62話
「率直に申し上げますと、あなたには私の傀儡として島で働いてほしいの」
ラヴェンナは口元を扇子で隠し、目を細めてランドルフを見つめる。
「はぁ?」
「あなたのような温いやり方では、島という資産を運用していけないわ」
「それ、別に貴女がどうこう言うことじゃないですよね? 急いては事を仕損じるということわざをご存知でしょうか?」
「そのような考えでは駄目ね。人を島に参入させてどんどん開発していかなければ儲けは出ないわ。それが島の発展につながるのよ?」
「ですから。それを決めるのは私で貴女は関係ないですよね」
「目の前に儲けられる可能性があるのに何もしないのは嫌なの」
そんなの知らんがな。急に人を増やせば諍いや揉め事もあるし、治安維持ばかりに人を振ってられねぇし!
ダークエルフや人魚族の交流もまだまだ薄いし、種族間の問題や習慣の違いもあるから急な改革は無理だ。
移住して島にやってきた他の人たちも、環境が変わってまだ住み慣れているわけじゃない。
全部出来たばっかりなのにあれもこれもできねぇっての。新入社員に無理難題を任せるのか? やらせねぇだろ普通!
「あなたには私に島の運用を任せてもらって、大人しく屋敷で政に専念してほしいの」
それを決めるのも俺だって言ってんだろ! ってか少なくともおめぇに任せるのは無理だ。
「話になりませんな。いきなりやってきた強引なよそ者の貴女に任せるわけが無い」
「そのような保守的な考えだからいまだに開発が進んでないのよ」
「保守的な部分があるのは認めますが、先ほどから言ってますが、あなたには関係の無いことです」
島の運用を人を連れてきてからまだ一年も経ってないのに、円滑に出来るわけねぇ。
でも宗教が政に関わって来る可能性は考えていたが、商人が関わってくる可能性はあまり考えてなかったなぁ。
まぁ、どっちも駄目なことに違いないが……。
「私に任せれば島の発展は確実なのに任せないのは怠慢というものではないかしら?」
「何事も順序というものがありますけど。貴女に好き勝手されると滅茶苦茶になる未来が見えるね」
「私はただこの島を基点にして儲けたいの。滅茶苦茶にするつもりはございませんし、開発の許可をいただいたらあなたは政に専念できるのです。よいことしかないでしょう?」
しっかりとラヴェンナを監視さえしていれば確かによい事なのだろう。しかしランドルフは気に食わなかった。
あ~、もう。この中身の無い問答がめんどくさくなってきたな。大砲積んだ船を十隻連れて何を言われても説得力ねぇよ。
「そうかもしれませんが、お断りします」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです」
「「………」」
静かにお互い目を見つめあう。
「でしたら仕方ありません。この手だけは最後の手段にしたかったのですが」
絶対嘘だろ。傀儡にするとか無理な事言って最初からやるきだったじゃん。
「……沖に停泊している船が見えているでしょう? あれには他国から雇った傭兵が約1000人おります」
予想より少ないな。
ベネディッタは少し眉をひそめたがそのまま黙って成り行きを見守る。
「雇った傭兵を島のために献上してくれるので?」
「まさか。それがこの島に押しかけたら……子供でも分かりやすい事でしょ?」
「島を乗っ取ると?」
「さぁ?」
またも口元を扇子で隠し、クスクスと冷笑を浮かべるラヴェンナ。
だがラヴェンナだけでなく。カナンカも小さく笑い声をもらしニヤリと笑みを浮かべた。こちらの兵士達もそれにつられてへらへらと笑い出した。
「クックック。ランドルフよ。我はこの女が気に入ったぞ」
「どこに気に入る要素があった?」
「クックック。無知とは恐ろしいの~」
こちらの兵士達がへらへらと笑い出したのに機嫌を損ねたのか、ムッとした表情で睨みつけてきた。
「何がおかしいのです?」
頭をぽりぽりと掻きながら、だるそうにどう説明しようか考えるランドルフ。
「あ~……、この島に守護竜がやってきてるというのは知ってます?」
「はぁ? 守護竜様は王都でお披露目があったのは存じておりますが。この島にいるとでも?」
「かもしれませんよ?」
「変な虚仮脅しはやめなさい。みっともないだけですわよ?」
「クックック」
カナンカはラヴェンナの反応を楽しんでいる。
つまらない話が長く続いたためか、デンはその場に伏せて座り、アマレットもその上で寝転んで眠そうにしている。
移民募集のアピールに守護竜が住んでますって書いてなかったからなぁ。書いてても冗談だと思われるだろうしね。実際ラヴェンナの反応を見ると冗談だと思われてるみたいだし。
「この島を遠くから偵察させていましたが、ドラゴンが山に住んでいる様子はありませんでしたわ」
ドラゴンは山に住むものというのがこの世界の常識なのかはわからないが、ラヴェンナは居もしない存在を脅しに使うなどと馬鹿にした様子を見せる。
「では私が宮廷魔法士というのはご存知で?」
新興貴族というアピールは王都ではしたが宮廷魔法士というのは広めてないはずだ。
「あなたが? どこまでくだらない冗談を続けるのです? 仮にあなたが宮廷魔法士ならばもう少しあふれる魔力を感じられるはずです。私、これでも幼少の頃より魔法の練習はしてきましたの。相手の魔力を感じるくらいはできましてよ?」
「アプス、あの杖持ってきてよ」
「かしこまりました」
アプスはお辞儀をしてその場を離れ、屋敷へと戻っていった。
う~ん。やはり走っていくのはかっこ悪いな~。
去っていくアプスを見つめながらランドルフはひどいことを考えていた。
「ラヴェンナさん。今ならまだ誤解があったということで許しましょう。傭兵をけしかけようとする脅しも許しましょう」
「脅しだなんて酷いですわ」
あれが脅しではないとおっしゃるか。
「とにかく、余計なことはなさらず、この島の事も忘れてさっさと引き上げることをお勧めします」
「守備する人員がこちらよりも少ないからと言って、見え見えのハッタリはおやめなさい。確かに立派な外壁で骨は折れそうではありますが、立派な壁だけでは街は守れません。あなたは私に良い様に使われていればそれでいいの。そうすればあなたにもおいしい思いをさせてあげましょう」
ハァ、思わずため息をついてしまったランドルフ。ベネディッタが前に出てラヴェンナに話しかけた。
「ラヴェンナさんとおっしゃいましたか。私はベネディッタと申します。この島を調べている学者です」
「学者さんが何故この場に? 私に何か?」
「ランドルフ子爵が宮廷魔法士というのは本当よ。それに、こんな子供でも貴族なの。それを脅したとあれば一族郎党見せしめにされて皆殺しよ? それをこの甘ったれのお坊ちゃんは許そうと言っているの。大人しく帰ってくれないかしら?」
「別に私は傭兵を連れてきただけよ? そうね、護衛のためとでもしておきましょうか。変な誤解はやめてほしいわ。それに、本当に宮廷魔法士だったとしても精々軍船一、二隻でも沈めれば魔力も無くなって使い物にならないでしょう」
この女言ってることが滅茶苦茶だぞ。脅しではないと言いながら戦う前提で話をしやがる。
ラヴェンナは完全に虚仮脅しと思っているので、己の優位を疑っていなかった。パンターナ辺境伯と親しい仲だというのは知っている。だがそれもランドルフが何も無かったと言えばそれまでなのだ。
そしてそう言わせるために傭兵を雇い島へやってきた。操り人形として扱うために。
「クックック。ランドルフよ、使い捨てだと言われておるぞ?」
「宮廷魔法士ってそんなもんなんだね~」
国によるのだろうが、レスタイト王国の宮廷魔法士の実力はラヴェンナが言った事が一般的に言われていることである。それに全員が戦えるわけではない。研究肌の宮廷魔法士もいるのだ。
だが地上で使われれば戦局を変えるのには十分な一撃を放つ存在であるのも確かだ。
「ランドルフ子爵は一人でゴブリンの王が率いた部隊を殲滅する実力を持つの。つい昨日その実力を見せてもらったばかりだわ」
「それは好都合。殲滅するほどの魔力を使ったのであれば、今は本調子ではないのでしょうね」
ベネディッタが止めておけとばかりに情報を出したが、逆効果だったようだ。
普通の魔法使いであればラヴェンナの言った通りなのだが、まったく魔力を失っている様子を見せないので、ベネディッタもずいぶんとランドルフに毒されてきたようである。
アプスが宮廷魔法士の証である杖を持って戻ってきた。
「これが陛下から戴いた証の杖です」
触りはしないが近くから眺めて王家の家紋があるのを見て納得した。
しかし、わざわざ持って来てくれたアプスには悪いが、もはや宮廷魔法士であるということは問題ではなくなっていた。
「で、これを見てもまだお気持ちは変わりませんか? 王国に弓引くと言っても過言ではないですが」
「そんなに大げさになさらないで。私はただお願いにきただけなのよ?」
あ~もう、攻撃するならさっさとしてきてよ。問答めんどくさいって言ってるじゃん。
ってか何でこんな暴挙にでるのだろうか? 聞いてみるか。
「本気で乗っ取るおつもりで? 失敗したとき割に合わないと思うんですが?」
「……そろそろ上陸許可をいただきたいのですが」
無視か。何か秘策があるっぽいな。様子見に幼稚な手を使うか。
「かまいませんが、全員身体検査をさせていただきます。それと港の使用料は一隻につき金貨千枚ですね」
「千枚? いくらなんでもそれは吹っかけすぎでは?」
「ではお引取りを。ここは私の島ですので嫌なら結構です」
「……わかったわ。証文でもいいかしら?」
マジで払うつもりか。合計で金貨一万枚だぞ?
「……かまいません」
「では船に戻って認めますのでお待ちいただいても?」
「わかりました」
手下と共にゾロゾロとラヴェンナは船に戻っていった。
ラヴェンナが船に戻ったのを確認すると、クルリと振り返って兵士達の方を向いた。
「さて、皆さん戦闘の準備はよろしいですか? 向こうが仕掛けてくるまではこちらは手を出したらだめだよ?」
「「「おう!」」」
声に驚いてビクリと起き上がったアマレット。寝ていたため、何が起きているのか分からずキョロキョロしている。
カナンカもランドルフが教えた準備運動をして体をほぐしている。どうやら戦いに参加するようだ。
まぁ、十中八九戦いになるだろうね~。向こうとしては無事に傭兵達を上陸させたら勝ちだと思ってるんだろうけどさ。
ラヴェンナの乗った船から合図が上がり、沖に停泊していた船が近づいてくる。
「ベネディッタさん。何でこんな暴挙に出たと思います?」
「この島を押さえるのによほど自信があるのかしら。傭兵の中にすごい人物がいるのかもしれないわね」
「私もそれを考えてました。だったら船ごと沈めたほうがいいのかなぁ~。でも先にこちらから手を出すと外聞が悪い気がする。まだ向こうは何もしてきてないし、どうせならあの船を手に入れたいね」
襲ってきたら無傷で船を奪い取ろうと考えるランドルフ。どちらが悪者なのか。
「確かに先に手を出すのはまずいかもね。でも証文を書かせるのはよかったわ。無事に終われば面白いことになりそうね」
「向こうはどうせ後で奪い取って燃やしてしまえばいいとでも考えてるのでしょう。でもそうすると奪い取れる自信があるということですよね。……傭兵の中にすごい奴がいると考えるのが当たりですか」
「経済的に封鎖するのはスプモーニ商会がいるから無理と考えたのかもしれないわ。パンターナ辺境伯と結びつきが強いから下手なことはできない。それに比べてこちらは人の少ない島だし、隔離できるというものあるのかもね。情報を伝えるのにも時間がかかるから」
そう考えるのが普通なのだろうけど、あまりにもリスクが大きすぎる。その傭兵にどれだけ信頼お置いているのか……。
「強敵がいるらしい。カナンカは人の姿で本格的な戦いは初めてじゃない?」
「クックック。訓練ばかりで一度やってみたかったのじゃ。心配してくれるのかの?」
「心配するだけ無駄でしょ。お前がやられるところなんて想像できないよ」
「そうじゃろそうじゃろ。本当はワインを飲みながら見物したかったのじゃが」
そういうと思って酒を飲ませないように言っておいたんだよ! ってお前どこからその小さな樽を取り出した!
カナンカは背中の羽に引っ提げていた小さな樽を取り出し、中身をラッパ飲みしだした。
こんなときにまで酒かとランドルフはあきれて何もいえなかった。
やがて船が港に到着し、埠頭の数が足りず降りれない船もいるので順番に人が降りてきた。
予想通り傭兵なのか、体つきのいい男達が武器を持ってゾロゾロと降りてくる。
港に人が一杯で暑苦しいな~。ただでさえ暖かい島なのに、まだ雨季でもないのにジメジメしてきたよ。
いかにも柄の悪そうな者達へ不機嫌な顔を向ける。
さて、茶番を開始しますか。
「こちらがラヴェンナ様からお渡しされた証文でございます」
先頭に立った男が紙を見せてきた。アプスがそれを受け取り、ランドルフに渡す。
「……確かに、十隻分、金貨一万枚の証文ですね。では身体検査を順番に実施します。この島での規則を守ってくださいね。ところで何をしにこられたんでしたっけ? 皆様は無償労働者として働きにこられたのでしたか?」
ランドルフはさっさと攻撃してきてほしいのであえて挑発するような言葉を投げかける。
「働きに来たのは確かだな。……ただし、この島をいただくためにな!」
先頭にいた男が突然ランドルフに剣で切りつけてきた。それをアプスが防ごうとしたが、それよりも早く行動するものがいた。
「ゲフォァ!」
突風が吹いたと思うと、男の体がくの字に折れて吹き飛ばされ、白目をむいて事切れていた。
「むぅ、咄嗟に手加減したつもりだったのじゃが……殺してしもうたか。難しいのぉ」
「「「「………」」」」
あまりのスピードに誰も目が付いていかず、いきなり人が吹き飛んだように見えた。
「何してくれとんじゃ!」 「若頭がやられた!」 「敵討ちじゃ!」
「「「「うぉおおおおおおー!!」」」」
仲間が殺されたと分かると、怒った傭兵達はそれが切っ掛けとなって次々と襲ってきた。
「カナンカ様に続け!」 「我らの武勇を見せるのだ!」 「弓隊構え!」 「魔法詠唱開始しろ!」
ランドルフの兵士達も応戦して戦いだした。
「ラヴェンナ! いきなり切りつけてくるとはどういうつもりだ!」
ランドルフは船の上からこちらを見下ろすラヴェンナに怒鳴りつけた。
「(くっ、不意打ちは失敗しましたか) あらごめんなさい! 私の躾がなっていなかったのか勝手に暴走しちゃったわ! こうなってはとめるのは困難ね! あなた達、やめなさーい!」
棒読みで謝罪をするラヴェンナ。
そういう設定ね。あくまで自分は関係ないとそう言いたいのか。だが無理だろそれは。三文芝居よりひどいシナリオだ。
まぁいい、元々戦うつもりだったし数は千人いるとはいえ同時に戦うわけじゃない。
港で戦える人数は限られているから、持久戦になるのをどうにかするのは俺の仕事だな。
数では負けているので持久戦になるとこちらが不利である。なのでランドルフはある程度数を減らすことにして、残りを兵士達に倒してもらい、経験を積んでもらう。
そう言ってる間にもゾロゾロと船から傭兵達が下りてくる。
カナンカにドラゴンになってもらえば一発で収まるかもしれないけどなぁ~。本人は戦う気まんまんだし、こういう機会はまだ二度目だしな~。……仲間の防御と治療に徹するか。とにかく今は少し数を減らそう。
風を起こし、衝撃で次々と海へと傭兵達を吹き飛ばしていく。飛ばされた者達の様子を見に海に近寄った。
「お~ぃ、イルマーレ」
「はっ!」
「海に落ちた人たちを縛っておいて。抵抗するなら殺してもいいけど、出来るだけ生かして捉えるように」
「わかりました」
人魚族も初めてだろうから難しいことはさせないでおく。海に潜ったイルマーレたちは海草で作った紐で縛り付けていった。
「こりゃランドルフ! おぬしがやっては獲物がいなくなってしまうではないか! 我も魔法は控えておるのじゃぞ!」
そういいながらも襲ってくる敵に対して尻尾でビシバシと攻撃している。あくまでも格闘で戦いたいらしい。
ずいぶん余裕あるな~。俺も人の事言えないけど。
ランドルフに寄ってくる敵はすべてアプスが追い払っている。
「ラヴェンナ! さっさとこの場を収めて謝罪したほうが良いぞ!」
「(いつの間に人魚族まで……)何を言っているのかうるさくて聞こえませんわ~!」
返事してんだから聞こえてるじゃねぇか!
聞こえないフリをするラヴェンナだが、内心は次々倒されている傭兵達を見て少し焦っていた。
抵抗は当然ですがこうも簡単に倒されるとは。いったいいくら払ったと思っているんですの!
焦りが怒りに変わったラヴェンナは少し早いが特に大金を払った傭兵を呼び出した。
ふふふ、彼らなら雑魚共とは違い、簡単に占領してくれるでしょう。私に跪かなかったことを後悔させてあげますわ、ランドルフ!
ラヴェンナの口元がニヤリと吊り上った。
お読みいただきましてありがとうございます。




