キャロルさんは親指を立てた。
下着姿の男は、体も声も震わせながら
「な、なんだよ。お前は…」
「ルシアン王子のオ・ン・ナ。」
そう言ってにっこりと笑いながら、私は男の手を縛り上げていたピンクのリボンに、渾身の力を込めた。
小さく悲鳴を上げ男は
「なんで貴族のお嬢さんが、こんなに強ぇんだよ~。」
「あんたが弱すぎなの。だいたいこの腕の細さ…剣士の腕じゃないわよ。もっと鍛錬しなさい!」
私の怒鳴り声に被るように、キャロルさんの笑い声が聞こえてきた。
「キャロルさん?」
「もう、すっかり吹っ切れたようですね。」
「…すっかり…ってほどじゃないですが。」
「いいんじゃないんですか?結婚ってそんなものだと思います。不安と幸せが入り乱れるのは…。ロザリー様は、きっとよく言うマリッジブルーですよ。」
私は微笑むと、キャロルさんもにっこりと笑った。
『ルシアン殿下もローラン国の女性と結婚して、その女性の家の力を利用したほうが、国をまとめるのには一番だとわかっていらっしゃるはずです、それでもロザリー様を妻にと望まれるのなら、いいんじゃないんですか?』
『だって、ルシアン殿下はそんなことをしなくても、ローラン国を掌握できると思っていらっしゃるんですもの。』
『ウィンスレット侯爵家は、侯爵様はもちろん、シリル様、そしてロザリー様は剣の使い手。寧ろ政情不安定なローラン国に於いて、ルシアン殿下をお助けできると思うのですが。』
キャロルさんが言った言葉が浮かんだ。
ルシアン王子を諦めきれないのなら…
この恋が忘れられないのなら…
あの方について行きたい。
なにより…ダンスや歌に造形が深い女性より、共に剣を握り困難な道を、一緒に切り開く事ができる私を…求めてくださっている。
にっこり笑いながら、私を見ていたキャロルさんだったが、突然抱えていたバックの中身を下に出すと、空っぽになったバックを縛っている男の頭に被せ
「ロザリー様。準備は整いました。着替えのお手伝いを致します。」と親指を立てた。
ミランダ姫。
姫が信じていらっしゃる侍女のキャロルさんは、素敵な方ですね。
だから…許してくださいますよね。私が…ロザリーとシリルが同一人物だと話す事を…。
私は栗色の鬘を留めていたピンへと手をやった。
目の前でキョトンとするキャロルさんの顔を見ながら、ゆっくりとピンを取り、鬘を取ると、キャロルさんが小さく「えっ?」と言う声が聞こえた。
鬘を外したことで、金色の髪が顔に掛かり、キャロルさんの表情は見えない。
ふぅ~と息を吐き
「…キャロルさん…私は…」
・
・
沈黙が怖かった。
・
・
「ご…ごめ「まぁ~!!!!」」
私の(ごめんなさい)という言葉は…キャロルさんの声に掻き消され、呆然とする私に
「ロザリー様は、シリル様と同じ金色の髪でいらしたんですね。栗色の髪もとてもお似合いでしたが、個人的にはやはり綺麗な青い瞳には、金色の髪のほうが良いのになぁと思っていたんです。」
「あ、あ、あの…」
覚悟が…
ドキドキした胸が…萎んでゆく。
私が言葉を発する事もできないくらい、喋り出したキャロルさんだったが、なぜだか視線だけは、頭にバックを被せ、縛り上げている男にあった。
「シリル様と間違えないようにですか?栗色の鬘をつけていらしたのは?なるほど!」
そう一気に言って、にっこり笑って
「取り合えず、着替えましょう。時間がありませんわ。」
ミランダ姫。
キャロルさんは…有能な侍女ですね。
わかられたはずだ。ロザリーとシリルは同一人物だと、だが、ローラン国の者がいるので、それ以上は…言ってはいけないと瞬時に判断されて、私の言葉を遮られた。
私はまだまだだ。感情に左右されて、周りを見ていない。
でも、このまま、何も無かったようにはしたくない。
口にできないのなら…頭を下げた。
「ロザリー様?!」
「……ありがとうございます。」
キャロルさんは困ったように俯き、しばらく黙っていたが、頭を上げるとにっこり笑いながら、また親指を立てられた。




