愛する人を、大事な人を守りたいと思う気持ち。
足が重かった。
気分も重かった。
隣を歩くお父様も同様のようだ。
「お父様、どうしましょうか。役に立たないエイブは、場合によっては、ボコボコにして、出てこれないようにしますけど」
重い気分は私に、過激な事を言わせたが、負けず劣らずお父様も
「ボコボコって、回復するボコボコなんだろう。できれば…二度と私たちの前に出てこれないようにしたいな。」
そう言って、私たちは「「はぁ~~」」と大きな溜め息をついた。
「なぁ…ロザリー。明日からの勤務だが、通常6人のところが5人になる。そうなると、騎士の負担も大きいし、何よりお前が後宮に入り込むのが大変だ。だから私は90日という期間だから、他の仕事はどうにかして、しばらく殿下の警護に付こうと思う。」
「お父様!まさか…あの男と組むつもりでは…?」
「カールはまだまだだ。バートは腕は良いが私ほどではない。ならば私だ。もし…殿下に切りかかろうとしたら、その男に対峙できるのは私しかおらん。」
「お父様!私が…「無理なんだろう。」」
「えっ?」
「人を切ることが、いや、殺めることが…」
「…お父様。」
「責めてはおらん。当たり前だ。」
そう言って、私の頭に手を置き
「昔、私の父…おまえにとっては祖父だ。その父から言われた。『何のためにお前は剣を抜くのか。』とな。」
私は黙って、お父様を見た。
お父様は笑って
「私は『騎士だからです。』と答えたら、父は…こう言われた。
『お前は…まだ騎士ではない。
剣の修行をして腕を上げたから、騎士になるのではない。
命がかかった場面に、剣を抜いてこそ騎士になる。それはどういうことだかわかるか?剣を抜くのは、相手を殺めるつもりで抜くもの、その覚悟ができてから、騎士となるのだ。
だから、まだお前は騎士ではない。
だが、人を殺めることを当たり前のように思うようになったら、それも騎士ではない。
ただの化け物だ。
騎士とは、主の為、国の為、それは愛する人が穏やかに暮らせる世を守るために、止むを得ず、剣を抜く者を騎士と呼ぶ。その心には、ただ愛する人を、大事な人を守りたいと思う気持ちだけしかない。その覚悟を…公言することが騎士の誓いだ。』と言われた。」
ただ、愛する人を、大事な人を守りたいと思う気持ち。
今でも…どこかで迷う気持ちがある。でも…その言葉は私を騎士へと、一歩導いてくれる気がした。戦うのは己のためではない。剣を抜くのは、ただ守りたいと思う気持ち。
「お父様、カルヴィン・アストンから…人を殺す事ができない騎士では、主は守れないと言われました。」
お父様は黙って私を見て、私の次の言葉を待っていらっしゃる。
私は大きく息を吸い
「愛する人を、大事な人を守りたい気持ちは、この胸の中で溢れるほどです!でも!でも!できるでしょうか…。いざと言うとき、人を殺めることへの恐れで私の手は震えて…動かなかったら…私は…愛する人や、大事な人を守れない。心の中でこんなに守りたいと思っているのに、この命を懸けてでもと思っているのに…自分が…自分の体が信用できないんです。」
うまく言えなくて、しどろもどろになってしまった、そんな私の頭をぽんぽんと軽く叩くとお父様は…
「だから…殿下に言えなかったのか。自分がいざと言うときに剣を抜き、相手を切る覚悟がないから、俯いてしまったのか。…辛かったな、愛する人を、大事な人を守りたい気持ちは、胸の中で溢れるほどあるのに、殿下から自分の後ろは任せられないと言われて…。」
「お父様…。」
「あれは…殿下が5歳だった。殿下とご生母スミラ様は警護をしていた者に切られ、殿下の傷は浅かったが、スミラ様はその傷が元で…亡くなられた。」
「えっ?でもスミラ様は事故でと…」
「スミラ様の祖国であったローラン国には、言えなかったのだ。なぜならスミラ様を切った者は、陛下の庶子だったからだ。もっともそれがわかったのは…事件の後だ。その者の母親は町の者で、一夜の慰めの為に王が手を付けられた女だった。王の子を宿したが…あの気位の高い王大后様と王妃様が、後宮に入れることを拒まれ、苦労の上に…亡くなったと言う。その者は、いつか王を悲しみのどん底に落としてやりたい、大事なものを自分から奪ったのだから、自分も奪ってやると思っていたと証言したと聞いた。」
「それが…ルシアン殿下とスミラ様だったのですか?」
「その当時、王は利発なルシアン王子と、美しいスミラ様を溺愛されていたからな。」
「そんな…」
顔を歪めた私に…お父様は…
「背中からだった。」
「えっ?背中から…切られたのですか?」
お父様は静かに頷かれ
「幼かった殿下は、たいそうその者を慕っておいでだったから、かなりショックだったのだろう。
母上を亡くされた悲しみと、裏切られた悲しみで、それから人を寄せ付けられなくなられた。
その頃だ、私が殿下に剣を、お教えすることになったのは…。
背中を預けられないのは、そういうことがあったからだろう。だが…殿下に剣を、お教えするようになって、私は気づいてしまった。上達するほど殿下の剣は、己ひとりで窮地を切り抜く剣だとな。だからロザリー…私は思う、殿下はほんとうは自分に近づくことで、誰かが死ぬ事が恐いのではないだろうか。」
お父様が泣きそうな顔で
「なぜ?殿下は浅い傷で、スミラ様は深手を負ったと思う?」
見えた気がした。
幼いルシアン王子を庇う。黒髪の女性が…
唇を噛んだ私に
「そうだ。背中を預けられないのは、その者を信用できるか、できないかということはもちろんだが…殿下は恐いのだ。自分を庇って誰かが死ぬのが…まだ殿下は5歳の頃の悪夢から、目覚めていらしていない。」
そう言って、お父様は私を見つめ
「殿下はお前に迷いがあると、気づかれたのだろう。剣を抜いて主を守れないのなら、どうやって主を守る…体を張ってしかない。その事に気づかれたから、ああ言われたのだと思う。」
主の剣になると誓った、でも盾になるとも…誓ったから。
だから、私が剣として使えないのなら、盾として使って戴こうと思っていた。
それを殿下がお許しにならないのなら…どうしたらいいのだろうか。
私は唇を噛んで、利き腕の右手を左手でしっかり握った。




