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Paradise World ~涙を求めて~  作者: 真空
アリカの旅立ち
8/19

希望を杖に


 アリカが思い出していたのは、以前、仁や神船(のあ)と供に遊んでいた仮想世界だった。


 ファンタジーの世界各地を冒険して、最終的には世界を滅ぼそうとする魔王を倒すという王道の物語。その世界で、昌たちはギルド『泪の揺り籠(ティア・クレイドル)』の一員だった。いや、正確には、このギルドは昌たちが立ち上げたものであり、彼らと仲の良い少数人数で構成された和気藹々としたものだった。積極的に勤しむことはなく、ただ仮想世界での生活を楽しむだけの緩いギルドだった。


 昌たちの他には、三人のギルドメンバーがいた。

 ニートであることを隠さず、さながら武士のような口調のロールプレイを楽しむ『プー太郎』は、仁と肩を並べるギルドの切り込み隊長だった。

 自らをアイドルと自称して、積極的に姫のポジションを獲得しようとした『ラキラ』。ちなみに、昌たちにその魂胆は筒抜けだったため、姫プレイが成功した試しはない。

 唯一の生産職であり、鍛冶師の英単語である『ブラックスミス』から名前を取った『スミス』は、常に洋画の日本語吹き替えような陽気な受け答えでギルドの雰囲気をにぎやかにしていた。


 昌は、Paradise Worldへ行くことを決めた日には彼らにギルドの解散を伝えていた。彼らは怒ることもなく、昌の事情を聞いてその旨を快諾してくれた。唯一、ラキラは不満げな言葉を漏らしたが、別段嫌がる素振りは見せなかった。


 あれから、彼らがどこで何をしているかはわからない。

 別の仮想世界でのんびりとしているだろうか。

 もしかしたら、アリカたちと同じようにParadise Worldを遊び、楽園の囚人となっているかもしれない。もしそうだとしたら、彼らは自分のことを受け入れてくれるだろうか。あの楽しい時間を分かち合った仲間ならば、機人族となった自分のことを……。


 そこまで考えて、アリカは思考を打ち切った。

 自分は一番の親友である二人に会いたくないと思いつつも、元ギルドメンバーたちなら受け入れてくれるかもしれないという夢を見ていた。なんて、なんて甘く、そして馬鹿な幻想なのだろうか。なぜ友人を拒絶した自分を他人が受け入れてくれるなど、そんな考えを持てるのだろうか。

 論理的にも、倫理的にも、破綻している。


「もしかして、疲れてるのかもしれない」


 そう、アリカは独り言を呟いた。

 機械の身体に疲労が蓄積することはないため、それは気のせいだろうと考え、作業に戻る。


 西部第三基地へと戻ったアリカは、そのまま基地内の探索を行った。

 とにかく、何かをしていないと動けなくなる予感がしたからだ。


 探索といっても調べられるような場所は少なかった

 基地の上に樹木が聳え立っていたことから、アリカは基地は地下に構築されていることが予想できた。事実、アリカは階下へと降りる階段を発見したが、建物の老朽化のせいで天井が崩れて進めない状況だった。そのため、アリカが目覚めた地下一階のみしか探索できなかった。


 しかし、わかったことがいくつかある。


 ひとつめは、機人族がこの世界を滅ぼそうと戦争をした事実の裏付けだった。

 第一研究室にこの地域一帯を侵攻していた記録が残っていた。それは電子データではなく、紙に書かれた地図だった。恐らく、基地を中心にしてこの地域一帯を表した地図であり、ここを中心にして赤い円が広がるように幾重も書かれている。そして、赤い円内にある街と思われる記号に×印が書かれていることから、その街を襲撃し陥落させたと予想できる。別のメモと思われる用紙には、街の襲撃で手に入れた物資など細かく記載されている。その中には、『奴隷』と書かれた欄もあり、本当に戦争していた事実をアリカは知った。


 ふたつめは、アリカの分類である『生活支援型汎用機人』についてだ。

 これは、同じく第一研究室の電子データより発掘した情報だ。

 余談ではあるが、アリカが基地のデータ探索ができるのは、彼が【機械制御】というスキルを有していたからである。これにより、触れたこともない機械であってもその制御方法を知ることができた。【機械制御】は機人族特有の種族スキルであるため、人族などが機械に触れても十全に扱うことは出来ないだろう。

 生活支援型というのは、簡単にいえば家政婦やメイドのようなお手伝い役を担うタイプの機人族のことをいう。機人族としての一般的な装甲と性能しか与えられず、戦闘型と比べて装甲も性能も幾分も劣っている。汎用機人というのは、量産された機人のことを指し、ようするに使い捨てのような存在だ。

 つまるところ、アリカは機人族としては最底辺に位置する存在だということだ。

 しかし、それでも人族や魔物を圧倒する実力はあった。

 戦闘型ならば、どこまで戦えるか想像さえできない。


 みっつめは……人間に戻る方法はわからないということだ。

 アリカは、自分がアクセスできる権限内で自分が最も知りたい情報を電脳書庫(データバンク)より捜索したが、見つけることはできなかった。


 人間に戻りたい。

 弱くても良い。

 泣き虫でも良い。

 いや、今はあんなに嫌っていたあの涙を取り戻したいとすら感じている。


 アリカは、この欲求は勘違いではないと確信していた。

 自分が時折抱く感情や思いは、ただの分析や知識の結果であることがわかっている。

 人間であるときに培った経験則や思考回路の分析により、『こういうとき、昌という人間はこういった感情を励起する』という結果を割り出す。そして、『昌が抱く感情』検索し、知識としてアリカにフィードバックしているのだ。これは、本来の機人族ではありえない思考パターンであり、イレギュラー、もしくはバグと呼ばれる類のものだ。

 本来の機人族とアリカの違いは、彼が元は人間であるということだ。

 そして、感情を知っているということ。

 アリカが抱く感情や思いは、データによる再現だけでしかない。しかし、その感情を再現している元は、アリカの知識だ。つまり、その感情や思いはアリカが本来持っていたものに間違いはない。

 

 だから、勘違いなんかじゃない。


 アリカは数々の情報を読み取り、その結果を導き出した。

 しかし、所詮は何も知らない子供の浅知恵である。それが間違いである事実は大いにあり得る。しかし、今はこの感情が確かに自分のものであることを、それを支えにしたかった。


 そして、アリカには『人間に戻りたい』という欲求がある。

 涙を取り戻したいという願望がある。

 当たり前のように持っていたものだからこそ、無くしたときにその重要性に気づく。

 無くしてしまったからこそ、当たり前のものを取り戻したくなる。


 勿論、運営からのメールがすべて嘘で、本当は仮想世界ならば要らない心配になるだろう。ログアウトできれば、あの温かみがある身体に戻れるのだから。

 しかし、現在それは叶わない。

 ならばこの世界を、この楽園と呼ばれたクソッタレな世界で生きるしかない。


 そして、人間の身体を取り戻す。


 ……勿論、もっと簡単な、単純明快な方法がある。

 運営からのメールによると、種族目標を達成できればログアウトが可能となる。

 つまり種族目標達成を目指せばいい。

 しかし、アリカには機人族の種族目標など見当がつかなった。いや、わかっていたが、考えたくはなかった。この基地で得た情報と、あの街で男が語っていたこと。機人族の歴史を紐解けば、おのずと答えは見えてくる。


 機人族の種族目標は、自分が人間に戻るための代償は、全種族の滅亡。

 つまりは世界の崩壊。


 アリカには、到底そんなことが出来るとは思えなかった。

 そんな利己的な考えで残酷なことが成し得るとは考えられなかった。

 だから、求めるのは別の方法で人間へと成ることだ。

 機械の人形が意志を持って歩くほどの未来文明があるのだ。もしかしたら、機人族が人間へと成る方法があるのではないかと、その情報を探しているが一向に見つかる気配はない。


「やっぱり、人間に戻る方法は無いのかな……」

『検索の結果、一件の候補が見つかりました』


 突如、研究室内に響くレイヴンの声にアリカは驚く。

 探索に熱心になり、思考の余裕が無かったことから、ナビゲーションAIであるレイヴンの存在を忘却していたのだ。自分が探していた答えは初めから彼(彼女か?)に訊けば早いことだと気づき、アリカは自身の失敗に呆れていた。

 そして、レイヴンは『人間に戻る方法は無いか』という問いに対し、『一件の候補がある』と回答した。今までアリカの要求に対して完璧に応えて来たAIだけあり、その期待は大きい。


「レイヴン、それはどういった方法なの?」

『……個体名アリカの権限では、閲覧することの出来ない情報です』


 レイヴンから返ってきた答えに、アリカは肩を落とす。

 それは自分でデータ探索をしたいたときにも、何度か見た文章だった。生活支援型汎用機人は、最底辺のの権限であるため、閲覧できる情報はかなり限られているのだ。


 しかし、レイヴンは人間に戻る方法はあると言った。

 ならば今度はそれを知るための方法が無いか訊いてみた。

 具体的には、『権限を上げるためにはどうすれば良いか』だ。


『権限をグレードアップするためには、上位権限者による認証が必要です。このとき、上位権限者とは、創造主である基地長ならびに基地を統括する思念器ハートが該当します』


 基地長という言葉に、アリカは考える。

 それは……もしかしたら機人族を創った人間なのかもしれない。こんな機械の種族が自然発生したとは考えられず、誰かが人工的に創り上げた存在であるのは確かだ。

 だとしたら、基地長の人間はとうの昔に亡くなっているだろう。

 そのため、基地長による権限のグレードアップは望めない。


 アリカはもうひとつの可能性を求めて、レイヴンに質問する。


「その思念器(ハート)っていうのは何?」

『自らで思考し、答えを導き出す高次元の人工知能を指します。西部第三基地では私が該当します』


 それこそが、アリカが期待した答えだった。

 この基地のナビゲーションAIと語るレイヴンこそが、思念器(ハート)だった。つまり、レイヴンに認証してもらえば権限をグレードアップすることが出来る。そして、人間に戻る方法を知ることができるはずだ。


「レイヴン、僕の権限をグレードアップしてもらえないかな?」

『…………行動および思考ログ解析の結果、個体名アリカに機人として未知のバグの存在が確認されます』


 その返答に、アリカは緊張した。

 バグというのは、本来であれば消すべきものであり、残すものではない。レイヴンがいうアリカのバグというのは、明らかに『感情の知識』のことだろう。つまり、グレードアップのためには『感情の知識』の削除を要求されるかもしれない……と考えたのだ。

 それでは、自分の願望を見失う結果となり、本末転倒である。

 『感情の知識』だけは守り通さなければならない。


 アリカ何とか削除を拒否できないかと考えるが、その心配はなかった。

 レイヴンの返答は予想外だったのだ。


『未知のバグに、機人族としての進化の可能性を見出しました。今後の活動の幅を広げるため、個体名アリカの権限グレードアップを認証します』


 意外にも、レイヴンはそのバグを進化の可能性と判断した。

 機械の身体が進化するわけがないとアリカは考えるが、実際のところ、機械人形が感情を理解することが可能となれば、それは立派な進化ともいえる。

 人間の心を持った機人族。

 それは、まさに機人族にとっては未知の存在であり、彼らを統括する思念器にとっても十分に観察に値する価値があった。

 故に、活動の幅を広げ、様々な状況下のアリカを観察するために、レイヴンはグレードアップの認証を許可したのだ。


 アリカは上手く事が進むことに喜びつつ、レイヴンに指示する。


「それじゃ、グレードアップをよろしくお願いします」

『……グレードアップには、地下五階の情報統括室にて直接コンソールに触れる必要があります』


 レイヴンの答えに、アリカは固まる。

 グレードアップのためには地下五階に行く必要がある。

 しかし、先ほどの探索により階下へと続く階段は瓦礫により塞がれていることがわかっている。このままでは地下へと降りることは出来ず、権限をグレードアップすることもできない。


 どうにかして地下へと至る方法は無いか考える。

 階段が使えなければ、エレベータはどうだろうか。いや、それらしき装置は見当たらなかった。では未知の技術特有の物質転移(テレポート)装置はどうだろうか。エレベータと同じく、そんな物は見当たらない。


 地下へ下る。

 降りる。

 いや……落ちる?


 アリカはひとつの可能性に気付いた。

 これならば、地下へと行けるかもしれない。しかし、そのリスクは大きい。失敗したら、地上へは戻れず、一生を地下で過ごさなくてはならないのだ。老衰で死ぬこともできず、頑強なために自殺も厳しいこの身では、恐らく永遠という時を地下で過ごすことになるだろう。


「でも、やるしかないよね……」


 アリカは決心する。

 それしか可能性が無いというのであれば、リスクを承知で飛び込むしかない。

 今後も、人間の身体を取り戻すためには厳しい選択を迫られるときがあるだろう。しかし、自分の中の確かな希望を杖にして、その希望を支えにして、歩んでいくしかない。


 それが、今のアリカに出来る精一杯だ。


「レイヴン、ここから情報統括室までに辿り着く経路はある?」

『………解析の結果、情報統括室へと至る経路は存在しません』

「そっか。それじゃ、仮に行けるようになったら、そこからナビできる?」

『質問の意味を理解できません。もう一度お願い致します』

「えっと……。例えば、地下一階から別の経路で地下三階とかに降りて、そこから情報統括室まで辿り着ける経路があったら、ナビは出来るかってことなんだけど」

『……質問の意図は理解できませんが、可能です』

「それだけわかれば、大丈夫だよ。後は運が良いことを祈ろう」


 そう言って、アリカは第一研究室の整備台(メンテナンステーブル)の近くへと移動する。そして、目的の場所に辿り着くと、アリカはその()を覗き込む。地下に続いているその穴の先に光は見えず、ただ暗闇が蠢いているだけだ。まるで希望などなく、そこには絶望だけしかないように感じられた。


 しかし、もう決めたことだ。

 アリカは意を決して、その穴に片足を入れる。

 そして最後に第一研究室を振り向くと、身体を支えていた手足を離して穴へと落ちていった。


 そこは第一研究室にあるゴミ箱。

 廃棄予定の部品や資源をスクラップ場へと落とす、不帰の穴。

 地下へと潜れる、唯一の入り口。


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