65話
アマレット成分が足りない! このままでは禁煙に失敗しちゃう。
「そこまでですわ!」
ラヴェンナが船の上から高らかに声をあげる。
その横には男達が四人がかりで太い大砲のようなものを押して配置していた。
ランドルフ達は何事かと振り向いた。
何だアレ……昔の大砲に似ているが、先が外側に膨れているし巨大なメガホン……蓄音機か? いや、電球のようなものがついているから懐中電灯なのか? 今すぐ潰すか? いや、よくわからんな、とにかくバリア張っとこう。
好奇心が勝って空間の壁を張り、様子を見ることにした。
その隙にカルバードとガブストンはその場から離脱し、島から逃げ出そうとする船へ素早く乗り込んだ。
逃げ出す二人は無視し、それよりも見たことの無いものが出てきたので、カナンカも何をしてくるのかと期待した目でワクワクと見つめる。
「クックック。流石我が気に入った奴じゃな! どんなことをしてくれるのかの!」
「カナンカ様、危険ですから戻りましょう!」
エスドゴはそんな場合ではないとランドルフのところへ戻るように勧めているが、じっと見つめてまったく動く気配が無い。
「今です!」
全員がラヴェンナのほうに振り向いたのを確認して大砲のようなものを起動させた。
ラヴェンナ達はすぐさま耳を塞ぎ、船の奥へ後ずさる。
すると電球のような部分が魔力を乗せて一瞬ピカッと光り、低い唸る様な音が鳴り始めた。
ぶうぉぉぉ~~~んうぉぉぉぉ~~~ん!
「ぐっ!」 「おぇ~……」 「なんだこれ……は……」 「目が回る……」
その光を見てしまったものは全員しゃがみ込んで、吐き気がこみ上げてきた。実際に吐いているものもいる。
ダークエルフや獣人の兵士達は真っ先にダウンしてしまった。ランクイロも倒れているが、毛が逆立って様子がおかしい。
ランドルフも杖をついたまましゃがみこんでしまった。
くぁ! 吐きそう……。 大砲じゃなくて感覚を刺激する兵器だったか! 拡声器見たいに音を出してきてうるさくて頭がガンガンする。 衝撃鯨とはまた違った……おぇっぷ、これは……まずいぞ……。
思わぬ光に目を瞑ったが、カナンカには効いていないようだ。だが音に対してはうるさそうにしている。胸の奥が痒くなる感覚がした。
エスドゴはその場にしゃがみ込み、音がひどくて頭が痛くなり立っていられない。
「アプス!」
アプスに動いてどうにかしてもらおうと声をあげたが、アプスも捕縛しているエルフの男の近くで気持ち悪そうにうずくまっていた。耳が大きい分余計に効いているのかもしれない。
くそっ! 頭痛で集中できない。平衡感覚も無くなって目の前がぐるぐる回る……。蓄音機のような形状を見てバリアを壁状じゃなくてドーム状にするべき……だった……。
とうとうランドルフも倒れこみ、音を発生させている蓄音機を潰そうと魔力を練るも集中できずにすぐに霧散した。先に発動していたバリアを何とか維持しているだけの状態だ。
憎らしく蓄音機を見つめるとその先端が光を放ち、またしても直接光を見てしまった。
おぇ……。あの光も厄介すぎる。定期的に光って狙わせない対策なのか……。
金属で出来ているのか、弓を放っても壊すのは困難だろう。
魔法を狙って放とうにも、視認しようとすると光が目に入り、音による頭痛と相まって撃つ事ができない。
好奇心は猫をも殺す……ってか。やば……意識が……。
足の小指を思い切り杖で突き、痛みでなんとか目を醒ます。しかしそれも根本的な解決にならず、意識を失うのも時間の問題だった。
ラヴェンナは心のうちでガッツポーズしていた。
やりましたわ!
後方にいるこちらにも少し音が洩れているのが気になりますが、平気なので良しとしましょう。
初めて使ったのでうまくいくかは分かりませんでしたが、成功してよかったですわ。
ゆっくりと船の柵へ近づいてランドルフ達が倒れているのを見てほくそ笑む。
グルルルァァァァー!
そのときカナンカが咆哮した。
龍人の姿のままであるが、ドラゴンの時に上げる咆哮に近い声だった。
白い肌にビキビキと鱗が生え始める。角や翼も少し大きくなっているし、爪も伸びて鋭さを増した。
何じゃ? 胸がざわめく……血が滾って熱い……。変身が解けそうじゃ……抑えきれん!
変身が解けそうなのを我慢している。だが熱い衝動を抑えきれず、思わず吼えてしまう。
グルルルァァァァー!
徐々に歯が牙のように鋭くなり始め、目もギョロリと爬虫類の様相と呈してきた。
ラヴェンナは咆哮を聞いて恐ろしげに見つめながら後ずさる。
な、何です!? あの女、本物の化け物だったというの!?
カナンカは変身が解けかかっている状態で、音の発生源である蓄音機へと跳躍した。
「ヒィ!」
蓄音機へと抱きつくように飛び込んできた恐ろしい形相をしたカナンカに、驚いて腰を抜かし尻餅をつくラヴェンナ。
「グルルゥ……。オィ、女。コノ道具ヲ止メヨ」
「ヒァ……あっ、あぁ……」
小刻みに震えてうまく言葉が出ない。思わず床を濡らさないのはラヴェンナの気の強さか。
周りにいる男達もその場でじっとして恐怖からか動くことが出来ずにいた。
「……キコエヌノカ? コノ道具ヲ止メロ」
怒り気味に再び問いかけられて命を危険を感じ取ったのか、コクコクと頷いて這い蹲りながら止めに向かう。
カナンカは蓄音機をすぐにでも壊してもよかったのに壊さなかった。それは律儀にランドルフの言葉を守っての言葉だった。
龍人の姿になって王城にやってきたときに「力加減して物を壊さないように」と最初に言われたことである。
加減を間違えて最初にランドルフに襲い掛かった男を殺してしまったので慎重になったともいえる。
ヒュ~~ン……。
スイッチを押すと気の抜けた音が鳴り、蓄音機の音が静かになっていきやがて動くのを止めた。
「ムッ? 胸ノザワツきが収マッたか。光デはなくやはり道具の音が原因かの~?」
カナンカの鋭くも銀色の鱗が生えて硬そうだった体も、柔らかそうな白い肌に戻った。角や翼も小さくなり、顔も牙が引っ込んでギョロリとした目もなりを潜めた。
「う、っぁ……。カナンカが……止めてくれたのか?」
「ランドルフ様……。すみません、っ……、隊を離れて一人で突っ込んでしまいました」
まだ頭が痛いのか、額を押さえながらゆっくりとこちらへとエスドゴが戻ってきた。
「おぇ~……。い、いや、エスドゴにも、ハァ……。そういう部分があると分かってよかったよ。お堅い雰囲気だけじゃなかったんだね」
「その発言について物申したい部分はございますが、今はアレを何とかしましょう」
「カナンカが押さえてるから大丈夫だ。それよりも先に隊を立て直して」
「わかりました」
アプスが心配になったので助けに向かう。気を失っているようだが命に別状は無いようだ。
ほっとするも、額に手をやり魔法で自律神経を整えて体調を回復させる。発汗して体が熱くなっているが大丈夫だろう。
隣で倒れているエルフの男を拾って、隊に戻って介抱させた。
「さて、ラヴェンナはどうしてるかなっと」
船に乗るとカナンカがへたり込んでいるラヴェンナの頬を両手で掴んでいた。
「何してるの?」
「もう大丈夫なのか? いやなに、我が捕らえた獲物であるからな~。クックック、どうしてやろうかと考えていたところよ」
「や、やめて……殺さないで……ください……」
涙目になってガタガタと震えて怯えている。守っていた男達に見捨てられ腰が抜けていたので移動することも出来ずにただ捕まるしかなかった。
「ラヴェンナさん。この兵器を使うまでなら言い訳できたかもしれません。ですがあれは明確に危害を加えてますので残念ですが助けるのは難しいです。私も一応貴族ですので、名誉を傷つけられたのであれば制裁を加えないと示しが付きませんから」
貴族を傷つけても許されるという前例を作ってはいけない。貴族でなくても人を傷つけてもだめだが、放っておくと何をしても許されると勘違いして無法状態になってしまう。
「とにかく船や荷物は没収して幽閉させてもらいます。沙汰は追って話します」
ラヴェンナはガクリと地面に手を付いてうな垂れ、兵士がやってきて連行された。
「我が捕らえた獲物じゃぞ。我のものじゃからな!」
「それは分かったけど、おもちゃじゃないんだからさ~……」
連れて行かれる中で状況は最悪だが、ラヴェンナはあの化け物の側から離れられることと、命があったことにほっとしていた。
しかしこれからの事を考えると不安しかなく、連行される中で徐々に憔悴していった。
その後も逃げた船の事や、港の事。負傷者の事を色々と対処していった。
残った船は十隻のうち四隻が島から逃げた。残りは全部没収し、逃げた船を追う事はせず事態を収めることを優先する。
だが彼らも雇われたとはいえ貴族を襲ったので手配だけはしておくように頼んだ。
やがて大陸にも人相書きが回されるだろう。特にガブストンは二回目なので要注意だ。
「ランドルフ様。ランクイロが……」
どうやらランクイロが熱にうなされたまま目が覚めないらしい。
回復魔法をかけても症状は軽くなったが、また熱が出てうなされ、治る様子が無い。
神経や脳をやられている様子は無いし内臓が痛んでる様子も無い。命に別状はなさそうだ。
だが原因が分からないので丁寧に運んで安静にさせておく。
「あの大砲のような道具の音のせいかも知れぬ。我も光より音を聞いて胸の奥が熱くなったのでな。そのおかげで変身が解けそうになってしもうた。何かそこに原因がありそうじゃが」
「ふむ。じゃあすぐにでもあの兵器がどういったものか調べないといけないな。回収して屋敷に運んでおいて」
「わかりました」
どういう効果であんなことになったのか調べないといけない。そこから治る原因を探ることにした。
イルマーレを呼び出して捕縛した傭兵達の事を聞いた。
「負傷者はいる?」
「いえ、誰もいません。捕縛したのは二百名を超えています。まだ辺りを探索しているので増えるかもしれません」
「ずいぶんと少ないな。あまり海には落ちてこなかった?」
「抵抗した者も多く殺した数は多いです」
とはいえ、ラヴェンナは千人って言ってたから五分の一しか捕まえられていない。残りは逃げたか死んだか……。
「逃げた船は追ってないよね?」
「追ってはいませんが、追ったほうがよかったでしょうか?」
「いや、追わなくていい。それよりも血につられて大きな魔物が島に来ないかな?」
「海の中で大型の魔物を倒せばこの程度の血の量は出ますので、恐らくは大丈夫でしょう。万が一襲ってきても浅瀬までは来ないはずです」
それもそうか。大きな魔物が浅瀬に来たら打ち上げられて一網打尽にできるしな。
「ちなみに衝撃鯨は大型?」
「あれは超大型です」
「よかった。あれが大型だったら中型ってどんな大きさかと思っちゃったよ」
「ははっ、確かにそうですね。この島の近海には小型の魔物しかいませんし、それくらいなら我々で問題なく対処できます。今までも普通に狩をしていました」
流石海の事を分かっている人物からお墨付きをもらうと安心感が違うな。
「人魚族は頼もしいな。これからも頼りにしてるよ」
「ありがとうございます。これからもがんばります」
捕まえた傭兵達は陸の人間に引き渡して牢屋に入れておく。
牢屋を増築しないといけないな……。なんにせよこれでとりあえずはひと段落だ。だがランクイロがうなされている原因を調べないと……。
ラヴェンナに対する処罰はひとまず後回しだ。でもジュレップに相談しておくか。逃げた相手の事もあるし、あの兵器の出所の調査にも協力してもらおう。
海の伝令は人魚族に任せるように訓練しよう。そうすれば大陸との連絡も取りやすくなるはずだ。
港も直さないといけないし、またやることが増えてきたな~。
「エスドゴ、俺は先に戻るよ。後は頼んだ」
「我も返って酒を飲むのじゃ! 暴れた後の一杯はさぞ美味かろう!」
先ほどもそう言って一人で飲んでいたのだが……。酒飲みには通じないらしい。
アプスを担いで静かにカナンカと一緒に飛んで帰った。
デンを迎えに街の入り口までやってくると、外壁の上から声が聞こえた。
「ランドルフ君!」
着地すると、尻尾を振ったデンとベネディッタが出迎えてくれた。アマレットはデンの背中で、仰向けになってお腹を出しながらスヤスヤと寝ている。
「遠くから大きな音とか変な音とか聞こえて、激しい戦闘かと思っていたけれど無事みたいね、よかったわ。アプスさんは大丈夫なの?」
「今は気を失ってますが、命に危険はありませんし時期に目を醒ますでしょう」
「それならいいのだけど、少し心配したわ」
「危ないところもありましたが何とか無事です。こっちには音の影響は出ていませんか?」
「何のこと?」
「いえ、何も無いならいいんです」
音は聞こえていたが効果はないと。効果範囲は1キロも無いくらいかな?
「よし、ベネディッタよ。我の酒に付き合うがよいぞ」
「え? もうすぐ日が暮れるとはいえ、少し早いのでは?」
「良いのじゃ! もう飲むと決めたぞ!」
「お前いつも飲んでるじゃん」
「ちょ、ちょっと!」
ベネディッタの肩に手を載せて屋敷に帰ろうと連れ去っていく。その背中に向けて声を掛けた。
「カナンカ!」
「ん? 何じゃ? 飲むのは止めんぞ?」
「そうじゃない。……助かったよ、ありがとう」
「うむ! しかと感謝せい! 礼は酒のつまみでよいぞ」
お礼を言われてうれしかったのか、犬でもないのに尻尾をフリフリしている。
照れ隠しだろうか。その場から逃げるように足早に去って行った。
「カナンカ様! 痛いです! 引っ張らないでください!」
助けてもらったお礼が酒のつまみって……。ずいぶんと安っぽい守護竜様だな~。
ランドルフは呆れながらも苦笑して感謝した。
屋敷に戻ると、つまみには魚の乾物に味付けしたものを渡すように頼んでおいた。
アプスをベッドに寝かせて布団をかける。
その顔を見ながら言葉を思い出す。
『私も先日不覚を取ったばかりですので』
言われて分かっていたつもりなんだが、所詮は分かったつもりだったか……。
もっと俺がしっかり考えないからこんなことに……。
アプスの額に手を当ててしばらく感傷に浸る。
だがくよくよしてられない。ランクイロも治療しないといけないしな!
自分の頬をパシパシと叩いて気合を入れなおし、ランクイロがうなされている原因を探るランドルフであった。
お読みいただきましてありがとうございます。




