61話
日も沈んで暗くなった頃に屋敷へと帰ってきた。
「せっかくの立派な街の外壁もランドルフ君が飛べば、あっさり飛び越えられるのね」
以前にもベネディッタと空を飛んだことがあったが、こうもたやすく入れると指摘したくなったらしい。
「空飛ぶ魔物への対策はもうちょっとしっかりしたほうがいいですかね?」
「それは大丈夫でしょう。例えるならわざわざ危険を冒してゴブリンの巣の中に一人で乗り込む?」
「普通はしませんね」
「そういうことよ」
ゴブリン対策をしてくれた皆には十分に休養をとってもらう。ベネディッタも自分の部屋へと帰っていった。
ブルグロットを呼び出し、着替えながら留守の間変わったことはなかったかと聞いたが、避難誘導以外はいつもどおり穏やかだと答えが返ってきた。
夜の暗いうちにやってくることは無いとの事だが、念のために山にいるダークエルフたちにもお願いして交替で見張りを務めてもらう。
着替えを手伝ってもらっているアプスにそう伝えた。
「領民の避難は済んでるの?」
「はい。全員街の中に避難完了しています」
「港は封鎖したよね」
「そう報告がきております」
こういうときのためにトーチカでも作ろうか……そもそも魔力砲ってどういう原理なんだろ? 魔力の塊をそのまま飛ばしてるとは聞いたが……。王都の事件で使われた暗視の魔道具とかも必要か。まぁ、別に俺が好きに作ってもいいよね。
着替えを終え、アプスも着替えと伝令を飛ばすために部屋を出た。
椅子に座って思いついたことをメモしていく。
この世界には魔道具生成もそうだが、許可制ではあるが、周りへの被害がなければ特に罰則などはない。失敗して爆発させたりしない限りは自由に作っていいのである。
ゆるすぎるからな~。危険物取り扱いだの管理法だのなんてのはないし、やりたい放題だしな。
っと、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「カナンカは? 飲ませすぎてないよね?」
「それがその……敵が来るかもしれないことや避難をして慌しかった時に、それを見て楽しんでおられた様子でして……」
「気分を良くしてまた飲んじゃったと」
「はい……」
こっちは楽しむ余裕なんて無いってのに、どこぞの戦闘民族かよ。酒を飲む分もっと悪いな。
誠に遺憾であるぞ!
「今日はもう飲ませないで。飲めない怒りは謎の船団のせいにするように仕向けてよ」
「努力はしてみますが……」
「お構いなしに飲むようなら俺が行くから」
「わかりました」
あいつは別にこの島を守る義務も権利もない。あいつの寝床はこの世界中のどこでもいいわけだし、ドラゴンを人間が縛るのは無理だろう。……いや、ワインを与えてたら大丈夫か。
でもこの島に住んでいるのなら協力はしてもらわないとな。
メイド服に着替えたアプスが戻ってきた。
「体は大丈夫?」
「元々訓練で慣れっこですが、治療のおかげもありまして元気に動けますよ」
「負傷なされたのですか?」
「ええ……お恥ずかしながら……」
反省して思い返し、沈み込む。
「アプスさんが負傷するなんて、相手はよっぽどの手練れだったのですか? ゴブリン退治だと聞いていましたが」
「俺がお願いしてゴブリンの王と戦ってもらったんだよ。敵の攻撃をかわしながら切りつけていく姿はかっこよかった~」
「え!? お一人で戦われたのですか?」
「ええまぁ。旦那様が私なら出来ると期待なされたのに、結果倒しはしましたが、最後はみっともないことに……」
「……ランドルフ様。いくらアプスさんが強いとはいえいくらなんでもそれは……」
ブルグロットにちゃんと状況を説明し、周りの敵はランドルフが排除し、一対一で戦ったことを話した。
「最後は確かに危ないところでしたが、次に活かしたいと思いますし、何より護衛ですから、そういう事態が無いとも限りません。結果的によい訓練だったと満足しています」
「それならいいのですが。ですが出来れば危ないことが無いように、ランドルフ様には知恵を絞っていただきたいです」
「うぐっ、その辺は反省点だよね」
「いいえ、旦那様は私どもの事を思って任せてくださったのですから、あれでよいのです」
確かに強くなってくれたらうれしいけどね。
なんだっけ、戦わずして勝つことが最善ってか。ブルグロットの言うことももっともだよ。
でもゴブリンキングと戦うことなんて滅多にないだろうし難しいところだよな~。
ゴブリンの住処を見つけたときに事前に戦わずして勝つ方法を考えておけば、タイミング悪く謎の船団もきているし、慌てることも無かったかもしれない。
「ブルグロットの言葉も然りだよ。せめて明日来るであろう船にはそうありたいけど……たぶん今回も無理かも」
「「……」」
「もしラヴェンナだったら制裁を加えないとね。これはもう決定事項だし譲れないよ」
ランドルフの制裁……いったいどんなものなのかアプスは予想が出来なかった。
ゴブリンたちを一掃した魔法を使えば十隻の船なんてあっという間だろう。だがそんな簡単に終わらせることをするのかと疑問に思う。
「あっ、夕飯は軽食にしてここで食べるよ。もう作っちゃったかな?」
「まもなく出来上がりますが、そのようにいたします」
「ごめんね。皆で食べちゃってよ」
「食べたらすぐに寝て明日に備える。アプス、ゴブリンの問題で思ったんだけど、ちゃんとした伝令や情報を伝える方法を見直そう」
「わかりました、考えておきます」
夕飯を持ってきてもらい、今回は普段の食事とは違いアプスと対策を考えながら一緒に食べた。
翌日。
朝の政務をこなし、一息ついたところで昨日考えていた暗視の魔道具を作るための案をひねり出していた。
王都見たやつは仮面の内側に文字が彫ってあったけど真似させてもらうか。どういう魔法陣にしようか……。
あれこれ考えていると、アプスが部屋に入ってきた。
「船からの伝令が着ました。後二時間ほどでやってくるそうです」
「わかった。エスドゴには後退してくるように伝えて。辺境伯の軍船は?」
「予定通り一隻は哨戒を続けてもう一隻は港に停泊しています」
もしやってくるのが陽動で別のとこから仕掛けてこられたら困るからな。
島の北の人魚族にも警戒を頼んではいるが……。
昼食も軽めにし、いつもの面々と港へと歩いて向かう。
その途中で作ったばかりのプールが目に入った。
あっ、せっかくだから岸壁をそのまま削ってウォータースライダー作れば人がくるんじゃね?
岸壁に穴あけて短い洞窟を通り抜けたその先で急激に落ちるようにプールに着水。
……ありだと思います!
早速メモを取り出し記入していく。
「敵が攻めてくるかもしれないのに……何か新しい試みですか?」
「ウォータースライダーを作ればプールに人が来るかもってね」
「うぉ~たすら~だ~?」
「それはどんなものじゃ?」
「きっと楽しいよ」
「さっさと終わらせてすぐ作ってよ!」
「そうだな」
港に到着すると、綺麗に整列した弓や槍を携えた兵士達が出迎えてくれた。
うわ……やっぱり馬車で来るべきだったか。とぼとぼ歩いてきたからかっこ悪いわ……。
ってかこの空気って俺が何か一言述べるところなのかな?
中心に立って足場を盛り上げ、全員を見渡せるようにした。
「え~、あ~。……詳細不明の船が十隻こちらに向かってくるとのことだけど、いつもの訓練だと思って落ち着いて確実に任務に当たってほしい。えっと、でも任務といってもあんまりやること無いかも?」
兵士達は皆困った反応をしている。
「もし敵対してきたなら俺がやる。ちょっと思い当たる節があるので、当たってたら怒りをぶつけたいと思うんだ」
「「「「……」」」
ランドルフが怒りをぶつける。ドラゴンであるカナンカにも認められる実力(?)を持つ人物が本気になればどんなことになるのか。兵士達は唾を飲み込んで傾聴する。
「多分当たってるだろうけど……。この島への敵対行動は私への敵対と同じであるが、ここに住む守護竜であるカナンカへの敵対も同じである」
兵士達の視線がちらりとカナンカへと向いた。ランドルフも言葉に興が乗ってきた。
「皆もそっちのほうがやる気が出るんじゃない?」
苦笑し始める兵士達。
「守護竜であるカナンカに敵対するというのなら、レスタイト王国へ攻撃するのも同じである。私はこれを全力をもってあたりたいと思う。虐殺す訳ではないが徹底的に潰してやる!」
「「「うぉー!!」」」
台を降りてカナンカのほうをちらりと見てアゴで指示する。
お前もなんかしゃべれ!
渋々カナンカも話すことになった。
「我の安寧のため、諸君らの働きに期待する!」
それだけ言って台を降りた。
「「「うぉっしゃー!」」 「不逞なやからは滅ぶべし!」 「誰に喧嘩売ったか思い知らしてやる!」
あんな理不尽な発言なのに俺が話をしたときよりも盛り上がっている……。
要するにワイン飲みたいから邪魔するやつらはお前らに任すってことですか?
でもそれすらも肴にして楽しむんでしょうよ!
盛り上げた場所を元に戻し、アプスに意見を聞いた。
「どうだった? 個人的にはいまひとつ下手な演説だったと思うんだけど」
「カナンカ様への敵対行動というのはよかったと思います。最初の発言はだめでしたが……」
「あら、やっぱりそうか」
「でも流石カナンカ様です。短い言葉で戦意を引き出すとは」
いや、多分それドラゴンだからだからね。普通はあんな言葉じゃ盛り上がらないと思う。
カリスマか。俺にはカリスマ性が足りない!
ランドルフを慕っているダークエルフはともかく、他の皆はカナンカが守護竜と知っているので、一貴族と守護竜を比べては仕方が無いのかもしれない。
「内容もそうだけど、間や抑揚なども大事ね」
ベネディッタにもだめだしをされた。
「すごくうるさい!」
アマレットには騒音にしかならなかったようだ。
やがてボーっと海を眺めていると船が見えてきた。
港から魔法を放ってすべて沈めてやろうかとランドルフは考えたが、まずは話を聞かなければならない。しかし、こちらの警告を無視してやってきた者達にイライラが収まらないという葛藤があった。
やがてエスドゴの船が帰ってきた。その後ろに先頭を行く船が一隻だけ港に近づいてきた。他の船は沖に停泊するようだ。
「無事で何よりだよ。よくやってくれた」
「ありがとうございます。出来れば一思いに沈めてやりたかったですけどね」
近づいてくる船のほうに目をやった。砲台がいくつも設置されており、護衛目的のためではない、大きな軍船と思われる船だ。
「いや~、あの数を一隻で沈めるのは無理でしょ」
「人魚族がいれば何とかなったかもしれません。それよりも偵察をさせましたが、船を見ればお分かりの通り乗っている船員達も一般人ではないようです」
「どっかの兵士ってこと?」
「ええ、恐らく傭兵かと思われます」
十隻の船とそれに乗せられた傭兵か。一隻に二百人としたら二千人だけど、船ごと沈めればと考えるなら十隻程度では脅威ではないな。
ゴブリンたちに使った空間魔法で真っ二つにしれやればあっさりと沈むので、ランドルフは脅威とは感じなかった。
やがて船が港へ停泊して数人が降りてきた。
そしてランドルフの前までやってくると人を割って一人の女性が姿を現した。
「……やはり強引なやり方はあなたでしたかラヴェンナさん。前にも言いましたが沈められるという考えはなかったのですか?」
「これはこれは、子爵様自らお大勢を従えて出迎えとは、なかなかに歓迎されているようでうれしいですわ」
武器を持って緊張感漂う雰囲気の中、おおらかに話し出したラヴェンナ。
この状況をどう見たら歓迎しているように見える。あ、皮肉か。
「前回も沈められませんでしたので。念のために旗は下げておきましたが、あなたなら様子を見ると思っていました。部下の方々にはずいぶんと妨害をされましたが、ただの脅しだと分かっていましたので」
「そうですか。それで何用でこられました? まさか観光に来てくれたといわけではないでしょう? もしそうならご覧の通り歓迎の準備はできていますよ」
皮肉を返してみたが面白くないな。もうちょっと上手い返しを考えないと。
まったく持ってどうでもいいことを考えているランドルフ。だがラヴェンナの事は面倒な奴としか思ってないので、本当にどうでもいい扱いをしようとしか考えてなかった。
「せっかちなのね。まぁいいわ。率直に申し上げますと、あなたには私の傀儡として島で働いてほしいの」
鋭い目つきでランドルフを睨みつけ、口元を扇子で隠しながらもニヤリと口を吊り上げている様子が浮かぶラヴェンナであった。
お読みいただきましてありがとうございます。




