私は幸せ。
「ロザリー!」
「……ロザリー…」
異なるふたつの声に、ぼんやりしていた私はハッとして顔を上げると、視線の先に私を見つめる4つの眼があった。
私は慌てて周りを見渡しながら
「ぁ…ルシアン王子は…もう行かれたのですか?」
そう言った私を同じ青い瞳が、心配そうにその瞳を揺らせ…
私の心の奥底まで見えているかのような緑色の瞳は…
不思議そうに瞬きを繰り返すと
「なにがあったの?叔父様と心が通じ合ったんでしょう?なのに、叔父様もロザリーもどうしてそんなに元気がないの?」
「な、な、なにを仰っておいでですか?!ミランダ姫!ご冗談を…あはは…」
「…えっ?!叔父様はロザリーに好きって言わなかったの?!えぇぇっ!!」」
「す、好きだなんて…あ、あ、ありえません!!」」
そう、ありえない。ありえるわけない。
だけど一瞬、ほんの一瞬……
赤い瞳に囚われ、近づいてくる熱に、動けなくて
私は……
キスをされるのかと思った。
でもそんなことありえるはずはない。
ロザリーという立場で、殿下にお会いしてのは二度目、心が通じ合うほどの時間なんかないに等しい。そんな僅かな時間でどうしてありえるというの。
殿下が私のことを……なんてありえるはずがない。
それに…
ご結婚を控えていらっしゃるルシアン王子が、例え政略結婚であろうと、戯れに私のような女に手を伸ばし、お相手の女性や国を裏切られるはずはない。
そう考えれば…化粧が崩れて、目元が真っ黒になったんですかと…咄嗟に出た言葉だったけど…ハズレてはいなかったかもしれない。
そう…あれは…化粧が崩れた私の顔をびっくりして覗き込まれたんだ。
はぁ~
…少し…惨めだけど、それしか考えられない。
はぁ~
溜め息をついた私のあとを追うように、目の前のミランダ姫も大きく溜め息をつかれ
「叔父様って…」と言って、頭を抱えられたミランダ姫の声に被さる様に
「…好き?殿下が?」
ミランダ姫の後ろで、呆然とした顔のお父様が…何度も瞬きを繰り返し…
「…好き?殿下が?」とまた口にすると、頭を何度も横に振り、ミランダ姫を見て、私を見て
「…好き?」と語尾を上げて、張り付いた笑みを浮かべ、大きな声で笑い出したが…その笑い声にミランダ姫が
「あら?侯爵は気がつかなかったの?」
……お父様は笑い顔のまま…固まった。
そんなお父様にミランダ姫は畳み掛ける様に
「私はローラン国王が勧める方より、ロザリーが良いと思うの。ロザリーが叔父様と結婚するほうが絶対、叔父様もロザリーも幸せになるわ。侯爵もそう思うでしょう?!」
「…結婚」
お父様はそう言って、また固まった。
「えっと…ミランダ姫?」
「ロザリーも、ロザリーよ!」
「えっ?私?」
「そう、あの堅物で女心がわからない叔父様には、行動あるのみなのよ。キャロルも言ったわ、ニブイ男は押し倒せって!」
侍女のキャロルさん…あなたは良い方なんだと思います。
ミランダ姫があなたの言うことを信じていると言うことは…そうなのでしょう。
でも…少し…
「ミランダ姫。その情報は一旦、忘れてください。」
「どうして?!」
「その情報は…そ、その情報は…」
「古武術で勝負して、勝ったら恋人になるって…やっぱり難しい?叔父様も強いものね。」
「へっ?」
「ロザリーなら、勝てるかなぁと思ったんだけど…」
キャロルさん…あなたの教えは正確に伝わってはいないようです。
でも良かった。
幼いミランダ姫が、ふ、深い意味を知って言っているのかと…焦ったけど…良かった。
「…良かった。」
「なにが?」
「…ぁ…さ、さすがに、ルシアン王子には敵わないから、戦わなくて良かったと言ったんです。あははは…」
「あぁ、残念。押し倒せば…恋人になって、結婚できると思ったのに…」
私はそっと、ミランダ姫の前に跪き、つまらなそうに口を尖らせた顔に微笑み
「好きになるって、そういうことではないですよ、姫。」
「ロザリー?」
「恋は勝負して勝つとか負けるとかではないです。例え、姫の仰る通り勝負をして、そして勝ったとしても、心がないキスをされても悲しいだけ。お解りいただけますか、姫?」
「…うん。」
ミランダ姫は私の頬に手を伸ばされ…
「ロザリー。」と私の名前を呼ばれると、私の頬を何度も触りながら
「ロザリーのバカ。」
「…姫?」
「涙がいっぱいでてるのに…気がつかないの?」
「えっ?」
「そんなに、苦しいくらいロザリーは叔父様が好きなんでしょう。なのに…」
ルシアン王子に憧れていた。あの気高さに。そして剣の腕に。
それがいつのまにか…憧れが…
叶うことなどない。ううん、願うこともしようとは思わない。
だって私は…
『…俺は必ず、この国を守る。』
ルシアン王子のあの言葉に従うだけ、だって私は騎士だから…。
ルシアン王子とこの国を守るのが、騎士としての勤めだから…。
だから私は、シリルとして仕える。
この90日余りの日々はロザリーじゃない、シリルとして…。
私の頬を伝わる涙を拭う小さな手に触れ、顔を歪ませるミランダ姫に微笑みながら、視線をミランダ姫の後ろに移し
「姫がそんな爆弾発言を仰るから、お父様がまだ固まってますよ。」
「ロザリー…」
ミランダ姫は、私の首に腕を回して、大きな声で泣き出された。
私が…
可哀想だと…
私は、銀色の長い髪を撫でながら
「ミランダ姫、私は幸せです。姫がこうして私の事を慕ってくださるから、すごく幸せです。」
幸せ。
そうだ、私は幸せだ。
この手で好きな方達を守れるのだから。
この手で立ちふさがるものに、剣で戦う事ができるのだから。




