銀色の髪にそっとキスをした。
私は今、ミランダ姫の部屋の前に立ったまま、動けないでいる。
それは昨夜のお父様の言葉が、木霊のように私の頭の中でまだ鳴り響いて、心が揺れ動き、考えがまとまらなかったせいだった。
(ミランダ姫は…ルシアン王子が描くこの国の希望なのだ。)
(ミランダ姫なしでは、我が国は滅ぶやもしれん。)
あの言葉の意味はなんだろう。
…希望…という意味はなんだろう。
いろんなことを考えたけど、やっぱり…昨夜…思った疑問と重なるような気がする…
『…どうして、ミランダ姫は母親である王太子妃様と、ご一緒ではないのだろう?。』
他国の中には、早くから王としての教育の為に、二親とは離れて暮らすことはあるが…それでも、両親である王太子様と王太子妃様とは、まったくお会いにはなっていない、この環境はやはり可笑しい。王大后様と王妃様とは、頻繁にお会いになったいるのに…
項垂れたお父様に、昨夜は聞けなかった。
本当はどういう意味なんですか?とお父様に聞くべきだったのかもしれない。
でも…聞くことは今夜でも出来る。
まずは今、自分の眼で、自分の耳で、そして心で感じるほうが先。
剣と同じだ…感を研ぎ澄ませて、真実を見る。
コンコン…
扉を叩いたが…中から反応がない。
そっと開くと…
2人の侍女が、一点を見つめ、困惑した顔で立っている、その視線の先は…庭先。
「あの…今日、女官長から…」と恐る恐る声をかけると、ひとりの侍女が振り向き、今にも泣きそうな顔で…
「どうしたら良いと思う?」
「えっ?」
その侍女は、視線を庭先に動かして
「姫様は、朝から…庭先でああやって寝転んだまま動かれないの。猫のときも…小鳥のときも…言葉をかければ、一応お答えしてくださっていたのに、今日はまるで反応がなくて…」
侍女の視線の先を見れば、確かに大きな木の下に大の字になって、寝転んでいるミランダ姫がいた。
「わ、私、女官長をお呼びしてくるわ。」
もうひとりの侍女が、顔を歪めてそう言って出て行こうとする手を、私はそっと止め
「…朝、なにがあったのですか?」
「朝と言うより、昨日から…ルシアン殿下に会いたいと仰られて、私たちの一存ではどうにもならないと申し上げたら…庭先に出られて…」
「そうですか…。女官長をお呼びされる前に、私が姫にお声をかけていいでしょうか?」
二人の侍女は頷くと
「いいけど…無理だと思うわ。」
私はにっこり笑い、ミランダ姫の元へと歩き出した。
大の字になって寝転ぶのは、きっとミランダ姫なりの理由があるはずだ。
ミランダ姫へと足を運びながら、大きな木の間から零れる日差しに眼を細め、立ち止まった。
あぁ…今日は、朝から日差しが強いなぁ…眩しい。
ミランダ姫は眩しくはないだろうか?
大きな木から、その木の下に眼を移すと、ミランダ姫の細い腕が、枝の影に合わせて伸ばされていた。
あぁ…もしかして…ミランダ姫は…
だから…
大きな木の下で、大の字になっている姫の側に来たら、私は姫と同じようにゴロンと横になり、大の字になった。
その気配に気づかれたミランダ姫が、驚いたように眼を丸くされ、小さな声で…
「あなたは誰?」
「私は…ロ…」と言って言葉を止め、こう言い直した。
「影なんです。」
「えっ?!」
「この木の影は、とても大きいので、姫様おひとりでは大変かと思いまして」
ミランダ姫のキョトンとしていた顔が、満面の笑みへと変わり、
「私ね。叔父様のところに行かれる方を待っているの。その方の影になれば、叔父様のところに行けるから待っているの。」
真っ赤な顔で、早口で自分の考えを話すミランダ姫に、何度も私は頷きながら
大切な人が自分が渡したお酒のせいでと…具合を悪くされたことが…お辛く、そして悲しくて、ルシアン王子の顔を見ないと不安で堪らないのだと思った。
小鳥になって飛ぶ事ができないなら…
猫になって部屋を飛び出すことができないのなら…
ただ…待つことしか、許されないのなら…
幼い姫が考えられた唯一の方法だったのだ。
こんなにも…ルシアン王子にお会いしたいのかと思うと、胸が痛かった。
なら…私が会わせてやる!
「姫様。ここでルシアン殿下のところに行く方を待つより、良い方法があります。」
「ほんとに?」
「はい。私の弟がルシアン殿下の騎士をやっております。弟シリルなら姫様をルシアン殿下のところにお連れする事は可能です。ただ…申し訳ありませんが、私は姫様と、殿下の下にはご一緒出来ませんが。」
「いや!知らない人は嫌。みんな…お父様もお母様も…私を嫌っているから…嫌。」
「ミランダ姫…」
ミランダ姫は…もしかして…ご両親が会いに来てくださらないのは、嫌われているからと思っていらしているのか…
あぁ…なんだか、わかったような気がした。
ミランダ姫は、両親からも嫌われる自分の存在を消したくて、違う存在に変われば、愛される思っておられるのではないだろうか。だが…多くの人はそんなミランダ姫の心がわかるはずもなく、遠巻きにただ見ているだけで、それがまたミランダ姫の心を傷つける。
…悪循環だ。
ミランダ姫の銀色の髪に付いた芝を取りながら
「弟シリルは、双子なんです。だから私と顔も、そして性格もそっくりなんです。」
「弟はシリルと言うの?あなたは…なんて言う名前…?」
「私はロザリーと申します。」
「……私はロザリーが良い。」
私はにっこり笑い
「私はミランダ姫をいっぺんで好きなりました。だから弟シリルもミランダ姫をいっぺんで好きなります。必ず!」
「でも…ロザリーはもうここへは…」
「また、参ります。」
「ほんとに?!絶対に?!」
「はい。絶対にです!」
ミランダ姫は小さな手を伸ばし、私の首に回すと
「神様が…私の願いを聞いてくださった。」と言って、小さな声で私の名前を呼ばれた。
「ロザリー…。」
その小さな声に答えるように、草の香りがする、ミランダ姫の銀色の髪にそっとキスをした。




