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幼なじみは噛みつき魔  作者: 山石コウ
一章
6/32

6

 翌朝、私は昨日と同じように自分の支度を整えたあと、スマホを片手に時計の針を凝視していた。要のおばさんとも約束したのでモーニングコールは一応続けるが、あいつが電話越しなんかでは起きないことはもうわかっている。

 やっぱり直接行って、叩き起こさなければ要の目は覚めないだろう。案の定、いくらコール数を重ねても、彼が電話に出る気配はまったくない。

「あいつ。本当に起きる気あるのかな」

 鞄を手にして、母に声をかけてから家をでる。今日はどうやって起こそうかと思案していると、要の家の前に人影が見えた。

「おはよ。石脇さん」

「近藤さん!? こんな所でなにしてるの」

 要の家の門にちょこんと寄りかかっていたのは、昨日図書室で一方的にライバル宣言をしてきた近藤さんだった。今日も艶々したボブカットの髪を風に揺らし、ボタンが二つ開いているシャツから覗く白いデコルテが眩しい。

「ぐうぜん要君の家の前にいただけよ。そういう石脇さんはなにしてるの? 明らかに要君のお家に行こうとしてたみたいだったけど」

 うふふ、としとやかな笑みを見せるが、彼女の目はちっとも笑っていない。こんな場所で朝から要の出待ちをするなんて、ストーカー行為スレスレだ。

 馬鹿正直に答えるのもちょっと怖い気がして、私は答えを濁す。

「要のおばさんにちょっと頼まれたことがあってね。それより、こんな場所にずっと立ってたら、近所の人たちが驚くよ。早いとこ学校に向かったほうがいいんじゃない」

 しっしっと手で追い払う仕草をしてみても、彼女はその場から一歩も動かない。

 なんだろう、恋する乙女というよりも、犯人を逃がさないベテラン刑事の張り込みみたいだ。

 近藤さんを退かすことを諦めた私は、仕方なく要の家のインターホンを鳴らす。

『はーい。ああスミレちゃん。今日もありがとう』

「おはようございます。朝早くからすみません」

『要まだ寝てるのよ。あら、今日は女の子がもう一人来てるの? どうぞ二人とも上がって』

 要のおばさんが朗らかな声でそう告げる。不思議に思って後ろを振り返ると、私の後ろにぴたりとくっついた近藤さんが、にこにこ顔でぺこりと会釈を返しているのが見えた。

 彼女の執念は本当にすごい。なんの違和感もなく、要の家に侵入することに成功した。

「お邪魔します!」

「……お邪魔します」

 積極的に挨拶を交わす近藤さんだが、決して私よりも前には出ようとしない。あくまでも、私は付きそいですよ、という態度を装う気らしい。なんかもう、計算が秀逸すぎて言葉もない。

 私は階段を上りながら、後ろを振り返る。

「近藤さん」

「ん、なあに?」

「本当に手段を選ばないんだね」

「もちろん。要君を手に入れるためならなんでもするつもりだよ!」

 要の寝起きの姿を拝めると分かって、若干興奮しているみたいだ。

「ねえ、昨日聞きそびれたんだけど、近藤さんは要のどこが好きなの?」

「一番は顔。あとは背が高いところとか、長い指とかもすごく好み。あの鋭い目で見つめられながら、がっつかれてみたいなあ」

 なんだ、ほぼ見た目だけなのか。しかも、最後のは完全に妄想入ってるし……

 私の呆れを含んだ視線に気づいたらしく、近藤さんは慌てて手をパタパタさせる。

「外見だけじゃなくて中身もちゃんと好きだよ。寡黙なのに優しいところとか、他の男子みたく下らない馬鹿騒ぎしないところもいいと思う」

「ふーん。意外にきちんと見てるんだね」

「当たり前でしょ」

 近藤さんは得意そうにふくよかな胸を張った。

 二階の要の部屋の扉の前で、一応ノックをして反応を待つ。今このノックの音だけで起きてきたら全力で褒めるのに、要に限ってそんな奇跡は起きない。

「ここが、要君の部屋……」

 近藤さんは興奮した顔で扉に近づく。いつもよりも頬が紅潮しているので、どんなことを想像しているのか、なんとなくわかるような気がした。

 彼女がドアノブに手をかけたところで、私は慌ててその手を掴んだ。

「ちょっと待って。近藤さんが来てることを伝えてくるから、私がいいよって言うまでここで待っていてくれる」

「なにそれ!」

 近藤さんは眉を吊り上げて私を見上げる。彼女のその目には、ふつふつと怒りが湧いているように見えた。

「石脇さんは勝手に要君の部屋に入れるのに、どうして私だけ外で待たされないといけないの!」

「だって、要は私が今日起こしに来ることは知ってるけど、近藤さんが来てることはぜんぜん知らないんだよ。急にクラスメイトが部屋に入ってきたら普通は驚くでしょ。だから、そうならないようにあらかじめ要に伝えておこうと思って――」

 私としては、彼に心構えをさせてあげようという親切心だったのだが、近藤さんは部屋の外で待たされることに疎外感を感じたようだ。目を怒らせながら、唇を尖らせる。

「却下。私も一緒に行く」

 ふくれっ面のまま私の手をたたき落とすと、近藤さんはノックせずに勢いよく扉を開け放った。そのまま遠慮なく進み、薄青色に染まる部屋をしげしげと観察する。そして、ベッドの上で仰向けになって眠っている要を見つけると、彼女の動きが一瞬止まった。

 好きな人の寝姿というのは、なかなか破壊力があるらしい。それまでの不機嫌な顔が、一瞬でぽーっとのぼせあがったようになった。

 なんとなく面白くなくて、私はそんな彼女の脇をすり抜けてベッドに近づく。そして、要の肩を乱暴に揺すった。

「要! もう起きる時間だよ。とっくに七時過ぎてるんだからね」

「もうすこし……」

「ダメ。昨日もそんなこと言って、ぜんぜん起きなかったじゃない」

「きょうからこころをいれかえる。だから、あとごふん」

 要はけだるい返事を返し、身につけているシャツを捲りあげてお腹をガリガリとかいている。引き締まって硬そうな腹筋が露になり、私の後ろで近藤さんが息を呑む気配がした。

 どうして近藤さんがいる今日に限って、こんな大サービスしているんだこの男は!

 私はわけもわからずイライラとした気分になって、要の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶった。

「さっさと目を覚ませって言ってるでしょ! この馬鹿犬ー!」

 シャツの襟ぐりが伸びるのも構わず、要を揺さぶり続ける。しかし、彼はまったく目を開かない。会話が成り立っているから多少なりとも覚醒に向かっているのかと思っていたが、ただ寝ぼけていただけらしい。

「ふふ、要君寝ぼけてる。可愛い!」

 近藤さんはいそいそとスマホを取り出し、カメラを起動させ始めた。

 本人の預かり知らぬところで写真を撮られるのはまずいだろうと思い、私は素早く要の前に立ちふさがった。

「近藤さん写真は駄目だよ。それより、そっちのカーテン開けて。太陽浴びせたほうが早く目が覚めるから」

「えー。一枚くらい撮らせてくれてもいいでしょ」

「勝手に撮るなんて盗撮だよ。いいから、早くカーテン開けて。ぐずぐずしてると私たちまで遅刻しちゃう」

 近藤さんはぶつぶつと文句を言っていたが、私の剣幕に圧されてしぶしぶ近くにあるカーテンを引っ張った。

 そのとたん、要が朝日を浴びたヴァンパイアのような苦悶の唸り声を上げる。

 私はもう一つの窓辺に近づき、だめ押しとばかりに勢いよくカーテンを開け放つ。要の部屋は東向の角部屋なので、この時間はお日様の光を部屋いっぱいに取り込むことができる。

「要君おはよ。もう起きる時間だよ、一緒に学校行こう」

 ちょっと目を離した隙に、近藤さんが要の枕もとにしゃがんで、とろけそうな笑顔を浮かべて彼の耳許で甘く囁いている。

 明らかに顔を寄せすぎている。二人の距離の近さが気にかかり、見ている私がハラハラした。

 このとき、ようやく要が目を覚ました。あくびをしながらゆっくりと起き上がるが、まだ目は閉じたままになっている。

「いま、何時?」

「七時半だよ。やっと起きてくれたんだね要君」

 枕元に近藤さんがいるのを見て、要がギョッとしたような顔で驚いていた。

「なんで近藤がいるんだよ」

「ふふふ、おはよう。要君の寝顔すごく可愛かったよ」

 近藤さんは笑顔で挨拶をして、可愛らしく小首をかしげた。答えたくない質問には笑顔で誤魔化す。彼女は本当に強かで隙がない。

 要は完全に困惑したように視線をさまよわせ、私を見つけると一瞬安堵したように息を吐いた。

「二人とも、とりあえず下に行っててくれ」

 寝起きの姿を見られてバツが悪かったのか、要の顔が強ばっている。さすがに使い古してダルダルに伸びたTシャツと、色褪せたハーフパンツ姿を見られたのは痛かったのだろう。これは早々に退散したほうが良さそうだ。

 勉強机の上を興味深そうに眺めていた近藤さんの手を引いて、私たちは部屋の外へ出た。

 このまま要の家にいるのはあまりよくないと思い、私は近藤さんを玄関へ追いたてる。すると、リビングを通りすぎた所で要のおばさんに捕まった。

「スミレちゃん、お茶が入ったから寄っていって。そちらのお譲さんもよかったらどうぞ」

 断りを入れる間もなく、近藤さんが素早く身をひるがえし、誰もが見惚れるようなにっこりした笑顔で頷いた。

「ありがとうございます。ぜひご一緒させてください」

 パタパタとスリッパの音をさせて、おばさんの後についてリビングへと入っていく。私も彼女を追ってリビングへ向かった。

 今日はそこにはおじさんの姿はない。不思議に思って尋ねると、今朝は出張だったので、朝早くに家を出たそうだ。

「二人とも座って待っててね。紅茶飲めるかしら?」

「はい。紅茶大好きです!」

「私も、大丈夫です」

 リビングのソファーを勧められたのでおとなしくそこで待っていると、おばさんが紅茶とクロワッサンを乗せたトレーを運んできてくれた。

「朝早くから来てくれてありがとう。あの子を起こすのは大変だったでしょう?」

「いいえ、要君とてもスムーズに起きてくれましたよ」

 近藤さんは愛想良く答えてから、「いただきます」と言って紅茶に手を伸ばす。紅茶に角砂糖を入れ、スプーンで静かにかき混ぜる。その仕草があまりにも優雅で上品だったので、私は思わず見とれてしまった。

 私が同じように砂糖を紅茶に落しても、きっとああはならないだろう。音を立てるのが怖くて、結局なにも加えずに、そのままの紅茶を味わうことにした。

 この数日、近藤さんを見ていて思ったのだが、彼女の外面の良さは本当に舌を巻くほど完璧だ。もともと育ちが良いせいなのか、立ち居振る舞いがとても洗練されている。おまけに、人懐っこい笑顔や仕草は警戒心を抱かせない。

 昨日の図書室での一件がなければ、私もここまで彼女を毛嫌いすることもなかったと思う。

 おばさんも、礼儀正しい近藤さんを気に入ったらしい。楽しそうにおしゃべりをしている。

「近藤さんは要と同じクラスなの? あの子、学校では真面目に授業受けているのかしら。喧嘩なんかしていないか心配だわ。中学校のときにはしょっちゅう学校から電話がかかってきてたから」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。要君、すごくまじめに授業受けてます。この間、クラスの誰も分からなかった英文を、彼ひとりスラスラと解いてみせたこともあるんです」

「そんなことが? ちっとも学校でのことを話してくれないから、私もお父さんもなにもわからないのよ」

「男の子はそんな感じですよね。うちにも兄がいるんですけど、家ではぜんぜん喋りません」

「どこもおんなじねー」

 ふたりの話題は尽きることなく、まるでテニスのラリーのように続く。私は要が学校でどんな風に過ごしているかという話を聞きながら、おとなしくカップを傾けていた。このふたりの会話に入れる気がしない。

 ふと廊下へ視線を逃がすと、リビングのすりガラスの奥で、要がこちらに向かって手まねきをしているのが見えた。

 近藤さんとおばさんは気づいていないらしく、彼女たちはおしゃべりに夢中になっている。

「すみません、お手洗いかります」

 席を立って廊下へ出ると、制服姿の要が待ち構えていた。リビングから遠ざかるように身振り手振りで私を廊下の先へと追いやり、手を引いて洗面所に引き込む。そして、要はぴしゃりと扉を閉めた。

「なんでうちに近藤がいるんだよ!」

 怒気を含んだ声に少し驚く。どうやら、だいぶ頭にきているみたいだ。

 彼は、私がわざわざ近藤さんと連絡を取り合い、ここに連れて来たと思っているらしい。納得のいく答えを聞くまではここから出さない、と言わんばかりの形相だ。

 私は要の剣幕におののきながらも、今朝の出来事を順を追って説明することにした。

「まず、私が近藤さんを呼んだわけじゃないから、そこは勘違いしないでね。今朝も要を起こしに行こうと思って家を出たら、彼女が要の家の前に立ってたんだよ」

「なんで?」

「……それは本人に直接聞いて」

 まさか、要が好きだから一緒に登校するためだとは、私の口からはとても言えない。そういうことは、本人を差し置いて他の人から伝えられるべきではない気がする。

 でも、こうして改めて考えると近藤さんの行動はちょっと怖い。約束もなしに、早朝からクラスメイトの家の前で待ち伏せするって、一歩間違えれば通報されてもおかしくないんじゃないだろうか。

 要も少なからず恐怖を覚えたのか、「わかった」と頷いてみたものの、顔が引きつっている。

「本当は、要の家に入るのは遠慮してもらおうと思ったんだけど、おばさんが今日は二人がかりで起こしに来たんだと勘違いしたんだ。それで、すんなり彼女も家に上げちゃったの」

「そうか。うちの母親には、勝手にスミレ以外の奴を家にあげるなって俺から言っておく」

 そこまで限定しなくてもいいと思うが、おばさんにはもう少し状況を察してもらえるような洞察力を養っていただきたい。自分で言うのもなんだけど、あの時の私は顔を引きつらせて首をぶんぶん横に振っていたはずだから。

 それとも、近藤さんが招かれざる客だとわかった上で好きにさせていたのだろうか。もしそうだとしたら、その懐は深すぎる。

「せっかく今日も起こしに来てくれたのに、なんか悪かったな。今度からこんな風にならないように、近藤には話しておくから明日も――」

「あ、それについては私も考えがある。今日限りで、朝ここに来るのやめようと思う」

「……なんで」

 要の声が一段低くなる。鼻の頭には皺が寄っていて、まるで噛みつく直前に唸り声を上げる野犬そっくりだ。さっきよりも怒っているように見えるのは、私の気のせいだろうか。

「だって、私がここに来ることを要が許している限り、近藤さんは毎日ここに来るよ」

「俺がもう来るなって話をする」

 要は自分が直接断れば、彼女は諦めると思っているようだ。しかし、それは彼女を甘く見すぎている。

「なんて言って断るの? 朝から来られたら迷惑だ、って言うの?」

「ああ」

「そうしたら、私が出入りを許されていることが矛盾しちゃうよ」

「スミレは、幼なじみだからいいんだよ」

「近藤さんにはその理屈は通じないよ。彼女でもない女が出入りできて、どうして私がダメなのって言われるのがオチだよ」

 そこまで言われて、要がぐっと言葉に詰まった。

「部屋に出入りできるのは、特別な――それこそ彼女でもなきゃ近藤さんを納得させられないと思う。だから、私のことも部屋に入れないことにしたって言わないと効果ないんだよ」

 要はおやつをおあずけさせられた犬みたいに唸っていたが、やがて怒らせていた肩をストンと落とした。

「彼女じゃなきゃ認めないって、なんだよそれ。そもそも俺たちの関係を、近藤にどうこう言われる筋合いはないだろ」

 それはそうだと私も思う。でも、だからといって近藤さんに強くも出られない。なぜなら、幼なじみなんて、それほど強固な絆ではないからだ。

 クラスが離れてしまえば、お互いの普段の様子なんてまったくわからない。ただでさえ、私たちは一年の間交流が一度途絶えていた。そのせいで、いまの要は私のよく知っている彼とは微妙に違う存在になってしまったと感じるときがある。

 私たちは黙ったまま、お互いの顔を見つめた。

 要はきっと、こんなことのために私を彼女にはしないだろう。同じように、私も要を彼氏にしたいとは思えない。

「……わかったよ。明日から来なくていい」

 要が唸りながらも、しぶしぶ頷いた。

「うん。頑張ってひとりで起きるんだよ」

「俺は小学生かよ」

「小学生以下でしょう! こんな歳にもなってひとりで起きられないんだから」

 要はなにも言い返さない。ただ、その顔はいつにもましてしかめっ面になっている。

 本心はどうあれ、こうして彼が納得してしまえば、私の目覚まし時計としての役目はこれで終わりだ。

 たった三日間だけだったが、寝ぼけている要との会話はあんがい面白かった。こんな終わりかたを迎えると知っていたなら、もっと前から起こしに来てあげればよかった。

「そろそろ、学校行くか」

「そうだね。近藤さんも誘ってあげないとね」

 私たちは揃って洗面所をあとにした。

 リビングでは、相変わらず近藤さんとおばさんの会話が弾んでいた。こんなにふたりが意気投合するとは驚きだ。もしかしたら、おばさんに気に入ってもらうために、近藤さんなりに頑張っていたのかもしれない。将を射るんと欲すれば先ず馬を射よ、的な作戦なのかもしれない。

 もしそうだとしたら、本当に手段を選ばず要を陥落させるつもりなのだろう。

 その執念は認めるが、家に押しかけるようなやり方は、強引すぎて私は好きじゃない。自分を売り込む気持ちが強すぎている。もしかして、彼女になってしまえばそれまでの行いはぜんぶチャラになると思っているのだろう。

 要がリビングの扉を開けて近藤さんに声をかける。

「おい、もう出ないと遅刻するぞ」

「あ、要君! もう準備できたんだね」

「俺たちはもう出るから」

「待って待って! 私も一緒に行くよ。要君のお母さん、美味しいお茶をご馳走様でした」

 近藤さんはぺこりとお辞儀をして慌てて席を立つ。

「みんな気をつけていってらっしゃいね」

 朗らかに送り出してくれる要のおばさんに私もお礼を述べて、学校へ向かう。すぐ前には、要にべったりと寄り添うようにして歩いている近藤さんと、近い距離を許している要の姿があった。よく見れば、要の制服に袖を近藤さんがちょこんと掴んでいる。

 その様子は、誰がどう見ても仲の良いカップルに見えた。そう考えたとたん、私はなんだか足から力が抜けそうになった。

 あんなに気を回して要を守ってやったつもりだったのに、近藤さんを振り払わないとはどういう事だろう。実は彼もまんざらでもなかったのだろうか。

 なんだ、けっきょく私がひとりで空回りしてただけだったのか……

 そう思ったら、もうなにもかもどうでもいい気分になってきた。私は足を止めて前のふたりに声をかける。

「コンビニ寄るから、先に行っててくれる」

 その声に驚いたふたりが振り向く。

「俺も行く」

「いや、付いてこないで。お手洗いを借りに行きたいだけだから、待たれても困る」

 振り返ってこちらに来ようとしている要を、シッシと手で追い払った。

「石脇さんがそう言うなら、私たちは先に行こ」

 近藤さんがツンツンと要の袖を引いた。もう彼女をブロックしなければならない理由も思い出せない。

 そもそも、要も高校生なんだから、もし本当に嫌なら嫌と言えるだろう。

 私は踵を返して通学路を逸れ、コンビニへ向かうために歩き出す。後ろから要の焦ったような声が追いかけてきたが、聞かなかったことにして歩みを早めた。

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