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92話


 「というわけで到着っと。地図は無いんだっけ?」

 「二十二階層から地図はありませんね」

 「ふむ。とりあえず入ってみよう」


 中に入ると、それまでの階層とは違って、何も無い原っぱであった。

 芝生が生い茂っているが、遮蔽物一つ無い光景に、ランドルフは懐かしい感じがした。

 森とは違った意味で、不用意に歩くと方向がわからなくなりそうである。


 「まぁ……これだと地図は役に立たないよね。納得だわ」

 「何も無いですからね……」

 「これは出口がどこにあるのか探すのが大変だぞ」

 「単純故に難関か」

 「……麒麟の他、マンジュシャゲ、タンボン、雷狼、原生粘生物、毒蛾蝶、羽耳跳びウサギ、ヤムーバがいるらしい。……でもあまり訪れた人がいないから当てにできない。あと眠い」


 半分目を瞑りながらも説明してくれた。

 知らない魔物がいるのでもう少し我慢してもらい、詳しく教えてもらう。


 「曼珠沙華って花の名前じゃなかったっけ?」


 別名、彼岸花である。


 「赤い色をしているので目立つ。触手を伸ばして攻撃してくる。花の真ん中に口があり、そこから獲物を捕食する」

 「食人植物かよ」

 「鱗茎に魔力を蓄えているので素材になる。稀に白いのがいる。あと毒に注意。そして眠い、寝たい」

 「もう少しがんばってくれ……」


 うとうとしながらも目をこすって何とか教えてくれた。

 危険で緊張感があるはずのダンジョン内でも眠気には勝てないようだ。

 羽耳跳びウサギは跳びウサギの亜種で跳びウサギより大きく耳が羽のようになっているらしい。

 タンボンは巨大なタンポポなのだが、種が飛んできて破裂するので危険だとか、原生粘生物はスライムの事らしい。


 「普通のスライムよりさらに物理的な攻撃は利きにくい。魔法で対処しないとたちまち捕らえられてやられてしまう………」

 「それはよい事を聞いたの、なぁランクイロ」

 「え? ぇ~と、はい……」


 物理的な攻撃はダメだと説明されたのにも関わらず、素手でやる気のようだ。

 突然話を振られたランクイロは、戦いたくないと思っているが、とりあえず消極的に同意しておく。


 「あと雷狼ってのが気になるな。デンと同じ仲間と戦うのはちょっと気が引けるが……」

 「うぉふ!」


 まるで気にするなと言いたげに返事をするデン。


 「他に注意することってある?」

 「……Zzz」


 ついにパトリームは寝てしまったようだ。


 「あらま~。素材云々はアプスが本読んで調べておいてよ」

 「わかりました」


 自分では調べない!

 俺は説明書はわからなくなってから読むのだ!


 「とりあえず場所がわからなくなるのが怖いからな~。何か目印でもしておければいいんだけど……」

 「適当に魔物を倒して魔石を抜き取ればよいのではないか? それを入り口に埋め込んでおくとかどうじゃ」

 「弱い魔力だと距離が離れたら感じ取るのが難しいよ? 草原の向こう側なんてぼやけて見えないし、下手したら一日中……いや、もっと歩かないとダメかもしれないしね」


 今いる入り口側には壁があるのだが、出口はどうなっているのかわからない。


 「今までの感じからすると、たぶん下っていくはずだから……でも非常階段みたいになってたらわかんないか……そうするとくまなく歩き回ることになるのか? やっぱここ飛ばして二十三階層にいかない?」


 このだだっ広い草原を歩き回るのかと思うとやる気が削がれてしまう。


 二十二階層から訪れる人が少ないって理由がわかった気がするな……。


 「では入り口付近で狩りをして、二十三階層に向かうときは大穴から降りていくことにすればいいのではないか?」

 「素材を手に入れなきゃならないんだよね? 精霊さんに頼んで出口の場所教えてもらう?」

 「教えてもらっても方向がな~、それだったらカナンカが言った狩り方のほうがいい気がするな」


 出口の場所を教えてもらっても、真っ直ぐそこに向かえる気がしない……。

 大海原を航海する気分になるな~。


 とりあえずさほど入り口から離れないなら、魔石を埋め込んで魔石が発する魔力を目印に辺りをうろつくことにした。

 しばらく歩くとくねくねと揺れている魔物を発見した。


 「あれは目立つな」

 「周りに何も無いから余計ですね」


 赤い色をした人の身長ほどの巨大な花が、風も無いのに揺れていた。

 マンジュシャゲだろう、何本かまとまっている。


 「普通の曼珠沙華の何倍あるんだろう。あれだけ目立ってたら素材目的以外じゃ誰も近づかないんじゃない?」


 稀に花の部分が動いて、台風の強い風に負けてめくれ上がった傘のようになったりと変化をみせている。


 「露骨過ぎますね……」

 「く~ねく~ね♪」


 マンジュシャゲの真似なのか、体を細く伸ばしてくねくねゆらゆらとさせるアマレット。

 とりあえず遠距離から魔法で茎を切り取った。

 花がポトリと落ちる。

 くねくねダンスが止まり、どうやら倒すことができたようだ。


 「……儚いね」

 「何故かわかりませんが、悲しい気持ちになりました」

 「なんだかかわいそう……」


 魔物なので慈悲は無い。やらねばやられるのだ。

 素材を回収するために近づく。

 落ちた花を拾い、触手も根元から切って回収する。鱗茎は土の中にあるので掘り起こす。


 「傷ついたりしたらまずいよね。慎重に掘り起こさないと……」


 魔法で土を掻き分け、砂崩しをするかのように慎重に取り出してゆく。

 ランドルフ以外は周りを警戒し、敵が近づいてこないか監視する。

 だがその警戒網を掻い潜って襲ってきた魔物がいた。


 「こやつどこから!」

 「うわっ!」


 巨大なスライムが突然地面からこちらに覆いかぶさるように体を広げて襲ってきた。

 だが結界に阻まれてベチャリと激突してしまう。

 しかし、その結界ごと飲み込もうとさらに体を広げて包み込んでゆく。

 結界に守られているので大丈夫なはずだが、徐々に周りの景色が見えなくなると焦りを感じ始めるアプスとランクイロ。


 「ふむ、我の索敵を逃れて襲ってくるとは、中々のやつじゃな。万年妖樹といい、面白い魔物が多いの~」

 「ぷにぷにしてるのかな~? 触ってみても……ダメだよね」

 「ちょっと静かにしてくれ、意外と深くて大きいから取りにくい……」


 そんなことを言っている場合ではないのだが、作業に集中しているようだ。

 やがてカボチャのような大きさの鱗茎が取れた。


 「これは大きいのか小さいのか……意外と柔らかいな……」

 「ランクイロ、この粘生物をやらぬのか?」

 「いえ、僕には無理です」

 「大丈夫なのでしょうか……」


 誰もランドルフの呟きを聞いているものはいなかった。


 別にいいけどさ……。


 「ふむ……せぃ!」


 結界の内側からしっかりと踏み込んで拳圧の重い一撃を放つ。

 スライムの体にぽっかりと穴が開いたが、すぐにまた元通りに戻ってしまった。


 「魔法を使うしかなさそうじゃの~」

 「スライムなんだしどこかに核がありそうなもんだけど」

 「……見当たりませんね」

 「燃やしちゃおうか」


 ゴォォォー!


 真上に向かって火柱をあげる。

 火柱に触れた部分は縮んでいき、黒く焦げてゆく。

 大きな穴が開いたが、先ほど放ったカナンカの一撃とは違って元に戻るのに時間がかかっている。

 その間に上空に飛んで脱出した。


 「どれ、我もたまには火を噴いてみるか」


 ゴォォォー!


 ドーム状に包み込んでいる姿のままになっているスライムに向かって、大きく息を吸い込み口から炎を吐き出した。


 キュイ! 


 まるで発泡スチロールがこすれあった様な音がしてプスプスと焦げ落ち、縮んで跡形も無く消え去ってしまった。


 「そういえばドラゴンだったな。火を噴いたところ始めて見た気がする」

 「なんと失礼な! 我は立派な守護竜なるぞ!」

 「せやね」


 そっけない態度で返事をするランドルフに、訂正しろとプンスカ怒り始めるカナンカ。


 「酒飲みのイメージしかないからさ。あ、度数の高いお酒を口に含んで火をつければそれっぽく……ごめん、冗談だよ!」


 カナンカの目が本気だったので素直に謝った。


 やっべー、目が爬虫類に戻ってたよ。

 カナンカに殴られたら洒落にならんからな。


 敵がはじけ飛ぶほどの拳で怪我どころではない。


 「ふん! もう一度我の事をどう思っておるのかきちんと話をせねばならぬようじゃな!」

 「いや~、頼りになる存在だと思ってるってば。ホント助かってるよ」

 「どうじゃかの!」


 ちゃんと思っている事を話したのだが、頬を膨らませて腕を組み機嫌が直らないようだ。

 膨らんでいる頬っぺたをつまんでムニムニしておく。


 「……」


 カナンカに謝りながらその頬をムニムニしている様子をみていたアプスは、ジト目になってランドルフのほうを見る。


 あんな事、私はされたこと無いのに!


 スキンシップがうらやましいようだ。


 「でもでも~、やっぱりカナンカはかっこよかったよ! おっきな炎ですごかった!」

 「むっ、そ、そうかの?」

 「うん! あたしも火を吐けたらかっこいいのに!」


 いや、火を噴く妖精なんて脅威でしかないから。


 「ま、まぁ、我は誇り高きドラゴンであるからな!」


 アマレットの言葉に少し機嫌が直ったようだ。

 相変わらずチョロイ。


 このやり取りどっかでみたな……。

 酒を飲んで酔っ払ってばかりなのに誇り高いとは一体……。



 と言いたいが胸の内に控えておく。

 それこそ火を注いで火傷をしたくは無い。


 「怖い思いをしたはずなのに、この和やかな雰囲気は……」


 相手をまったく脅威に思っていない人たちに少しついていけていないランクイロ。

 結局スライムからは何も取れなかったのでまた敵を探して歩いて回る。


 「何も無い草原だと思ってたけど、魔力の反応を探ると結構いるな~」

 「地面に伏せておるのかもしれんの。あの粘生物はどこから現れたのかはまったくわからんが……」


 スライムにさえ気をつけておけば後の敵の居場所はわかりそうだ。

 近くの反応があった場所に向かう。


 「お~、小さいデンがいる」


 雷狼が三匹現れた。


 「かわいいね~、倒しちゃうの?」

 「そう言われるとな~……」


 アマレットの言葉に戸惑ってしまう。

 別の意味で強敵が現れたようだ。


 まるで初めてデンと出会った時のような体格だな~。


 今のデンと比べてかなりも小さい。

 なぜデンはここまで育ってしまったのか、もはや愛くるしさは失われてしまったのだろうか。


 「う~ん、やめとこうか」


 マンジュシャゲを倒したときとは違い、魔物にも慈悲はあったようだ。

 戦うのをやめて他の魔物を探そうとした。

 すると、デンがゆっくりとパトリームを起こさないようにのしのしと歩き出し、敵に向かっていく。


 グルルゥー!


 小さい雷狼は、何倍も大きなデンを見ても怯むことなく唸っている。

 そして両者の緊張感が弾け、雷狼がデンに向かって飛び掛った。

 パチンッ、と音がして雷撃が飛び出すが、デンにはまったく利いている様子がない。

 爪と牙をむき出しにして襲ってきた相手に対して前足でペシッと叩いた。


 ギャン!


 ドンッと地面をバウンドして吹き飛び、小さい雷狼が起き上がることはなかった。


 「さすがデンさん! 容赦がないねぇ!」

 「かわいそ~」

 「人になれても獰猛さは健在だな」

 「いじめてるように見える……」

 「うぉふ!?」


 同類だからといって気にする必要はないと、自ら進み出て態度を示したのだが、批難を浴びせられる。

 残る二体は仲間がやられたことに対して怒ったようだ。

 吼えながらジグザグに交差して突進してきた。

 相手をかく乱させて狙いを絞らせない、いい動きをしている。

 しかし、それも攻撃が当たる瞬間に素早く前足で叩き落とし、そのまま返す手でもう一体もなぎ払った。

 二体とも吹き飛ばされたまま起き上がることは無かった。


 「まさに鬼畜! むしろ襲い掛かってきた相手を褒めるべきだな!」

 「ええ、彼らはよく戦いました」

 「よい気概であった、ランクイロも見習うところじゃな」

 「はい、まさか魔物に教わるとは思いませんでした」


 カナンカも魔物……とは誰も突っ込まない。


 「デン~、ちょっと見損なったよ~」

 「わひゅん!?」


 思いのほかアマレットの言葉が胸に刺さったようだ。

 伏せて両方の前足で顔を覆い隠して反省している。

 彼らの遺体を回収し、素材を剥ぎ取るという無粋なことはせずに、地面に穴を開けて弔うことにした。


 『何倍もの対格差のある敵に対し、勇敢に立ち向かった三匹の雷狼、ここに眠る』


 火の玉を上空に打ち上げ、その魂に安らぎがあらん事を……そう呟いて祈りを捧げた。


 「弱肉強食の世界、強く生きよう……」

 「我らも一歩間違えばこうなる、結界があるとはいえ気をつけねばならん」

 「え? う~ん……二人が言うとふざけている様にしか聞こえないんですけど……」


 ランクイロは思った。

 絶対そんなこと思っていないだろうと。

 龍人姿のカナンカは情けない姿を晒すことも多いが、ドラゴンの姿の時には常に油断をせぬように自然界を生き抜いてきた猛者なのである。

 普段の行いのせいなのだろう、言葉に重みを感じてもいいはずなのだが……。


 「さて、弔ったことだしせっせと素材集めをしよう。もちろん雷狼とは戦わない方向でね」


 デンの体の張った決意表明は意味を成さなかったようだ。


 「気を取り直して進もう、まだ全然素材が手に入ってないよ、カナンカ、ランクイロ、頼んだよ!」

 「は、はい!」

 「任せるがよい」


 ランドルフはパトリームが言っていた麒麟を早く見たいと楽しみにして歩き始めた。

お時間いただきましてありがとうございます。

デンの久々の活躍がどうしてこうなった……orz

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