戦いの火蓋が切られた。
目覚めたとき、そこは暗闇だった。
ここは…どこ?
肌に触れる柔らかい手触りがベットだと教えてくれたが、どこだかわからない。
ううん、ここがどこでもいい。
行かなくては…ルシアン王子を追って行かなければ…体を起こし唖然とした。
暗闇に慣れた目に映ったのは…大きなクマのぬいぐるみがちょこんと座った姿と…そして、暖炉の横に置かれてレイピアとサーベルだったからだった。
…ここは…私の部屋だ。
ヨロヨロとしながら立ち上がると、私は部屋の扉に手を掛けた、
あそこから、この屋敷まで掛かった時間と、私が意識を取り戻すまでの時間は、一体どれほどがかかったのだろう。
「今、今!何時!」
うまく動けない足を叩きながら、誰も答えてはくれないとわかっていたけど、叫ばずにはいられなかった。
「いったい何時なの!!」
シーンとした部屋に私の声だけが響いている。
………ひとりだった。
そうだ…私は置いて行かれたんだ。
そう思うと、やっと辿り着いた扉に手を掛けたのに、手に力が入らなかった。
だが…
カタン……
扉を開く事が出来なかった私の代わりに、ゆっくりと扉の向こう側から、部屋の扉を開いた人がいた。
「…?」
ランプを手にした人は私を見て
「さすが、腹筋が6つ割れていると、みぞおちに当身が入っても、回復は早いのね。うんうん…さすがね!」
「お母様…」
「ロザリー、殿下がここを出られたのは40分程前よ。追いつく自信は、もちろんあるんでしょう?」
「お母様!」
「ロザリー?」
「私の話を聞いてください!!」
頷かれてたお母様は、私の言葉を待ってくださったのに、私はお母様の視線を、まともに見れなくて俯き
「…ルシアン王子には騎士の私も……女としての私も必要とされてませんでした。だから…だから置いてゆかれました!だから…追いかけて行けません!」
ぎゅっと手を握りしめ、心の中に生まれた苛立ちを抑えようとしたら、優しい温もりがそっと、私の体を包みこんだ。
「ロザリー。ここで全てを諦めるの?騎士として誇りを…。そして恋心を…。」
「お母様…恋心って…」
「気がつくわよ。あなたの気持ちもそして…殿下のお気持ちも。だって殿下は、抱きかかえたあなたを、なかなかその腕から離す事が出来なくて、ようやく『ロザリーに、当身を入れて…済まなかったと言っておいてくれ。』と口にされて、あなたを家の者に託されたのよ。あの時、殿下の顔に浮かんでいたものは…そしてあの言葉の意味の深さは…私には、ロザリーが言ったように【必要とされていない。】とは思えないわ。寧ろ、あなたが大事過ぎて安全な所にいて欲しいと、思っていらっしゃるようにしか見えなかったわ。」
「…惚れてるって…」
「ロザリー?」
「でも愛も…将来も…何も与えることが出来ないって…。だからせめてお前の命だけは守りたいって…。だから…わかってくれって…。でも…!でも!私にはわかりません!女として、ルシアン王子の側にいられないのなら、せめて騎士としてお守りしたいと思う。私の気持ちこそ、どうして…ルシアン王子はわかってくださらないの?!」
顔を曇らせたお母様は私をより強く抱きしめられ
「あなたは私の娘の中で一番…甘ったれで泣き虫な子なのに、過酷な運命に身を置かせてしまった事を後悔していたの。でもね、その反面、羨ましくもあった。」
「お母様?」
「あなたはその腕で大切な人を守る事が出来る。でも私は大切な人達の無事をいつも祈るだけ。特にあなたのお父様は…わかってくださらないの。私が旦那様の無事を願うように、旦那様も私の無事を願っているから、安全な所に私を置いて行かれるのでしょう。そうすれば、心置きなく戦えるから…でもそれがどんなに苛立つほど苦しいのか、わかってはもらえない。男の方はほんとに身勝手よね。力のない私だって、旦那様を守りたいと思っているのに…。」
そう言われて、お母様は微笑まれた。
以外だった。お母様がそんなことを考えていらしたとは…
「だからわかるわ。ロザリーの気持ちが…。ましてや剣の腕前も、古武術の腕前も、一流であるあなただから、そのジレンマは私が思うよりずっと大きいのよね。」
「…私は…」
うまく言葉を紡げない私の頭を撫でられたお母様は
「私の大事な人達の中には、ロザリー…、あなたも入っている事だけは忘れないでね。」
思わず顔を上げると、お母様の眼に薄っすらと涙が見え、言葉が出なかった。
誰もが、大事な人を守りたいと思っているんだ。
お母様がお父様や私を思うように…。
私がルシアン王子を思うように…。
そして…ルシアン王子が私を思って下さるように。
「間も無く22時なるわ。急ぎなさい。」
お母様はそう言われ…
足を後ろへと一歩引き、両手でドレス持ち上げられ、頭を下げられた。
「無事のご帰還をお待ちしております。」
「…はい!」
私はソファの上に置かれていた、騎士服を手にすると、引きちぎられていたボタンが付け直されていたことに、気が付き…後ろを振り返った。
「ボタンがない騎士服なんて、着せられません。これが私が大事な人を守りたいと思う気持ちよ。…いってらしゃいませ。」
お母様は、また私に向かってお辞儀をされた。
私は大きく頷き、
「はい!必ず帰って参ります!」
外は…星が瞬いていた。
*****
「ロザリーを行かして良かったんですよね。旦那様。」
「あぁ…。」
そう言って、マーガレットはウィンスレット侯爵の騎士服のボタンへと手を伸ばした。
「旦那様も、もう行かれるのですね。」
「ルシアン殿下が城にいらっしゃらない今、陛下や王太子ご夫妻は無防備だ。狙おうとする者にとっては絶好のチャンスだ。怪我をしていても…まだまだ若輩者には遅れは取らんつもりだが…」
「旦那様…?」
「すまない。お前があんなことを思っていたとは、知らなかった。」
二人は黙って見詰め合っていたが、マーガレットが眼を伏せ
「私は…私は…」となにか言いたげであったが、涙声しか出てこなくて、頭を横に振り、マーガレットは足を後ろへと一歩引き、両手でドレス持ち上げて頭を下げ
「…無事のご帰還を…お待ちしております。」
「…お前のその言葉を聞く度に、私は必ず帰ってこようと思うのだ。」
「旦那様…。」
「その度にお前に、守られていると感じる。…剣に生きる事しか知らん、無骨な男について来てくれてありがとう。」
「…は、はい。」
「では行ってくる。」
「…はい、いってらっしゃいませ。」
星が瞬き、風も無く過ごしやすい夜。
そんな夜に今…二つの場所で、戦いの火蓋は切られようとしていた。




