06.過剰治癒
とりあえず、過剰治癒と名付けることにした。
森の王曰く、魔法はイメージしやすいようにしたほうが使い勝手がいいらしい。
そして簡単な検証の結果、この魔法に危険性はなさそうだ。むしろ傷は癒え、肌つやまでもが良くなるほど。
まあ、ゆるゆるに緩みきった表情を見せてしまうことになるが、副作用としてはその程度だ。
だから僕は、すぐに行動に移った。
相手の数も、残された時間も分からない。都合上、過剰治癒の効果持続時間も不明のままだ。
だけど今は、森の王の力のおかげか、とにかく力が溢れている。
それに、地の利はこちらにある。
「おい、どうした? だいじょ――はぁぁん!」
実験台となってもらった兵士に駆け寄ってきた別の兵士を、とりあえず快感の海に沈める。
ただし、今度は猫パンチではない。いつも使っている光の玉状態の過剰治癒だ。
やっぱり武装している相手に接触するのは避けたいし、今回は力加減チェックとしての意味合いもある。どれくらいの魔力を込めれば、過剰治癒として有効なのか。
だから身を潜めていた茂みから出ると、第二実験台の表情を確認し、僕は森の奥へと音無く駆け出した。
「はぅん!」
「おぉぉぉう……」
「ぁふぃっ!」
この森の脳内マップと猫の聴力を活かし、兵士を見つけては死角から狙撃。
各々、間の抜けた声と緩んだ表情で倒れていく。
……うん。こんな状況で不謹慎だとは思うが、ちょっと楽しい。参加したことないけど、サバイバルゲームというのはこんな感じなんだろうか。
しかし、この必勝パターンもさすがに長くは続かなかった。
十数人も倒すと、向こうも異変に気付いたようだ。
「おい、気をつけろ! 誰かいるぞ! 全員固まれ!」
一人の兵士の号令で、近くにいた兵士たちが一箇所に集まる。
そして全方向を警戒しながら、次々と腰の剣を抜いた。
うーん……いつかはバレると思っていたけど、意外と早かったな。
でも、これは第一目標達成でいいんじゃないだろうか。
いくつかの塊となった兵士たちを、木の上から眺めながら、僕はそう考える。
とりあえず、時間稼ぎは成功だ。何にどこから襲われているか分からないという状況が、完全に足止めとなっている。
だけど、この先が問題だ。
結局、村の人たちにこのことを伝える手段は見つかっていないし、この状態がいつまでも続くわけもないだろう。
正直、全員帰ってくれれば一番なんだけどなぁ。
というか、この人たちはどこから来たんだろうか。これだけの人数で、あの山を越えてきたんだろうか。
と、そんなことを考えていると、眼下の光景に変化があった。
警戒態勢を維持しながら、ゆっくりとではあるが兵士たちが前進を再開している。
やっぱり一度、全員を倒してから、今後のことを考えよう。
そう思って、過剰治癒の玉を作り出してから、僕はその動きを止めた。
この方法で倒せるのは、一度に一人だけだ。次弾装填には少しだけタイムラグが生じる。
そして向こうは今、警戒態勢の密集状態。
ということは、全員を倒し終わるまでに、こちらの居場所を見破られる可能性が高い。
この魔法はあまり速度が出ない、というか、そんなことを意識したことがなかったし、弾道に光の尾も残る。何発か撃てば、すぐ分かってしまうだろう。
もちろん、一発ごとに移動するという手もあるが、移動は移動で見つかるリスクを高めることになるし……。
となれば、ここは『アレ』を試してみるか。
以前から考えていた、多くを一気に治す方法。溢れるほどの今の力なら、失敗する気がしない。
だから僕は、過剰治癒の玉にさらに魔力を込めた。
イメージとしては、打ち上げ花火の玉。大きな玉の中に、いくつもの小さな玉が仕込まれている感じだ。
そして、イメージ通りのサイズの玉が完成すると、僕は早速それを、兵士たちの頭上へと放った。
「な、何だ、あ――るぇへえぇぇぇぇ」
「うわぁはふぃぃぃ……」
「ひゎぅぅん!」
たーまやーーー!
一人が気付き、真っ先に声を上げたが、もう遅かった。
大きな光の玉は狙い通りの場所で弾けると、全方位に過剰治癒の雨を降らせ、瞬く間に兵士たちを地面に沈めていく。
上から見ると、ちょっとした地獄絵図だ。まあ、これほど気持ち良さそうな地獄もないだろうが。
さて、それじゃあ、これからどうしようか。
耳を澄ませた感じ、他に人間の足音は聞こえな――
ヒュンッ!
という風を切る音と、目前に迫る短剣に、僕は反射的に木から飛び降りた。
危な――くはなかった。今考えれば、完全に当たるコースじゃなかった。
でも驚き、降りてしまった事実は変わらない。
とにかく今は、新しい問題に目を向けなければ。
「ね、猫だと?」
周りで倒れている兵士より、明らかに豪華な装備。
そんな兵士が剣を地面に突き立て、杖のようにして立ち上がり、驚きの表情でこちらを見ていた。
まあ、僕も同感だ。自分たちをこんな風にした犯人が、まさか猫だとは普通思わない。
だけど、どうしてこの兵士には過剰治癒が効いてない?
もしかして外れたのか?
そう思って見れば、どうやらそうでもなさそうだった。
足はガクガクと震えているし、剣を握る手も、見るからに力が入っていない。効果がなかったわけではないようだ。
もしかしたら、花火型の威力にバラつきがあったのかもしれない。やっぱり、ぶっつけ本番は良くないな。
でもまあ、効かないわけじゃないんだ。
だったら――と、僕は右前足に魔力を込めた。
「くそ! 猫ごときに……猫ごときにぃぃぃいいいい!」
ふらつく足で、こちらに突進してくる兵士。
まるで一騎討ちの決闘のようだ。
だからというわけではないが、僕もそれに応えるように真正面から駆け出した。
「せぁぁあっ!」
振り下ろされる剣。
だが、猫の反射神経と身体能力強化の前では、スローモーションのように見える。むしろ遅すぎると思えてしまうほどだ。
だから僕は、最小限の動きでそれをかわすと、こちらを追うことすらできないその顔に、一気に飛びかかった。
恨みはないし、目的も知らない。
だけど、僕の村に問題を持ち込むのは見逃せない。
だからしばらくの間、存分に癒されてくれ!
――肉球型過剰治癒!!