やってやろうじゃん、騎士の誓い。
お父様が連れてきた医者は、青い顔でボソボソとお父様になにか言って、部屋を出て行った。
「やはり花影草ですか?」
私の声に、お父様は振り向くと頷き
「死をもたらすほどの毒性はないが、一時的に体の運動機能を麻痺させ、血が止まりにくく、嘔吐感と…そして…」
その先の言葉を言い淀むお父様の姿に、私が代わりにその続きを口にした。
「そして…首筋の斑点。今のルシアン王子の容態を見ると、王家のみがその栽培方法と、その毒の抽出方法を知る花影草しか考えられない。」
そこまで口にして、私はフゥ~と息を吐き
「それは王家の中にルシアン王子を亡き者にと考える方がいらっしゃるということですよね。」
お父様は俯き、目頭を押さえると
「お前はルシアン王子のあの髪や、瞳、そして肌の色をどう思う?」
「…仰られている意味がわかりません。お亡くなりになられたルシアン王子のご生母スミラ様と同じ髪の色と瞳だなぁという以外…。なにかあるのですか?」
そう答えた私にお父様は
「お前が優しく、そして真っ直ぐ育った事を神に感謝したい。」
と言って微笑むと
「ロザリー、スミラ様は南の国ローランから、この北の国ブラチフォードに来られた方だという事は知っておるな。」
「はい。」
「私はこう思っている。神は…。」
そう言って、お父様はルシアン王子を見つめ
「南に住む人はその気候に合う髪や瞳そして肌の色を、北に住む人はその気候に合う髪や瞳そして肌の色を持つように、神はわれわれをお作りになられたと…。だからその色合いに上下などないとな。だが…薄い色合いの髪や瞳、そして肌の色を持つブラチフォード国こそが、もっとも神の姿に近い尊い人間だと…王太后や王妃様は思われているのだ。」
神の姿に近い?はぁ?
呆然としている私にお父様は
「この世界の多くの人が信仰しているエラム教の始祖の生誕の地が、ここブラチフォード国だと聖書に書いてあるからだろう。だから神の姿も北の民と同じ色を持つと…。
バカバカしい話だが、神と同じ尊い姿の王家だと信じておられる王太后様と王妃様には許せないのだろうな。ルシアン王子のような色合いを持つ王子がの存在が。ましてや貴族間には、体の弱い王太子様より、剣の腕もそして知力も優れているルシアン王子が次の王に相応しいのではないかと言う者もおる。
だがルシアン王子は王位を望まれておらぬ。
自分は第二王子、王太子がいるのを差し置いて王位に付けば、混乱を招くだけだと皆にそう仰られておられるのに…。」
王太后様や王妃様が忌み嫌う色を持つルシアン王子。
だが、剣の腕やそしてその知力が多くの人を魅了している。
それはルシアン王子がその身に纏う色も含めてだ。
その実情に王太后様や王妃様は恐れておられるのだろう。
「三年前、国王陛下が寝込まれてから、王太后様や王妃様の動きは眼に余るほどになったきた。 気の弱い王太子様では押さえ切れぬほどにな。」
「それで…私が…ルシアン王子付きに」
「あぁ、信じられる者をルシアン王子の側に置いておきたいのだ。お前なら、その剣の腕も含めて信用できる。」
「でもお父様、ひとつわからないことが…ルシアン王子は90日後、ブラチフォード国を出られ、ローラン国に行かれるのに、なぜ王太后様や王妃様は、ルシアン王子のお命を狙おうとなされるのでしょうか?」
「この婚姻は、ルシアン王子自らお決めになられたのだ。私のようにルシアン王子を次の王に望む貴族の気持ちを変えるためにな。なんの差し障りもなく、王太子様に次の王位について戴くために、自らこの国を去ろうとしてスミラ様の母国ローランに自分の結婚をご相談され、ローラン王は、ルシアン王子の願いをお聞きになり、自国の貴族の令嬢との婚姻を進められたのだ。だが王太后や王妃様は、どうやらその婚姻をルシアン王子が挙兵するつもりだと考えられたようだ。だからその前に…と思われたのであろう。」
そっと眠るルシアン王子へと視線を移した。
お優しいのだ、ルシアン王子は…。
でもその優しさが仇となったのかも知れない。
まさか、今回も…?
その優しさが…要因なんだろうか?
「お父様。」
「なんだ、ロザリー?」
「ルシアン王子は私に、自分の背中は信用している者にしか任せられないと仰っておいででした。そんなルシアン王子が、簡単に毒など盛られるとは思えません。もしかして…信用していた方に…。」
でもそれ以上言えなくて、口籠もった私にお父様は青い顔で
「お前の思っている通りだ。ルシアン王子の優しいお気持ちを利用された。」
そう言って、息を吐き
「…ミランダ姫だ。」
「王太子様のご息女で、ルシアン王子にとっては姪にあたるミランダ姫ですか?」
「まだ4つのミランダ姫に毒の入った飲み物を、とても珍しいお酒だから、ルシアン王子に差し上げたらと、王妃様はミランダ姫に仰られたと配下のものが言っておった。聡いミランダ姫ではあるがまだ4つ。ましてや祖母である王妃が、そんな恐ろしい事をされるとは思われなかったであろうな。ルシアン王子を慕う幼いミランダ姫に…王妃様もひどいことをなされる。」
ルシアン王子の暗殺をミランダ姫に…なんてことを…。
そう思ったら、右手に力が入っていた。
「ミランダ姫ならルシアン王子が、無下に断るは無いと考え毒入りの飲み物を渡し、毒が回る頃に刺客を送ると言う二段構えの暗殺計画。もう一刻の猶予もないのでは?お父様…王太后様や王妃様の動きをいち早く知るために、密偵を送ることはできないのですか?!」
お父様は頭を振りながら…
「数人送り込んだのが失敗だった。みんな……消息をたった。」
お父様が選んだ密偵ならそこそこの腕前のはず、それがことごとく失敗とは…。かなりの腕前の者があちらにはいるのだろうか?でも私なら…。
「ならば、お父様!」
「ロザリー?」
「お忘れですか?!私は女です。私なら王太后様や王妃様のお近くで、その動きを調べることができます。なにより剣の腕があります。」
「だが、ルシアン王子の警護はどうするんだ?」
「ルシアン王子の警護は6人。そして二人一組の交代制です。だから、勤務がない時は侍女として後宮に…。」
「だが、一人二役なんて…」
「18年やっております。」
「…ぁ、そうだったな。すまん…。」
お父様の萎れた顔に、気にしていないと言うように笑って
「毎日、後宮で働く事は無理ですが、その辺はお父様、お願い出来ますでしょうか。」
「あぁ…わかった。」
と言って、じっと私を見つめ
「娘を危険な目に合わせようとする私は、父親としては最低だな。だが…だが、頼む。」
私は頭を横に振り、
「お父様、私はこのために18年、男と女の一人二役をやってきたのかもしれないと、今思っています。ルシアン王子を守れる私だけです。男と女を演じる事が出来る私だけ。」
私はもう一度、笑ってお父様を見た。
でも、お父様は顔を歪ませ…なにか言おうとしては…迷っているようだった。
それなら私は、お父様がいるこの場で、ルシアン王子の前で覚悟をみせるしかない。
ハイヒールを脱ぎ傍らに置くと、片膝をつき、眠るルシアン王子の手に自分の手を重ね…。
「謙虚であれ、誠実であれ、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、己の品位を高め、堂々と振る舞い、民を守る盾となり、主の敵を討つ矛となり、騎士である身を忘れることなく、この命を主に…尽くすことを誓う。」
騎士の誓いを立てたからには、もう後戻りはできない。
命を懸けてルシアン王子を守る。
だから…
目の端に映ったハイヒールに【さよなら】と呟いた…。