ドナ.ドナ.ドナ?
わかっている。
国を、王家を欺いた罪は、何れ償わねばならないことは…
でも…まだ、知られたくない。
「まだ…」
そう小さな声で口にし、唇を噛み締めた時だった。
俯いた私を守ろうかとするかのように、背中に優しい…温もりを感じた。
それは…
「ロザリー!」
ミランダ姫が私の名前を呼んで、背中に抱きついてこられた温もりだった。
ルシアン王子は私とミランダ姫を見つめて、なにか呟かれると、後ろに控えていたお父様へと視線を向けられたが、迷うように赤い瞳が揺らして…まるで言葉を探しておいでのように見える。
そんなルシアン王子に、お父様は黙って頭を垂れ、次の言葉を待っていた。
お父様とて、カルヴィン・アストンがここにいる以上、真実は言えないだろうと私は思っていたが、でも…お父様のあのご様子は…
私はお父様を見た。
お父様も私を見られた。
微かにお父様が、頷かれたように見える。
あぁ…やっぱりお父様は…
ルシアン王子に…お父様はもう嘘をつきたくないから…
【シリルとロザリーは同一人物なのか?】とルシアン王子に問われたら、お父様は【はい。】と言われるおつもりだ。
「侯爵。」
ルシアン王子は、そうお父様に声をかけると、しばらくお父様を見つめていらしたが、その赤い瞳に迷う色は見えなかった。
お気持ちが決まったのだ。
私はゆっくりと眼を瞑ると、言葉を待った。
「侯爵、ロザリーとふたりだけで話しがしたいのだか、良いだろうか?その間、ミランダを頼む。」
一瞬、ルシアン王子の以外な言葉に、お父様が眼を見開かれたが、私をチラリと見て
「…御意。」
私に直接お聞きになられるおつもりなのだろうか。
ふたりだけになったら、ルシアン王子は黙って歩かれた。
私はその後を付いて行く。
その構図が…
こんな時なのに…な、なんだか、売られて行く子牛みたいに思えて、頭の中で…
♪かわいい子牛、売られて行くよ。悲しそうな瞳で見ているよ。ドナ ドナ ド~ナ ド~ナ~♪
そのメロディが頭の中で流れている。
苦しいことや、嫌な事があると…違う事を考えて逃げるのは…私のダメなところだ。何やってんだか…
はぁ~。
クスッ。
と笑う声が聞こえ、ハッとして顔を上げると…口元を押さえ笑いを噛み締めるルシアン王子がいた。
「…なんだ?その顔は…。まるで売られて行くみたいだな。」
当たりです。そんな気分です…と無理矢理口角を上げると、ルシアン王子は大声で笑いながら
「俺の腕を止血する為に、左袖を引きちぎった猛女とは思えないな。」
「も、も…猛女だと思っていらしたのですか?」
ハイヒールを放り投げ、裸足で殿下の部屋で踊っていた、頭のおかしな女だと思われているかも知れないとは、覚悟していたけど、プラス…猛女までついていたとは…最悪だ。
よほど、青ざめた顔だったのか、ルシアン王子が眉を八の字にして
「すまない。レディに…」
「いえ、いいんです。昔から言われていたので。」
「昔から?」
「…はい、剣の稽古の時に、お父様から…【淑女なぞ、目指すな!目指すなら、猛女となって、俺を打ち負かせ!】と」
「あはは…俺も昔、そんな熱い事を言われたな。【猛者となって、男の生き様をこの老いぼれに見せてくださいませ。】とな。」
お父様は…熱い。というより…暑苦しい。
いったい何を、ルシアン王子や私に求めているのやら…。はぁ~
情けない私の顔を見て、ルシアン王子は微笑まれ
「お前とシリル…そして俺は、そうか…兄弟弟子なんだな。」
そう言って、また笑われ…私をじっと見られると
「あの時…」
「はい?」
「朦朧とする中、やっと部屋に戻ったら…踊るお前がいた。青いドレスの裾を翻しながら踊る姿を見て…天使かと思った。」
「えっ?」
「でもまだ、死ぬわけにいかないから…。まだ、天使を迎えるのには、やるべき事があるから…焦った。それでお前に対して、いや…天からのお迎えに、反発するようなキツイ物言いになってしまい…本当に悪かった。命を助けてくれたのに、酷い言い方で…御礼も言えなかった。ずっと心に引っかかっていたんだ。」
「ルシアン殿下…。」
「ロザリー、あの時はありがとう。」
何度も頭を横に振った。
御礼なんて…言ってもらえるような人間じゃない、だって私はルシアン王子を騙しているだもん。なのに…御礼なんて…
ごめんなさい。
涙がどんどん溢れてきて、止まらなかった。
袖で何回も拭いたけど、止まらなくて…両手で顔を覆うとしたら…
親指と人差し指の付け根あたりに剣だこある、硬く大きな手が…
私の頬に触れ…涙を拭っていった。
「…ロザリー…」
小さな声で私の名前を呼んだ、ルシアン王子の赤い瞳が近くで見えた。




