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04.魔法と不穏



 クレアに拾われ、秋が深まり、冬を迎え、そして季節は春となった。

 生後およそ半年。

 この時点で気付いたのだが、どうやら僕は結構大型の猫らしい。

 現在、クレアが抱きかかえるのがやっと、というサイズ感。子猫の成長スピード、おそるべし。

 そして、ついでに言うと長毛種である。遠目で見ると、白い毛玉。もっふもふと評判だ。

 だからこちらとしても、毛づくろいは欠かさない。

 最初こそ、自分の身体、それも毛むくじゃらを舐めることには、かなりの抵抗があったが、一度始めると止まらなくなった。人間としての理性と共に、猫としての本能も強いようだ。


 そして、身体が大きくなると、行動範囲も広くなる。

 小さい頃は家の中だけが全てだったが、成長につれ自然と外出も許されるようになり、世界が一気に広がった。


「よぉ、テト。見回りご苦労さん」

「今日も来てくれたのかい? ありがとね、テト」

「あー、てとだー! ねえ、もふもふしていい!?」


 今日も今日とて、各所を一回りして、顔見せと縄張りチェックを済ませる。

 できれば挨拶も返したいところだが、やはり大きくなっても「にゃあ」と鳴くのが限界のようだ。心苦しいが、仕方ない。

 ちなみに、ここ――この村の名前は、ロレンツ村。アルピリカ公国という国の東端、隣国との国境となる山脈を背にした場所らしい。

 と、簡単に言ってみたが、実はこの情報を得るのにはかなり苦労した。

 なにせ、こんなことを猫に話す物好きはいない。もちろん、こちらから訊くこともできないし、村の入り口に立つ人間が「ここは○○村だよ」と言ってくれるようなRPG的な展開も起こらない。

 ただひたすら、村の人々の会話を立ち聞きし続けた結果だ。

 まあ正直、今の生活を続けていく上で、どうしても必要な情報というわけではないが、自分の居場所くらい知っておいたほうがいい。

 それに、こっちも案外暇なのだ。

 いつでも寝れる環境ではあるが、だからと言って、いつまでも寝られるわけでもない。

 しかし、猫の身でできることなど限られてくるから、散歩中に聞こえてきた話に自然と興味が湧く。この辺りは、おそらく人間としての好奇心だろう。というか、好奇心は猫を何とやらと言うから、是非ともそうであってほしい。


 という感じで、毎日そんなことを繰り返していると、あるとき、ふと気配を感じた。

 山の中。深い森の奥。

 そこから、五感のどれとも違う気配がする。怖いという感じは不思議とない。

 だから僕は、好奇心の赴くままに駆け出した。

 そして、そこにいたのは――


『やあ、テト。久しぶりだね』

『久しぶりって、昨日も来ましたよ、森の王』

『はて、そうだったかな。すまないね、近頃どうにも記憶があやふやで』


 そう苦笑したのは、一頭の鹿。

 ただし、普通の鹿ではない。いくつも枝分かれした角からは緑の葉が芽生え、折りたたんだ脚とおなかの部分は、後ろの大木の根と同化している。

 初めて会ったのは、まだ雪が深かった頃。

 僕にとっては因縁浅からぬ雪がどっさりと積もった中、そこだけは緑に囲まれ、明らかに異様な光景だった。

 しかし、それもそのはずだ。

 彼は、ここいら一帯の管理者。神獣や土地神とちがみと呼ばれる存在で、村の人たちからは『森の王』と崇められている。

 本人(本鹿?)に教えてもらったのだから間違いない。

 そう――教えてもらった、のだ。


『また場所を借りてもいいですか?』

『ああ、もちろん。君の魔法は、いつ見ても綺麗だからね』


 そう言って、目を細める森の王。

 だけど、実際に声を発しているわけではない。猫である僕と同様、鹿である森の王も、人間の言葉を使うことはできない。

 だからこれは、森の王が操る一種の魔法。テレパシーみたいなものだ。


 森の王曰く、この世界は、ありとあらゆる存在に魔力が宿っているらしい。

 そしてそれは、人間を含めた動物の身体にも。

 しかし、そこに宿る魔力の量には個体差がある。それぞれ自分に見合う器を持っていて、そこに入るだけの魔力しか貯めることができないそうだ。

 だから、ほとんどの人間や動物は、日々生きるだけの量の魔力しか貯められないし、生きることにしか魔力を使えない。

 けれど稀に、普通よりも大きな器を持っている者が現れる。

 必要以上に貯まった魔力。それを操る方法が、魔法。

 そしてその素質が、僕にはあった。


 だから、グッと身体に力を込めると、目の前に蛍火のような淡い光が浮かんだ。

 次に集中。狙いを定める。

 そして「行け!」と強く念じると、光は真っ直ぐ飛び、近くの木の幹にぶつかり弾けた。


『ふむ。コントロールも、もう完璧なようだね』

『ありがとうございます。これも、森の王のおかげです』

『いや、君の実力さ。私はただ、そばで見ていただけだよ』


 そんな言葉に「いえいえ」と首を振る僕。謙遜はもちろんあるが、事実、森の王の助言もかなり大きかった。

 というのも、まず第一に、僕の魔法に対する素質を見抜いてくれたのが森の王なのだ。


 彼と初めて会った日、僕は驚きと共に感動を覚えた。

 向こうの力を借りてとはいえ、会話ができるのだ。しっかりとした意思疎通ができる。

 そのことに、強く感動した。

 自分では諦めたとばかり思っていたが、案外そうでもなかったらしい。コミュニケーションって実に素晴らしい。

 だからそれからは毎日のように、ここに通いつめ、色々な話を聞いた。

 森の王も、かつては普通の鹿であったこと。森を愛し、森に愛され、管理者となったこと。

 人間たちが東西で分かれ、長らく争っていること。その中心地にありながらも、山脈に守られているため、ここは平和であること。

 本当に多くのことを教えてもらった。多分、僕一人では知り得なかったことだろう。

 そして、その中の一つが、魔法だった。


 ……うん。問題ないな。

 春の柔らかい草の上を歩いて、僕は魔法を放った木の幹を確認した。

 そこは先日の嵐で、表面が傷んでいた箇所。だけど今は、周りの木々よりも生き生きとし、傷跡すら見当たらない。


 ――治癒ヒール。癒しの力。

 それが今、僕が使える唯一の魔法だった。

 まあ正直、火や水を操ったり、空を飛んだりというような派手なものを、期待していなかったと言えば嘘になる。だって魔法といえば、そういう華やかなものを一番に想像するだろう。

 だけど、魔法習得には相性が重要らしい。

 自分に合う魔法というのはもちろんのこと、教わる相手との相性も大きく関わってくる。

 要するに『考えるな、感じろ』というやつだ。いくら言葉で説明されても、感覚的に理解できなければ、魔法を習得することはできない。

 その結果が、治癒魔法オンリー。

 まあ、そもそも森の王が使える魔法の種類が少なかったから、仕方ないところではある。

 だけどテレパシーの魔法は、本気で使えるようになりたかった。かなり努力してみたんだけどなぁ。


 でも、これはこれで決して悪くはない。

 もしもクレアが大怪我をしたとき、この魔法があれば治してあげられる。見る限り、この世界(あくまで、この村基準だが)の医療は、僕が元いた世界とは比べ物にならないほど未発達なので、この力があれば安心できる。

 それに、魔力運用の基礎中の基礎――身体能力強化も、森の王から習得済みだ。

 さすがに空を飛ぶとまではいかないが、それでも五・六メートルは余裕で垂直に跳べるし、それを走るために使えば言わずもがな。最初なんて、自分で自分のスピードに酔ったくらいだ。

 しかし、この力を積極的に人前で使おうとは思わない。

 魔法の練習をここでしているのも、村の人たちが古くからここを聖域として立ち入り禁止にしているからだ。

 森の王が言うには、魔法を使える者はかなり少ないらしい。とりあえずこの一帯にいるのは、人間も動物も含めて、僕らだけ。

 だから魔法を使う猫なんて、あっという間に特別視される。

 だけど、そんなものを僕は求めていない。僕はただ、クレアにとって特別であればいいのだ。

 それに何より、そんなことになってしまえばきっと、これまでのようにのんびり昼寝などできないだろう。

 それは困る。それだけは、回避しなければ。

 今回のニャン生は、寝て過ごすと決めたんだ。


『……む?』

『どうしました、森の王?」

『いや、また森の中に人の気配を感じてね』

『猟師か何かじゃないんですか?』


 ロレンツ村は、いかにも田舎の村だ。農業を中心に自給自足しているが、時折、森の恵みを得るために人がやってくる。

 そして、それは森の王も認めるところだった。無益な殺生でなければ、全ては巡るものと静観していたはず。

 なのにどうして今さら、そんなことを気にかけるのか?

 そんな僕の疑問に答えるように、森の王はまだ自由の利く首をぐるりと回した。


『どうにも、あちらのほうにいるようなんだ』

『向こう、ですか……』


 森の王の視線の先は、森の奥の奥。山脈の稜線が続く方角で、とても険しく、当然民家も無ければ、そもそも人が安易に立ち入れるエリアではない。

 確かに、少し妙な話だ。


『それに、よく分からぬ動きをしているらしい。周りの者たちも不気味がっている』

『僕が見に行きましょうか?』

『いや、それには及ばないよ。数も少なく、ウロウロしているだけのようだ。じき去るだろう』

『そう、ですか』


 まあ、森の王がそう言うのだから、そうなのだろう。よわい百余年の圧倒的年長者の言うことには従うべきだ。

 だからこの日は、いつも通り魔法の練習をして、日暮れ前には家に帰った。


『また明日』


 と、森の王に別れを告げて。



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