23話
お時間いただきましてありがとうございます。
ロコチョル郊外の広い場所から、飛空挺に馬車ごと乗り込む。
帆はないが代わりに羽があり、見た目はまさに羽の生えた空飛ぶ鉄の船という言葉が正しいだろう。フェリーほどの大きさを想像していたが、それよりも少し小さいくらいの大きさだ。
「どうだい?初めての飛空挺は?」
「まあ……予想とあまり違わなかったのでこんなもんかな~と」
「あれほど興味深そうにしていたのに意外と冷めてるんだね」
「気球のようにぶら下げる形じゃなかったって所は予想外でしたけどね」
「ほう……『ききゅう』ね。それにはどういった意味があるのかな?」
うっ、余計なことを言って興味をもたれてしまった。気球を知らないか。この世界か国か、まだ気球はないっぽいな。
「なんでもないです。忘れてください」
「いつか君の持っている知識について、ぜひじっくりと話し合いたいものだね~」
「ふとした瞬間に思い出す感じなので、教えろといわれてもよくわからないんですよ」
「ふむ……まぁ、今はそういうことにしておこうか」
いや、本当にわかりませんて。お題目が出されて初めて思い出すって感じなんだから、わかんないんだよな~。
船内に入ると、外からの見た目とは違って、中は木でできた壁で、ヒノキ風呂にでも入ったときのような、落ち着く木の香りがする。
客室は少ししかなく、主に荷物を運ぶための飛空挺のようで、そのスペースは小さいプールというところだろうか?デンと幾人かの兵士はそこで休むことになる。
動力室もぜひ見せてもらいたかったが、さすがに極秘のようで、入っていいか聞いてもダメとの事だった。
客室に入り、少ない荷物を置いて、早速船内を探索することにする。
操舵は船内で行うようで、その様子を特別に見せてもらうことができた。持つべきものは辺境伯の嫡男様である。
指示する声を伝える伝令管が各機関部にまで通っており、最終チェックの指示を出しているところだった。
操舵室には、灯りを操作する人、あたりを観測する人、舵を取る人。すべてがアナログで、機械による制御などはない。
これは……車を運転する以上に集中力がいるんじゃないの?
基本的に飛ぶのは昼間の明るいときだけである。途中休憩のための着陸や、山岳部などを通るときは明るいときにゆっくりと通るように考えられていて、天候などが悪いとすぐに運行を中止する。なので山の天候には特に気をつけなければならない。
それだけではない。基本的に街道沿いを通る。それは、魔物の存在があるからだ。
空を飛ぶ魔物の縄張りなどに迷い込むとたちまち攻撃されてしまう。なので、地上で討伐されている安全なルートというのが街道沿いということになる。
甲板にも出てみた。航行中は外に出るのは禁止だが、そうでないときは自由に出入り可能と事。
うろうろしていると出発するとのことで、安定して飛ぶまでは部屋でじっとしているようにといわれた。
地面が持ち上がり、少し重さを感じると、今度は耳が詰まるあの感じがした。
「飛空挺は楽でいいんだけど、毎回私はこの耳が詰まる感じが嫌いでね~。ランドルフ君は平然としてるね?いつも空を飛んでるからかな?」
「耳が詰まるのは気圧の問題ですね。個人差はありますけど、唾を飲み込むと多少は解消されますよ」
「んっ……。本当だ……ランドルフ君は色々なことを知ってるよね」
「たまたまです、たまたま」
「たまたまね~?」
ニコニコじゃなくてニヤニヤしながらこっち見やがる。バリエーションが増えたぞ、まったく勘弁してくれっ!!
何事もなく、昼前に入った山岳部も昼過ぎに無事超えた所で一息つき、もうすぐで今日の行程は終わるといったときに異変は起きた。
「観測班から伝令!!強大な魔力反応あり!!3時の方向っ!!」
その言葉に望遠鏡を覗く船長。落ち着いていたその顔が驚愕の色を見せた。
「ふ、振り切れ!!全速力だ!!」
「っ!?了解!!」
「振り切ったら山に隠れるように一気に曲がれるか!?無茶でもかまわん!!」
「やってみせます!!」
操舵手が声を上げスピードが上がる。動力室に伝令管からの指示が伝えられ、艦内に注意を促すアナウンスが入る。
船が急にスピードを上げたため、ぐらりと揺れ物が倒れる。その様子に、何かあったのかとジュレップは艦長がいる操舵室へ歩き出す。その途中で艦内アナウンスが入り、内容を聞いたジュレップはランドルフを探しに部屋行く。
ちょうどランドルフも部屋から出てきたところだった。
「すまないランドルフ君、緊急事態のようだ。危険だが操舵室へ行こう」
「はい、ですが本当なんでしょうか?ドラゴンなんて滅多に人のいるところにはあらわれないという話でしたが」
会話をしながら廊下を駆ける。
「最近住み着いたドラゴンの縄張りに入ったとかかもしれない」
「なんで今回に限ってそんな……今まで普通に通ってこれたんですよね?」
「さぁね~。気まぐれなのかもしれないよ?」
「気まぐれで船が落とされるとか勘弁願いたいです」
「ドラゴンの気持ちなんて人如きがわかるものではないさ」
操舵室の中は激しく指示が飛び交い、緊張感のある重苦しい空気だ。
「ダメですっ!!振り切れそうにありません!!」
「動力室っ!!魔力をありったけ使え!!空になってもいいから最大出力だ!!」
『魔法使いにも補充させて増幅させながらやってますがこれ以上は限界ですっ!!』
動力室からの悲鳴が聞こえたそのとき、操舵室の扉が開けられた。
「艦長、状況はっ!!」
「ジュレップ殿!?なんで来たんです!!もう、何かに掴まって衝撃に備えててください!!」
「ドラゴンが襲ってきたとのことですが」
暢気な口調のランドルフ。望遠の魔法を使おうかと思ったが、その必要がないほどに迫られていた。
「ド、ドラゴンが横に張り付いて併走しています!!」
「おお~?銀色のドラゴン?」
「さすがの私もそんなドラゴンは見たことないっ!!」
ドラゴンが船体に体当たりをしてきた。船体が衝撃で揺れる。
「ぐぅっ!!砲撃っ!!撃ち方自由!!撃てっ!!」
ドンッ!!ドンッ!!
魔力砲が火を噴くが、ドラゴンにはまったく効いていない様子で、さらに体当たりを仕掛けようと近づいてきた。
「くっ!!艦長っ!!どうにも様子がおかしい!!落とすつもりなら火でも噴いてきてもよさそうなものだが!?」
「っ!!確かにおかしいですが、考えても仕方ありません!!とにかく逃げ切らないと!!」
「ランドルフ君何とかできないかい!?ランドルフ君?」
ジュレップはランドルフを見たが、ランドルフはじっと何かに耳を傾けるかのように静かだ。
「―――艦長、船を停止してください」
「何を言ってるんだこんなときに!?」
「あのドラゴンが話をしたがってます」
「「何っ!?」」
「ドラゴンがテレパシー……念話で私に話しかけてきています」
ランドルフの言った言葉にジュレップは賭けてみるしかないと思った。というよりも現状、生き残れそうならやるしかない。
「念話……艦長っ!!」
「くっ……わ、わかりました……。様子を見つつ徐々に速度を落として不時着する。動力はそのままに、いつでも動かせるようにしておけっ!!」
「了解っ!!」
「船体、各部確認して報告っ!!警戒も怠るなよ!!」
「艦長、私とランドルフ君で甲板に上がる。艦長は万が一のとき、船を動かして逃げてください」
「……わかり……ました…。そうならないことを祈ります。御武運を」
「行こうか、ランドルフ君」
無言でうなずくランドルフ。ドラゴンとの会話に集中しているようだ。
甲板に出ると、肌寒い風が頬をなでる。目の前でドラゴンが羽ばたいていて、飛空挺と一緒に着地した。
ちょうど目の前に顔が来る高さで会話がしやすいようではあるが……なぜこんなことになってしまったのか、ジュレップにはさっぱりわからない。だがランドルフを一人で行かせるわけにもいかず、盾になれるわけでもない。アドバイザーとしてきたようなものである。
「で、ドラゴンはなんていってるんだい?」
『私の声がわかるか?人の子よ』
「っ!?これは……ドラゴンか……」
『そうじゃ、我は天竜カナンカと呼ばれしもの。霊峰ジャスタに住まう偉大なるドラゴンである』
「カナンカ……カナンカと言うのはまさか……神話に出てくるレスタイト王国の守護竜……、カナンカ様……?」
『別に守護しているつもりはないが。そのカナンカで間違いなかろう』
さらりと爆弾発言をしたドラゴン。神話時代の存在ではあるが、もし守護しているわけではないということが広まれば、大変なことになるだろう。さすがのジュレップも冷静にはなりきれない様子で、そのことは頭には入らず、カナンカ本人であることがわかると、畏怖してしまった。
「その御名をお聞かせいただけるとは……恐れ多きことにございます」
ジュレップはそう言って、片膝をついて最敬礼を捧げた。まさか本当に実在するとは。だがその神々しく銀色に輝いた姿を見ると、信じずにはいられない。
『なに、そこな子供が人に尋ねるときは自分から挨拶をせいと言うのでな。なるほどと思った次第。気にすることではない』
なんという無礼な事を言うんだっ!!ジュレップはそのことに恐怖しながらもランドルフへ怒りの視線を向け、お前も跪けと叫びたい衝動に駆られたが、守護竜の前で叫ぶのも不敬なので何とか抑えた。
「だ、だって普通はそうでしょうって思ったんだもん!!」
『よい、急に訪ねたのは我のほうじゃ。気にしておらぬ』
「訪ねるというか体当たりしてきたよね?」
『ぐっ、あれはそちらが逃げるからじゃ!!』
「いや~、普通ドラゴンに追いかけられたら逃げるよ?ってかドラゴンじゃなくても知らない人に追いかけられたら逃げるでしょ」
『だ、だからそなたにこうして話しかけておろう!!』
意外と胆力がないのか、図星を言われてうろたえる天竜。このタイミングでならいえると思ったジュレップは言いたいことを言った。
「とにかくランドルフ君。守護竜様の御前だ、跪きたまえ」
『よい、気にしておらぬと我は言った』
「ははっ」
「で?何のようなの?さっさと王都に行きたいんだけど」
またもやその無礼な言い方にジュレップは叫びそうになった。守護竜様といえば『神の代弁者』と言われているドラゴンだ。
その容姿は不明だがドラゴンということだけはわかっていて、いつから存在するのかはわからないが、古くからレスタイト王国にある、霊峰ジャスタ山に住んでいるといわれている。
あまりに人の前に姿を現さないために、伝承としてわずかに名前だけが知られている。だがその存在は崇められて、霊峰の麓にはカナンカを祀る宗教の本部があり、祈りを捧げている。ちなみに国教ではない。
『なに、我に匹敵するほどの魔力の持ち主が近くを通ったものじゃからの。興味がわいた次第。探ってみれば人の子のようで違う。故に見てみたくなったのよ』
「なんて迷惑な。俺が原因なのはわかったけどもうちょっとやりようがあったでしょうに」
『それについては先ほど謝ったではないかっ!!いつまでもしつこいのぉ~』
「魔力をちゃんとわからないようにできてると思ってたんだけどな~。まだまだか~」
『気に病むことはない。我ほどうまく精密で自在に操れるものではないと、遠くからではわからないであろう』
色々と突っ込みたい内容ではあったが、途中から会話は耳に入らなかった。守護竜様に謝らせるだとっ!!こいつは本当にお仕置き程度では済まされないっ!!ジュレップの怒りの炎は激しく燃え上がっていた。いや、怒らせることで平静を保とうとしていた。
「気になったんだけど。やっぱり俺って人じゃないの?」
『わからぬ……というのが素直な感想じゃな。人の身でその魔力を内包できているのはおかしい。故に人ではないと言ったまで』
「そっか~。わからないということがわかりましたね」
『クックック。おかしな奴じゃ。人の姿をしていながら人ではないと言われても気にしておらぬとみえる』
「まあ別に些細なことかな~と」
『人外である事を些細なこととな……おぬし面白いな。ますます興味がわいたぞ』
「えっ、困ります。面倒ごとにしかならないんで勘弁してください」
ジュレップの手から血が出ている。
『クックック。我に対して恐れぬその態度も気に入った!!お主が嫌だと言っても我はおぬしに興味がわいたのじゃ。特別に友となってやろうではないか。何か困ったことがあれば言うがいい、助けてやろうぞ』
ジュレップは驚愕した。守護竜の友?困ったら助けてもらえる?これほど強力すぎる後ろ盾はない。普通のドラゴンでさえ国が滅びる程の強さだ。言葉を話せるほど知能を持つ守護竜の強さなど人の物差しで測れるものではない。ジュレップは、まだ冷静に考えられる、混乱していない自分を褒めた。
ランドルフは、「なんて勝手な……、ずっと一人山に住んでたから……、ボッチだったんだなお前……。俺も島では一人だったしわかるよ」と同情する目で見ながらも迷惑そうに言う。
「でも本当に迷惑だから!!ドラゴンと友達って言われても誰が信じるわけ!?他人に紹介するとき、その図体で街とか入ってくるわけじゃないよね!?」
『ふ~む、確かに歩けば人の街など吹き飛ばしてしまいそうではあるが……』
「定番だと人に化けるだの小さくなるだのあると思うんだけど」
『そのようなこと、今まで必要としたことがないのでな、やったことがない。魔族の中にそのような事ができる種族がいた覚えはあるが……』
「じゃあさ、ボッチみたいだしこの大陸の西に、俺の住む島があるからそこに住む?それなら俺の近くにいられると思うけど」
『ボッチ?よくわからぬが一緒に住むじゃと?それはいいかもしれぬのう!!ジャスタ山も、昔に比べて随分と寒いところになってしまったからちょうどよいかもしれん』
「……ちなみに昔ってどれくらい?」
『一万年……いや、千年位じゃったかの~?』
「お、おぅ。ジュレップ様どうしましょ?ジュレップ様?」
考えがまとまっていないのに、ジュレップは急に話を振られてうろたえてしまった。
「は、はぃ……恐れながら、無礼かと存じますが、元々カナンカ様の存在は御伽噺のようなものです。なので移住なされても問題はないものかと」
『今の発言。なぜ我が人如きに気を使わねばならぬっ!!』
「御尤もにございます、失礼いたしました。平にご容赦をっ!!」
すさまじい咆哮と覇気に頭を床につけて平伏するジュレップ。気絶しないのは普段鍛えている賜物か。
「まあまあ。俺が聞いたんだから許してあげてよ」
それに対して偉そうな態度で言うランドルフ。
『ふむ。次はないぞ人間』
「ははっ!!」
ランドルフの言葉に納得して許した守護竜。それでいいのか。
ジュレップはさすがに混乱状態に陥ってしまった。何故ランドルフはこんなに不遜な態度を取れるのか。何故平気な顔をして話ができる?何故こんなことに、何故……何故……。ぐるぐると頭の中を回っていたが、やがて考えるのを放棄し、呆然としていた。
「じゃあそういうことで。でもちょっと案内するのは先になりそうなんだ。王都へいかないとダメだからね」
『そんなことを言っておったの。ならば終われば呼びにくるがいい。必ずじゃぞ?』
「呼ぶっていってもどうやって?」
『我と今話している念話のやり方はもう覚えたのであろう?』
カナンカは、表情は変わらないがニヤリと笑ったような気がした。それに対してランドルフもニヤリと返す。
「わかった、そうするよ。いつになるかわからないけど」
『あまり遅くなるとこちらから訪ねにゆくからな!!』
「ボッチはこれだから……。気持ちはわかるけど絶対やめてねっ!!」
『先ほどからぼっちとはなんぞ?何のことかわからぬが、それが嫌ならはようせい。わかったな?』
「がんばるよ」
『うむ。ではさらばだっ!!約束、忘れるなよ?』
そういってカナンカはうれしそうに山へと帰っていった。
「何回確認するんだよ……。ジュレップ様?ジュレップ様ってば!!もうあいつは帰ったから大丈夫ですよ?」
「……はっ!?……ランドルフ君……」
守護竜が帰ったのがわかったジュレップは、守護竜の覇気に当てられて、気絶していた艦長を起こし、会話の内容をごまかして、ランドルフが話を付けて竜を追い払ったと話をした。そして他の船員や兵士達も起こして、王都へ出発を開始した。このことはもちろん秘密にするよう皆に言い聞かせた。
ちなみにデンは、気絶していた兵士達の横で、ドラゴンの威圧もお構いなしに、お腹を出して無防備に昼寝をしていた。野生だった面影はない。
ランドルフに今回の事について物申すことがあったのだが、ジュレップも憔悴していたのであまりきつめのお説教にはならなかった。
今後の対応と国王陛下へ報告することが増えてしまったため、書簡をしたためる内容を考えなくてはならない。
自分で書きあがった内容を読み返してみても、とてもじゃないが信じられる内容ではない。ジュレップの苦悩は続いた。
お読みいただきありがとうございます。
興味もたれまくりのランドルフ回。デンは車の振動と同じで、飛空挺の振動が心地よくて寝てしまった。




