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王子様と過ごした90日間  作者: 夏野 みかん


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2日目④

黙り込んだ私をチラリ見て、クスリと笑い

「ここは笑えよ。」


と言って、ナダルはまたゴロンとベットに横たわった。


「どう見たって、俺は王子って柄じゃねぇよな。まぁ、ここにきてまもなく死んだ母親も、育ててくれたジャスミンの母親も農民だったらしいし、それじゃぁ、どう逆立ちしたって、品良くは育たないさ。だがロイは…母親も俺達と同じ農民だったのに、あいつには王家の血が流れていると、感じさせるものがあったんだ。それは赤い瞳だからと、やっかむ輩もいたが、俺はそうは思えなかった。」



ロイはレックスの愛称だ。

レックス(Rex)…ラテン語で【王】


まさしく名は体を表す…か。


ロイ…。

ルシアン殿下と似たような容姿を持ち、ルシアン殿下の前世での名を持つ男。


運命とは…不思議なものだ。

その男と命の駆け引きをすることに、なるやもしれないとは…



そして…



底知れない暗闇と…自分の懐に入れた者を愛し守ろうとするこの男ナダルとも、命の駆け引きをすることになるのだろうか。

何とも言えない気持ちでナダルを見た。






「なぁ、ルチアーノ。あの時、ああすればよかったと後悔した事はないか?」


「えっ?」


「俺は後悔ばかりだ。」


そう言って、右手で顔を覆い、突然ナダルは語りだした。

「ここは王が一度手を付けた女ばかりが集まった町だ、どこの家も母ひとり、子ひとりの家ばかりだったから、2つ下のロイと5つ下のジャスミンとは、兄弟のように育ったんだ。


だから、城に行くことになったロイが心配だった。


確かにロイには、王家の血を感じさせるものを俺は感じていたが、農民の子が、生まれた時から人に傅かれて、育てられた王の子達と一緒に暮らせるはずはない。つらい目にあうだけだと思っていたからな。

だから、城なんかに行かず、この村にいれば、すべてがうまく行くと思っていた。


今思えば、うまく行くはずはないとわかる。


同じ王の子供なのに、赤い瞳でないという理由で、この町に流されてきた女達とその子供。

同じ境遇だったから、励ましあい、助け合うことができていたんだ。

そんな思いで結ばれた女達の輪の中から、華やかな世界へと戻って行こうとする者を、どうして温かく送ってやれるだろうか。



だから、ロイに城から迎えが来ると連絡が入ると、町の女達の陰口や嫌がらせが、より陰湿になって行った。



城からロイを迎えに来たあの日。


いつもなら、朝からジャスミンとロイの3人で、遊ぶのが日課だったが、今日は遊べるのだろうかと、ジャスミンの手を握って迷っていた。いや、今日だけじゃない、もうずっと遊べないんだと思うと、辛くて悲しくて…


城なんかに行かなきゃいいのに…ずっと三人でいられればいいのにと…思っていたからだろうか。



だから…



『私…あの女のふりをして城に手紙を書いたの。もちろん傲慢なあの女らしくね。』


『なんて、書いたのよ。』


『私の部屋は王宮の南側、海が見える部屋にしてください…ってね。』


『えっ?…南側は王妃様がいらっしゃるお部屋じゃない!』


『それってちょっとやりすぎよ。下手をしたら、あの女だけじゃなく、ロイも殺されるわよ?』



水場で口さがない女達のそんなかげ口が、俺をロイのもとへと走らせた。


それがロイを待っている未来のように思えたんだ。







『ロイ、逃げよう!城に行ったら殺されるかもしれないって、おばさんたちが言ってる。なぁジャスミンと3人で逃げよう。』


『お母さんは…?』


『用があるのはおまえだけだ、おまえの母ちゃんに、用があるわけじゃないから大丈夫だ。行こう!夕方には城から来るんだぞ!』


ロイを無理矢理、家から連れ出したが、だが当時9つの俺と4つのジャスミン、そして7つのロイが逃げると言っても、町はずれの廃屋に身を隠すぐらいだった。



あれはポツンポツンと降っていた雨が、夕方になってザァーと音をたてて降り出したころだった。

隠れていた廃屋のトタン屋根の音がうるさいなと思っていたら、その音に交じって、人の声がかすかに聞こえてきたんだ。



『城から兵士が来てるみたいだな。』


『僕を探しているのかな…。』


『雨もひどくなったし、そのうち諦めるさ。』



そう言った俺の声に被るように…

激しく振り出した雨を切り裂くように…


『…ロイ!!!』と呼ぶ声と……悲鳴が聞こえた。




『…お母さん?お母さん!』


ロイの声はだんだん大きくなり、俺の手を振り払うと、外へと飛び出そうとした。


行かせたくなかった。


あの悲鳴は…何があったのか、子供だった俺にも、ロイにも想像できることだったから、だから俺はまた手を伸ばし、ロイを止めようとしたが、ロイは小刻みに頭を横に振って、飛び出して行った。



想像通りだったよ。

飛び出したロイの目に映ったのは、数人の兵士に切られ、泥だらけの地面に倒れている母親だった。


15年たっても…この耳に、あの時のロイの声が残っている。

いつも穏やかなロイが狂ったように『お母さん!お母さん!』と叫ぶ声を俺は忘れることはできない。」




そう言って、目の端に涙が残る顔で私を見て


「無力なガキだったと思い知らされたのは…それだけじゃなかった。



ロイの母親を切った兵士が、泣き叫ぶロイを抱きあげ


『ようやく見つけた。おとなしくしろよ、王子様。』


と言って連れ去ろうといるのに…足が…動かなかったんだ。


ロイを離せ!と言いたいのに、口が開かなかったんだ。






『これで城に戻れるな。町の者は全員始末したか?』


『あぁ、しかし…命令とはいえ後味悪いな。女子供を殺すのは…。』


『しょうがないだろう。この女がその平穏を壊したんだ。城に【私の部屋は王宮の南側、海が見える部屋にしてください。】なんて、手紙を書くもんだから、事を知らない王妃様や側妃様方、大臣、貴族らまで巻き込んで、大騒ぎになっちまって…こうするしかなかったんだ。』


『でもこの子供はどうすんだよ。』


『この赤い瞳の子供は、完全に消さないとならないとあの方は仰っておいでだったが、どうするのかは知らない。ただ自分のところに連れてこいと命令されたんだ。俺たち下の者はそうすればいいんだよ。』



ロイが殺される話を兵士たちがしているのに…


俺は…あの時俺は、ロイを助けに行くどころか、その場から動くこともできず、ただ震えるジャスミンを抱きしめるだけで精一杯で……俺は何にもできないガキだった。




9つのあの時の自分には、何もできることなどなかったとわかっている。


わかっているんだけど夢を…今もあの時の夢を見る。



そして目覚めた時にいつも思うんだ。


あの時、ロイを連れて行こうとする兵士を殺していれば…。

その後、ロイに降りかかる辛い運命を払うことができたんじゃないかと…そうすれば…





ロイは顔を失うことも…声を失うこともなかったのに…とな。」






見えた気がした。

ナダルの底知れぬ闇は、悲しみと悔しさから生まれたものだと…。






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