機獣たちとの死闘
アリカは、自身がどれくらいの時間落下しているかわからなかった。
数十秒の気もするが、体感では数分過ぎているような気もする。自分の身体すら見えない暗い闇の中を落ちていたため、すべての感覚が狂っていた。
気づけば、木端微塵に砕け散りそうなほどの衝撃が全身を襲っていた。
足から落ちたにも関わらず、空中で身体が何度も回転し、結局のところ背中から着地してしまったようだ。機械の四肢に痺れのような不具合を感じるとともに、自身の意識が途絶えてしまいそうな感覚に陥る。まるで、頭の中に不快なノイズが走っているような気分だった。
しかし、アリカの危機的状況はそれだけじゃない。
アリカが着地したのは、この西部第三基地のジャンク品が集まるスクラップ場だ。
何年間稼働していたのか見当はつかないが、スクラップ場は、機人族や兵器の必要ない金属部品の山となっていた。アリカは、そこに遥か上階から落ちて来たのだ。身体が金属の山の中に沈むのは当然のことである。
徐々に身体は山の底の方へと沈んでいき、金属の容赦ない荷重がアリカを圧し潰していく。
未だにノイズが消えない思考ではあるが、アリカがこの状況が危ないことを察していた。彼は痺れた四肢を無理矢理動かし、金属の山を掻き分けて上を目指す。上下感覚さえわからないほどの暗闇ではあるが、自分が圧潰されることは感じられ、そしてその力の方向もわかる。進んでは沈み、沈んでは上へと登る作業を繰り返し、やっとアリカは金属の山から脱出することに成功した。
這い出た金属の山の上に寝転び、アリカは自分が生きていることを確認する。
機人族に感情は存在せず、そのため死に対する恐怖は無い。
しかし、アリカは元人間であるため、恐怖という『感情の知識』を有している。とくに昌は、些細なことで恐怖を感じて泣き出すほどの小心者だ。そのため、恐怖や悲哀といった負の感情を貯め込む性質があり、そのためにそれらの感情に対する知識の幅は広い。
「僕は……さっきまで、死ぬことを怖がっていたんだ……」
繰り返すが、機人族に感情はない。
しかし、レイヴンがバグと称したアリカの知識は、少なからずアリカに感情の起伏を与えていた。それが彼の言葉遣いにも影響を与え、人柄としてもより人らしく見える原因となっている。先ほども、自分の命が危ういほどの危機的状況に陥った衝撃により、焦燥と恐怖の感情を知識より引き出していた。そして、状況を打開すべく足掻き、もがいた。
「……大丈夫。うん、大丈夫だ」
無表情のまま、アリカは自信の肩を抱いてそう呟く。
自分の考えは間違っていないことを信じ、そのまま進むことを決意する。
落下の衝撃により、身体に異常があったがそれは一時的なショックによるものらしい。金属の山から出るときにはすでに復旧し、現在は問題なく動作している。生活支援型汎用機人は最も装甲が弱い機人族だというのに、落下して四肢が無事だということが機人族の頑強さを物語っていた。しかし、自分の四肢が動くことは認知できるが、周囲が暗闇のために損傷があるかは確かめることは困難だ。
そういうときには、決まって彼(彼女?)の名前を呼べば大丈夫なことをアリカは学んでいた。
「レイヴン、僕がどこにいるかわかる?」
『地下六階にあるスクラップ場です』
スクラップ場だというのに、スピーカが設置されていたのかレイヴンの機械音声がアリカに届いた。そして、どうやら予想よりも深く落ちてしまったことを知る。しかし、スクラップ場にジャンク品を落とすという行動を考えれば、廃棄処理施設が一番地下にあるのは当然のことだ。
次に、アリカはこの暗闇を何とか出来ないかを質問することにした。
レイヴンの回答は素早く、そして的確なものだった。
『個体名アリカの視覚情報に対し、暗視効果を付与することは可能です』
「じゃあ、それをお願いします」
アリカの言葉が終わると同時に、彼の視界が暗闇からまるで昼間のような明るさに変わった。まるで瞑っていた目を開いたかのような視界の変化にアリカは驚く。
改めて周囲を観察すると、そこはまるで学校の体育館のような広い直方体の空間だった。しかし、その大きさは体育館よりも遥かに巨大だ。まるで、野球場のひとつでもすっぽり入ってしまいそうな広大な空間のように感じられる。そして、そこにはアリカが沈み込んだ金属の山が、まるで山脈のようにいくつも連なっている。積まれているジャンク品は、小さな電子部品や金属片から、大きな物だとまるで重機のような乗り物なども転がっていた。それらの部品を手に取り何かわからないかと凝視するが、どうやらすでに壊れてしまった機械に対して【機械制御】の効果は発動しないようだった。
自分の身体を改めて見て問題がないことを確認すると、アリカは本題へと入る。
そう、問題はここから第五階の情報統括室へと辿り着けるかである。
地下に潜れたは良いものの、ここから目的の場所まで行けなければ意味は無いのである。地下二階へと続く階段が崩れていたように、地下六階から地下五階へと上る階段が崩れていればアウトなのだ。
「レイヴン、さっき言ったように、ここから地下五階の情報統括室までの経路案内をお願い」
アリカは優秀なナビゲーションAIに対し、祈るようにその指示を出す。
いつもは遅くとも五秒以内に回答するレイヴンであるが、今回は返答に時間がかかっていた。もしかして自分の指示が届いていないのではと考えるが、先ほどまで普通に会話が成立していたことからその可能性は低いだろう。
結局、アリカが質問してから約一分後に、レイヴンの返事が返ってきた。
『ユーザの位置から目的地までのルートを検索しました。視覚情報に映し出します』
端的な返答とともに、アリカの視界に青い光が現れた。
どうやら経路検索に予想にも時間を必要としたようだった。何はともあれ、無事に情報統括室へと至ることは可能なようであり、その結果にアリカは安堵する。
青い光はスクラップ場の遥か奥を示している。
再び金属の山に埋もれないように注意しつつ、アリカは歩き始めた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
歩き始めてから数十分、アリカは金属の山の陰に隠れて奥の様子を窺っていた。
そこには、奇妙に動く金属の塊があった。狼のような姿をしているが、その身体は細く、骨格しかない。頭部に至っては、まるで大型のカメラのような単眼レンズだけが取り付けられてる。どうやら、そのカメラで周囲の様子を監視しているようだ。規則的なルートで金属の山を歩き回っているが、関節部分の調子が悪いのか、その動きは緩慢でぎこちなく金属の擦れ合う不快音が聞こえる。
「あれは……何?」
『警邏機獣です。主に監視と警備および目標への攻撃を行います。修理不可と判断しスクラップ場へと落とされましたが、どうやら再起動に成功したようです』
レイヴンの説明を聞き、アリカは再び警邏機獣と呼ばれたそれを見る。
獣というだけあり、その動きは確かに狼そのものだ。恐らく、敵を見つけたときの俊敏さも獣同然だろう。
ここで知りたいのは、警邏機獣はアリカを見て襲い掛かってくるかどうかだ。同じところを何度も繰り返し歩くパターンや、その不気味ともいえる身体の動きからして正常な状態とは思えない。あれは機人族が創り出したロボットであるならば、アリカを襲うことはないが、現状では判断しにくいだろう。
そして、いざ戦闘になったときに勝てるかもわからない。
森で戦った狼たちは生物であり、機械と比べれば脆く壊れやすい。そのため、アリカは圧倒することができた。しかし、警邏機獣はアリカと同じ機械だ。つまり、人族が狼と対峙するようなものであり、戦闘の過酷さは遥かに増すだろう。
アリカは、ここは見つからないように遠回りするのが得策だと考えた。
警邏機獣が魔物と同様の扱いになるかはわからないが、魔物を倒したところで経験値を入手できないアリカにとって戦闘自体が無駄である。
念のため、警邏機獣が自分から離れた瞬間を狙って、アリカは動き出した。かなり遠回りになるが、遠くに見える金属の山を壁にすれば警邏機獣を避けることできるだろう。
身を翻し、ふと上を見れば、そこには自分を覗いている大型のカメラがあった。
正しくは、金属の山から細い首が生え、そこにカメラが取り付けられているようだった。カメラのレンズからは小さい動作音が聞こえ、まだカメラが機能していることが予想できる。
瞬間、嫌な予感がしてアリカは走り出すが、すでに遅かった。
首しかない警邏機獣は、正常な判断が出来ない状態にあり、逃げるアリカを敵と誤認識していた。即座に周囲の機獣たちに敵の存在を教えるための警戒通信を行い、アリカの姿と位置を伝える。すると、その警戒通信がトリガとなったのか、今まで金属の山に埋もれて完全にジャンクとなっていた機獣たちが一斉に動き出したのだ。
まるでゾンビのように辺りから這い出る機獣の姿たちを見て、アリカは走る速度を上げる。彼が視認しただけでも、すでに十体以上の機獣が動き出していた。その数に囲まれてしまえば、アリカが五体満足で情報統括室へと辿り着くことは厳しくなるだろう。
急ぐアリカではあるが、足の下は硬い地面ではなく流動する金属の山である。思ったよりも速度は出ず、ついに一体の機獣がアリカに向かって飛びかかってきた。
レイヴンの支援により、暗闇から襲い掛かる機獣の姿をアリカをはっきりと捉えていた。
錆び付いた爪が、アリカの頭目掛けて振り落とされる。その一撃を何とか右腕で防御するが、今までの攻撃とは違った衝撃がアリカには伝わっていた。このまま接近されるのは危険だと判断し、即座に左拳で機獣のカメラレンズを打ち抜いた。パリン、とガラスが割れるような音がし、機獣が後退する。すでにカメラの機能は封じられ、アリカを視認することが不可能になった機獣は、まるで暗闇の中を探るように周囲を見渡しながらどこかに去って行った。
突然の事態に対処できたことに安堵しつつ、アリカは攻撃を受けた右腕を見る。すると、そこには機獣の爪痕と思われる傷が深々と出来ていた。人族の武器では傷ひとつつかない装甲であるが、やはり同じ機械であると装甲の意味は無いらしい。
後方から複数の足音が聞こえたアリカは、すぐに移動を始める。
ここはゲームの世界ではなく、現実と同じように死んだら終わりの世界だ。昌ならば、その恐怖に常に襲われ泣き出しているだろう。アリカはそんな自分に呆れつつも、着実に青い光が指し示す方向へと進んで行った。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
歩きながら、アリカはこの世界について考える。
Paradise Worldは、運営がプレイヤーたちの願望を反映した楽園であり、紛れもない現実の世界だと言っていた。しかし、どうにも現実の世界にしてはゲームの色が濃く残っているように感じる。
例えば、アイテムだ。
アリカのアイテム欄には、森の中で交戦した狼たちの毛皮と爪が素材として入っている。剥ぎ取るような行動は行っていないため、絶命した瞬間にアイテム欄に現れたのだろう。つまり、魔物を倒した報酬は自動的に入手する流れになっている。
また、試しにアリカが武器として使おうと手ごろな棒を拾った瞬間に、その棒が姿を消してしまったことがあった。慌ててテスタメントからアイテム欄を確認すると、そこには〈ジャンクスティック〉という素材を入手したことになっていた。つまり、素材として触れたアイテムは、自動的に自分のアイテムに収納される流れになっているようだ。
「……ゲームだよねえ、そこら辺が」
一体どこまでがゲームで、どこまでが現実なのか。
その詳細な線引きをするにはさらなる検証が必要だ。
しかし、今のアリカにそれをゆっくりと行っている時間は無い。場違いなことを考えてはいるが、複数体の機獣に囲まれている現状に変わりはないのだ。といっても、相手はまだアリカには気づいていない。アリカは自分から金属の山の中に入り、機獣たちが去るのを待っていたのだ。自らが機械であり、金属の塊であるからこそできた芸当だ。
まるでスパイ映画の主人公になったような気分だ、とアリカは山の中で静かに思っていた。彼らを見習うならば、こういう状況では忍耐が大切だと自分に言い聞かせ、周囲を歩き回る機獣の様子を窺う。すでに体感では一時間ほど隠れているが、未だにどこかに消える様子はない。
「……僕がこの辺りにいることがばれているんだ。だから徹底的に探してる」
つまり時間が経てば、さらに機獣たちの数が増えていくということだ。それはアリカにとって絶望的な状況でしかない。ならば、すぐにでも行動を開始するしかないだろう。
スパイ映画を連想していたアリカが考えたのは、暗殺だった。
つまり、こちらが見つかるよりも前に相手を殺す。そして数を減らしていく。
カメラのレンズを的確に割れれば、相手は戦闘能力を失ったも同然だ。先ほどの個体を観察したところ、機獣たちはカメラでしか敵を発見できないことがわかった。つまり、嗅覚や聴覚といったものは存在せず、視覚さえ潰してしまえば良い。慌てずに的確に判断すれば可能なはずだと、アリカは自分に言い聞かせる。
自分が隠れている場所に近づく機獣に狙いをつけ、アリカは右手の拳を硬く握る。
そして相手に自分の手が届きそうな場所に来た瞬間に、アリカは左手を機獣の首元を狙って掴み、金属の山の中へと引きずり込む。そして暴れる頭を左手で抑え込み、右手でカメラを貫く。視界を奪った後に、金属の山の奥深くへと沈むように蹴り、その反動で山の中から脱出した。
辺りから近づいてくるような足音が無いことから、アリカは暗殺が成功したことを知る。
「この調子で……隠れつつ進もう」
初めてにしては順調だった。
こちらは一切ダメージを受けずに、的確に相手の戦闘能力を奪って死体を隠したのだ。今まで見て来た映画や漫画の知識が役に立った。
しかしアリカは知らなかった。
彼ら警邏機獣は、視界データを共有する機能があることを。
一瞬ではあるが、あの機獣はアリカの姿をしっかりと視認した。そのデータはすぐに他の機獣に送られ、発見した位置情報を共有した。
つまり、現在何も知らないアリカのところに、全機獣が急行しているのだ。
その事実を、その危機を、アリカはこの後、身を持って知ることになる。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
縦横無尽に襲い来る爪。
右も左も、上も下も、前も後ろも、全方向を周囲を敵に囲まれている状況の中、アリカは一心不乱に走っていた。
立ち止まれば、すぐに押し倒されて機械の身体が無残に砕け散ることになるだろう。
この身体は不老ではあるが、決して不死身ではないことをアリカは知っている。
人間と同じ、心臓部分と頭部に致命的な弱点があるのだ。
心臓部分には、機人族の動作エネルギーである〈エーテル〉を創り出す〈光炉〉がある。詳しい原理についてはアリカはわからなかったが、このエンジンがアリカへとエーテルを供給していることはわかっている。日常動作ならばエーテルの消費量は少なく、普段の供給量で問題は無い。しかし、急激にエーテルを消費すると動きが鈍くなり、最終的には強制的にスリープモードへと移行してしまうのだ。勿論、光炉を壊されると、それは人間の心臓が破壊されたと同意義のため、活動を停止することになり二度と復活することはない。
頭部には、アリカをアリカとして存在させている脳がある。それは文字通り、人間の脳と同じ機能を司り、機人族の素早い判断能力の源ともいえる。これを破壊すれば、アリカとしての意識が無くなり、ただの人形へと成り果てるだろう。
つまり、四肢を無くしてでも心臓と頭部は守らなくてはならないのだ。
アリカは自分の急所を狙う攻撃に対し、自らの手足を盾にすることで防いでいる。そのため、すでに両手には傷跡が多く見え、左足には爪で貫かれたような穴が開いている。機能的には問題は無いが、傷口からエーテルが流出しているのか、身体の動きが鈍くなっているのを感じた。
身体が思うように動かず、そのため機獣たちに襲われる回数も増えていく。
手が動く限り、相手のカメラを破壊してはいるが、それでも個体数が減ったとは思えない。そればかりか勢いは増していくばかりだ。
しかし、アリカには希望があった。
彼の視界にはすでに上階へと続く扉が見えていたのだ。
レイヴンが指し示す青い光は、先にある鋼鉄の扉の前で明滅している。あそこに辿り着くことが出来れば、この機獣たちとの戦場から脱出することが可能だろう。
だからこそ、アリカは走っていた。
すでに扉までは二十メートルほどしかない。
助かるかもしれない。
という事実が彼の気を緩ませたのか、それとも単純に油断したのか、アリカは前方に潜んでいた機獣たちに気付かなかった。
突如飛び出してきた二体の機獣たちに、アリカは遅れて反応するが、それは致命的な遅れだった。
二体の爪は的確にアリカの腕を捕え、いとも簡単に彼を地面へと押し倒したのだ。金属片が飛び出している地面に叩き付けられたことで、アリカは背中に複数個所にの損傷を負ったことを感じる。それは現状では些細な問題だ。今は、自分を押さえつけている二体をどうにかしなくてはならない。こうしている間にも、背後からは恐ろしいほどの敵が迫ってきているのだ。
しかし、腕は抑えられ、自由に動かすことはできない。自分が機械の身体ならば秘密の武器でも内蔵していないのかと考えるが、生活支援型汎用機人にそのような機能は存在しない。
二体の機獣はじっとアリカをそのカメラで見つめている。
それ以上はせず、ただアリカを動けないようにしているだけであり、攻撃はして来ない。自分たちが足止め出来れば勝利できることがわかっているのだ。
ならば、勝機はある。
アリカは覚悟を決めると、穴が開いた左足を自分の身体の胴体へ密着するように上げる。そして、そのままヘリコプターのプロペラのように左の機獣を蹴り払った。それは人体の関節の限界を越えた動きであり、機人族の関節球体であっても無理な動きだった。
左足の関節からは電気のスパークのような光が見え、すでに自由に動くことはない。
しかし、アリカはそれも計算の内だった。
自由になった左手で、即座にテスタメントに触れて装備の項目を呼び出す。そして、自分から脚部防具である〈汎用機人脚甲〉の装備を外した。まるで圧縮された空気が噴き出したような音とともに、両足が腰から関節球体ごと離れる。
それを視認したアリカのもとに、蹴り払った機獣が猛然と襲い掛かって来た。アリカは、左手で自分の左脚だった部品を持ち、それを襲い掛かる機獣のカメラに目掛けて叩け付ける。まるで、鞭のようにしなった脚は、頑強なカメラを凹ませ、内部のレンズを破壊することに成功した。
すぐに右腕を押さえつけている機獣に対しても、同様に左脚の鞭による強打を放った。元々は機人族の動きを支える役目を担う頑丈な部品であるため、その威力は計り知れない。その一撃は、機獣のカメラを細い首から吹き飛ばすことに成功した。カメラはそのまま空を飛び、金属の山の中に文字通りジャンク品として埋もれて行った。
自分の脚を自分で外して武器として使う。
その発想に至ったのは、この世界が思ったよりもゲームであることを認識したときだ。自分の身体の各部品が装備品であるならば、それを整備台を使用せずとも外すことは可能だろう。そして、それを武器として扱えるのではないかと考えたのだ。本番一発勝負の賭けとなったが、目論見通り危機を脱することができた。その代わり、もう左脚は自由に動くことは出来ないだろう。
アリカは上体だけを起こし、右手で右脚の部品を持つ。そのとき、左脚の部品は地面に置いたままだ。そしてテスタメントのメニューから装備の項目を呼び出し、再び脚部に〈汎用機人脚甲〉を装備させる。すると、持っていた右脚のみが元通りに装備され、左脚は床に置いたままになっていた。
自由に動けないのであれば、左脚を無理に装備する必要はない。
代わりに、先ほどのように武器として振るか、杖として扱った方がずっと有意義だとアリカは判断していた。自分の身体を道具のように使うことに抵抗はあったが、生きるためには、そして人体の取り戻すという願望を叶えるためには仕方のないことだと割り切っていた。
完全に割り切れているかどうかは、わからないが。
左脚を杖にして、アリカは再び立ち上がる。
後方より迫り来る敵を感じ、アリカは急いで鋼鉄の扉へと駆け寄った。
そこには、地下一階同様に扉の中心部にはコンソールが取り付けられている。アリカはそれに迷いなく触れると、緑色の輝線がアリカの個体情報を読み取っていく。そして機械音声が聞こえ、認証されたことがわかると、重い鋼鉄の扉がゆっくりと開いて行った。
「速く、速く……!」
ようやく両開きの扉の間に自分が通り抜けられそうな隙間ができ、そこにアリカは自身の細い体を滑り込ませた。扉を越え、向こう側の通路に出た瞬間に、後ろから扉に数体の機獣がぶつかる音が聞こえた。振り向けば、扉の隙間には機獣たちのカメラが並び、じっとこちらを見ていた。ぞっとする光景にアリカは身構えるが、すでにアリカは扉を通り抜けたと判断されているがために、鋼鉄の扉は静かに閉じていく。アリカは、隙間に並んでいたカメラたちが扉にゆっくりと圧潰していく様を静かに見ていた。叫び声こそ聞こえないが、彼らに発声器官があるならば、きっと苦痛の声を挙げていることだろう。
「……行こう」
所詮は機械だ。
そして彼らは自分を襲った敵でもある。
同情する必要はないし、命を失ったわけでもない。
だから、何も思うことはない。
アリカはそう考えてた。
しかし、同時に、アリカはそれは自分には言えることだと、頭の片隅に考えていた。