王子様は見る。
ようやく城へと戻ってきたのは、夜も明けた頃。
慌ただしく城内に入ってきた俺たちを、衛兵たちが
「お早く!お早く陛下の寝室へ!」と叫ぶ中、俺は頷きながら陛下の下へと走った。
陛下の寝室の前には、うな垂れた侍女や兵士が大勢いて、その様子に俺は最悪な事を想像し、扉へと手を伸ばしながら、動けずにいると、小さな頭が俺の胸にコトン…とぶつかってきた。
「ミランダ?」
「…だいじょうぶ。」
そう言って、眼を擦っていたが、またすぐにミランダは船を漕ぎ出し
「寝てていいんだぞ。」
「…いや。」呟くように言うと、また眼を擦り
「お爺様のお顔を見るまでは…いや。」
「そうだな。陛下の顔を見ないで、ここで立ち尽くしても意味はないな。」
俺はミランダの頭を撫で、力を貰ったその手で、陛下の寝室の扉を開けたその瞬間。
大きな声が聞こえた。
「ルシアン王子だけだ!他は誰も入ってはならん!」
ぁ…やっぱり…遅かったか?
その厳しい声に大きく息を吐き、下を向いた俺に…ロザリーが近づいてくるのがわかった。
ゆっくりと顔を上げると、騎士の服のところどころが破れ、わずかとはいえ、血で染まったその姿に、胸がチクリと痛んだ。
俺は…
俺は…惚れている女の清らかな手に、化け物になったとはいえ、見目が人である者の首を刎ねさせ…そして彼女自身の心に…いや体にも傷をつけてしまった。
だがそれは…無意味なことになったかも知れない。
ただ、辛い思いをさせただけになってしまったのかも知れない。
俺の視線をそっとロザリーは外すと軽く眼を伏せ、
「いかなるときもルシアン殿下と共に…」
そう言って、ロザリーは優しさに溢れる瞳で微笑み
「困難に立ち向かう覚悟を持っております。」
彼女が瞳で言っている。
まだだと、まだやるべき事があると…
俺はロザリーを見つめ、黙って頷いた。
そうだ。まだ…だ。
まだ、エイブらを裏で操る輩がわかっていない。
その輩を倒さない限り終わりではない。
そうだ、まだ終わりではないんだ。
例え…陛下に何かあったとしても…民を守り、幸せへと導かなければならないのが王家の勤めだ。
俺はミランダをロザリーに預け…ひとこと
「頼む。」
その言葉だけで、ロザリーは俺の考えのすべてがわかったように、「はい。」と返事をすると、震えているミランダを強く抱きしめて
「あとはお任せください。」と言って、強い眼差しを俺に向けた。
ロザリーが側にいるなら、ミランダは大丈夫だ。
俺は頷くと、部屋の中へと足を踏み入れていった。
部屋の中には、陛下がベットに横たわり、その側には…
……ローラン王がいらした。
「…ローラン王?!どうしてここに?」
ローラン王は、青い顔で頷くと
「外遊の途中だったのだが、この国を横切るのに挨拶もしないのは、いささか薄情かと思って、先触れを出したら、使者から…体の一部分がない…王大后と王妃が、無理やり王の部屋に入ろうとして、城内が混乱していると連絡を貰い、慌てて城に参ったら…このような状況だ。だが安心しろ。国王は大丈夫だ。眠っていらっしゃるだけだ。ただ…」
と言われ、視線を窓へ向けられた。
その視線の先を追うように、俺も視線を動かすと、窓際の長椅子に横たわる人物が…
えっ?…俺は思わず息を飲んだ。
「ぁ、兄上!!」
「ルシアン王子!落ち着け。王太子は気を失っているだけだ!だが、なぜここにいらしたのかは…それが…なにを意味するのかはわからぬ。それより!!」
と言って、視線をベットの下へと移され
「それより、どういうことだ?この城はどうなっているのだ。」と震える声で訊ねられた。
そこには金銀の糸を使ったドレスと宝石が…腐臭を放つ肉片に…まみれていた。
「私が部屋に入った時、王大后と王妃の体が……突然…」
と言われて、込み上げてくる吐き気に口を押さえ、後の言葉を言うことが出来ないようで、その続きを俺が大きく息を吐き
「…崩れたんですね。」
口元を拭いながら、ロレーヌ王は顔を歪ませられ、俺を見られ
「あぁ…まるで溶けるように…。いったいなにがあったのだ?王大后と王妃は…化け物だったのか?!」
まだわかっていないことばかりだが、これだけは言える。
「この国を誰かが…壊そうとしているようです。」
「壊す?」
「はい。すべてを無にしたい輩がいるようです。」
「私に力を貸してくれと、言っていたのは…王大后と王妃を化け物にする輩と戦うためでもあったのか?!」
「あの時は、そのような輩がいるとは…わかりませんでした。」
そんな恐ろしい輩と対峙してくれと頼むのは、民を預かる王としては返事はできないだろう、だが…俺だけではどうにもならない。
「ローラン国まで、巻き込む事になるかもしれませんが、力を貸して頂きたい。」
ローラン王は俺の肩に手を置き
「甥の願いということは、もちろんだが…人を化け物にする輩が、わがローラン国に災いをもたらさないという保障はない。ならば…やるしかないな。」
「ローラン王…すみません。」
「だが、ルシアン王子。王太后と王妃があの様な姿になったことを、臣下の者にどう言うのだ?言えば恐ろしさのあまり、逃げ出す者も出てくるだろう。いや…それより…王太子だ。部屋から出ない王太子夫妻に、臣下らの気持ちは離れていっていると聞いておる。その王太子があの様な姿になった王太后と王妃と共に、国王の部屋にいたということを…臣下の者にどう言うのだ?あぁ…本当にブラチフォード国が壊れてしまうな。」
ローラン王の言葉に俺は何も言えず、長椅子に横たわる兄を…王太子を見た。
(兄上…)




