秘密
私は瞬きもせず、アストンを見ていた。
アストンは顔を歪ませ、私から離れると
「…俺はお前を穢そうとしているんだぞ。泣くなり、喚くなりしろよ。」
「死ぬ覚悟て来ているんだ。体を穢されるくらいなんともない。」
嘘だ。
本当は悲しくて、仕方なかった。
唇に触れる熱も…抱きしめられる熱も…
本当は…
頭に浮かんだ顔に…私は笑った。
こんな時に…浮かぶなんて…
「余裕だな…」
余裕…、そんなものはない。あるのは負けたくないと思う気持ちだけ。
私はルシアン王子とミランダ姫の騎士だから、どんな事があっても…負けるわけには行かない。
だから…
「アストン、片手で私の自由を奪っただけで、私を穢すことができるか?それぐらいで、私を自由にできるなどと思っていたら…痛い目にあうぞ。」
アストンは私の殺気を感じたのだろう。
私の上から離れると
「まぁ、唇だけでも奪えたので我慢するか…。それに…」
そう言って、ダガーナイフを私の後ろに向かって投げると
カキーン
タガーナイフを弾き飛ばした金属音と、そして……ゆっくりと近づく足音が聞こえた。
アストンは口元に笑みを浮かべ
「お前の最強リストのひとりが、現れたからな。これ以上は命が危ない。」
その言葉に私は振り返ることができず、黙って胸元を直し、ゆっくり起き上がり振りかえると、赤い瞳と眼があった。
お父様とお話しされたのだろうか?
……アストンにキスをされていた所を見られたのだろうか?
私は跪き、主君の言葉を待った。
だけど私に言葉をルシアン王子はかけて下さらず、アストンに
「…命乞いは聞かんぞ。」
「殿下には、ぜひお手合わせして頂きたいが…こいつとの戦いで些か怪我をしまして、このままでは簡単にやられそうなので、お楽しみは後日に…」
「逃げるのか!アストン。」
「逃げる?とんでもない。殿下とは最高の状態で、そして最高の場所で戦いたいからです。」
「お前!!」
「おやおや、いつも冷静な王子様が怒鳴ってばかりだ。ひょっとして…殿下、俺とこいつの熱いキスを見ておいでだったんですか?」
そう言って、アストンは唇を舐め
「それで冷静さを失われて、いつもの殿下ではないのかなぁ?」
「アストン!!」
ルシアン王子は大きな声で、アストンの名を呼ぶと、剣を振り下ろされた。だが、アストンはその剣を避けながら、大きな声で笑うと
「ふ~ん。そうですか?」
「…なにがだ。」
「俺とて、かなりの腕をもっているんですよ。今の殿下の剣に迷いと怒りが混じっている事ぐらいわかるってことです。」
「…アストン。」
「こいつに…惚れてるんですか?」
「何を言っている。シリルは…」
シリル…?
今ルシアン王子は私をシリルと…どういうこと?
殿下はお父様から、シリルとロザリーは同一人物だとお聞きしていない?
アストンは私を見て、唇だけを動かした。
その唇は(ロザリー)と形を作ると、今度は殿下に向かって
「おや?ご存知ない?」
そう言って、ニヤリと笑うと…
「こいつは…いや国を、いや殿下を騙していたんです。」
「騙していた?」
「シリルが俺を謀っていたというのか?」
「そう、殿下の腹心である侯爵と一緒に。」
「…ウィンスレット侯爵?」
殿下はお父様とは…お話されないで、ここに来られたんだ。
まだ…ご存知ない。
まだ私が…シリルとロザリーが同一人物だと…ご存知ないんだ。
こんな形で知られたくない。アストンの口から言われたくない。
「本当は殿下だって気づいていたんでしょう。こいつが…」
アストンと眼があった。あぁ…言わないで…
「こいつが…女だと言うことを…」
燃え盛る屋敷から、大きな爆発音が聞こえ、爆風がアストンと…ルシアン王子と…そして私の間を通り抜けていった。




