93話
「あれはちょっと戦う気が失せるな~」
入り口を中心に半径三キロの範囲をジグザグに移動して、現在はその三キロ付近にいる。
目の前には川が流れており、その対岸にタンボンの群生地が見えたのだ。
「黄色い花と白い綿毛の二本が生えていて、その二つあわせてタンボンらしいです」
寝ているパトリームに変わってアプスが図鑑を持ちながら説明してくれた。
「ここから魔法を放てば簡単に倒せそうだが……」
「いえ、それは普通ならやめたほうがいいでしょう」
「何故?」
「種が飛んでくるからです」
迂闊に攻撃を加えると、相手に向かってふよふよと空中を漂う綿毛を飛ばしてくる。
その綿毛の根元に種をたくさん包み込んでいる硬い殻があり、それが破裂して種がばら撒かれるのだ。
勢いよくばら撒かれた種は硬く凶器となって生物を襲う。
そしてさらに厄介なのが、地面にめり込んだ種である。
その勢いで地中深くにまでもぐりこむと、そこから地中の魔力を取り込んで瞬く間に成長し、数分でタンボンが生えてくるのだ。
しかもばら撒かれた種は一つではない。
死んだ生物から血が流れると、血液に含まれた魔力がタンボンの養分となるのだ。
「対人、跳躍地雷みたいな攻撃に加えてわらわらとゾンビみたいに沸いてくるのか~」
「じらい、が何かはわかりませんが相当に危険な相手です。あの群生地は以前に誰かがやってきて処分されないまま放置されたのでしょう」
「迷惑なことだな」
「やっぱり綿毛はふわふわなの?」
あの狩人の男が言っていたマナーの話は実に大切だとしみじみ思う。
「それにしてもこの異常ともいえる群生地は、やはり迷宮の魔力によるものでしょう」
迷宮の二十二階層。
ずいぶんと地中深くへとやってきた。
マグマの流れに乗って魔力も流れているので、地下深ければ深いほどあふれ出た魔力が濃い。
「とりあえず倒すか」
「え? 手を出さないほうがよろしいのでは? 守りは固いとはいえ、そこかしこに生えてこられては困ると思うのですが」
「ふっ、何か考えがあるのじゃな? やるがよい!」
種が地面に潜り込まないように結界を張る。地面を守る感じだ。
燃やすようなことはしない。燃やしたときに発生した熱で空気が暖められて、種が広く拡散されても困ると考えた。
そしてマンジュシャゲを倒したように茎を狙って切り取る事にした。
切り取っただけでマンジュシャゲ見たいポトリと落ちてくれたらいいんだけどね。
種は少し飛んじゃうかも知れないが、燃やすよりはマシだろう。
「あっ!」
ランドルフが魔法を放ったときにアプスが突如声をあげた。
距離があり全滅には至ってないが、ずいぶんと刈り取れた。
黄色い花の部分とボール状の綿毛の塊がころりと落ちる。
それでもいくつか綿毛がこちらに向かって飛んできた。
「打ち落として見せようぞ!」
カナンカが綿毛に向かって結界から飛び出る。
大人しくしていればいいのに何故飛び出るんだまったく……。
地面の結界の距離を伸ばしておくか。
カナンカが飛び上がって綿毛に向かって近づくと、どう反応したのか種の入った殻が弾けた。
「ぬっ!」
はじける前に打ち落とそうとしたのだが、突然はじけた綿毛に対し、手を広げて前に突き出して円を描くようにくるくると回している。
ただ回しているだけなのかと思えば、ちゃんと種のほとんどを受け止めていた。
「ちと痛いな、受け流すように勢いを殺してやればよかったかの」
至近距離で受け止めたので、破裂した勢いもあり流石のカナンカもほんの少し痛みを感じたようだ。
そして弾けた種はカナンカの方向だけでなく、反対側のタンボンの群生地にも降り注いだ。
「お馬鹿! 不用意に刺激しやがって!」
「すまぬ!」
飛んできた種の刺激に反応したタンボンは、綿毛を飛ばそうと揺れ動く。
そうはさせまいとランドルフも威力を上げて攻撃範囲を広げ魔法を放った。
遠くまでは見えなかったが、遠視魔法を使ってすべてのタンボンの茎を切り落としたのを確認した。
やはりそれでもいくつか綿毛が飛んでいる。
「旦那様、水を浴びせてください!」
はじける前に種の入った殻を切り落とそうとしたが、アプスの声にしたがって水鉄砲を飛ばす。
すると、水に濡れた殻がふやけて、その重さで綿毛と共に地面へと弾けることなく落下した。
「攻略法があるなら最初に教えてくれよ!」
「申し訳ありません! 言おうとしたときには既に魔法を放ってらっしゃったので」
「俺が悪い様な言い方だな!」
「め、滅相も無いです!」
問答もそこそこに、そうとわかると雲を発生させて局地的な雨を降らせてやった。
「我がいるのにか!」
「うるせぇ! 余計なことしやがって!」
「びしょ濡れではないか!」
カナンカも距離を取って上空から水の魔法で打ち落としていたのだがお構いなしである。
「とりあえずこれで全部落とせたかな」
「いえ、まだです。生えてきたタンボンを処理しなければなりません」
「地面を水で濡らしたから大丈夫だと思うけど」
「成長し始めた種には効果はありません」
というわけなのでモグラ叩きの始まりである。
ランドルフ達のいる場所は地面に結界を張っていたので、種がそのまま転がっているが、群生地へと降り注いだ部分からはにょきにょきと芽が生えていた。
成長して綿毛が作られる前にすぐに燃やし尽くしていった。
「ひぃ~めんどくさい! もうやだ! これで回収できる素材が少なかったらやってられんぞ!」
思わず泣き言を漏らしてしまう。
「花と根っこ、綿毛はいい素材になります。綿毛は高級品として取り扱われているようです。また、根っこは薬に、花は染料として使用できるとか」
「ならいいんだけどね。問題は水浸しでも大丈夫なのか……」
「何もしていませんが見ていて冷や冷やしました」
「色の濃いお花だね~」
回収作業は手間取りそうである。
「ランドルフや、ひどいぞ!」
「ひどいのはお前だ!」
空から着地して戻ってきたかなんかは開口一番に文句を言う。
ランクイロからタオルを手渡されて体を拭く。
何かに気が付いたランクイロはカナンカからサッと視線をそらした。
ランドルフとカナンカがギャーギャーと文句を言い合っているので、その間にアプスとランクイロとアマレットで素材を回収し始めた。
「やっと終わりました……」
「泥だらけ、綿まみれです……」
「あたしはお花の匂いに包まれて楽しかったけどね~」
「ヴェッフ!」
花粉や濃い花の匂いをさせるアマレットが、汗を拭ってデンの頭の上に戻ってきた。
その匂いに鼻をくすぐられたのか、デンがくしゃみをした。
何故いつもデンの頭の上を汚すのか、アマレットが座っている部分は黄色い色が付着していた。
「んっ!」
言い争いが終わったのか、カナンカが万歳をする。
濡れた髪と背中の開いた白いワンピースを乾かせとねだっているようだ。
ランドルフは温風を遠慮なくぶち当ててやった。
「もう少し優しくせぬか!」
「優しくしてほしいのなら大人しくしてろ!」
「優しくしてほしいので私は大人しくしてますね」
「別にアプスは濡れてないんだし、ってか早く布で手を拭けよ」
「旦那様、つれないです……」
そろそろ外は夕暮れ時だろう。身なりも整えて素材もすべて鞄に詰め込んだ。
「思ったより量が少なかったな~。そろそろ帰るか~」
そう思っていたのだが、入り口付近まで戻ってくると、そこまで距離の離れていない南のほうに大きな反応があった。
「探査範囲に入ってきた者がおるようじゃがどうする?」
「確かに一匹だけ大きいのがあるが」
「麒麟ですかね?」
「かもしれないな、行ってみよう」
やっと帰れると思っていたランクイロは少し嫌そうな顔をしたが、どういった敵なのか興味もあったので気持ちを切り替えた。
姿を隠して飛んで移動し、少しはなれたところから観察する。
「あれが麒麟……」
「ほほぉ~」
「「(ゴクリッ)」」
「すっごい大きい~、デンより大きいかも~」
「グルル~」
「……Zzz」
遠目から見ているがかなり大きい。4tトラックほどではなかろうか。
鹿のような体型に頭には大きな二本の角と口元には白いひげが生えている。
背中には竜のような鱗があり、首元と尻尾、四本の足首にはモコモコとした毛が生えており、バチバチと帯電しているようにも見える。
アプスとランクイロはその威圧感からか思わず息を呑む。
デンはアマレットの一言で対抗意識が芽生えたようだ。
「素材はどの部分?」
「え、えっと……」
質問に対してハッとして気を引き戻し、ペラペラと図鑑をめくる。
「角、髭、革、蹄、尻尾、骨、腱、肉も貴重な物のようです。目も収集家には売れるようですが……」
「つまりほとんどってことだね。でもあの大きさ全部鞄に入らないだろう……、浮かせて持って帰るか」
既に倒した後の事を考え始めている。
「よし、我が」
「お前は大人しくしてろ」
「ぬぅ……」
先ほどの失態の事があるので諌められて足踏みする。
「近づいてきたら頼む」
「うむ! 任せるがよいぞ!」
とたんにうれしそうな顔をする。
やれやれだぜ……。
いつからバトルジャンキーになったのだか……。最初からか。
ランクイロも勇み足で駆けていくカナンカをいつも信じられないと見送っている。
いくら体が頑丈だからって、カナンカ様は怖くないのかなー?
僕はすぐに再生するけど、できれば痛いのは嫌だし……やっぱりカナンカ様はすごいな~。
姿を消したままゆっくりと近づいてゆく。
すると、麒麟がこちらを向いて睨んでいた。
「気づかれたじゃと!?」
「チッ」
すぐさまランドルフが麒麟の胸元にナイフを差し込むように空間魔法を放つ。
できるだけ綺麗な状態で倒したいからだ。
だが麒麟は斜め後ろにバックステップして魔法をかわした。
「馬鹿な! かわされた!?」
透明化が見破られたことは過去にあった。
なので冷静に行動し、攻撃したつもりであったのだが、空間魔法をかわされたのは初めてであった。
見えている攻撃ならまだしも、見えない魔法攻撃を避けるとは……正直舐めていたな。
こいつは一筋縄ではいかないかもしれないな~。
ランドルフの魔法が避けられたことに驚きつつも、すぐに援護するために前に出て一撃を放ったカナンカ。
透明な結界の中から突進して、突如目の前に姿を現したはずのカナンカの突きもかわされた。
その勢いのまま連続して横に薙いで裏拳を放つも、それもかわされてしまった。
「俊敏性が高い、反応も早いし跳躍力もある。しかも……」
相手はただ避けただけでなく、攻撃してきた相手にいつの間にか電撃を浴びせていた。
カナンカは少し手が痺れているようだ。
手を開いては閉じを繰り返し、力を入れて調子を確かめる。
「クックック、相手にとって不足はないようじゃな」
「ヒヒィーン!」
「馬なのかよ!」
ドゴォーン!
鹿のような姿なのに馬のような鳴き声をする麒麟に反射的にツッコミを入れてしまった。
そう言っている一瞬の間に麒麟の放った雷がランドルフの頭上に落ちた。
結界に阻まれて誰にも被害は無かったが、結界の周りの地面には電気が通った跡『リヒテンベルク図形』と呼ばれる跡ができていた。
「ヒャ~! 大丈夫なのこれっ! まずくない?」
地面に跡ができるほどの放電量……、やべぇなこれ。
カナンカなら大丈夫だろうと思いつつも、少し心配になる。
「ぼ、僕も行きます!」
「無理するなよ? っつってもあれに挑む時点で無理なことか。再生能力が高いからといって油断はしないように」
「そんな余裕はないと思います。それに普段からその再生能力の高さに依存しない戦いをしろとカナンカ様には言われ続けてきました」
いつぞやランドルフがカナンカに似たような事を言ったことがあった。
それをランクイロにもしっかり伝えていたようだ。
「足止めしてくれればいい。魔法が当たれば倒せるんだ、うまくやってくれ」
「はい!」
ランクイロが元気に返事をした。
麒麟はランドルフには雷が利いていないとわかると、すぐに標的を変更してカナンカに雷を落とした。
ドゴォーン!
「あっ!」
突然放たれる雷を流石のカナンカもかわすことができず直撃を食らってしまう。
戦闘に参加しようとしたのだが、その瞬間を見てしまい心配そうな声をあげるランクイロ。
カナンカは衝撃で少し膝を曲げるが、腕や肩、首をぐりぐりと回して立ち上がる。
「少し筋肉がほぐれた気がするの~。礼を言うぞ!」
ニヤリと笑みを浮かべて麒麟に向かっていく。
「五月蝿い……」
音の大きさにパトリームも起きたようだ。
「……麒麟の倒し方は落とし穴を掘ればいい。大きな角が邪魔をして狭い場所では動けない。動きを止めている間に止めを刺す」
「さすがパトリーム博士! 頼りになるね!」
「ん、熟読してた」
「すみません。私がちゃんと読んで教えていれば……、二度目ですね……」
寝起きにも関わらず直ぐに答えを導いてくれた。
情報をちゃんと伝えられなかったアプスは少し落ち込んでいる。
「聞いていたな!」
「はい! カナンカ様にも伝えてきます!」
ランクイロも麒麟を足止めするために走っていった。
「ヒヒィーン!」
ドゴォーン!
4tトラックに立ち向かう人型。
普通ならぼろ雑巾のように吹き飛ばされてバラバラになりおしまいなはずだが、嬉々として立ち向かっていく。
雷を落とす狙いを付けさせないためにジグザグに移動しながら距離をつめる。
カナンカの拳が危険だと感じ取ったのか、麒麟は雷に加えて平面状に放電し、広範囲に攻撃を仕掛けて距離を取る。
角の辺りからの放電は発生する瞬間がわかるのだろう、背をかがめてかわしている。
翼が少し電撃に触れているがお構いなしにカナンカは前へ出る。
攻めているはずの麒麟だが、攻撃しながらも後ろへと跳躍するばかりである。
「ぬぅ、近づけぬし埒が明かぬ! こちらが止まれば雷が落ちてくるしの~」
「カナンカ様!」
ランクイロが麒麟の後ろから近づいて援護しようとしていた。
「馬鹿者! せっかく背後から近づいておるのに声をあげるな!」
「す、すみません!」
迫ってきたランクイロを嫌って麒麟が横に逃げる。
「動きを止めればランドルフ様が落とし穴を作ってくれるようです!」
「そうは言っても難しいぞ! とにかく挟み込んでランドルフの方へ誘導するしかあるまい!」
「わかりました!」
二つの人影が一匹の巨大な獣を追いかけて草原を走り回る。
「二人ともがんばれ~!」
「音が五月蝿くて聞こえないと思う」
「うぉぅうぉ~ぅ!」
アマレットの声援に対して冷静に言うパトリーム。
自分も戦いたいのであろうか、デンも珍しく応援している。
そんな展開を横目にアプスが図鑑をパトリームに返していた。
「ランドルフ、まだか!」
「跳躍するせいで落とし穴に落とすタイミングが! 着地地点を絞れないよ!」
一般の魔法使いであればすぐに落とし穴を作ることはできない。
なので事前に用意して追い込むのが普通だ。
一流の狩人は罠に追い込むんじゃなくて相手が勝手に罠にかかるとかそんな言葉があったが、俺にはそんな何とかスイッチできる頭はないっての!
麒麟は走り回りながらも雷を落とし、雷撃を放つ。
激しい運動をしているはずなのだが、魔力切れを起こす様子もなければ体力がなくなる様子もない。
走り去った後には放電された電流が地面に残っていることもしばしばだ。
後を追いかけるのも容易ではない。
ホント化け物、なんだってこんな奴に舐めてかかったんだろ。
「あがっ!」
考え込んでいるとジグザグに動いていたはずのランクイロに雷が直撃した。
「草に足を取られるなんて!」
ずっと走り回っていたからか、足がもつれたようだ。
大丈夫のようだが膝を着いて起き上がる様子がない。
服は焦げて体から煙が出ている。
筋肉も痙攣しているようだ。
そこへ麒麟が止めとばかりにさらに雷を落とし、大きな角で突き上げようと突進してきた。
「危ない!」
「よくやったランクイロ!」
アマレットの心配そうな声に対して狙いがランクイロに向かったことを褒めるカナンカ。
ランクイロに一直線に向かっているので狙いが絞れたのだ。
ランドルフが麒麟がすっぽり入るほどの落とし穴を作った。
ヒヒィーン!
「離れている地面に穴を開けるのは時間かかるってば……。でも何とか間に合ったか」
叫び声のような鳴き方をして必死に穴から逃げ出そうとしている。
だが角も一緒に埋まってしまったのでジャンプしようにも突っかかっているようだ。
「中々に手ごわかったよ」
所かまわずあちこちに雷を落としまくっている麒麟だが、ランドルフの結界を破ることができず、額に魔法を食らい静かになった。
「やったね!」
「麒麟は中々出回らない、値段は期待していい」
「体が痺れてます……」
「大丈夫ですか?」
「ランクイロのおかげで倒せたようなもんじゃな!」
「功労賞はランクイロだね」
「うぉふ!」
動けないランクイロにアプスが肩を貸して抱き起こす。
デンの背中の上に乗せて休ませた。
「とりあえずもう遅いし、このまま丸々持って返って素材の剥ぎ取りは明日にしようか」
「やっと帰れます~」
気の抜けたランクイロの返事に苦笑する者たち。
倒した麒麟を浮かせ、何故か近くに落ちていたヤムーバの焼け焦げた死体も回収し、入り口に向かって飛んで行き外に出た。
その時……。
「大きな魔力の乱れを感じてみれば……暴れていたのはお前達か?」
声のするほうを向くと、コウモリの様な羽に額には小さな二本の角と腰の辺りから黒く細長い尻尾が生え、目つきは鋭く犬歯がやや目立つ、ビシッとした礼服のような服装をした男が宙に浮いていた。
お時間いただきましてありがとうございます。




