ただいま私は、ど田舎に療養中と言うことになってます。
「…おまえは…誰だ?」
「ルシアン王子…。」
ふ、不審者と思われた?!
…だよね。私が警備していて裸足で踊る女を見たら、そりゃぁ思うもの。ここは正直に…迷子になってウロウロしていたら、迷い込みましたと言って頭を下げよう。
よし!
「殿下、申し訳あ…あぁあ!!」
ああぁ!!マズい!だってウィンスレット侯爵家のロザリーは、ただいま領地であるど田舎に療養中と言うことになっているのに…ど、ど、どうしよう。
「あ、あの…」と顔を上げた。
もうここは、ルシアン王子に不審者に思われないように、取り合えずにっこりと笑って、怪しくないオーラを出すしかない。
引きつるような私の微笑に、ルシアン王子は舌打ちをすると、大きく体をよろめかし、その拍子に握られていた手が私から外れた。
ルシアン王子はフッと口元を緩め、
「…部屋にも刺客を…放たれていたとは…」と言って、ガクンと倒れるように膝をつき、荒い息を吐きながら、座り込むと焦点が定まらないのか、赤い瞳を揺らしながら私を見上げた。
これは…いったい…
「殿下!どうなされたのですか?!」
「ハァハァ…おまえは…刺客では…ないのか?」
「刺客?わ、私が…?」
呆然とする私に殿下は顔を歪め、左手で口を押さえると、嘔吐を堪えるような仕草に、私はとっさに、ルシアン王子の背中を擦ろうとした。
「俺の後ろにくるな!!」
「殿下…?」
「俺は…ハァハァ…信用していない者は、男でも…女でも…自分の後ろには…やらん。」
国民の前に立った時、ほんの少し目元を和らげ微笑むあの姿だけが、ルシアン王子だとはさすがに思っていなかったけど…。
なんだか…胸が痛かった。
でもそんなことを考えている場合じゃない。
おそらく、これは毒を盛られたんだ。
「殿下、毒を盛られたのですか?すぐに医者を呼んで参ります!」
「医者は呼ぶな。毒に…対する耐性は…できている。だからよい。」
でも、このままでいいわけはない。どうしたらいいんだろう。
座り込み、荒い息を吐くルシアン王子を見つめ…ハッとした、毒だけじゃなかった。
ルシアン王子の右腕から、血が流れている。
この傷から見ると…細い剣…三角形の断面形状を持った片刃…レイピアだ。
「医者を呼ぶなと仰るのなら、殿下の右腕をせめて、私に止血させてください。」
私は青いドレスの左袖を引きちぎると、ルシアン王子の右腕を取った。
ルシアン王子の赤い瞳が大きく見開き、私を見ると、荒い息を吐く唇から戸惑ったように
「…ドレスを…」
「長袖だったので、これが一番かと…。ドレスの裾やシーツを引き裂くより、こちらのほうが丈夫です。」
左袖で、縛った右腕は止血したにも関わらず、じわじわと薄い青を赤く染めていった。
毒のせいなのだろうか、出血が止まらない。
このままではやっぱりだめだ、やっぱり医者に見せないと…。
「では、殿下が信用できる方を呼んで参ります。どなたを呼べばよろしいでしょうか?」
黙って私を見ていたルシアン王子だったが
「ではウィン…スレット侯爵を呼んでくれ。」
お父様を…?ええっ~?
「…ウィンスレット侯爵…様ですか?」
「あぁ…頼む。」
家では頼りないお父様だけど、何気にルシアン王子から信頼を得るほどのやり手?
いやいや…。
頭の中で、お母様に叱られるお父様が浮かび…薄く笑ってしまった。
まぁ、外ではできる男と思ってやろう。娘だもんね。
「わかりました。」
そう返事をして、立ち上がろうとした私の手を、ルシアン王子が荒い息を吐きながら掴んだ。
「君は……いったい…誰なんだ?」
また…ああぁぁぁ…また振り出しに戻ってしまった!
まさか、領地で療養しております、ウィンスレット侯爵の娘 ロザリーですが、少し気分が良かったので、200キロの道のりをやって参りました…って言う?
ないよなぁ…絶対ないよなぁ…これは。
あぁ背中に…汗が…。
200キロ先のウィンスレット侯爵の領地にいるはずの私が、ここにいてはマズい。下手をすると18年間、一人二役で男と女をやっていた事がバレる可能性も大。
いやそれだけではない。
『俺は…ハァハァ…信用していない者は、男でも…女でも…自分の後ろには…やらん。』
と言われていたルシアン王子から、信頼を得ているお父様が、裏で国の法律を破っていると告白するようなものだもん。そんなこと言えない~。
マズい、よりこれはマズくなった。
でもなにか言わないといけないと思って口を開いたが、言葉に出てこなくて、唇を噛んで俯いた私にルシアン王子の手が頬に触れた。
「…殿下?」
「…青い瞳なんだ…。」
「…えっ?」
ルシアン王子の大きな手が、私の頬を柔らかく包み、何度か撫でると、その手を私の仮面へと伸ばし
「…顔を見たい…おまえの顔を…」
赤い瞳が覗き込むように私を見ると、ルシアン王子の指が仮面に触れ…仮面が外された。