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89話


 「待ちな」


 倒した魔物の素材を剥ぎ取っている狩人達の横を通り抜けようとすると、リーダー風の男に声を掛けられた。

 ちらりと横目でその男を観察する。

 魔物の皮で作った鎧なのだろう。ずいぶんと拵えが良く、整った装備に思える。

 先ほど巨大な蛇に止めを刺した剣も大きく、表面に傷がついているものの頑丈そうで、中々に使い込んでいる印象がある。

 また、その大きな剣を振り回せる良い体つきをしていて、それでいてスタミナと柔軟性がありそうなスラリとした無駄の少ない筋肉をしている。


 先ほどの動きといい、カナンカがじっと見ていたくらいだから凄腕の狩人なんだろう。

 混乱をあっという間に建て直し、指揮通りに動く仲間。カリスマも高そうだ。


 ランドルフ達は声に反応して立ち止まり、そしてすぐにまた歩き出した。


 「おい待てって!」

 「数秒間だけ立ち止まって待ったじゃないですか」

 「っ……! 話を聞いてくれ!」


 屁理屈をこねるランドルフに言い方を変えた。


 「返事してますので聞こえてますし聞きました。それでは」

 「おい!」


 またも屁理屈をランドルフに取り付く島も無い。

 前にいる男の脇を避けて歩こうとするランドルフの前に、男が再び回りこんだ。


 「もう、何なんですか? 邪魔をしないでいただきたい」

 「だから話を聞いてくれって言ってるだろ!」

 「話なら聞いてるじゃないですか。もういいでしょ」

 「屁理屈をこねるな! こっちは用があって話しかけてるんだ!」

 「私達に用はないので素通りしてるんです。それくらい察してくださいよ」

 「このガキッ!」


 実際には話を聞きたいのだが、あえてじらしてみることにして反応を楽しんでいる。

 埒の明かない問答とニヤリとしているランドルフの顔を見たリーダー風の男は、握り拳を作り怒りに飲み込まれそうになる。

 狩人の仲間達も何事かと集まり始めた。


 「おや? 何です? 仲間を呼んで一体何をするつもりなんでしょうか?」

 「まぁ待て。まずは話をしたい」

 「え~、仲間呼んで囲まれて~、話がしたいって言われても~、脅してるようにしか思えないんですけど~」


 ゆったりとした口調がまたリーダー風の男の神経を逆なでする。

 挑発とわかっているので何とかこらえている。

 仲間達を一旦解散させ、引き続き素材の回収に向かわせた。


 「これでいいだろ」


 まっ、この辺でいいか。


 「それでなんでしょうか? 夜遅くなる前には抜けたいので手短にしてくれるとありがたいんですけど」

 「あ~、あんた達は最近やってきたのか?」

 「ええ、そうですけどそれが何か?」

 「確認したいんだが、六階層と十一階層で俺達の仲間がいたはずなんだが、会ってたりしないのか?」

 「仲間といわれてもどういった人か知りませんのでわかりませんが……あいまいな質問をされても困ります」

 「……」


 こちらを見ながら黙り込んでしまった。


 「いやなに。最近下層に物騒な魔族が潜んで危険なんでね。この迷宮に挑戦する新顔には注意を警告を自発的にやっているんだが……本当に知らないのか?」

 「ええ」


 まさかランドルフ達が大穴を飛び降りたとは思ってもいないようだ。


 「新顔が迷宮に挑戦してすぐに下層に降りられているのも驚いたが、その人数の少なさにも驚いたよ。ここまで来るのに慣れているものでも最短で一週間ほどかかるのに、見た目に反して中々に強かなんだな」

 「皆さんが先ほどから気にしておられた巨大な狼という頼りになる仲間がいますので大丈夫です」

 「だが、その狼は見たところ荷物持ちのようだ。そんなに荷物を持った状態で戦えるのかは疑問だな」

 「一週間ほどという割にはこちらがやってきたことを知っておられるようですが」

 「組合には監視をつけてるからな。四階層から光を飛ばして六階層までなら合図を飛ばせる。だがその連絡員が合流したのは数時間前だ」


 光……モールス信号みたいなのがあるのかな?

 そういえば船では旗振って交信してたっけ。


 「で、話を戻してだな。荷物を抱えた狼が戦えると思えない。ということはそちらの皆さん方が強いと判断するがどうかな? 特にそっちの白い龍人の女性はやばそうな雰囲気があると見たが……」


 こちらの戦力について探りを入れてきたな。しかも大体あってるし。

 正直に答えるわけはないが、倒せると思ったら襲ってくるのかな?


 「ま~、ご想像にお任せしますってことで」

 「へっ……。それでさっきも言ったが、物凄く強い魔族がいるんだ。それでここまで人数を増やして挑んでいるんだがそれでもどうなるかわからない。遭遇したときに他の魔物も一緒に現れたら恐らくやられてしまうだろう」

 「それで引き返せって?」

 「ああ、あまりお勧めはできないな」

 「ご忠告どうも。でもそのおかげで下層の素材が出回ってないようなので、今ならたんまりとお金を稼げるいい機会ですからね」


 お金の事はどうでもいいがそう思わせて様子をみる。


 「ちなみにどれくらい敵を狩ったんだ?」

 「……二十階層までは敵を無視してきたのでまだ何も。さっき倒した一つ目巨人くらいですかね。二十階層に敵がいなかったもので」

 「それはすまんな。道中は俺達が昨日狩り尽してしまった。しかし、やっぱり敵を無視してきたんだな。そうじゃなきゃそんなに早くここまではこれないか……」


 ランドルフの言ったことはまったくの嘘ではないが、なにやら勘違いしてくれているようなのであえて否定することもあるまいと受け流す。


 「ふむ。その割には戦闘の跡とかなかったんですけど」

 「あ? 強くってもやっぱり新人なんだな。例えば二十階層には螺旋土竜が現れるが、穴ぼこになった地面を戻しておかないと次に来る人の迷惑になる。だからちゃんと整地しておかないといけない。死体も燃やしたり埋め立てたほうがいい。そこまでしなくても罰則も何もないが、まぁ迷宮に入る人の礼儀作法だな」


 あ~、まっ、マナーは大事だよね。至極もっともなことだったな。


 「教えていただきありがとうございます」

 「お互いのためだからな。それでだ、ここからが本題なんだが」


 ぉ? やるのか? 戦うのか?


 「俺達の仲間にならないか?」

 「「「は?」」」


 ランドルフだけでなく、カナンカやアプスまでもが思わず声に出してしまった。

 特に戦うのではないかと期待していたカナンカは拍子抜けしている。


 「それだけの人数で敵を無視したとはいえここまでこれるんだ。さっき言った魔族も現れるしそれに対処できるだけの戦力は欲しいところなんだ」


 え? 何? 魔族がいるから仲間を集めて増やしてたって事? 独占してる人じゃないの?


 「はぁ、申し訳ないのですが自分達だけでもここで狩れますので大丈夫です。その魔族が現れても逃げればいいだけでしょうし」

 「今回はたまたまここまでこれただけかもしれない。油断や慢心は死につながる」

 「まぁそうですけど、自分達で狩ったほうがお金も多く手にはいるので。そちらの仲間になれば分け前が減るでしょ?」

 「欲に狩られると早死にするぞ?」

 「そうならないほど実力を持った心強い仲間がいますので大丈夫です」


 そこまで言い切ると男は舌打ちをしだした。少し間が空き、考え込んでいるようだ。

 そして男の口が開いた。


 「これは言うか迷ったんだが……、俺達の仲間になって今のまま下層の素材を独占しないか?」

 「え?」


 あえて驚くフリをする。いや、半分は本当に驚いていた。


 ……っ! キター!


 「前回は失敗したらしいが、いずれ魔族は軍が派遣されれば討伐されるだろう。相手は一人のようだしな」

 「魔族って見たことあるんですか?」

 「ああ……あるが……」


 またしても考え込んだ男。言って仲間に入れさせるのに活用するのだろうか。


 「あれは悪魔族の男だったな。かなりの魔法の使い手でこれ以上先に進むなと警告してきた。騒がしくするなとも言われた。何かを守っている様子だったが……」


 ふ~む。敵を狩りまくっていたら襲ってきたってのは騒がしくするなってことだったのかね?

 伝言ゲームで情報が歪んできているのか……この人が嘘を言っている可能性もあるしな。


 「知っていると思うが、魔族や魔物ってのは近い部分があって、魔力が濃いところを好む。奴らにとっては餌みたいなもんだしな」


 魔族は見た目も魔物に近いものが多い。


 「少しわかる気がします。下層に入ってから少し体が軽くなった気がします」


 ランクイロには心当たりがあるようだ。

 カナンカもその影響は少なからずあると思うが、龍人に化けているので自分がドラゴンだと言うこともあるまいと黙っている。

 ちなみに龍人は尻尾や翼に角も生えてはいるが、魔族ではない。獣人たちと同じ括りの様だ。


 「話がそれたが、その魔族が討伐されるまでの間に俺達で素材を独占して値を吊り上げるのさ。そのために協力して欲しい。知ってるか? 今の素材の値段は魔族が現れる前の三十倍にもなってるんだぞ?」

 「それはすごいですね」

 「それでこのまま行けばいずれもっと跳ね上がる。欲しがってる貴族や商人どもはたくさんいるしな」


 迷宮独自の素材もあるので喉から手が出るほど欲しい金持ち達は、大金を出してでも手に入れたいだろう。


 「それで私達がここで魔物を狩って、素材を流さないように仲間に引き込もうと」

 「まぁ、それもあるが、どうせここまでこれる強さを持った人物なんてそう多くはない。値段が上がった売り上げを分けても従来どおり売るよりは絶対金額は多いはずだ。今でも不審に思われないように少しずつは捌いてはいるが十分に今までより増えているしな。組合を通さずに売ればさらに儲けもでる。悪い話ではないと思うが」

 「既に言いましたが断ったらどうします?」

 「それはもう諦めるしかない。だができれば売る素材の量を少しずつにして協力して欲しい。大量に売りが出るとこちらが困るんだ」

 「だから最初に手練どうか見定めてきたと」

 「そういうことだな」


 面白くなってきた。ここで一気に売り飛ばすって言ったらどうなるだろう。


 「いっぱい狩って売り飛ばしたとしたらどうします?」

 「まぁ、そういう奴もいるがいいのか? 騒がしく狩ってるとさっき言った魔族が出てくるぞ?」


 むっ、そういえばそうだが、そういう方向で来たか。

 一般人なら大量に狩るなら騒がしくなるだろうがね。


 男はニヤリと笑いこちらをじっと見る。


 「ここは大人しく仲間になって甘い汁を吸っていたほうがいいと思うけどな~」


 くっくっく、いい話が聞けたな。

 やはり考えてた通り大量に売りに出してこいつらを困らせてやろうか……。


 黒い考えをするランドルフは思わずニヤリと笑い返してしまった。

 その様子をどう思ったのか、男は近づいてきて手を差し伸べた。

 そしてランドルフは叫ぶように言い切った。


 「だが断る!」


 男の差し出した手がピタリ止まり、冷めたような目でランドルフの顔を見た。


 「大量に敵を狩って素材を一杯流すほうが懐が暖かくなりそうなのでお断りします」

 「……」


 金も物も回らないと経済が混乱するっての。すでに困ってる人も結構いるんだしね。


 「警告はしたぞ」

 「それはどうも。それよりも先ほど聞かせてもらった話を偉い人に話をすればどうなるのやら」

 「はっ、俺はこうも言ったぞ。魔族に襲われた時、対処するために仲間を集めているとな。素材を売る云々は本人の裁量だろう。必ず売りに出さなければいけない決まりもあるまい」

 「なるほど。それは確かに」

 「ふんっ! まあいい、痛い目にあって後で仲間に入れてくれと言っても話は聞かないからな」


 男はもういいとばかりに仲間の元に戻ろうと反転する。


 「あ、最後に一つ聞いていいですか?」

 「あ?」

 「上層で狩りをしていた人たちが街を追い出されたりしているのは、あなた達が指示してやっているのですか?」

 「何だそれ。そんなのは知らんぞ? ……いや……とにかく俺達じゃない」


 そう言って仲間の元に戻っていった。


 「最後の様子。何か思い当たることがあるようですね」

 「ああ、だが信じるなら彼らじゃないようだな」

 「はい。それで今後はどうしましょう」

 「ふっ、とにかく予定通り下層の敵を騒がしく(・・・・)狩りまくってまずは魔族をおびき寄せる。そして大量に素材を流してあいつらも困らせてやるとしよう」

 「うわ……」

 「ちょっと不気味な笑顔……でもそれも素敵」


 引き気味のランクイロに対し、盲目なアプスはうっとりとしている。


 「とにかく暴れてよいというわけじゃな!」

 「「……Zzz」」


 アマレットはあれほどパトリームに対して警戒していたはずなのだが、今は二人仲良くデンの上でお昼寝中である。


 「元々伯爵様からの依頼だったわけですしね」

 「この伯爵領が貧窮すれば他国に付け入る隙を与えかねません。市場を正常に戻さなければ」


 近衛二人も当然だとやる気のようだ。

 狩人達の視線を背中に受けながら先に進んで歩き出した。

お時間いただきましてありがとうございます。

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