90話
「この階層は後どれくらい歩きそうなの?」
「脇道に逸れず、魔物との戦闘がなければ二十階層と同じくらいかと」
「ふむ」
二十階層では魔物の襲撃は一切なかったが、それでも五時間ほど歩いた。
魔物との戦闘があれば五時間ではすまないだろう。
「それはちょっとまずいねぇ~。迷宮内で野宿はちょっと嫌だな~」
「では引き返しますか? 今ならまだ日が暮れる前に帰れると思いますが」
「それも嫌だな~。もうちょっと時間配分を考えて入るべきだったかな」
考えが足りなかったな~。さっき聞いたマナーの話もそうだけど、もうちょっと勉強しておくべきだったか。
一応申し訳程度に迷宮の事が書いてある本を読んだのだが、迷宮がどういったものかをわかったところで、後はほとんどパトリーム博士に丸投げしたので詳しい知識はまったく頭に入っていない。
「ってことでさっさとここを抜けてしまおう。出口付近で狩れば後ろにいる狩人達の邪魔にもならないだろう。彼らに配慮する必要はまったくないけど、戦闘中追いつかれてこちらの手の内を見せる事になるのも癪だしな」
「それは確かに……子爵様の魔法の腕を見ても信じてもらえないでしょう」
「どういうことだよ!」
冷やかしてくるジャカードに文句を言う。
まぁ、ランクイロが魔族なのはばれてしまったが、でもそのおかげで彼らの反応が見れたしな。
魔族が現れたと聞いて動揺し始めていた狩人達。
その反応で彼らも魔族を危険視しているのだわかった。
凄腕でも下層に来るまで一週間。その間にどれだけ素材を市場に流せるかだな。
彼らが帰ってくるまでが勝負だ。
「……では出口付近まで一気に飛んでいくのでしょうか?」
「そうしよっか」
そう考えると時間も惜しいので、デンに跨りランクイロと近衛二人を浮かせて運ぶ。
上空を移動中も下を眺めて地図と見比べ、どこを飛んでいるのか確認してもらう。
「しかしかなり天井が高いな。ってか歩いてた時はわからなかったけど、道沿いに進まなくても飛んだらすぐ出口じゃね?」
「ええ。崖の下が出口と言ってもいいでしょう」
森を飛び越えるように東に向けて空を飛ぶ。
すると、飛び降りれば確実に死亡するほど高い崖があり、そこをゆっくりと降りていく。
「クックック、かなりの数の敵がおるな。これは楽しみじゃ」
「僕にはまったくわかりません……」
下を眺めながら敵の居場所を探る。
どういった敵がいるのか、またどの程度の数がいるのか、集団なのか個別で動いているのか、隠れている場所や特徴などをできるだけ把握しておく。
「ほれ、そこの崖に何匹も翼竜がおるぞ」
焦げ茶色をした硬そうな肌の翼竜が四、五匹ほど固まって羽を休めていた。
「ホントですね。注意して見ないとまったくわかりません」
意外と近くに敵がいたことに、ランクイロは驚いているようだ。
「それだけではないぞ」
下の周りを見ると、綺麗な蝶のような魔物がヒラヒラと飛んでいる。
上を見ると、空を旋回してまるで獲物を探しているかのように鋭い眼差しをした、大きな鷹のような魔物が飛んでいた。
「到着っと」
「本当にすぐに着いてしまいました」
「何か飛び降りれる道具を作れば楽でいいと思うんだけどなぁ~」
「空中で魔物に襲われるとか嫌ですよ。普通の人は何もできずに死んでしまいますって」
崖を下る階段でも作ればと思ったが、先ほど翼を休めているワイバーンがいるのにそれは無謀かと考えるのをやめた。
「んじゃ……狩の時間だー!」
突如ランドルフが叫び始めた。
「よし! ランクイロ、ゆくぞ!」
「は、はい!」
気合十分のカナンカに少し遅れてランクイロも前に飛び出した。
前回のようにおどおどしている雰囲気はなさそうだ。
「ん~? もう話終わった?」
「眠い……」
まだ寝ぼけてはいるがアマレットとパトリームが起きたようだ。
「今回は俺も暴れるぞっと。この出口付近の敵を全部狩るつもりでやって奴らを困らせてやろう……クックック」
黒い笑みを浮かべるランドルフは、デンに遅れないようにと言い聞かせ、槍杖を握り締めてデンから飛び降りた。
「アマレット! 活躍する時が来たぞ!」
「も~、何でそんなにうるさいの? そんなに大声じゃなくても聞こえてるってば」
寝起きのためテンションが低い。
ランドルフのテンションの高さについていけないようだ。
だが肩の上に乗って万年妖樹を探すという出番がやってきたとわかると、また活躍できるとやる気が出てきたようだ。
「木偶が! そこじゃ!」
硬いはずの万年妖樹を、体を弾丸のように突進させて拳を突き刺すようにして破裂させてゆく。
シュッ!
「むっ! こいつが森の暗殺者という奴か!」
その時、相手を倒して一呼吸置いたカナンカに、待ち構えていた大きな蟷螂が体全体で相手を招き入れるように飛びついてきた。
だが、カナンカはサッとかわして相手の鎌を手刀で切り落とした。
「その程度の遅さでは我を捕らえることはできぬぞ!」
蟷螂の攻撃は目で追いつくことが難しいほど早いはずなのだが、不意打ちだったはずの攻撃はカナンカにとっては遅いようだ。
「くっ! この程度で、ハッ!」
万年妖樹の枝の鞭を避けたところに蟷螂の攻撃がランクイロに襲い掛かった。
浅くない傷を作ったが、すぐさま再生し、まずは蟷螂を屠る。
そして攻撃をくらいながらも万年妖樹も撃破した。
「この蟷螂、本当にどこにいるのかわからない!」
すぐにまた囲まれたようだ。
ランドルフは魔力の反応で蟷螂の居場所はわかってはいる。
だが相変わらず万年妖樹の居場所はわからない。
「そこかっ! あたれっ! 俺の前に出てくるから!」
「ねぇ~、何でいちいち叫ぶの? あっ、あそこに二体いるよ」
「任せろ! 叫ぶのはなっ! ロマンだよ!」
「ロマン? うるさいだけなんだけど」
ロマンという言葉はランドルフから何度か聞いたフレーズなのだが、意味が思い出せないようだ。
騒ぎを聞きつけたワイバーンもやってきたようだ。
「私の前に現れれば真っ二つだがいいのかね?」
などとわけのわからないことを言い始め、気分はハイテンションのようだ。
結界にぶつかって落ちていくだけの相手に、わざわざ空間魔法で本当に真っ二つにして落としていく。
「旦那様、素材がもったいないです。どうせなら高く売れるようにしませんと……」
そう言いながらも毒蛾蝶にナイフを投げつけ、木に磔にしていく。
「すまんね! 遠慮しなくていいからつい殺りすぎちゃったよ! 最高にハイテンションってやつだ!」
「り、燐粉!」
おもむろに袋を取り出して、パトリームは毒蛾蝶の燐粉を回収する。
「ヘクチッ!」
突然可愛いらしいくしゃみをする。
粉が鼻孔をくすぐったようだ。
「次は葉っぱ! また燐粉! 葉っぱ!」
そんなこともなんのその。
いつもの大人しく無口なパトリームからは想像できないほど俊敏にセコセコと素材を集めている。
「クックックッ! 爆砕じゃ!」
カナンカが万年妖樹やワイバーンの頭をその拳の勢いで破裂させる。
「粉砕です! 次ッ!」
攻撃をくらいながらも痛みに耐え、爪と拳で相手をなんとか倒すランクイロ。
「はっはー! 大伐採ッ!」
ズゥゥーン!
テンションが異様に高いランドルフはちまちまと倒すのはめんどくさいとばかりに、万年妖樹も蟷螂も蜂も蝶も普通の木も全部まとめて横一文字に魔法で伐っていった。
木々が倒れて地面を揺らし、森は切り開かれて遠くまで見るようになり、見通しが良くなった。
「「……」」
目の前の光景に近衛の二人は絶句している。
「……ジオラス」
「なんだ?」
「俺は守護竜様よりも子爵様のほうがやばいと思えてきた」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」
二人は十九階層での狩りかたは手加減していたのだと理解した。
驚かないと思っていたのだが、凶悪なはずの魔物たちがあっさりと倒されていくのを見て驚いていた。
しかも一匹や二匹ではない。
まとめて全部一瞬で倒されたのだ。
「流石は旦那様です」
「す、すごいです」
「ふん! ランドルフならこれくらい当然じゃ!」
三者三様の反応を見せる。
「こらっー!」
ペチーン!
「ふべっ!」
「関係ない木まで伐っちゃダメッ!」
アマレットは小さい体を回転させて、勢い良くランドルフの頬っぺたにビンタをお見舞いした。
「いった~。お前って意外と力あるのな」
「木がかわいそうでしょ!」
「あ~、すまんこって。ちょっと調子に乗りすぎたよ」
「も~!」
「おぃ、どこ行くんだよ」
プンスカ怒っているアマレットは、切り株の上にちょこんと乗って魔法を使うためにブツブツとつぶやき始めた。
「大地の恵み、天の雫によって木々に癒しを! ん~、おねが~い!」
詠唱(?)を唱え終わり、しゃがんでから元気良く立ち上がり、バンザイするポーズをして魔力を開放した。
すると切り株からウニョウニョと新芽がちょこんと生えたのである。
「ふぃ~、つかれた~」
額の汗を拭ってランドルフのところまで戻ってきた。
「お前が魔法を使ったところ始めてみたよ」
「そお? お庭でお花を育ててるときには何回か使ってるんだけど」
「中々やるもんだな」
「へっへ~ん。でしょ~? じゃなくて! こんな事しちゃだめだよ! 島でもやってたし流石のあたしも何度もやられたら怒るよ!」
「すまんかった。さっきマナー云々の話をしてたのに狩場を荒らしてしまったよ」
やってしまったものは仕方ないので、倒れた木を浮かせて集め、邪魔にならないところに放置する。
「お~ぃ、パトリーム。回収できた?」
「……」
返事がない。回収作業に集中しているようだ。
「俺達も他の素材を剥ぎ取って今日は帰ろっか。これくらい暴れれば悪魔族とやらも出てくるかもしれないしね」
「しかし旦那様。旦那様の地味のように見えてすさまじい魔法おかげでちゃんとした素材が……」
「地味は余計だ。まぁ、回収できる分だけでいいよ」
「ですが子爵様。これでは大量に素材を流すという目的が達せられません」
「……いや~、本当に申し訳ない。暴れすぎたよ……反省してる。次回からはちゃんとやります……」
久しぶりに自重せず思い切り魔法をぶっ放したかったんだ……。
でも本当はまだまだ出したりないなんて言えない……。
「お茶目な旦那様も歳相応に可愛くていいですね!」
「お茶目とか言うな!」
「いえ、これはお茶目とかそんな段階では無い気もしますが……」
二人の会話に呆れているジャガード。
全員で蟷螂の鎌、翅や、挟角蜂の触覚、鋏の部分なども回収する。
「翼竜の半分近くはダメだな。子爵様が全部真っ二つにしたから回収できる部分が少ない」
皮は綺麗に半分に切れて売れるか怪しいが、無事なほかの素材部分である、飛膜や牙、爪、角、骨などを回収していく。
回収しているときにヤムーバが現れたりもしたが、やはり結界に激突して地面に落ちた。
止めを刺してその素材も回収する。
仕事が増えたりもしたが、すべて回収し終えて街に戻ってきた頃にはすっかり日も暮れて辺りは真っ暗である。
夜遅くに帰って来た事と、前回より手に入れた素材の数が多いことに屋敷の人たちに驚かれたりもしたが、体を拭いて綺麗にしている間に簡単な食事を用意してくれていた。
「伯爵はまた信じてくれないかもしれないな~」
「普通は信じませんよ」
でもちゃんと説明しないといけないよね。
伯爵は既にご就寝との事で説明は明日に持ち越されたのであった。
ランドルフ達がベッドでぐっすりと眠った頃、ランドルフと話をしたリーダー風の男の元に数人の連絡員が訪れていた。
「ゲチェクトさん。まずいことになりました」
「何があった?」
「十九階層の物だと思われる素材が大量に組合に流れてました」
「っ! ……それで、売った奴はわかっているのか?」
「はい、ダークエルフの女と地味な人間の男二人です。数回に分けて売りに来ていたのではっきりと覚えてます」
ダークエルフの女と人間の男……。
昼過ぎに会ったランドルフ達一行の中にダークエルフの女がいたのを思い出した。
あれは中々に美人だったが……。
「いつだ?」
「今からだと四日ほど前になります」
「四日か……」
構成に一致する部分はあるが、まさか彼らではあるまい。
朝合流した連絡員は一週間ほど前に彼らがやってきたといっていた。
十九階層までやってきて狩りをし、街に戻って素材を売り、またここまでやってきたなんてことはできるわけがない。
何を馬鹿なと思い、首を振って自分に言い聞かせる。
「他に手練な奴が降りてきたのか?」
「いえ、ずっと監視してましたがそんな強そうな奴は……十八階層で野営していた奴らにも確認しましたが通ったという報告はありませんでした」
どういうことだ? 見張りがサボって見落としたのか……。
だが十九階層ならまだ大丈夫だ。
それ以下の階層の素材ならまだ独占できているようだしな。
「それにしてもお前達、ここまで来るのが早かったな」
「ヘヘッ、こういう時、自分の種族が龍人で良かったと思いますよ。大穴を真下に飛び降りて十階層くらいズルしてやりましたからね」
「よくやってくれたな。万が一を思ってお前達を配置していたが本当にやってくれるとは」
大穴の空中には魔物もいるので、飛んでいるところを狙われると無防備なので非常に危険だ。
それにちゃんと階層を把握していないと、どこに到着するかわからない。
無理を押してやってきた彼らは、肉体、精神ともに疲れているように見える。
「ありがとうごぜぇます。できれば報酬に上乗せしてくれたらうれしいんですがね」
「もちろんだ、この調子で頼む。帰りは一緒に帰ろう。今日でかい獲物を仕留めたんだ、期待してていいぞ」
「やったぜ!」 「さすがゲチェクトさんだ」 「俺たちゃ付いて行きますぜ!」
夜も遅いので騒がしくするなと嗜め、労いの言葉をかけて詳しい話は明日聞くと言って、ゆっくりと休んで行けと他の人員が寝ている天幕に向かわせた。
彼らが去った後、自分専用の天幕の中で一人考えを整理する。
十九階層までやってきて、大量に狩れる団体がいるのか?
下層まで降りれる奴にはあらかた声をかけて引き込んだつもりだったが……。
組合も監視しているし、最近やってきたのは昼間にあった彼らだけという報告だ。
大体、行きも帰りも監視の目を潜り抜けて狩人が入り込むなんて……。
大量に素材が流れたのなら荷物も多いはずである。
それを見逃す監視員はよほど間抜けとしか言いようが無い。
そんなことがあるのか?
連絡員が来たように飛んでやってくればすり抜ける事も……。
何を馬鹿な、さっき自分で無理だと判断したじゃないか。
降りることはできるとしても大量の荷物をどうやって街に持って帰るんだ? 監視員の目を掻い潜って?
まさか、ありえない。
きっと別の団体を見逃したんだろう。そうに違いない。
そう結論付けて布団に潜り横になるも、どこか腑に落ちず、不安にかられてしまう。
三人組は彼らの中にも居ることは居たが……。
これ以上考えても仕方ないと眠りにつくことにした。
眠らずに想像力を働かせて別の結論にたどり着けば彼は損をすることも無かったかもしれない。
街に戻った頃に素材の値段が急激に下がっていることになろうとは、彼はまだ知る由も無かった。
お時間いただきましてありがとうございます。
書く時間が欲しい……_0__




