引導は…私が渡してやる。
「…嘘だろう。」
その声は呟くような声だったが、はっきりと私の耳に入ってきた。
困惑したエイブは、私とルシアン王子を交互に見ては
「…ロザリーと…シリルは同一人物なのか…?なんだよ…」
そう言って、私を睨んだエイブは拳を握り締め
「なんだよ!!なんなんだよ…俺は何にもしなくても、侯爵の爵位をこの手にできたのかよ。」
エイブの言葉に、返す言葉が無かった。
エイブがやったことは、決して許されることではない。
だが、もし私がシリルという男子を演じなければ、エイブはこんな暴挙に出なかっただろうし、何より…人も亡くなることもなかった。
黙ったままエイブを見る私に
「お前の、お前のせいだ!お前さえいなければ、俺は父上や母上を手にかけることもなかったのに!」
「やっぱり…アストンが言っていたが…やっぱりエイブ、お前が…あぁ、なんて事を…」
「うるさい!!父上も、母上も、あんなに侯爵位を奪い取ると息巻いていたくせに、近頃はお前や、叔父上のウィンスレット侯爵に取り入り、仕事を貰え、そして城中で居場所を作れと…。くそっ!居場所を作れってなんだよ。俺を馬鹿にしやがって!……みんな、みんなお前が悪いんだ!男のフリをして、爵位にしがみついていたお前が!!」
そんな思いにエイブは付け込まれたのか…
どこかに予感はあった…。
あの性格は腹に一物がある輩に、利用されるかもしれないと…だが、エイブが嫌いでずっと避けつづけていた私にも、侯爵家にも…罪がある。あぁ…もっと早く、気が付いてやれば、こんなバカなことに手を染める前に、止められたかも知れない。
もっと…早く気が付いてやれば…
「エイブ。」
ルシアン王子がエイブへと声を掛けられた。
「シリル、いやロザリーを責めるのは違うぞ。」
「…殿下。」
「どうして!こいつが女なら!俺は侯爵家を継ぐ事ができたんですよ!…殿下ならおわかりいただけるでしょう。王太子より頭も、腕があるのに、二番目に生まれたから、いや…その黒い髪と赤い瞳で理不尽な扱いをうける辛さをご存知だから…わかって頂けますよね。」
「…そうだな。髪の色が、瞳の色が…王大后様や王妃様には受けが悪くて…少々苦労はした。だが俺はお前のように、バカな思いに捕らわれたことはない。」
そう言って、私を見られた。
「ロザリー、お前が男として生きて行かねばならなかったのは…王家のせいだ。」
ルシアン王子は、ミランダ姫の頭を撫でながら
「ミランダ、お前も犠牲者のひとりかも知れんな。その力の為に辛い思いや、寂しい思いをしているのだから…。」
ミランダ姫が頭を横に振りながら、ルシアン王子の首に顔を隠すようにしがみ付かれた。
ルシアン王子は、またミランダ姫の頭を撫でると
「王家はもともと長子が次期王だった。だが、あの不思議な力を宿した者を世継ぎにしたいが為に、その流れを変えてしまった。代々、あの力を持って生まれてくるのは男系の血筋(父方の血筋)で、男子のみだと、気が付いた王家の誰かが…長子ではなく、男子が世継ぎ…と変えていったのが、貴族らの世継ぎ問題も変えてしまった。」
ルシアン王子は、あざ笑うような皮肉な笑いを浮かべると
「だが、王女であるミランダに始めてその力が現れ、王家は混乱し…そこを腹黒い輩に付け込まれ、今やわが国は危機的な状況だ。」
そう言われ、エイブへと視線を移し
「エイブ。上昇志向を悪いとは言わん、だが…両親を手に掛け、己の命を差し出し、人で在らざる者になってまでも……いったいお前は何がしたいのだ?!何を欲しているのだ?!」
「俺は…俺は人から認められたい!その為には力が必要なんです!でも…侯爵の地位などもういらない。だって俺は、この国の王になるんで、侯爵など…ささやかな地位などもういらない。」
眉が上がったルシアン王子に、エイブはクスクスと笑いながら、
「それに、俺は死んだのではない、不死身に生まれ変わったんです!見てください!左手首が無くなっても痛くもないし、血も出ない!不死身だから…死ぬ事はないんです。」
ルシアン王子へと伸ばした手首のない左手…その二の腕に白い傷跡が見えた。
エイブ…
お前は…ほんとにバカだ。
幼い頃から、大嫌いだった。
傲慢で、嘘つきで…
でも…どこかで許し、いつかは…エイブは変わると思っていた。
それはあの二の腕に見える傷が、私が唯一見た、エイブの優しさだったから。
あれはまだ幼かった頃、剣の稽古に来ないエイブを捜して来いと言われ、しぶしぶ探しに行った時だった。大きな犬に追い立てられている子犬を庇い、左手の二の腕から血を流しながらも、子犬を腕の中にしっかりと抱きしめて、泣いているエイブに…私は唖然とした。
エイブが子犬を…守ってる?!
あのエイブが?
エイブの泣き声に、私は慌てて足元にあった小石を大きな犬へと投げつけ、近くの茂みに隠れた、どうして隠れたのかは、あの時の私にはわからなかった。
今思えば、大嫌いな従兄弟の思いがけない優しさに、どうしたらいいのかわからなかったんだと思う。
運良く私の投げた石は、大きな犬に当たり、その場から逃げて行き、残されたエイブは、子犬に何度も『怖かったよな。』と言いながら…泣いていたっけ。
あの時、子犬に見せた愛情は、どこにいったんだ?
どうして…両親を手にかけるような人間に…なってしまったんだ?
幼い頃には確かにあった、優しい心をどうして……忘れた?
バカだ。本当に…バカだ。
何をやっているんだ。
「…このバカ」
私の声に…エイブが振り向いた。
「子犬は…」
「…?」
キョトンとした顔で、私を見るエイブに
「私は…傲慢で、嘘つきなお前が大嫌いだ。でも…その左手に残っている白い傷跡があるから、お前を許せていた。」
「この傷がなんだよ?!」
そう言って、左の二の腕をさすると、私を睨んだ。
「…それさえも…忘れたのか?」
「はぁ?」
「お前の優しさは…お前の記憶と一緒に消えてしまったのか?」
悲しくて、悔しくて…私はエイブの前へと、歩み寄りエイブの頬を張った。
パシーン!
「子犬がなんなんだよ!わけのわからないことを言って!俺を殴るんだ!」
「…引導は…私が渡してやる。」
「えっ?!」
驚いたように、目を見開いたエイブに私は剣を抜いた。
「ヒィ~!」
エイブは叫びながら、一歩後ろに下がって行き、私は一歩前へと足を進める。
「俺を…切るのか?!お、俺は不死身なんだぞ!」
「…頭と胴体を切り離せば…いくら不死身でも動けまい。」
「女のくせに!…なんて恐ろしい奴なんだよ!」
罵詈雑言を投げつけるエイブに、私は笑った。
なぜだか笑った。
きっとエイブの言っている通り、今の私は…恐ろしい女なんだろうな…と思ったから。
剣を握る手に、力が入った。
情けなくて、悲しくて、悔しくて………たまらない。




