王子様は迷う。《2》
「ロザリー!」
疑念に揺れ動く俺の心に、ロザリーを呼ぶミランダの声が響き、揺れ動いていた心が、ピタリとその揺れを止めた。
「ロザリーと会ったばかりだろうに…これほど慕っているとは…なのに…俺は…」
ウィスレット侯爵に『ブラチフォード国を、そして私を裏切るのではないのなら、それ以上は言わなくても良い。』と言ったのに…何を動揺している。
もう少しで、あの時信じていると言った口で、俺は侯爵やロザリーを疑う言葉を吐くところだった。
冷静さを忘れて、上に立つものとして、やってはいけないことを…言ってはいけないことをやるところだった。
侯爵が、俺や国を裏切らないと信じているはずなのに…俺は…。
純粋にロザリーを慕うミランダの姿に、唇を噛み、そっと俺は眼を逸らした。
どうして疑う言葉を、口にしようとしたのだろう。
どうして冷静でいられないのだろう。
あの時、俺に言えない何かを隠す事への後ろめたさに、ウィンスレット侯爵の顔は僅かに歪んだが
『殿下の臣下でなくなりましても、殿下は生涯、私の大切な御方でございます。』と言った時には、あの眼は真摯な想いに溢れていた。
そして…
そんな侯爵の姿に、心を打たれたように、自然と騎士の誓いを口にしていたシリルの姿が…瞼の裏に焼きついたかのように、今もはっきりと見える。
あの時のシリルは、そして侯爵は、間違いなく俺に忠誠を誓ってくれた。あのふたりの姿には、嘘などなかった、だからどんな秘密であっても俺は、このふたりを信じた。
なのに、俺はどうして?
そっとロザリーへと眼をやった。
……嫌だったんだ。
もし、このロザリーの姿が、仮の姿で本当の姿が、シリルと言う少年だったら…嫌だったんだ。
シリルは賢く、腕も立つ、何より心根が真っ直ぐで、好ましい少年だ…だが少年なんだ。
何を思っている。
少年であろうが、女性であろうが、その人柄に拘れば良い事なのに、その性別に拘り…何処かで、双子であって欲しい、もし事情があって、双子でなかったとしたら、その性別は…女性であって欲しいと思う心が…ある。
俺は何を思っているのだ。
例え、双子であったも、
例え、仮の姿がロザリーという女性であっても、
関係ない。性別など関係ないはずなのに…。
国の為にその命をかけるど言ってくれているのに…俺は…。
双子だろうが…男だろうが…女であろうがどうでもいい。例えシリルとこのロザリーが同一人物だったとしてもきっと理由があるはずだ。いや性別などに拘るな。あの不思議な力に怯え、人が近づくことを拒むようになったミランダが…。何よりあんなに慕っているのなら、間違いない。信頼できる者だ。それだけでいい。それだけで…。
ミランダは人の心が色として見える。
俺のように感じるものではなく、視覚として見えるのだ。
ミランダがロザリーと言っているのなら、もう考えるな。
俺は、何処かしっかりこない想いに蓋をし、侯爵に…言った。
『侯爵、ロザリーとふたりだけで話しがしたいのだか、良いだろうか?その間、ミランダを頼む。』
今はただ話をしたい。あの時の礼を言いたい。
青いドレスを着て踊る天使が頭の中を過ぎったが…軽く頭を振って、俺はロザリーをもう一度見た。
(天使には性別はないそうだ。まさしく…天使だな。)
青く澄んだ瞳に一点の曇りは見えない。ロザリーの心の清さは…俺も色として見えるようだ。
(天使なら…俺の手など届くはずはないな。いや…俺はもう…なにも求める事はできなかったんだ。)
後ろから付いてくる、ヒールの音を聞きながら、俺はそう思っていた。




