2日目⑥
ロイが出ていった扉を見つめてたナダルは、私へと視線を移すと
「明日からのことも、おまえに話しておきたかったが…悪いが、明日は6時に下で待っててくれ。」
ナダルはそう言って、私の返事を聞かず、ノブに手を掛けた。
「ナダル!」
この男は…
「…ロイとちょっと話してくる。あいつ…様子がちょっと変だったからな。なにか、あったのかも知れん。」
この男の時間は、15年前で止まっている。
ナダルにとってはロイは…あの兵士に攫われて行った少年のままなんだ。
それは…
15年前のあの日が、ナダルの中では今でも続いているということか。
「あなたが9つの子供じゃないように、ロイも7つの子供のままじゃない。時は流れている。あなたがいつまでも、あの哀しい出来事に囚われていたら、あなた自身だけじゃない、ジャスミンもロイも前に進めない」
15年前の出来事は終わったとナダル自身が、自覚しないと…いつまでの闇に沈んだまま、這い上がれない。
ジャスミンやロイを守ることで、ナダルは生きる意味を見つけたんだろう。だがもうジャスミンもロイもひとりで飛べる翼があるんだ。
「あの日を……忘れろと言っているのか?」
低い声でそう言ったナダルは、私へと振り返った。
「ナダル…」
「ルチアーノ。おまえと話していると、まるであの出来事などなかったような気にさえなった。
だが、あったんだ。
地図にさえも載っていないこの町は…。
そこにあったんだよ。
兵士達が女子供を容赦なく切り捨て、町の至るところに死体の山が…。
そして…そこに俺はいたんだ。
ロイが目の前で攫われようとしているのに、このまま連れて行かれたら、無事ですまないとわかっていたのに…
動けなかった俺が…。
ロイを見捨てた俺がいたんだ!
もう嫌なんだ。
ジャスミンとロイは俺の家族なんだ。大事な家族なんだ。
だからあいつらが幸せになるためになら…俺はなんでもやる。人を殺すことだって躊躇しない。
俺はあいつらの為に生きてるんだ。
今、おまえも感じただろう!ロイの心が揺れたのを…きっと何かあったんだ。
ほんの少しの心の綻びも、大きく裂けることになるかもしれない。
その前に…問題を片づけてやらないと…。」
ナダルの闇に堕ちた切っ掛けは、あの出来事だと思う。
幼い頃に母親を亡くし、そして瞳が王家の象徴である赤い瞳でなかった為に、父親に捨てられたナダルには、ジャスミンとロイは家族だった。あの二人を愛しているんだろう、だが、ナダルの心の中にはあるんだ…あの二人を失えば……自分はこの世で立ったひとりという怖さと寂しさが。
闇の根源はナダルの寂しさだったんだ。
闇にいながら、純粋すぎる。
純粋すぎるから…危うい。
扉を開け、出て行こうとするナダルを、
このまま…行かせたくなかった。
このまま…闇の奥底に、堕ちて行かせたくなかった!
「ふたりの幸せの為に、あなたひとりが犠牲になることを、ジャスミンやロイが喜ぶと思いますか?!」
だが、ナダルは振り返りもせず、部屋を出て行った。
ナダル…。
あなたが幸せにならないと、ジャスミンもロイも幸せじゃない。それに気づいて欲しい。
ナダル、自己犠牲は愛ではない。
それは…ただの自己満足だ。




