本日、私は青いドレスとハイヒール。
本当に行くの?
私は鏡に映る私に言った。
見慣れない栗色の髪、14歳の時に着て以来の青いドレス。
泣きそうな顔で立っている女性は、いつもとは違う私だ。
似合わない…全然似合わない。
でもこれが最後のチャンス。明日からは、もう二度とこんなことはできないから。
誰かに誘ってもらえるだろうか…?
万が一ダンスに誘ってもらっても、この仮面できっと私とはわからないだろうなぁ。
ううん、まさかドレスを着て、来ているとは思わないよ。
ああぁ…気づいて欲しいと思う反面、絶対!私だと気づいて欲しくないと思ってしまう…複雑…。
だって、これが女性として最後の…仮面舞踏会なんだもの。
でも…私は…今。
「どうしよう…。大広間に行けない。迷子だ。」
なにやってんだか、必死な覚悟で来たと言うのに、なに迷子になっての…私。
ヒールだ。やっぱりこのハイヒールのせいだ。体がふらついて、足元を見ないとうまく歩けなかったから、足元ばかり見ていて…変なところに入り込んじゃった。
ハイヒールを履くのは、18年の人生で2度目。
前回は4年前のアリス姉さまの結婚式以来、なのにドレスにハイヒールで、王宮の舞踏会に行こうなんて、大それたことを考えたせいだ。
ハードルが高かった。
明日からは騎士団の一員として、男として生きるんだもの。最後の夜ぐらいレディとして、過ごしたかったのに、ダンスだって女性のステップを練習して来たのに…最後の夜はこれだなんて…最悪。
お父様がいけないんだ。
私を男女の双子ということで、育てようとするなんて、だいたい無理があるの!
そ、そりゃぁ…私は…確かに、馬車に乗るより、馬に跨ったほうが好き。
刺繍をするより、剣の稽古をする方が好きだったりするけど…
綺麗なドレスだって好きだし、髪だって…ほんとうは伸ばしたい。こんなウィッグでなんかで、誤魔化したくないよ。
病弱な双子の姉弟、いつもどちらかが体調を崩し、屋敷に篭もっている…そんな設定でほんとよく、18年もやってきたものだわ。あぁ、でもまさか18の歳まで、一人二役をやるなんて思わなかったよ。これで騎士団の寮に入る事になっていたら、お父様はどうするつもりだったんだろう。
いや…あの父なら
「お前の剣の腕はピカイチだ。そんじょそこらの男に引けはとらんわ!」と言うわよね。
確かにそうだけど…少しは娘の貞操を心配して欲しい!
まぁ運が良いのか、悪いのか…あの第二王子付きになったことで、寮生活は免れたけど、第二王子様は…ルシアン王子はあと三ヶ月余りで、隣国の姫と結婚を控えている。
その間だけの…。たった90日間の任務。
黒い髪に赤い瞳のルシアン王子。肩より少し長い黒い髪を結び、浅黒い肌に鋭い赤い瞳、でも国民の前に立った時、ほんの少し目元を和らげ微笑むあの姿、カッコ良いいのよね。ううん、それだけじゃない…あの大きな体に見合う剣捌きも見事なんだもの。
憧れていたんだけどなぁ。私より3つ上だから、もし隣国の話がなければ…そして私がただの侯爵令嬢だったら、お話があったかも…なんて思ったこともあったけど…。
はぁ~もっとも、今の私の状態では縁談も来ないか。
…なんだか、すっごく疲れた。
今、何時だろう。
お父様に最後だから、女性として舞踏会に出たい!と言って来たのはいいけれど、もうダンス始まってるよね。踊りたかったなぁ…。
でも、もういいや。どうせヒールで痛めたこの足では踊れないし、だからと言って仮面舞踏会とはいえ、裸足で踊ったらひんしゅくものだもの。
あっ!!でも、ここなら…。うん、そうよ。ここならいいよね。
この部屋なら、家具はあの長椅子とベットぐらいだもの。
それにしても…ここって客間なんだろうか?それにしても、家具がこれだけって…変だよね。
まぁ、家具がない分、広いからいいんだけどね。
はあぁ…ヒールをぽんと投げ、もう最高!
「足が生き返る!」
かかとが少し赤くなった右足を見て、
「踊る前から、これでは…。無理だったかも…。」
微かに聞こえてくる音楽に体を揺らし…そっと左足を出した。
目を瞑ると、そこは舞踏会。そしてパートナーが微笑んでいる。
そう…ゆっくり右足を軽くひいて、パートナーに挨拶を…。
踊るのは大好き。幼い頃から、よく練習をしたなぁ。もっとも、男性のパートだったけどなぁ。
あぁ…ここだ。ここで、こうやって手を伸ばすと男性が女の手を引く。
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えっ?!
腕を引かれた!
この私が…人の気配を読めなかったなんて!
今日に限って女性の格好なのに…どうする?
剣はない。この手の大きさなら…かなりの大柄…。勝てるだろうか…。
落ち着け、そう落ち着いてゆっくりと眼を開くのよ。
いつでも攻撃できるように、右足を引きながら、ゆっくりと睨むように目を開けると…。
そこには温度を感じられない、冷たい赤い瞳の人がいた。