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72話


 それから約二年が過ぎ、子爵になってから三度目の雨季が近づいてきた。

 約二ヶ月の事だが、あのじめじめとしてうっとおしい時期になると思うと、気分も滅入ってくる。


 「一週間降り続けてもおかしくないしな~。また寝苦しい夜が来るのか」

 「でも旦那様の場合は服のおかげでまだ快適なのでは?」

 「そうだけど気分の問題さ」


 一月ずっと降り続けたことは無いが、一週間降り続けるだけでも雨粒が大きいので草原一帯が田んぼのようになってしまう。

 どこぞのジャングルのように水没することは無いが、出歩くことは困難だ。


 そんな中、木綿を雨季に育つか試してみたが、予想通り結果は惨敗。

 かさ上げして作った畑でも、長く雨が降って水がたまるとどうしようもなかった。

 なので、小さな畑をいくつも作り、水がたまる場所をなくすようにした。

 それでもなかなかうまくいかず、後は屋根をつけるしかないが、それでは日が差さないので意味が無い。

 しかし、水の流れでうまい具合に土が均一になり、撹拌(かくはん)されて満遍なく栄養が行くので悪いことばかりではなかった。


 そのことをバークメリに伝え、土壌改善の役に立ててもらう。

 人材確保に大陸へ渡って、言っていた知り合いが二名やってきて、苗を植えて育てていくと環境の問題か、糖度の低いサトウキビができた。


 「雨季がこれほどと思っていなかったのですが、何とか全滅せずにできてくれてよかったです。ですがまだまだこれではだめですね」


 サトウキビは一年から一年半育ててできるものである。

 本来ならば、ある程度根っこがしっかり育った頃に雨季を迎えるようにするのだが、降水量が予想より多く、少し弱ったようだ。


 「育成には水分は多いほうがいいのですが多すぎたのだと思います。糖度も冷えてきた時期に蓄えるので、育てる時期をずらしたほうがよいかもしれません」

 「その辺は君の勘と経験を信じるからがんばってくれ」


 水分が無いほうがだめだそうだ。

 次はもっと土を深く掘ってから植えるだのなんだかんだ唸っていた。

 現在は土地を寝かして様子をみている。

 量は少く、糖度も少し低めだがちゃんと砂糖が作れるとわかったのでよしとしよう。


 鍛冶屋のムングに忙しい中、頼み込んで絞る機械を作ってもらった。

 ランドルフが土魔法で見本を作り、鉄のローラーで挟む仕組みを教えて、手でハンドルを回し絞る。

 魔法でそのまま搾り取るのを実演して見せると、ムングが何かを閃いたような顔をして、急いでいるわけでもないのに特急で作ってやると言って、しばらく誰からの依頼も受けずに店にこもってしまった。


 なんだか他の人に申し訳ないことをしたな。


 やがて物が出来上がると、やせ細ったように見えるムング同伴で試験してみる。

 茎を差し込んでハンドルを回すと、絞ったカスがローラーからでてきて、そのローラーから滴り落ちる汁がバケツに溜まっていった。

 その作業を二三回繰り返す。


 「一発で上手くいったか。流石わしだな」

 「急いで作ってくださり、ありがとうございます」

 「なに、新たな発見があったからこちらとしてもいい仕事ができたよ」


 なんだろ? 滑車とかのクランク機構はこの世界にもあるはずだけど……飛空挺で見たしな。


 依頼したのはランドルフなので、貸し出すことにしたのだが、それでもバークメリにはお礼を言われた。

 本来は水車の力を利用して搾り取っていたのだが、ここではそれも難しそうなのでどうしようかと考えていたそうだ。


 手を貸してしまう事になったが……。後で怒られそう。

 でもできるだけ綺麗な状態の搾りかす欲しかったんだよな~……。


 残った搾りかすは紙を作る材料にするので、できるだけ余分なものが残っていない茎だけの状態にしたかった。

 それらはこちらが買い取るという話をつけていたのだ。







 ヴァサーロもうまく仲間に溶け込めている。

 一年間監視していたが怪しい動きは無く、持ち前の教養でバリバリ働いてくれている。

 今は港の収支管理などを任せていて、現場視察もよく行くので人魚族とも仲がいい。

 実質港を治めるドンである。

 そんなヴァサーロはプールが気に入ったのか、休日はよく一人で泳いでいるという。


 「海もいいですけど、こうして気兼ねなく安全に泳げるのはいいですね。あと、あの滑り台も気持ちいです」


 ウォータースライダーを気に入ってくれたのはいいけど、この人は水泳でオリンピックでも目指すのだろうか?


 より一層日焼けして健康的な体つきになっている。

 一目見ただけでは誰もこの人が文官だとは思わないだろう。


 その他にも、宿屋で働いていたという人がいたので、とうとう温泉宿をつくり、任せることにした。

 金髪に髪を束ねた背の高い人族の女性で、若女将と言った感じだろうか。

 女将を中心にして人を雇い、切り盛りしていくことになる。

 宿のある場所も歩くと二三日ほど時間はかかるが、船で行くと半日ほどで着くのでそこまで悪くは無いだろう。

 岩山をくり抜いてできた天然の宿に案内すると、こんなところで働けるのかととても驚いていた。


 似たような感じの世界遺産があった気がするけど……なんだっけ?


 温泉も海を一望できるつくりにして、岩をそのまま利用した風情ある出来上がりだ。

 だが接客に関しては、いつぞやの魔道具の店のような感じではだめだとテコ入れはさせてもらった。

 今までやっていたやり方よりも堅苦しいといわれたが、そこから独自の良さに仕上げていくのはあなたのがんばり次第だと励ましておく。

 後は掃除などの衛生面だけ気をつけて、悪い方向にならなければ好きにやってもかまわないと伝えて、一人だけ一風呂浴びて飛んで帰った。


 いや~、いい湯だった。定期便を出すようにしたし、いい家具もそろえたし、休日の楽しみが増えたな~。


 その日はほっこりした体で布団に入ってぐっすりと寝た。










 ある日の事。

 デンと組み手をし、カナンカとランクイロとも相手をして汗を流した。

 ランクイロもこの二年でずいぶんと変身能力を自在に使えるようになっている。

 人狼に変身したときは手も足も出せずに一瞬で負けてしまう。


 魔法は出せるがな。


 それよりも驚いたのがカナンカがまじめに指導していたことである。

 お酒もほどほどに控え、まるで新しいおもちゃでも見つけたかのように稽古をつけている。

 人狼が相手なので、お構いなく殴って吹き飛ばし、投げ飛ばす。

 変身中は驚異的な回復力があるため、脳や心臓は満月の夜じゃないとだめだが、内臓を痛めても骨を折ってもすぐに回復してしまうので、カナンカも加減せずに訓練できるのがストレスフリーなようだ。


 サンドバックにされる、なんて哀れなランクイロ……。


 その後、体を徐々に冷ますために散歩をして屋敷へと帰ると、着替えている最中にも関わらずアプスが慌てた様子で部屋の扉を開けた。


 「旦那様! 一大事です!」

 「着替えてる最中なんだけど。とにかく扉を閉めてくれ」

 「相変わらず可愛いらしい……じゃなくてですね! 大変なんです!」


 おい、今どこを見て可愛いと思った?


 「落ち着け、島の一大事なのか?」

 「違います! 旦那様の一大事です!」

 「はぁ?」


 一大事という割にはもったいぶって余裕がある気がするが……。

 ってか俺の一大事ってなによ。


 「あの変態ハイエルフがやってきました!」

 「変態ハイエルフ? ……パトリームが来たの? あの引きこもりが来るわけないか。じゃあ誰だ……」

 「そのパトリームが来たんです!」

 「来ちゃった」

 「「……」」


 声が聞こえたほうに二人とも振り向くと、閉めていた扉が勝手に開けられ、変態ハイエルフこと、宮廷魔法士第二席のパトリームが姿をひょっこり現した。

 とにかく上着を着て着替えを済ませた。


 「何で勝手にこっちに入ってきたんですか」


 アプスが震え声で静かに怒っている。


 「ランドルフの声が聞こえたから」

 「別室に案内して待っているように言ったはずなのですが?」


 別室って……距離はそこそこ離れてるはずのなのに聞こえたのか?


 「手間を省いた」

 「ここは旦那様のお部屋です! 勝手に入らないでください!」


 はぁ……。


 思わずため息が出てしまう。


 「とにかく部屋を移動しましょう」


 無言で頷くパトリーム。


 アプスにお茶を淹れてもらって、ベネディッタを呼びに行ってもらった。

 椅子に腰掛けて話をする。


 「まずはお久しぶりですね。ずっと研究して引きこもっているとばかり思っていたのですが。よく研究室から出てこの島までこれましたね」

 「いつかご招待すると言った。されなかったのでこっちから招待されに来た」

 「……ん?」


 確かに招待するといった記憶はあるが……、よく分からない言い回しだな。


 「まぁ、わざわざ来てくださったのですから、歓迎しますよ」

 「(コクリ)」

 「道中は退屈だったんじゃありませんか? 海を移動中なんて何もないし余計でしょう」

 「たまにはいい」

 「……」

 「……」


 淡々と言葉短く会話をするだけで、じっとこちらの目を見続けてくるパトリーム。


 話続かねぇ~……。


 別の話題を振ることにする。


 「……ところでどんな用件でこられたのでしょう?」

 「会いたかったから」


 そりゃ会いたくなかったら普通はわざわざこんな所にこないでしょうよ。


 「……」

 「……」


 何なのこの空気! 誰か何とかして!


 その時、ノックする音が聞こえてベネディッタとアプスが入ってきた。

 ベネディッタをパトリームに紹介する。


 「始めまして、プレイリー家の相談役を任されています、ベネディッタと申します」

 「宮廷魔法士第二席、パトリーム」


 特にエルフとハイエルフとの間に何かあるというわけではないようだな~。

 お互いを知らないだけかもしれないけどね。

 そして話が続かない……。


 「そのような重鎮が何故この島にこられたのでしょう?」

 「手紙を持ってきた」


 え! そんな重要なこと俺が質問したときには言わなかったぞ!


 「今思い出したわけではない」


 今思い出したのか……。


 アプスが手紙を受け取ってランドルフに渡そうとしたが、取り出された物を見て、出そうとした手が止まった。


 「ん? ゴミですか?」

 「違う。手紙」

 「「「え?」」」


 パトリームがゴミを取り出したかと思っていたが、実はくしゃくしゃに丸められた手紙だった。

 アプスが顔を引きつらせながら受け取り、ランドルフへ手渡す。

 破かないように恐る恐るシワを伸ばしていく。


 なんでこんな状態に……。しかも宛名が濡れたのか滲んでるし。


 一つと思っていた手紙は、王家の紋章が印字してある手紙と、宮廷魔法士第一席のフラロッスの物だと思われる手紙の二通があった。

 二つの手紙が一緒に丸めてあったのだ。

 まずは王様の手紙だと思われる手紙を開ける。


 「……滲んでて読めるか!」


 思わず投げ捨てそうになるも、誰か読めないかと回していく。


 「流石にこれは……」

 「私も読めないわね……」


 全滅である。

 もう一通も同様だ。


 「ちなみに誰の手紙だったのですか?」

 「じじいとおっさん」

 「誰だよ……」


 もうやだ。誰か翻訳してくれ~。


 アプスはあきれ返っていて、ベネディッタもどう反応していいのか困っている。

 たぶんそうだろうと思う答えを言ってみた。


 「もしかして国王陛下とフラロッス殿ですか?」

 「そう」

 「「「……」」」


 悪びれる様子もなく、短く言葉を漏らすパトリーム。


 予想通りといえば予想通りだけどさ。なんでそんな大事な手紙がこうなっちゃうわけ?


 「国王陛下の手紙が……」


 しわくちゃになった手紙を見てベネディッタは青ざめている。

 無理も無い。最重要事項が書いてあるかもしれない大事な手紙である。


 「聞きたくないけど一応聞きますが……何故手紙がこのような状態に?」

 「船がゆれて飲み物をこぼしたときに拭くものがなかったから」

 「手紙で拭いたと?」

 「(コクリ) ちょうど荷物の中に良いものがあった」

 「……よくないわー!」


 一呼吸置いた後、流石に怒鳴ってしまったランドルフ。


 「なんでそこで手紙で拭くって選択肢が出るわけ!? しかもその後くしゃくしゃにしやがって! 何が書いてあるか読めねぇだろうがよ!」

 「だ、旦那様! 落ち着いてください!」


 いつもの口調と違って言葉が乱暴になり、興奮しているランドルフを宥めようとする。


 「大丈夫。私もいつも薬品をこぼしたときに、近くにある研究資料で拭くから」

 「大丈夫じゃねぇわ! そんなもんと一緒にすんな!」

 「貸してみて、私なら読める」


 アプスがパトリームに手紙(?)を渡した。


 「…………そもそも文字が消えているから読めわけがない」

 「「「………」」」

 

 もはや怒鳴る言葉もかける言葉も見つからない三人。


 「大丈夫。どうせたいしたことは書いていない……はず」


 無言のプレッシャーに流石にまずいと思ったのか、言い訳を言い出した。


 「「「………」」」


 何でこんな奴に手紙を持たせたんだ……。

 こんな奴が宮廷魔法士第二席でいいのか不安だぞ……。

 引きこもりで世間を知らないといっても限度ってものがあるだろうが!


 「……」

 「お前も黙んなよ! どうすんだよこれ!」


 もはやどうしようもない状態に、ランドルフは訳の分からないことを言い始める。


 「もしやこれはあぶり出し!? きっと火であぶれば文字が浮かび上がるに違いない!」

 「落ち着いてください旦那様!」

 「言いたくなる気持ちもわかるけど、逃避しても現実は変わらないわ」


 魔法で火を出してあぶってみるも、当然何も浮かび上がるわけがない。

 ベネディッタの提案で、筆圧が残っていれば書いてあることが分かるかもしれないと試してみるも、やはり分からずだった。


 「「「どうしよう……」」」

 「……」


 駄目にした当事者は無言でランドルフ達の様子を見ているが、三人は途方に暮れていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

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