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幼なじみは噛みつき魔  作者: 山石コウ
一章
10/32

10

 近藤さんを返り討ちにすると決めて意気込んだ次の日。私はいつも通りの生活を送っていてハタと気づいた。彼女に会う機会がほとんどない。

 おまけに要と顔を合わせることもないまま、もう昼休みになってしまった。かといって、こちらから会いにいくほどの用事も特にない。

「けっきょくさあ、向こうがなにかしてこない限り、こっちから動くことってほとんどないんだよね」

 お弁当を食べながら由佳理ちゃんに事の顛末を伝えると、彼女は巨大なタッパーにたっぷり敷き詰められたドライカレーを頬張りながら、フムフムと私の話に相づちを打った。

「なるほどねー。私も近藤さんの噂は聞いたことがあるよ。一年のときに、一こ上の先輩に惚れて猛烈に言い寄ったんだって。その先輩は当時付き合ってる彼女がいたらしいんだけど、最終的には二人を別れさせて略奪したって」

「それ本当の話?」

「うーん、あくまでも噂だから尾ヒレはいくつか付いてるかも。でも、スミレちゃんの話を聞いてたら、実際そのぐらいやりそうな気がしてきた」

 たしかに近藤さんは、欲しいものはどんな手段を用いても必ず手に入れる主義だと思う。

「その先輩とはその後どうなったんだろうね? 近藤さん、いまはフリーになってるみたいだから、長くは続かなかったのかな」

「一ヶ月ももたなかったらしいよ。やっぱり、肉食女子は獲物を追いかけてるときが一番楽しいのかもねえ」

 そう言って、由佳理ちゃんは再びドライカレーを口に運ぶ。たちまち頬がハムスターのようにパンパンに膨れ、もっしゃもっしゃと咀嚼する。

 恋愛は付き合うまでのプロセスが楽しいのだとよくいわれるが、近藤さんのそれはなにかが違う気がする。

 恋人のいる人から男を奪い取るって、どんな気持ちだろう? きっと、普段の生活では味わうことができないくらい刺激的なことなのかもしれない。それまで付き合っていた彼女を捨てさせることが出来れば、自分のほうがいい女だという証明にもなるし、障害があればあるほど燃え上がってしまうのかな。

「私には、よくわからないな」

「スミレちゃんは好きな人いないの?」

「いないよ。でも恋愛にはすごく憧れがある」

「へー、どんな?」

「休みの日に私が作ったご飯をご馳走したり、二人で一緒に買い物に出かけたり」

「普通だね」

「普通が一番だよ。特別なことしなくてもいいの。相手のことを想いながら、穏やかに過ごしたいの」

「……それじゃ晩年の夫婦みたいだよ」

 由佳理ちゃんは残念な子をみるよう目付きで私を見た。

 私の理想のカップル像は、由佳理ちゃんには理解してもらえなかったか。でも、和やかに穏やかに過ごしたいというが私の理想なのだ。

 一番身近なカップルである父親と母親が、穏やかとは程遠い関係なので、なおさらそういう恋愛に憧れるのかもしれない。

 いつの間にか、由佳理ちゃんがスプーンを置いて「ごちそうさま」と手を合わせた。見ると、あれだけたくさんあったドライカレーのタッパーが空になっている。

「さてと、これから委員会の集まりがあるから、ちょっと行って来るね」

「頑張ってね」

 億劫そうに席を立つ由佳理ちゃんを見送り、お弁当箱を片付ける。ふと視線を感じて顔を上げると、教室の出入口の辺りに見知らぬ女子が三人、私の方をチラチラ見ている。

 なんとなく嫌な感じがして不愉快になった。ああいうのにあまり関わりたくない。きっと、面倒なことになりそうな予感がする。

 私が無視を決めこもうとした矢先、廊下のほうから「石脇さんてどの子?」という声が聞こえてきた。

「石脇さん、呼ばれてるよー!」

 廊下の近くを通りかかったクラスメイトが、大きな声で私を呼ぶ。私は立ち上がり廊下へ出た。

「なんのご用ですか?」

 呼び出された相手を見ると、制服のリボンの色が違う。濃い臙脂色のリボンは、一つ上の三年生である証拠だ。

 三人は少しの間お互い顔を見合せていたが、髪の長い先輩が真剣な顔で口を開く。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……あなたが二年七組の戌井君を脅して、無理やり言うこときかせてるって本当?」

「え?」

 一瞬、言葉が出てこなかった。黙っている私を見て確信を得たのか、後ろの二人も加わってくる。

「いくら幼なじみだからって、それはないんじゃないの」

「お金まで要求してるって聞いたよ。もしそれが本当なら、そんなの絶対によくないよ」

 私は頭がくらくらしてきた。どこからそんな話が出てきたのかしらないが、根も葉もないデマだ。しかし、違う学年の彼女たちが真相を問いただしに来たということは、私が要を脅しているという噂はかなり広い範囲で囁かれているということなのだろうか。

 すると、初めに声をかけてきた髪の長い先輩がふたたび口を開く。

「私たち戌井君のファンなんだけど、彼と特別親しくなりたいとはあんまり思ってないの。たまに姿を見かけて、今日も格好いいねーって仲間内で盛り上がれればそれでいいのよ。でも、戌井君が本当に困っているなら助けたいと思うし、力になりたい。だから、まずあなたに本当のことを聞きに来たの」

 彼女たちの話を聞く限り、頭に血が上って文句を言いに来たわけではなさそうだ。そのことにホッとし、少し冷静になることができた。

「私そんなことしてません。もし信じられないなら、要にも同じことを聞いてみてください」

 きっぱりとそう告げると、彼女たちは顔を見合わせる。

「本当に戌井君に確かめてもいいの?」

「はい、もちろん。私も先輩たちに聞きたいんですが、その噂は誰から聞いたんですか?」

「SNSで回ってきたから、誰が流したとかはちょっとわからない……。でも私たちの学年では、もうかなりの人数が知ってると思う」

 私は首を捻った。どうして急にそんな話が、三年生の間で持ち上がっているんだろう。今までも私の所にきた要のファンはいっぱいいたが、そこまで恨まれているような雰囲気はなかったのに。

「一応、あなたの言う通り戌井君にも確かめさせてもらうから、一緒に来てくれる」

「え、これからですか?」

「もちろん。やましいことが無いなら問題ないでしょ」

 そう言われると断ることもできない。私は先輩たちと一緒に要の教室の前までやって来た。

 さっそく先輩が要を呼び出すと、面倒くさそうに彼が廊下へ現れる。

「用ってなんですか」

 面識のない三年生に呼び出されて警戒しているのか、少し緊張した面持ちだ。しかし、強張っていた彼の顔が、私を見つけたとたん、拍子抜けしたように緩んだ。

「なんだ、スミレもいたのか。だったらお前が呼びに来いよ。で、なんの用?」

 一転して穏やかな顔つきになった要を見て、先輩たちはかなり驚いていたようだ。しかしすぐにお互いの顔を見て頷き合い、髪の長い先輩がこれまでの経緯を説明すると、みるみるうちに要の表情が硬くなった。

「なんですか、それ」

 不快感をいっぱいに現した顔で先輩に詰め寄る勢いの要。鋭い目つきが、さらに険しくなっている。

「確かな証拠もないのに、そんな噂を流されるのは迷惑です」

 嫌悪感の混じった怒りの声を浴びせられた三人の先輩たちは、一瞬で身をすくませた。しかし、彼女たちが噂を流したわけではないことに気づいた要は、すぐに「すみません」と小さく謝る。

「戌井君が謝ることないよ。気になったとはいえ、急にこんなことを聞きにきた私たちも無神経だった。ごめんなさい」

 一人が頭を下げると、残りの二人もそれに倣う。

「石脇さんもごめんね。噂がデタラメだと分かった以上、変な噂が広がらないように、できる限り訂正しておくから安心して」

「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。三年生のフロアになんて出入りできないし、知り合いもいないので、そうしてくれるととても助かる。

 自分たちの教室へ戻って行く先輩たちの後ろ姿を眺めながら、ついついため息を漏らしてしまった。なんだかどっと疲れてしまった。今日はまだ二時間も授業が残っているのに。

「お互い変なことに巻きこまれて災難だったね。どこで誰が見てるかもわからないから、私も自分の教室に帰るよ。要も気を付けたほうがいいよ」

 そういってから歩き出そうとする私の手を、要が掴んで引き戻す。こういう行動が誤解を生む原因になるかもしれないのに、どうしてこの男はホイホイ私に触るんだろう。

「さっきの噂、お前に対しての悪意しか感じなかった。いたずらにしても性質が悪いし、スミレのほうこそ気をつけろよ」

「わかってる。でもね、こういう過度な接触が悪い噂を呼ぶ原因かもしれないんだから、まず学校ではそういうところから気を付けていかなきゃ」

 やんわりと注意して、要の手を振り払おうとする。しかし、いくらブンブン振り払っても彼の手はがっちりと私の手首を掴んで離れない。

「ちょっと、放してよ」

「……嫌だ」

 なぜこんなタイミングでわがままを言い始めたのか理解できなくて、私は目が点になってしまった。たったいま、やたらと接触するのを控えようねと注意したばかりなのに、いったいなに考えてるんだ?

 要は表情がぽっかりと抜け落ちたような顔で私を見下ろしている。しかし、彼の目だけが妙にギラギラして、私の腕を凝視していた。

 あ、やばい。と思ったのもつかの間、要が私の腕に噛みついた。

「痛っ」

 すぐに口は離れていったが、私の腕には赤い跡が残っていた。ジンジンと痛みが皮膚の奥に沁み込んでいくみたいだ。

 廊下のど真ん中、しかも要の教室の前でこんなことをするなんて……

 昼休みだから周囲にはたくさんの生徒たちがいて、そのうちの数名は私たちのことをばっちり目撃してしまったようだ。

 私はこんな場所で暴挙に出た幼なじみを叱りつける言葉を探していたが、驚きすぎて口をパクパクさせることしか出来ない。

 そんな私に、要はなぜか勝ち誇ったような晴れ晴れとした顔を向ける。

「今日はスミレの家で飯食うから、なんか用意しといて」

 言いたいことだけを一方的に告げてから、要は自分の教室へ戻って行った。噛みたいときに噛んで、返事も待たずに行ってしまう。まさにやりたい放題だ。

 私は呆気にとられてしまったが、慌てて自分の教室へ向かった。誰かに見られていたかもしれないと思うと、顔から火が出そうだ。

 委員会から戻ってきていた由佳理ちゃんに「変な顔してる」と言われ、すごく複雑な気持ちになった。

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