85話
「正気ですか!? 子爵様がいくらすごいからといって、ここから飛び降りたら無事じゃすみませんよ!?」
「それに、無事に降りられたとしてどうやって上ってくるんですか! 熟練者でも最短で地上に出るまで約一週間ですよ!?」
ジオラスとジャカードは気でも触れたかとやめるように言ってくる。
「でも、降りま~す」
「旦那様の事ですから大丈夫しょうが……」
普段ランドルフと何度もお空の旅をしたことがあるアプスはあまり不思議には思っていない。
少し不安はあるようだが信じているのだろう。
「あたしは飛べるから別に平気だけどさ~。みんな羽も無いのに大丈夫なの?」
アマレットも何度か一緒に飛んでいたことがあるのだが、この人数では飛んでいた記憶が無いのでその疑問も当然だが……。
「ってかさ。龍人達なら皆飛び降りるんじゃないの? 翼があるんだし好きな階層にいけるでしょ」
「ですから! 降りたとしてもどうやって昇ってくるんですか!」
「翼で飛んで戻ってくればいいじゃない?」
「どれだけ最下層から地上まで距離があると思っているんですか! それに荷物を抱えたまま飛ぶなんて無理ですよ! 鳥でさえ垂直に飛ぶのは無理だってのに!」
「別に垂直じゃなくても……所々外の階段のところで休憩すればいいと思うんだけど……荷物は確かに無理かも。なんか飛べる魔道具とかないの?」
「「ありません!」」
だとしたら効率が悪そうだ。
それにいきなり下に下りても強い魔物がいるので倒せるかもわからないか。
「でしょ? 考え直してくださいよ」
「それにダンジョンから出てくる飛べる魔物や、外で飛んでる魔物もいるんですから」
「でも、降りま~す」
どこかの大泥棒の口調を真似して再び降りると言うランドルフ。
そもそも飛ぶって言っても翼で飛ぶわけじゃないし。
穴もでっかいんだし、最悪カナンカに元の姿に戻ってもらえれば楽勝でしょ。
何でこんなに慌ててるのかわからんね。
しつこく食い下がって考え直せと唾を飛ばしながら話しかけてくる二人を無視してアプスに声をかけた。
「アプス」
「はっ」
「付いて来い」
「もちろんです」
ランドルフはデンに跨った。
最初からデンに乗っていたパトリームも正気なのかといった目でランドルフを見つめてくる。
なので頭をポンポンと優しく叩いて頷いてやった。
すると、信じてるとばかりにランドルフの腰にしがみついてきた。
アプスも対抗して負けじとしがみつく。
動けねぇんすけど……ちょっと苦しい。
「ランクイロや」
「は、はい!」
「おぬしはそのまま飛んで降りるのじゃ」
「やっぱりー!」
声をかけられたときに予想はしていたのか、つい叫んでしまった。
下が真っ暗な大穴を覗いて若干腰が引けている。
「デン、行くぞ!」
「うぉふ!」
「面白そうだしあたしもこのまま乗ってよっと」
デンの毛にもぞもぞと隠れて周囲の人間にばれないようにしていたアマレットは、飛ぶのではなくデンにしがみつくことを選択したようだ。
「なんで皆さん飛び降りるつもりなんですか」
「信じられねぇ……」
「信じられぬのなら信じてみるのじゃな。なに、ランドルフがうまくやってくれるのじゃ」
「はぁ……。万が一のときは守護竜様にお助けいただきたいです」
「そんなことにはならんじゃろう」
どうにも不安に狩られている二人。
デンは少し後ろに下がって助走を付け、走って暗闇の底へとダイブした。
「あいきゃん、ふら~い!」
「ふら~い!」
ランドルフの言葉を真似してアマレットが叫ぶ。
パトリームとアプスは、ランドルフに掴む手を少し強くした。
「あいつら馬鹿か!」 「本当に飛び降りやがった!」 「何か魔道具を用意していた気配は無かったぞ?」 「稀にああいう奴いるよな。ご冥福をお祈りしますっと」 「いい姉ちゃんだったのに、もったいねぇ」
その様子をみていた周りの人々が口々につぶやいている。
「ほれ、おぬし達も行かぬか!」
「え、でも……」
「「……」」
本当に飛び降りたランドルフに護衛二人は言葉が出ないようだ。
「いいから行け!」
「いたっ! ったぁぁぁぁぁぁ~~……!!」
カナンカから回し蹴りを背中にお見舞いされ、突き落とされたランクイロ。
「よし、我も行くからおぬし達も覚悟が決まったら飛び降りるのじゃな」
そう言って二人を置いて先に飛び降りてしまった。
「あの白い姉ちゃんまで……」 「何か方法があるのか?」 「だとしたら革新的なことだぞ」
自信に満ちた顔で飛び降りたカナンカを見て、何か方法があるのだと周りの人々は考え出した。
もし生きて戻ってきたのであれば質問攻めにされる事であろう。
「ははっ……。こんなことになるなんて俺達ついてねぇな」
「ああ。もう何がなんだかさっぱりわからねぇ……。何なんだあの人たちは」
理解できない行動に頭がついていかない。
二人はお互いの顔を見て諦めたように決心した。
「守護竜様がいるなら大丈夫だろ。行くか!」
「貴重な体験ばかりでありがたいよ、まったく!」
悪態をつき、意を決して鉄柵を乗り越えてジャンプした。
「きゃー! 飛~ば~さ~れ~る~!」
デンの毛にしがみついて自由落下のスリルを楽しんでいるアマレット。
そのデンの顔は風の影響でぶちゃいくな事になっていた。
ランドルフが結界を張らずにそのまま降りているからだ。
あれがたぶん五階層だから、斜め下のあの穴が出口で、あっちが六階層か。
落ちながら観察して何階かを確認する。
できるだけ内円に沿うように落ちないと何階かわからんな。
遊びはここまでにして結界をはり、自由落下をやめてゆっくりと制御して降りることにした。
アプスとパトリームの締め付けがゆるくなった。
「え~、もう終わり~?」
「ちゃんと飛ばないとどこにいるのかわからなくなりそうだしね」
「つまんな~い」
不満を漏らすアマレットにランドルフは、「自分で高いところまで飛んで一人でやれ」と言っていた。
「ぁぁぁああああーー!」
ランクイロが降ってきたので魔法で浮かせてこちらへと引き寄せる。
「助かった! 死ぬかと思った! もうやだ!」
興奮冷めあらぬ状態で喚き散らす。
うるさいので浮かせたまま待機させた。
「もう自由落下はやめたのか?」
カナンカが翼を広げて合流してきた。
「ちょっとね」
ジオラスとジャカードも降ってきたので浮かせてやる。
「あ、ありがとうございます」
「葡萄が破裂したようになるのかと思いましたよ」
流石は近衛兵、こんなことは始めてだろうに冷静を保てる余裕があるようだ。
「ですがこんなことをして魔力は大丈夫なのでしょうか?」
「心配は要らぬぞ。ランドルフの魔力量は我を超えてしまったからの。回復量もおかしいからこの程度では消費したうちに入らぬ」
「「え?」」
「……私もランドルフに教えてもらってから魔力が増えた」
「やっぱりあなたって……変よ」
アマレットがするベネディッタのものまねで言葉を閉めた。
カナンカの魔力を超えているといった発言に護衛二人は黙り込んでしまった。
カナンカもランドルフの真似しているのだが、何が原因かできていないわけではないが、あまりうまくいっていない。
驚いている二人の様子に我がことのようにアプスは自慢げに胸を張っている。
自慢できる胸なので。
ちなみにアプスは臓器圧縮はできないようだ。ある程度魔法に関する才能が必要なのかもしれない。
「とりあえずあそこが六階層の出口で、そこから右斜め下、階段があるところを見てもらえばわかるけど、あの穴が七階層の入り口ね。穴の壁に沿って降りるけど皆も一応数えておいて」
「わかりました」
念のため姿を消し、迷宮を歩いている人たちにばれないようにしておく。
踊り場などの少しスペースが空いている場所ではテントを張っている人もいるようだ。
ふ~む、外は基本休憩場所なのか。んで一階層抜けたら外で休憩しての繰り返しか。
一階一階にセーブポイントがあるようなものだな。
拠点にすればひたすら篭る事もできるか。
もちろん外でも魔物の襲撃はあることはある。
だが兵士も巡回しているようで、狩人達も独自に交代で見張りを立てている。
迷宮無いよりは圧倒的に少ないので安全性が高い。
結構楽勝に思えるが……敵がどのくらい強くなるのか。
「パトリーム。下層の敵ってどのくらい強いの?」
本のページをペラペラとめくり、確認する。
「下層と呼ばれるのは十九階層かららしい。敵の強さが跳ね上がると書いてある。六階、十一階、十五回、十九階、そして二十三階で最後の二十四階」
強さが変わる区分かな?
「十九階層には一つ目巨人、その亜種として一つ目鬼。他にも翼竜や万年妖樹などがいる」
「でっかい魔物ばかりなのか~」
静かに頷かれた。
その時、ブーンと音が聞こえて大きな蚊のような魔物が複数襲ってきた。
「モスキート音、気持ち悪いわ!」
電撃を飛ばして打ち落とす。
ってか何で姿隠してるのに襲ってくんの?
……あ~、そういえば蚊って二酸化炭素とか熱源を感知するんだっけか。
さらにその大きな蚊を狙っていたのか嘴と翼は大きいが下半身が極端に小さくバランスの悪い鳥が襲ってきた。
「そんな体型でどうやって枝にとまるんだよ! 足なんて飾りですってか!」
ツッコミを入れながら落としていく。
ナイフがもったいないのでアプスは投げないようだ。
パトリームが風の魔法で援護してくれた。
「……もったいない」
「ん?」
「あの魔甲蚊は生き物を襲い、体から魔力を抜き取って腹部に魔力を蓄えて結晶化させる」
「ありゃま。でもその結晶を狙って鳥がやってきたんじゃね?」
「あの鳥は嘴捕鳥。大きな嘴の中に獲物を捕らえて溶かしていく。嘴が鉄のように硬く、空から酸を吐いて落としてくる」
「空中爆撃みたいなもんか」
魔物ってメシを食べなくていいけど魔力は補給するからな~。ある意味それがご飯か。
魔力隠してなかったら俺なんて格好の餌だな。
「まあいいか。んじゃとりあえず十九階層を目指すってことで」
「わかりました」
そのことについてジオラスが話してきた。
「情け無い話なのですが、我々は中層までしか行った事がありません。それに一つ目巨人や翼竜が出てきても一人で倒せる実力がなくてですね」
「あ、その辺はランクイロががやりますので。案内やご意見などをいただければ全然大丈夫です」
「え! ちょっとランドルフ様!?」
ランクイロは慌てだすが、ランドルフの言葉にほっとする二人。
そもそもギガンテスやワイバーンは普通一人で倒せるものではない。
「旦那様。せっかくですので私も挑戦してもよろしいでしょうか?」
「えっと……大丈夫?」
ゴブリンの王との戦いで石を投げられ負傷し、危ないところがあったので心配する。
カナンカと特訓もやってきたのだが、心配させていることに不甲斐なく思い、払拭してもらうためにもやってみたいという。
「まぁ、また後ろで見守ってるから。ランクイロはすぐ回復するから放っておいてもいいけど、無理だと思ったらすぐ引いてね」
「ひどい!」 「わかりました」
すっかりこの二年でいじられキャラになってしまったランクイロ。
だがいじられて強くなっている自覚はあるので強く否定できない。
今までも大事な場面では何度も助けてもらっているのだ。
「ランドルフ~。今十六階層だよ」
「だいぶ降りたな。もう少しだ」
空の差し込む光も遠くなり、肌寒く暗くなってきた。
この辺りになってくると階段に人が少なくなってくる。
上層だけなのか、兵士達も配置されていないようだ。
「天幕はあるんだよね?」
「もちろんです」
「じゃあ十九階層の中を様子見したら出口に天幕張ろうか」
「はい」
十九階層と二十階層をつなぐ階段に着地して、光が洩れている十九階層の出口から中に入った。
四階層とは違って何故か中が明るい。
「なんでやねん! なんで洞窟の中やのにこんな明るいんや! しかも森みたいなの生えてるし」
思わず似非関西弁になってしまった。
「中層から所々こういった場所があります。十八階層は海のように広い湖があったはずですが」
地図を見ながら確認しているジャカード。
洞窟内に琵琶湖みたいなのがあるのか? まさしく迷宮って感じだな~。
上層と違って中の広さも比べ物にならないほど大きい。
迂闊に歩いて回れば迷子になりそうだ。
「むっ!」
森に挟まれた道を少し進むと隊列の横から突然木の枝がしなって振るわれた。
狙われたカナンカは咄嗟にしゃがんでかわすが、後ろにいたジオラスがもろに食らって吹き飛んだ。
「くそっ!」 「なに!?」 「え?」
すぐさま結界を張って守りを固め、攻撃してきた方向を向いて反撃しようとしたが、周りには木々があるだけで敵の姿が無い。
魔力で探っても辺りに敵がいる様子はなく、ただ草や木が生えているだけである。
「カナンカ、ジオラスさん回収してきて! 後退するよ!」
「わかった!」
敵の位置がまったくわからないのでどうしようもない。
頑丈なカナンカにジオラスの事を任せて、これはまずいとばかりに一旦慎重に出口に向かって外に出ることにした。
「ジオラスさん大丈夫ですか!」
「ああ、意識はある。だが腕が折れたようだ。いってぇな、っちくしょうが!」
服が破け、変な方向に曲がっている腕を無理やり元に位置に戻して回復魔法をかける。
他にも異常が無いか確かめ、蚯蚓腫れがあったのでそれも治療しておく。
「やべぇな。下層恐ろしいわ」
そう言いながらわくわくしている自分がいる。
カナンカも口の端を吊り上げてうれしそうだ。
「恐らくあれが万年妖樹だと思われる」
「まったく気配も魔力も感じられない、ただの木があるだけだったが居るんだろうな。あの中に……」
「……」
これでギガンテスとかワイバーンとか居るんだろ?
ここで狩りをするってどんな奴らだよ。
「ちょっと何か考えないとな。一旦休憩だ」
カナンカは避けたが、直撃を受けたジオラスは体の事とは別の事でショックを受けている。
アプスとランクイロ、ジャカードもそうだ。
敵の攻撃に対してまったく何も反応できなかった、全員がそう思っているのだ。
ん~……この空気。流れを変えないとダメだな。上層は本当にただの肩慣らしだったな。
たった一撃でこの状況では……いい作戦を考え出さないと。
迷宮の恐ろしさをかみ締めた一行であった。
お読みいただきましてありがとうございます。




