きっと、忘れない。
頭ではわかっていた。
頭を……切り落とすか、或いは足を切って、動きを止めるかのどちらかしかないと、だが、いざ剣を相手の頭に向かって、振り抜こうとすると、腕が震えてうまく行かなかった。
…落ち着け!
と心の中で言いながら、ゆっくりと深呼吸をした私に、ルシアン王子が私に背を向けたまま言われた。
「愛する人を…大事なものを…守りたいと思う気持ちで剣を抜くものを騎士だと…俺はウィンスレット侯爵に教えられた。」
突然の言葉に、私はなんて言ったらいいのかわからなく、大きな背中を見つめていると
「相手も愛する人を、大事なものを守りたいと思う気持ちで剣を抜くのだから…どんなに覚悟をきめても、迷うことは当たり前だとな。俺も剣を抜く度に、今のお前のように手が震える。剣を抜くと言うのは、恐く…そして悲しいものだ。相手のすべてを奪う事になるかもしれないのだからな。だが…やらねばならん。俺もお前も愛する人を、大事なものを、守りたいのだから!」
屈強な体を持つ兵士達は、ゆっくりと近づいてくる。
その中のひとりと眼があった。30代の男は表情を変えることなく、私を見ている。この年代なら妻も子もいただろうに…哀れな。
黄泉の国へ旅立つ事を拒んで、不死身の体を得たこの男も、例えそれが間違いであっても、なにかを信じ、そして守りたいと思う気持ちがあったのだろうか。
人では在らざるものに、なったとはいえ、見目が人であるが為に、人を殺めるという感じはある。
だが、ルシアン王子の言われる通り、私だって愛する人を、大事なものを守りたい!
だから…だからやる!
剣を握り直すと、カシャンと音がした…
「大丈夫です!殿下」
「期待している。」
「お任せください!」
私の大きな声に、ルシアン王子の肩が動いた…笑われている?
私は剣を、男らに向かって振り抜き…
「殿下、のほほんとしていたら、やられますよ。」
「そう簡単にはやられない。悪いが俺はお前より強い。」
そう言って、にっこり笑われたルシアン王子に…
「良かった。」 と可愛い声が聞こえた。
それは、ようやく声を発せられたミランダ姫だった。
目許は笑ってあったが、その瞳には大粒の涙が溢れていた。
だが、ミランダ姫は両頬をパンパンと叩くと
「叔父様!急いで!おじい様が危ないの。」
ルシアン王子は、ミランダ姫を強く抱きしめ
「…そうきたか…。ミランダ、眼を瞑っていろ。すぐにここを抜け、陛下の下に行く。安心しろ!」
何度も頷くミランダ姫に微笑まれると、私の向かって
「シリル、急いで片付けるぞ!」
「はい!」
ルシアン王子がそう言われて、足を一歩踏み出したときだった。
腰を抜かしていた、エイブが大きな声で
「お前ら!ルシアン王子を傷つけるな!シリルだけを狙え!」
「えっ?」
エイブの声に、思わず私はルシアン殿下を見ると、驚いたように赤い瞳を丸くしたルシアン殿下が
「俺を傷つけるなだと?」
「殿下は修道女様の大事なお方ですから…。」
「…修道女?…誰だ?」
「殿下の運命の方でございます。そして偉大なお力で、私共を不死身にしてくださったお方でございます。」
「運命?お前たちを化け物にした者が、俺の運命の女ひとだというのか?そんな不気味な女など…お近づきにもなりたくないな。」
そう冷たく言い放たれた殿下に、エイブはへたり込んでいた足を何度か撫でながら、立ち上がると
「殿下はこの国を守りたい為に、ローラン国王に助けを求められたのでしょう。」
「…何が言いたい。」
「簡単な話です。ローラン国王ではなく、修道女様に助けて頂くのです。」
「化け物にか?!」
「修道女様は天使です!」
エイブの陶酔した顔に、殿下は顔を歪められた。
その顔をそっとミランダ姫が触れられると、エイブに向かって
「叔父様は何百年も生きているお化けのものではないわ。叔父様はロザリーのものなの!」
「「えぇぇっ!!!」」
ば、爆弾発言だ!
この緊張感が、ハンパない場面でどうしてですか?ミランダ姫~!
恨めしそうにミランダを見ると、なんと満面の笑顔で、親指を上げられた。
いやいや…ナイス…じゃないですよ。ミランダ姫。
困った顔の私に、ミランダ姫は
「うまくいったんでしょう?だって色が…叔父様とロザリーの色が、いっぱい重なって虹みたいになっているもの?」
ミランダ姫はそう言われて、またルシアン王子と私を見ると微笑まれ
「こんなに綺麗な色を見るのは初めて…。」
嬉しそうな顔のミランダ姫を見ていられなくて、戦いの場だと言うのに、眼を瞑ってしまった。
こんな時に私は…眼を瞑るなんて…何をやっているんだろう。
どうにもならない事は、わかっていたじゃない。
なのに、眼を瞑って何から眼をそらそうとしているの。
そっと、ルシアン王子を見た。
あの時…
あの時…惚れていると言われたことが忘れられない。
どうにもならないとわかっているけど…
でも…
「ミランダ、悪いが…違うんだ。」
その言葉に、私はまた強く眼を瞑った。
夢なんか見ちゃいけない。そう夢だ。
この戦いで…もしもの事があれば、私の【好き】という気持ちは、ルシアン王子に知られないまま終わる。
でもこの戦いに勝っても、結婚されるルシアン王子に、言えるはずはない。
好きです……と言えないまま終わってしまう。恋だったんだ。
それでも、私はこの腕で好きな人を守れる。
好きな人が大事に思うミランダ姫を、この国を…一緒に守れるんだ。
そう、それだけでも…いい。幸せだと思う。
「何が違うの?だって色が…」
ハッとして顔をあげるとミランダ姫と眼があった。
「変だもん…」
ミランダ姫は、大きく頭を横に振り
「それって変だもん!国を守る事は、叔父様だけが頑張る事じゃないもん!叔父様だけがいろんなことを諦めるのことじゃないもん。」
そう言われ、ルシアン王子の胸を叩きながら
「だいたい、私に会うのを避けるような人は…みんな、心に疚しいところがある人よ!ローラン国王もそうだし!そして私の両親も…」
まだ幼い姫が自分の両親に、そんな事を言われるのがたまらず、私は唇を噛んだ。
「ミランダの言う通りだと思う、だか何の手立てもない今、俺がロレーヌ国に婚姻という形で入る事が、我が国の為になるのなら、その選択は排除出来ない。」
その通りだ…。
ローラン国が後ろ盾になってくれれば、局面は変わる。
「でも…」
でも…?
不可解なルシアン王子の声に顔を上げると
「でも、足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。」
「で、殿下…」
「俺はローラン国王の甥でもあり、そしてこの国の第二王子だ。王子の結婚は国と国との決め事と同じ、それを翻すのは本来出来ない。だが…お前も俺を…」
そう言われ、私を見られ、もう一度言われた。
「だが…お前も俺を…」
赤い瞳が私に問いかける。
きっと…今言わないと後悔するだろうなぁ。
きっと…後でこの場面を何度も思い出して、泣いてしまうだろうなぁ。
その時、溢れる涙は幸せだとは、限らない。
悲しくて、辛くて…心から血が流れるような涙かも知れない…。
でもそれでもいい。
私はこの方と一緒にいられた事が幸せだから…。
どうにもならない恋だから…今だけ…
だから…今だけ…
「…私はルシアン殿下をお慕いしております。」
ルシアン王子の眼が見開き、赤い瞳が揺れ、
「……遅い…」
そう言われ、真っ赤顔で私から視線を外された。
「…早く言え。」
あぁ…忘れたくない。
この場面を…
このドキドキと鳴る心音を…
そして…ルシアン王子の真っ赤な顔を…
やっぱり、私は…後々泣いてしまうんだろうなぁ。
こんなに好きな方は、最初で最後かも…
私は…あなたが…
「…好きです。」
「わ、わかった。わかったから…」
そんなルシアン王子を見て、唇は笑みを作り…瞳は涙のベールを作っていった。
きっと…忘れない。
忘れたくない。




