王子様の背中。
目の前を小石が、横切ったその瞬間……俺は笑っていた。
(当身は…もう少し強くても良かったようだ。)
小石はエイブの顔面に見事にあたって、弾丸は乾いた音だけをこの場に残し、俺の右の肩先を抜けて行った。
エイブは顔面に流れる血を拭いながら、なにやら叫んでいたが…俺の顔を見て青褪め、小さな悲鳴を上げ、慌ててもう一度引き金に指をかけようとしたが
「やらせるか!!」
俺は剣を振りかざし、銃を弾き飛ばすと、エイブの首筋に一撃を加え気を失わせ、小石が飛んで来た方向へと視線だけ動かした。
…視線の先には…
金色の髪を風に靡かせ、大きく肩で息をする騎士が、不安そうに揺れる青い瞳で俺を見ていた。
……やはり彼女だった。
太古の昔から、助けに来るのは王子で、助けられるのは姫だろう。
そう思うと、まだ危機から脱していないのに、また笑ってしまいそうだ。
だが、まだだ。ロザリーと無事を喜ぶのはまだだ。
ミランダを…
そう、俺は瞳で言うと、わかったのだろう。
ロザリーは口元に笑みを浮かべ、俺の横を走り抜けると、ミランダを捕まえている男の頭を、腰を捻って蹴り上げた。
カッコ良すぎだろう…ロザリー。
ミランダの泣き声が聞こえる。
そして…(もう大丈夫です。)と柔らかい声が聞こえる。
あぁ…そうだった。俺が…ロザリーに惹かれたのは…
妖精のように見えたあの可憐さ、ミランダを見るときの慈愛に満ちたあの微笑だけじゃない。
俺がロザリーに惹かれたのは…
ドレスの袖を引きちぎって、止血をするあの冷静さと潔さだったじゃないか…。
そう、あの男前のところだ。
そして…
俺がシリルを信じたのは…
剣捌きに一点の曇りもなく、ただひたすらに忠義をつくす生真面目さと、主君である俺の言葉に納得できなければ、頭を立てに振らない頑固者のところも…
…参った。
俺はロザリー達に、向かってくる輩に剣を向けて、これ以上近づかせないようにして、後ろのロザリーへと叫んだ。
「ミランダを俺のところへ!」
「はい。」
俺は頷くと、まだ涙が止まらないミランダを彼女から受け取り…息を飲んだ。目の端にロザリーの腰に帯びた剣が見えたから…。
それは彼女が得意とするレイピアではなく、サーベルだった。
レイピアでは…一撃では殺れない。
ミランダがいる以上、長引かせる戦いは危ないと冷静な判断をし、大勢に囲まれると覚悟と、その輩を切る覚悟でここに来たことが、サーベルを帯刀してきたことでわかった。
…本当に参った。
ロザリーの時でも、シリルの時でも…俺の心を揺らすのは彼女だけだな。
大きく息を吸い、彼女を見た。
それは惚れた女に言う言葉ではなかった。
「…お前の命は俺が預かる。」
「御意。」
男は女を守る者だと頑なに思っていた、だからどんなに剣の腕が良くても、ロザリーを戦いの場には、連れて行きたくはなかった。
覚悟を決めろとロザリーに言ったが、覚悟を決めるのは俺のほうだ。
俺と対等に剣を交える事ができる者は、女どころか、男だって早々にいない。今…この国の為にはどうしても欲しい人物だと、わかっていたが…俺は躊躇っていた。
いつか後悔する時が来るかもしれない。
どんなに腕があっても…傷を負うことはある。それは…死と隣りあわせだと言うことだ。
彼女を失いたくない。
だが、彼女だけを守る事はできない。
そして…彼女だけを愛することができない。
そんなジレンマに、きっと一生苦しむかもしれない。
…だから…
だから、せめて…
「シリル!」
「…は、はい。」
俺はお前に命を預ける。
誰も信用できずに預け切れなかった俺の背中を…お前にだけに…愛しているお前だけに…
「俺の背中をお前に預ける。」
彼女の青い瞳が大きく見開くと、袖で目元を拭い
「…は、はい!お任せください!」
俺の背中を守る騎士の力強い声にクスリと笑うと、俺は前だけを見て向かっていった。




