87話
迷宮探索から帰ってきた翌朝。
ランドルフ達はパンパンに膨らんだ鞄から荷物を取り出し、万年妖樹の葉っぱを取り分けていく。
アプスは昨日手に入れた素材の山を見ながら考え込んでいた。
これらのほぼすべてが旦那様とカナンカ様のお二人で手に入れたものだ。
私は戦っておられる姿をじっと見守っていただけ……。
「また考え込んでるの? 何考えてるかは大体わかるけどさ、気にしたってしょうがないって。アプスはどっちかって言うと人外と戦うより人や人型の魔物と戦うほうが向いてるよ。暗殺者ってそういうものだし」
「しかし……」
「しかしも案山子もないっての。狩人か傭兵でいえば傭兵寄りだってことでしょ。そもそも同じ戦いのようでやり方が全然違うんだからさ。どうせなら長所を伸ばして効率よく人型を倒せるようになったほうがいい。ってか前にも言ったと思うんだけど……」
「……」
ランドルフは戦うメイドさんを目指して訓練しているときに、いくつか考え方を言った事があった。
それでもせめて旦那様の足手まといにはなりたくない。
「それに護衛が前線に出ちゃダメでしょ。近衛の二人みたいに割り切らないとさ」
「!?」
確かにそうだ。
あの二人は護衛ができていないといいつつも常に後ろで控え、周りに気を配っていた。
万年妖樹の事は相手が悪かったとはいえ、それでもすぐ頭を切り替えて行動していた。
足手まといとかそういうものではなく、最初は旦那様をお守りすることを考えていたはず……。
いつの間に私は独りよがりな考え方をするようになっていたのだろうか。
私が下手に攻撃することによって、敵の注意がこちらに向いてしまえば返って危険にしてしまう。
アプスは強さを求めたあまりに本来の性分を忘れていたようである。
不安定だった心の内を諭された気分になった。
「はい、そうですね。ありがとうございます」
どこか吹っ切れたかのようが顔をして強く頷いたアプスであった。
「ってことでさ。翼竜の剥ぎ取った皮とか牙に爪などは、お世話になってる伯爵におすそ分けするとして残りは組合に売りに行こう。んでちょっかい出してくる奴らがいたらあとをつけて調べよう。その辺りは二人に任せるけど、アプスもついて行ってくれ」
「「わかりました」」 「はい」
「それにしても。こう言っちゃ何だけど、うちのものが苦戦するほどの敵を倒す狩人なんだからさ。結構油断できないかもね」
「そうかもしれませんが、先ほどアプス殿におっしゃっておられたように、人と魔物では戦い方が違いますので結果も違うかもしれません」
「まぁね……」
アプスをちらりと見る。
暗殺者としてのアプスならほぼ最強に近いだろうと思っている。
例の姿を消す魔道具も持ってきているし、ただ殺すだけなら可能なはずだ。
パトリームが葉っぱを集め終え、袋に詰め込んで部屋に戻っていった。早速作るようである。
「二三日様子をみながら情報収集しよう。少し目立ったから何か進展があると思う」
「ですね。それに下層の素材を売りに行ったとわかれば必ず何かあるでしょう」
「売りに行くときは注意してね」
「はい。帰るときも伯爵邸に戻るのではなく、とっている宿に向かうことにします」
「頼んだ」
それぞれ行動を開始する。
カナンカとランクイロは昨日カナンカがやった新たな技を昇華させ、また習得しようと特訓し始めた。
「ダメじゃ! 足と腰にもっと魔力を蓄えて一瞬で爆発させるのじゃ!」
「は、はい!」
カナンカの動きを真似てやってみるもうまくいかない。
「違うのじゃ! もっと弾けるように地面を蹴るのじゃ! そして己を尖った針のようにして水平に滑るように移動するのじゃ!」
「ふっ!」
説明しながらランクイロの突進攻撃を受け止め、さらにアドバイスしていく。
「違う! 体勢がフラフラとしておる。それでは無駄に風の抵抗を受けてしまうのじゃ! ふらつくならせめて風を受け流すように動くのであればよいのじゃが……」
中々うまくいかないようだ。
まぁ、普通は一朝一夕で行くものではない。
「呼吸法も考えないとダメじゃね?」
「「!?」」
ランドルフがぼそりといった一言に二人が食いついた。
「カナンカは野生の勘というか、体が勝手に理解するけどランクイロはまだそこまでの境地に達してないと思うからさ」
「しかし、それは説明のしようがないのぉ……」
「でも必ず理解してみせます!」
「そうか! その意気じゃ!」
「呼吸法だけに?」
「……息じゃないですよランドルフ様」
「あらま~」
ランドルフの突っ込んだボケは、受けはよろしくなかったようだ。
二人に白い目で見られてしまった。
邪魔はすまいと逃げるようにその場をそそくさと退散した。
伯爵に話をしに行った。
忙しく書類と格闘しているが、一息ついたのかこちらに目を向けてくれた。
「お時間をいただきすみません。こちらはお世話になっているせめてものお礼に、無作法かとは存じますが昨日言っていた翼竜の素材を献上しに参りました」
「!? 本当に下層に行っておられたのですか!」
昨日夕食の席で話しをしていたのだが、本気で信じていなかったようだ。
綺麗に剥ぎ取った皮を見せると伯爵が驚いている。
辺境伯の時は剣歯狐だったけど、似たようなことをして芸がないな俺も。
「な、なんと! これほど綺麗で良い状態の物は中々ありませんよ!」
ランドルフの結界に激突して地面に落ちた所を安全に止めを刺したのだ。
普通に戦って傷ついた皮ではなく、止めを刺すために傷つけた首筋以外ほとんど外傷がない状態である。
貴族は皆そうなのか、伯爵も珍しいものには興味を惹かれるようだ。
「以前夕食の席で言っておられた物ほど珍しくはありませんがよろしければお納めください」
「いやいや、これほどのものをいただけるとは。翼竜は中々に手ごわいですからな~、空を飛んでますし、もともと市場にもなかなか出回らないのですよ」
満足げな伯爵を見てランドルフも良かったとほっと一息である。
「流石は宮廷魔法士ですな。ということは本当にあの大穴を飛んで降りたということですか」
「ええ、やっと信じていただけたようで何よりです」
苦笑気味に答えた。
「であれば邪魔されることもなく例の魔物と戦えるかもしれないというわけですな」
「その事なのですが、解決した後に逆恨みして独占していた奴らが襲い掛かってくるかもしれません。我々は他領の者ですが、せっかく事件を解決してもこの領内が荒れてしまえば王命を果たしたといっても本当の意味で解決したとは言えないでしょう」
「そんな風に言ってもらえるとはありがたい事です。ですがその辺りは私の仕事ですのでどうかお気になさらず。事件解決に御注力くださればそれで結構ですよ」
「かもしれませんがやるだけやって帰っても後味が悪いといいますか……」
例えば大工が家を建てて、その家に欠陥があったとしても家を建て終えたんだからこちらの仕事は終わったと言われればその大工に良い印象は持たないだろう。
領地経営を一緒にしてはまずいが、ランドルフの考えていることはそういうことである。
「あまり気にせず、そのお気持ちだけで結構です。陛下にはランドルフ殿は立派に勤めを果たしたと手紙を添えておきますよ」
いい人だなぁ~。でもせっかくこうして繋がりをもてたんだし、俺も貴族の端くれなら恩を売る意味でも打算で何かしておきたいな。
情けは人のためならずってか。
伯爵の言葉にその場は頷いて部屋を去った。
王命とはいえ普通ならば、なりあがり者は敬遠されてもおかしくないのに、邪険にすることもなく接してくれているのだ。
最初は魔物の事件と市場を独占する狩人と何か関係するかと思っていたが、分けて考えてもよさそうだし、良い人とは繋がりを持っておきたいと考えた。
「欲張りかもしれないが、相手が絡んできたのなら対処しても問題ないよね」
廊下を歩きながら考えを巡らせていた。
日にちが経って素材を売りに行ったアプス達が戻ってきた。
組合では驚きの声が出たものの、特に騒ぎもなく無事であった。
それから二日ほど三人にぶらぶらと街を歩いてもらったが食いついてくるものはいなかった。
「飛び降りたところを目撃していた人もいるはずなんだが……」
「全員がそろっていないためか行動してこないのでは?」
「う~む。こうなれば下層の敵を片っ端から狩って市場に流して価格を下げてやろうか」
「子爵様だからできるえぐい考えですね」
下層に下りるだけでも時間がかかり、持ち帰る量も狩れる人も限られているがランドルフならば大量に市場に流して暴落させることも可能だ。
そう考えたジオラスは頬を引きつらせている。
「例の魔物もそれで現れるだろうし、独占している奴らも襲ってくるだろうし、ありかもしれないな!」
出る杭は打たれる作戦と名づけようか。
市場を荒らしては伯爵に迷惑がかかると考えていたのでやらなかったが、最終手段としてはありかと思った。
「もう少し街で様子をみてみないとわかりませんが、このまま接触してこないのであれば迷宮内で待ち構えてる可能性が高いかと思いますが」
「下層でってことかな?」
「そう思います」
何日もかけて下層まで降りてそこで迎え撃つってか。
事故に見せかけるには十分だが手間がかかることですな。
まぁ、下層の素材を売ったので情報は行っているはずだが……。
ちなみに素材の値段は万年妖樹の葉っぱを抜いても約金貨六千枚である。
素材が出回っていない分買取価格がかなり高かったようで、日本円でおよそ六億になった。
「割合的には翼竜のほうが価値があったようで、枝はそこまで高くありませんでした。といっても十分一般市民には手が出せない値段ですが……。それと根っこはないのかと聞かれました。どうやら買い取り対象だったようです」
「あら? パトリームは何も言わなかったけど、興味なかったのかな?」
渡された査定評価について書かれた紙を見てつぶやいた。
万年妖樹の根っこは人が煎じて飲んでも、嘔吐や下痢、頭痛にめまい、まともに摂取すれば死にいたる毒にしなからないものである。
だがそれらを魔物に使えば怪しい成分が含まれているため、魔除けとして効果は十二分に発揮するのである。
「このお金は皆で均等に分けましょう」
「「「え!?」」」
「何で驚くんです? 皆さんが色々と支援や援護をしてくれたから手に入ったお金です。遠慮なくもらってください」
「ですがこれほどの金額を均等に分けるなんて……。守護竜様とお二人で狩ったものなのですが……」
渋る三人を情報収集や経費、その他にも色々助かっていると言いくるめて受け取ってもらう。
「でしたら私はこれだけで結構です」
そう言ってジャカードは金貨十枚を抜き取った。
「欲がないですね」
「いえ、これでも十分儲けが出ています」
ジオラスもジャカードと同じ分だけ抜き取った。
アプスは良い装備が欲しいのか普通に金貨千枚を受け取った。
意外と図太いところがあるな……。
アプスにはこちらに残ってもらい、二人にはまた明後日にでも迷宮に潜ると伝え、引き続き情報収集に当たってもらう。
デンと一緒に寝ていたアマレットを起こし、ランクイロとカナンカも交えて報酬の話をした。
「やった! これで葡萄味の蜂蜜が一杯買える!」
「全部使ったら船何隻分になるのやら」
当然持ちきれないのでランドルフが預かることになった。
「あ、なら僕も拳を保護する武器を買いたいな」
「我は特に要らぬが、ワインを買い占めてやるとしよう」
要らぬと言っておきながらワインを買うと言ったカナンカの思考はアマレットと一緒のようだ。
ランクイロは人狼になる前は普通に剣を使っていた。
今は拳だけなので何も武器は持っていない。
お金の価値観も勉強して教えているはずだが大金を前にしても動じている様子はないようだ。
「また明後日には迷宮に潜る予定だから、今の内に依頼して作ってもらったほうがいいかもね。島に戻ってからでもいいけどムングさんが忙殺されそう……」
「ほほぉ、次が決まったか。ならばなおの事ランクイロに技を習得させねばならんな!」
「が、がんばります!」
結局全員のお金はランドルフが預かったままになったようだ。
二日後。
二人が歩き回ってくれた甲斐もなく有力な情報は得られなかった。
前日はゆっくりと休暇をとってもらい、朝に合流して姿を消して迷宮の入り口まで飛んでいった。
「今回は二十階層に行くから、暴れまわって謎の魔物を引っ張り出すよ」
例の魔物は二十階層辺りで見かけたと兵士達が言っているので今回から乗り込むことにした。
「大丈夫でしょうか?」
「今回は最初っから結界を張っておくよ。それで様子をみよう」
「わかりました」
吹っ切れたとはいえ、アプスにはやはり不安はあるようだ。
「……Zzz」
パトリームはずっと軟膏を製作していたので寝ている。
ここに来てパトリームが作った薬が活躍したことはないが、万が一と言うこともあるだろう。
ちゃんとした環境で作っておらず、道具もそろっていなかったので妥協して作ったものだが効果はあると言っていた。
それでも市販されているものよりは効果は高い。
ちょっとした火傷や擦り傷、切り傷などには十分すぎるほどである。
「ふぅぉ~ぁ」
デンも少し眠そうだ。
この二三日はランドルフと遊びを含んだ訓練をして打ち負かしていたのだが、迷宮に入ると荷物持ちである。
することがなくただ歩いているだけなので緊張感はあまりないようだ。
アマレットも蜂蜜を食べては昼寝をして食っちゃね生活を送っていた。
怠惰である。
ランクイロも少し緊張しているものの他のものはほぼいつもどおりであった。
「もう慣れちゃったしね」
「ああ、多少の事では驚かないな」
近衛の二人もランドルフに慣れたようである。
「じゃ、落ちますよ」
「落ちるって言わないでください!」
声を無視して暗い底へ続く大穴に再び飛び込んだ。
お読みいただきましてありがとうございます。




