97話
翼をはためかせて上空から高圧的な態度で言葉を投げかけられた。
「ここに来るなら痛い目にあうと言ったはずだが」
「やぁ、コウモリ男さん。またお会いしましたね」
「……」
「そんなに見つめられると照れちゃいますよ」
睨みつけられると、そう言葉を返し体をクネクネとさせるランドルフ。
アプス達は、またおふざけが始まったかと呆れた顔をする。
「ふざけているのか?」
「まじめに対応しているように見えるなら心外だな~。意外と見る目がないんですね」
ひどい挑発だと誰もが思った。
コウモリ男―――ルーセットも眉間にしわを寄せている。
「旦那様は何故いつもああいう相手に対してふざけるのでしょうか」
「え? だって痛い目にあうとか敵意むき出しな相手に、まともに相手するのもおかしいじゃない?」
「えっと……たぶん?」
同意は得られなかったようだ。
「まぁいい。来てくれたのは逆に好都合だ。そいつを残して他のものは見逃してやる。さっさと地上へ帰るがいい」
「おや? まさか本気で私の事を狙っているので?」
意外な言葉に全員が一斉に「え?」という顔をしてルーセットの顔を見た。
「おふざけはもういい。私は貴様に用があるのだ。他はどうでもいい」
どうやら別の意味で本当にランドルフに用があるのだと理解した。
「ふむ。それはどういうことかお聞きしても?」
「……」
ルーセットは警戒し、何か考えているようだがすぐに「知る必要はない」と短く言葉を言う。
「でも我々は普通に狩りをして帰るだけなので、あなたに用はないんですけど」
「こないなら力ずくででも連れてゆく」
「せめて理由を教えてくれればな~」
「この大陸の人間は信用ならん」
「左様ですか」
今この大陸っつったなこいつ。
魔族だし西にある魔族の住む大陸から来たと思っていいのか?
もう少し情報が欲しいけど……。
「旦那様を連れ去ろうなどと私が許しません」
「ん、絶対だめ」
アプスは護衛として当然の対応だが、パトリームも杖を構えて珍しくやる気である。
「二人とも、ここは我がやると言っておったであろう。獲物を横取りせんでくれぬか?」
「獲物とかそういう場合ではなくて、皆で協力しませんか?」
「うぉふ!」
ランクイロの言葉に同意するようにデンが短く吼える。
「いいや! 我が一人でやるのじゃ!」
「ですが旦那様の敵は私の敵です!」
私の旦那様を奪おうなどと許されません!
そう思い、前に出ようとするアプスは少し怒っているのか本来の仕事を忘れかけているようだ。
「おぬしは護衛じゃろ! 大人しく後ろでランドルフを護っとれ!」
「私もやる!」
「邪魔ですから変態ハイエルフはいつものように引きこもっててください」
「あの、三人とも仲良く……」
何とか取り成そうとランクイロが声をかけるも、まったく相手にされない。
「落ち着けって、予定通りカナンカにお願いするし、アプスは俺の側にいろ。パトリームも筋肉痛なんだから大人しく休んでて」
「は、はい!」
「当然じゃな」
「むぅ……」
何とか落ち着きを取り戻した三人。
いや、クネクネと悶えてランドルフに抱きつく落ち着きの無いやつが一人いた。
そう言ってくれるのはうれしいけどさ……ほら~、相手も困ったような顔をしてるじゃん。
「話し合いは終わったのか?」
「いや~、わざわざ待ってくださってありがとうございます。悪役の鏡のような方ですね!」
「茶番は終わったと思っていたのだが?」
ふざけるランドルフに流石にこれ以上は面倒だと怒りを込めて言い返してきた。
「ランドルフを連れて行くのであれば我を倒してからにせい!」
デデン! とBGMの幻聴が聞こえてきそうなくらい腕を組んでいいドヤ顔をするカナンカ。
付き合ってられないと返事の変わりに短く詠唱して大きな火の玉を放ってきた。
それをカナンカは殴って霧散させる。
「ふん! この程度の魔法など拳に魔力を乗せる必要もないわ! 我に対して手加減などとずいぶんと余裕じゃな!」
「……」
ルーセットは自分の魔法が拳でかき消されたのを見てカナンカに対する認識を改める。
こいつはただの白く珍しい龍人かと思ったが……厄介な相手になりそうだ。
また短く詠唱し、今度は複数の火の玉がカナンカを襲った。
「つまらぬな」
複数の火の玉が飛んできたものの、狙われた場所は一箇所なのでぶつかる直前に後ろへ飛んだ。
ドォーン!
大きな音を立てて火の玉同士が破裂するがカナンカにはまったく影響はない。
「まじめにやらぬなら逆におぬしが痛い目を見ることになるが」
「ふむ、中々にやるようだが私にも慈悲はある。警告として放っただけだ。丸焦げになりたくないなら今からでもそいつを置いて帰るなら見逃してやるぞ」
「その必要はない。我はおぬしと戦いたくてうずうずしておるのじゃ。おぬしこそ面倒な相手になりそうじゃからと戦いたくないのであればさっさと去るがいい」
相手の心境を見透かしたかのようなことを言うカナンカ。
そしてその言葉は半分当たっていた。
「そうか……では次は手加減はせん」
お嬢様の為にも引くことができないルーセットは本気で相手にしようと思ってはいた。
「……」
「どうした? 手加減せぬのではないのか?」
覚悟を決めて詠唱を始める。
『……咲きほこれ業火の華よ、敵を飲み込み浄化せよ』
ルーセットに魔力が……瘴気が集まり、大きく膨らんでゆく。
『煉獄炎柱・華』
大きく膨らんだ魔力がはじけてカナンカを囲むようにいくつもの火の玉が高速でぐるぐると回っている。
「先ほどと同じ……というわけではなさそうじゃな」
回っている火の玉からの高熱に当てられているはずなのだがまったく気にしている様子はなく、冷静に観察してどうなるのかと楽しみにしているようだ。
「魔力……瘴気を利用してすさまじい威力の魔法に仕上げている。自身の魔力はほとんど使っていないと思われる。それであの高熱の玉を複数放つ……すごい」
「敵を褒めてどうするんだよ」
「器用に魔力を操ると思ってつい……」
パトリーム博士が解説してくれた。
「これが最後の通告だ。大人しく降参するならこの魔法を解いてやる。万が一にでもこの火の玉からは逃げられるとは思わぬことだ」
「もとより逃げるつもりはない。早くせいと先ほどから言うておるではないか」
「……馬鹿が……」
短く言葉を呟くと一気に火の玉がカナンカに襲い掛かった。
ドンッ! ゴォォォァー!!
一斉に火の玉がはじけ跳び物凄い火柱が上がって幾重にも折り重なり、火の壁がカナンカを包み込んだ。
その中に居るものは丸焦げ……いや、跡が残っているかどうかも怪しいだろう。
「まるでチューリップの花みたいだな……カナンカは大丈夫なのか?」
流石のランドルフも少し心配になったようだ。
「大丈夫じゃー!」
声とともにカナンカが魔力を乗せた回し蹴りを、内部から火の壁に向かって放つ。
火の壁から綺麗な細く白い足が生え、切り裂くようにグルリと一回転したように見えた。
「尻尾も使って四回転してます」
「早すぎて見えねぇよ……」
今度はランクイロが説明してくれた。
ルーセットが放った魔法は花が散るかのように儚く消えていった。
「馬鹿な……」
「馬鹿馬鹿と何度も言いおって。我は馬鹿ではない! 天才なのじゃ!」
「あなたの場合、天災とも言うね」
「カナンカ様……すごい!」
「さすがしゅ、ムグッ!」
うっかりカナンカの正体を呟こうとしたパトリームの口をアプスが塞いだ。
魔法がかき消されたことに驚いているルーセット。
それとは逆にランドルフはカナンカが無事だったことに軽口を叩きながらも少しホッとしている。
カナンカはランクイロの褒め言葉を聞いてドヤ顔である。
「中々の技であった。魔力を纏って防いだつもりじゃが服が少し焦げてしもうたわい」
カナンカ自身は火傷した様子もないようだ。
まるで服のために防御したと言ったような言い方である。
「しかし……おぬし。まだ本気ではないな?」
「……」
「本気の一撃を出さぬのか、或いは出せぬのか。出せぬなら事情があるとみるが……今の一撃にも戸惑いがあったな」
ルーセットの目を見ながら話しかけてくるカナンカに、再び心の内を見透かされたような気分になる。
「何のために……そういえば騒がしいとおぬしが現れると……守っているもの……戦いの騒ぎに応援に駆けつける……いや、駆けつけてこられては困るのじゃな?」
「!?」
見事に言い当てられてしまったことに素直に驚き、顔に出てしまった。
それを見たカナンカ達は確信したようだ。
「ふむ、なるほどの~。じゃからあまり派手な技は使いたく無いというわけじゃな」
「言い当てたのはすごいけどさ、その読みを普段からやればリバーシでも勝てるんじゃね?」
「それとこれとは別じゃ!」
ランドルフの呟きはしっかりと聞こえていたようだ。
「……やはりお前達にはここで死んでもらおう」
あら~、触れたらいけないところに触れちゃってマジ切れモードってやつですか?
ルーセットが空中を高速で移動しながらランドルフ達の周りを回る。
そして先ほど放った魔法を連射してきた。
「すごい……器用なだけでなく集中力も高い。空を飛びながら……しかも二重三重に詠唱している。普通ではありえないほどの詠唱速度。同じ火の系統の魔法を二重三重に同時に放つなんて……」
目を見開いてあり得ないというような顔をするパトリーム。
ランドルフの事意外に関して感情の起伏が少ない彼女にしては珍しい光景である。
全力で走りながらジャグリングでもしてるって感じか?
よく分からんがそうだとしたら確かにすごいことだな~。
結界に阻まれてランドルフたちにはまったく届いていないので吞気に会話ができている。
しかしカナンカは結界の中へ逃げ込もうともせず、正面から受けるつもりのようだ。
「ふん! はっ! せいっ!」
火の玉が集まり、火柱が立つ前に拳によって魔法をかき消してゆく。
「この程度の! 攻撃では! 我は倒せぬ! ぞっと!」
すさまじい数の魔法があちらこちらに降り注いでいる。
面倒になったのか、自分のところに落ちてこない魔法は避けて、向かってきた魔法だけかき消すことにしたようだ。
その様子を見た相手はカナンカの周りにわざとはずして炎の華を咲かせる。
「無駄な動きが結局は無駄がなくて効率がいいんだよな~」
「相手は空気中の瘴気を利用しているから魔力が切れることは無いと思われる」
逃げ場が無くなり、炎の華に囲まれてもカナンカは涼しそうな顔をしていた。
あいつわざと追い詰められたのか?
やがて頭上からルーセットの魔法が襲い掛かった。
「これで避けれまい」
かき消されるのはわかっているので一発だけではなく二発三発と連続して放つ。
「恐るべき連射速度」
「根競べでもするのかね?」
「これは……四重……詠唱?」
なんじゃそりゃ? 相手の口はどうなっているんだ?
「口ではない。詠唱する言葉の中に複数の意味合いを持つ言葉をいれる。でもそれは集中力とは言えないそれ以上の何かと魔力を練る速度に制御も必要になってくる。特に制御を誤れば体のほうに負担がくる」
「魔族だからな~。体も丈夫なんだろうさ」
「でもこれは……三重詠唱に別の魔法を一つ唱えている……信じられない」
パトリームがここまで驚くんだから本当にすごいことなんだろう。
「あなたは旦那様のすごさを知らないから驚いてるけど、旦那様はもっとすごいですぅ~」
「お前誰だよ。キャラ変わってるじゃねぇか」
「貴方様のアプスです♪」
「……せやな」
まぁ俺も敵の様子を探りながら姿を消して結界を張って船を動かしてたからな。
「ランドルフがすごいのは知っている。でも彼はランドルフではない」
「ウグッ!」
素直に相手の実力を認めるパトリームに、自分の歪んだ心に何かが刺さったようだ。
結界の中と外の雰囲気はまったく別の世界となっていた。
『荒れ狂う劫火の蛇に飲まれて消滅せよ。滅蛇紅炎!!』
相手の魔法をかき消し続けるカナンカに、ルーセットの本当に本気の一撃が襲い掛かる。
自身の持つ魔力のほぼすべてと瘴気を利用した消滅魔法だ。
ゴォォァァーー!
火炎放射では生ぬるい、火柱とも言えないウネウネと生きたように炎が動き回り辺りを包み込む。
ルーセットは魔法を放つとすぐにその場を離脱したようだ。
「おぉ~、世界が歪んでる気がするな」
「結界の外はすさまじい温度のようですね」
「空気が、地面が熱によって変化していく……」
「カナンカ様大丈夫かなー?」
「流石のカナンカでもこれじゃ無事では済まないんじゃ……」
「グルゥゥゥ」
今までデンの毛に隠れていたアマレットは、流石に様子がおかしいと感じたのかひょっこりと顔を出してきた。
デンもどこか落ち着かない様子である。
パトリームはまだ緊張が見られるが、それに比べて残りの三人はどこか能天気な感じである。
まだカナンカの身を案じているランクイロはマシなほうか。
まぁ、さっき言ってた魔力を纏うってやつをやればカナンカは大丈夫っしょ。
まったく肌が焼けた様子はなかったしな。
ってかこれってプロミネンスってやつなのかね?
もはや変なガスとか電磁波が発生って感じのレベルだけど……プロミネンスの温度って何度だっけ?
「しかし、この魔法を防ぐ結界というランドルフの魔法もすごい。私達のいる場所はまったく被害が無い。完全に相手の魔法を防いでいる」
「せやろ?」
「旦那様なら当然です!」
二人は鼻高々にしてドヤァーと言った顔を見せる。
「すごいんだけど凄味が薄く思えるのは何故だろう……」
一分ほど白い炎の蛇がランドルフ達の周りを暴れ周り、すっかりと辺りの地形が変わってしまったようだ。
すこし靄がかかってはいるが、マグマのように融解した地面の明かりがそのすさまじさを物語っている。
ランドルフ達の周りは結界で守っていたので大丈夫だが、さしずめプリンの上にでも居るといった状態になってしまった。
やがてマグマの上をベチャベチャと音を立てて、平気で坂道を歩いてくる人影が見えた。
「ふぅ……、呼吸ができなくてな。相手の魔法よりも息を止めるほう苦しいと感じたほどじゃぞ。それと目が乾いて落ち着かぬ。なので目を瞑っておったら結界のおかげでおぬし達がどこにおるのかわからなくてのぉ」
「その程度で済む問題では無いはずなのですが……ご無事でよかったです」
「カナンカだからな」
「無事でよかったよ~」
「うぉふ!」
何せ地形が変わるほどの温度なのだ。
結界の中に戻ってきたカナンカは、何食わぬ顔で靴の裏についた、冷え固まったと言ってもまだ熱いであろうマグマを握って砕いている。
一同はその様子を見て再び安心した。
「それにしてもあやつ、どこかへ逃げてしもうたな。まぁよい、そのうち戻ってくるじゃろう」
まるで家出した子供のごとく言い放つ。
「それよりも替えの服をくれ。流石にこれほどボロボロではみっともなかろうて」
アプスが鞄の中から着替えを出してくれた。
すぐにその場で着替え始めたのでランクイロが慌ててデンの陰に隠れた。
着替え終わった頃にルーセットが様子を確認しに戻ってきたようだ。
「げっ、戻ってきた!」
アマレットは再びデンの毛の中へもぐりこんだ。
丘のようになった綺麗な状態の場所で話し込んでいるランドルフ達を見て、ルーセットは目を見開いて驚いている。
「まさか……目の前の状況を疑いたいが……アレを食らって全員無傷とは……」
「やぁ、またお会いしましたね」
「くっ、こうなればこの命をもって刺し違えてでも!」
魔力はほとんど残っていないのであろう。
空を飛ぶ姿は少しふらついているようにも見える。
それでも何かから守るために体を奮い起こし、ランドルフ達に襲い掛かろうとする。
「アプスや、アレが悪い例じゃ。ああはなってはいかんぞ? ランクイロもじゃ。無事に戻ることが大切なのじゃ」
「「はい」」
今までとは打って変わって真剣な目をして頷く二人。
ルーセットのような状況にならないようにしろとカナンカが訓示をくれた。
「あの~、そもそも私達はここに狩りをしに着ただけで、貴方が何を守ってるのか知りませんけど別に危害を加えるつもりは無いんですけど~」
今にも飛び掛ってきそうな雰囲気のルーセットにランドルフが一声掛けた。
その動きがゆっくりと止まる。
それでもランドルフ達を睨みつけて警戒を解くことは無かった。
「まずはお話しませんか?」
「……信用できない」
「かもしれませんが聞くだけ聞いてくださいよ」
「……」
黙りながらフラフラと地面に着地して膝を着き辛そうにしているが、とりあえず話を聞いてくれるようだ。
コウモリ男のおかげで狩人達が狩ができなくて困っている。
こちらとしては貴方を倒すか出て行ってもらえるように協力すると、ここ領主と既に話はつけていることを教える。
「ですのでちゃんと話をしません? お困りなら手を差し伸べることもできるかと」
「……」
ランドルフの事を睨みながらも考え込むコウモリ男。
その時何かが近づいてくる気配を感じた。
「ルーセット!」
「お嬢様!?」
「すさまじい魔力の奔流を感じて着てみれば……貴方達! ルーセットに何をしたの!?」
ランドルフ達の前に黒いワンピースを着た女性が現れた。
歳は若く見え、まだ二十歳にもなってないであろう。
肌が青白いように見え、少し弱々しいように感じる。
あ~、お決まりの展開だけどややこしいことになりそう……。
お時間いただきましてありがとうございます。
( ˘ω˘)スヤァ




