ふたりの主君のために
落ち着け!
そう、落ち着いて、動かなければ…敵の手中に陥る。
陛下のお部屋の外にはたくさんの人がいた。
扉があるとはいえ…いや、密室となったその部屋で、ルシアン王子を殺すことは寧ろ…愚策。
どうやって意識を奪ったかは、わからないが…
意識を奪ったのには、なにか理由があるはず、なにか…
ならばルシアン王子はおそらく今は……無事だ。
だが…時間はそうないだろう。
「シリル様!!」
ハリルの声に、私は足元に落ちた封書を手に取ると、ゆっくりと扉を開けた。
「…ハリル。」
「ぁ…はい。」
私は今からやる事に…後悔はない。
「あとを…侯爵家を、母上を頼む。」
「シリル様?!それは…まるで…」
お父様が国をそして…母を愛し、そのために命をかけるように…
私も国のために、そして…主君であるルシアン王子ために…
「行け!ハリル、早く行け!」
そう言って、扉を閉めた。
扉の向こうで、ハリルのすすり泣く声が聞こえ、そして遠ざかる足音が聞こえた。
足音を聞きながら、そっと革鎧の上に着た鎖かたびら(チェインメイル)を触った。
どこまで持ってくれるだろうか?
いや…「甲冑」(プレートメイル)でも、化け物相手だ、勝てるかどうか…
でも…!行く。行かねばならない。
「ロザリー…?」
困ったものだ。キャロルさんがいるのに…そう呼ばれるのはマズイのに…
そう思いつつも口元が緩んだ。
私のもうひとりの主君は可愛いらしい方だ。
振り返り、ミランダ姫を見ると、不安そうな顔で
「…どうしたの?」
不思議な力を持って、生を受けられたために、数奇な運命を歩むことになった姫。
幼いながらも聡明で…なにより人の痛みがわかる方。
この方なら、きっと立派な女王になられる。
少しだけ…もう少しだけご一緒したかった。
この幼い姫が女王となるときを見たかった。
なにも言わない私に、ミランダ姫はだんだんと顔色が変わって
「ロザリー!!」
やはり、聡明だ。
お気づきになられた…。
「なにをするつもり?!」
ミランダ姫が、キャロルさんの腕から私を見つめていた。
私は頭を下げ、その問いに答えず
キャロルさんに言った。
「キャロルさん。」
「は、はい。」
「誰が来ても…それは、例え…ローラン国王であって、この部屋には通してはなりません。」
キャロルさんの呆然とした顔を見て、私はもう一度言った。
「ローラン国王であってもです。」
ミランダ姫も一瞬、驚かれたようだったが、私に向かってもう一度大きな声で言われた
「私の問いに答えなさい!」
そんな物言いをされたのは、初めてだった。
ミランダ姫と眼があったが、その問いに答えず跪くと
真っ赤な顔で顔を歪め…キャロルさんの腕から飛び降り、私のところへと歩み寄られた。
「黒幕がローラン国王なら、ロザリーひとりで対峙することは許しません。行ってはなりません!」
何も答えず、跪く私に、
「行ってはなりません!…行っては…」
ミランダ姫の声はだんだんと震え…声を詰まらせると跪く私に覆い被さり
「お願い、行かないで…。殺されるわ。……お願い。」
涙が…ミランダ姫の涙が、私の首筋に零れたのがわかったが、もう…行かなくては。
お父様は、陛下のお部屋にいる。いや潜んでいらっしゃる。
すべてを…見られた。そして…知ったんだ。
ローラン国王が黒幕だと言うことを…。
だから動けなかったんだ。
「ミランダ姫」
「ロザリー…。」
「申し訳ありません。ルシアン王子をお助けに行く事をお許しください。」
ミランダ姫の体がビクッと動かれた。
卑怯な言い方をしているとわかっている。
ルシアン王子を慕うミランダ姫に、そう言えば…拒まれる事ができないとわかっているから、あえて使った。
「…ロザリー…。」
言っておきたかった。もし、お会いするのがこれが最後になるかもしれないから…でも
「申し訳ありません。」と言ったその後の言葉が出なくて、ただ強く小さな主君を抱きしめた。
「…ロザリー。」
私の大切なふたりの主君が幸せになられる日のために、騎士である私が、おふたりの露払いとなって道を作るんだ。
ミランダ姫の背中を摩り…顔を上げた。
行こう。
「…申し訳ありません。姫が何れ女王となられる日を見る事は叶わないかもしれません。」
「ぁ…あぁ…」
泣いているような叫び声を出された、ミランダ姫の頬にキスを落とし
「ご無礼をお許しください。」
ミランダ姫を抱き上げ、キャロルさんに預け、踵を返した。
扉のノブに手をかけると…後ろから、ロザリーと何度も呼ぶ声が聞こえる。
姫…だからそれはマズイですって…
口元に笑みを浮かべ、振り返らず私は飛び出した。




