆっくりとした私の動作に、ローラン王は…


「どんなときでも、冷静さを保つその精神力はさすがだな。」


クスクスを笑われたローラン王に…

「お褒めの言葉、ありがとうございます。」


無礼だとわかっていたが顔を上げ、ローラン王を見た。



私の推測が間違いないなら…この方が黒幕。



確かめたい。もしそうなら…クスクスと笑うその口を…一発…


そう思ったら、口元が緩んだ。


ローラン王の眉が上がったのを見て、また笑みを浮かべると

「恐れながら、教えて頂けますか?中でなにがあったのか?」


私の余裕がある笑みに…少し驚いたようだったが、「気に入った。」と小さな声で言われると


「父になにがあったか、気になるのは当たり前だ。


私がブラチフォード王の部屋へと駆けつけた時、ちょうど王大后と王妃の体が……崩れかかっていたのだ、驚いた…まさかこんな事があるのかと、呆然としていた私は、一緒に入って来てくれた侯爵とふたりで動けずにいたときだ。私の後ろから…」と言われ黙り込まれた。


何が言いたい。

いや…何を言って、私を誑かそうとしているのだ。


(…これか…?)

私はローラン王の首筋の赤い線に目を細め


「ではその傷は…」


「あぁ…そうなのだ。王太子に後ろから襲われて…」


「王太子様が…?」


まさか…ここで王太子様の話が…出てくるとは…


ローラン王は頷くと、視線を私の斜め後ろへとやられた。

そこには、お父様と同じように担架に乗せられた方がいたが…その姿を隠すように、周りを人で囲んで運ばれて行っている。


「部屋に…王太子様もいらしたとは…」


「そうなのだ。王太子はなにかに操られていたのだろうか、お人がまるで別人だった。


私の首にナイフをあてながら、王太子は侯爵に言われたのだ、まるでならず者ような口ぶりで『この国を潰すために、国王を殺す。いいかウィンスレット、邪魔をするな。邪魔をすればローラン王の首を切り裂く。』…と、だが…力加減がわからなかったのであろう。この通りだ。」


「そうでございますか。」


その赤い線はローラン国王の首の右側から、薄く切られていた。


後ろから襲われたと言われた。

右利きがナイフで相手の後ろから襲ったら、間違いなく刃先は左の首から入る。

だが、傷は右の首から入っている。ならば…それは相手が左手で切ったということだ。


王太子様は…右利きだ。


王太子様ではない。

おそらく、すべてを知ったお父様だ。


お父様を剣の師と仰ぐ私は、レイピアとタガーナイフを使うことをお父様から仕込まれた。それはもちろん、お父様が右も左も使えるということ、そしてその腕前はどちらも一流だ。


…お父様だ。右肩をエイブに撃たれてつかえない今、左手を使われたはず


やはり間違いない。

この企みの筋書きを書かれたのは、ローラン国王だ。


でも、なぜ…こんな事をされるのだろうか。


昔はローラン国は、ブラチフォード国の属国と揶揄をされていた頃もあったが、今やその勢いはブラチフォード国など目ではない。そんな国をどうされたいのだ?ましてや甥であるルシアン王子がいる国を?


それもエイブが言っていた修道女に、魂のない体を持つ者達を作らせてまで…


確かに、魂のない体を持つ者達に、あの…銃という武器を使えば、剣の腕がある騎士達でも…勝てないだろうが…。それはかなりのリスクだと思う。



give and take


そんな不気味な女が、タダでローラン王と手を組むことなどないだろう。

何を求めてくるかを考えると、恐ろしくて係わり合いになりたくはない。


そんなリスクを考えるより、国を挙げてブラチフォードに進軍したほうが断然良い筈だ。今や軍事大国のローラン国なら、ブラチフォード国を力で、簡単にねじ伏せることも可能だ。


だったら、なぜ…



黙って、ローラン王の話を聞く私に、

「…シリル。」と私の名を呼び、クスリと笑うと


「お前も大変だな。」と言って、私へと手を伸ばされた。避ける事も出来ず、ローラン王の指先が顎の下に入ったが、黙ってされるがままでいた。


「私はウィンスレッと侯爵家の嫡男です。どんな時も国のために、命をかけることを大変とは思ってはおりません。」


ローラン王は大きな声で笑うと

「いや、そうではない。そうではないのだ。」


「…えっ?」


「まぁ…良い。早くルシアン王子に会って、無事を確かめたいだろう。部屋での出来事はそのあとでまた話そう。行って参れ。」


確かに…ルシアン王子にはお会いしたい。でも…なにか変だ。なにか…


ローラン王は私から離れると、

「ルシアン王子もそろそろ気が付いている頃だろう。」そう言われて、私に背を向け歩いて行かれた。


その背中を見ながら、なにか変だと思いつつ、だが「お会いしたい。」そう口にしたら、私の足はもうルシアン王子の部屋へに向かっていた。






走って行く足音に、ローラン王は嬉しそうに笑みが浮かべて、ゆっくりと振り返ると

「肝が据わった女だと思ったが…男の格好をしていてもやはり所詮女か。惚れた男しか見えていない。あぁ…面白い女だと思ったが、あの化け物といい…女と言うものは愚かなものだな。」


そう言って、唇に歪んだ笑みを浮かべた。

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