1日目④
前ローラン王、そしてアデリーヌ様の闇も怖かった。
だが、この男の闇はそれ以上かも知れない。
あの笑顔の下に隠れている闇は深く、どこに男の本音があるのかわからない。
飛込んで行くしかない。
ルシアン殿下を守るためには、相手の懐に飛び込むしか、それしかない。
…きっと叱られるだろうな。
『盾になることは許さん』
赤い瞳が私を見ているような気がした。
…ごめんなさい。
「……賞金の3倍」
「?」
「賞金の3倍なら、話に乗ります。」
「ほお、言ってくれるじゃん。金はそれほど欲しくなかったんじゃないのか?」
男がニヤリと笑って、右手を顎に当てたその瞬間、レイピアを抜いた。
男の右手首のボタンが、弾けるように宙に舞い、その舞うボタンにまたレイピアを振る。
ボタンは二つに割れ、地面に落ちていった。
私はにっこり笑って、そのボタンを拾い
「3倍となれば話は違う。強い奴とやるんです。自分の命の値段は自分で決めたい。」
ボタンを男に差し出し
「その価値はあるでしょう?」と笑った。
「だな…。ボンボン、いやルチアーノ。3倍で契約しよう。」
にっこり笑った男は、そう言って私に手を差し出してきた。
だがその手を握ろうとした私に…男は言った。
「じゃぁ、契約書代わりに一つ頼む。妹を襲おうとした男を、フレッドを殺ってくれ。」
「…えっ?」
地面に転がっていた男にも聞こえたのだろう、悲鳴を上げ…後ずさりしながら
「す、すまねぇ!もうこんなことはしない、しないから…頼む。ナダル!!」
…ナダル…
この男はナダルと言うのか…
私の視線を感じたのか
「可愛い妹に無体を働こうとする奴を俺が許すと思うか?」
フレッドにそう言うと、鋭い視線を私に向けた。殺さないと契約はしないと言いたいらしい。
この男は、私を信用していないんだな。
まぁ、あれぐらいで信じてもらえるとは思っていなかったが…まさか、ここで契約代わりに、人ひとり殺せと言われるとは思っても見なかった。
どうする?
「お、おにいちゃん!」
「フレッドは始末してやる。だから安心しろ。」
「…あ…ぁ…でも…でも殺すなんて…」
ジャスミンのその言葉に、フレッドという男は縋るようにジャスミンに近づき
「ジャスミン、すまない!助けてくれ!!もうしない!絶対だ!」
フレッドの手が、助けを求めるようにジャスミンに触れた瞬間だった。
フレッドの指が飛んだ。
「キャァ~!!!!、」
ジャスミンの悲鳴に、ナダルは困ったように
「おいおい、指を数本切っただけだ。そんな悲鳴をあげるな。」
転げまわるフレッドを蹴り飛ばし、ジャスミンから遠ざけると、宥めようとジャスミンを抱き寄せたが、彼女の叫び声はより一層大きくなった。
このままだと…
仕方ない。イチかバチかだ。
フウ~と息を吐き
「無抵抗な奴を殺るのは嫌なんですが…」
レイピアを握りなおし、意味ありげにナダルを見た。
(掛れ!食いついて来い!)
「この男をこのままにしておいて、なにか話されたらマズいでしょう。」
「フ~ン、殺ってくれるのか?」
「この男から、私のことも話されると、いろいろとマズイので…。」
「その落ち着きようは…やっぱり、おまえはただのボンボンじゃないな。
いくら腕があっても、それなりの修羅場を知らない奴は、いざというときには腰が引けるものだが…おまえは寧ろ、肝が据わった。その年で命を懸けて剣を抜いたことがあるようだな。面白い。なら見せてもらおうか。人を殺るときのおまえの顔を…。」
「…悪趣味ですね。私はいいですが、彼女は大丈夫ですか?部屋を出たほうがいいように思えますが?」
ナダルは腕の中で叫び続けるジャスミンに目をやり
「…確かに。」と言って、愛おしそうにその頭を撫で
「だが…。」
「ルシアンを殺るときには、特等席で見せてあげますよ。」
ナダルはクスリと笑うと、手を差し出した。
「俺はナダル。ようこそ、殺戮の世界へ。」
その手を私は強く握った。




