異端の種族
やっと物語が動き出します。
お待たせしてすみません。
アリカを取り囲んだ兵士は、全員で五人だった。
彼らは全員が両手に簡素な鉄の槍を持ち、同じタイミングで躊躇なく突いてきた。直撃すれば、簡単に臓腑まで貫きそうな熟練した一閃であろう。
しかし、それは人族や獣人族が相手の話だ。
鋼の身体である機人族に、生半可な武器では傷ひとつさえ付けられない。いや、そればかりか、逆に武器自体が壊れることが多いだろう。会心の一撃を、金属の壁に向かって放てば武器が耐えられないのは自明の理だ。
事実、アリカは前面にいた二人の槍の穂を手で受け止めたが、他の三人の槍は無視した。なぜなら、その攻撃が自分の身体には通用しないことを無意識的に理解していたからだ。
攻撃が成功したと感じた三人は、各々、脇腹、脊髄、頭部へと槍先を伸ばす。しかし、それがアリカの身体に衝突した瞬間、彼らの手に伝わったのは肉を裂いた手応えではなく、頑強な壁に対して突いたかのような衝撃だった。
それはまるで、この街を取り囲む石壁のような頑強さ。
その反動に耐え切れなかったのか、三人の兵士が持っていた槍は、折れないために保守するはずの口金から砕け散った。それに驚いたのは、もちろん三人の兵士だろう。しかし、彼らが驚きに動きを止めている間に、アリカは次の行動に移る。
手で受け止めた二本の槍を、手首を捻るようにして持ち上げる。
槍の穂……つまり刃の部分が掌に食い込むが、彼の身体を傷つけることはない。そして、アリカは痛みを感じない。つまり、アリカは全く躊躇せずに二人の大人の身体を槍で持ち上げることができた。あとは、そのまま槍を振り回して、兵士たちを地面に叩き付ければ終わりだった。彼らは、呻き声を上げて意識を失った。
その攻防はほんの一瞬。
兵士たちが攻撃を仕掛けてほんの一分もしない内に、戦いは終わっていた。
武器を失った兵士たちは、すでに戦意を喪失しており、信じられない光景を目の当たりにしたかのように、口をだらしなく開けて目を見開いている。
アリカは持っていた槍を地面に放り投げると、彼らの上官である男に向き直る。
自分の部下たちがいとも簡単に倒されたことが信じられないのか、兜の下の強面には焦りの表情が見えた。自らを奮い立たせるためか、男は無駄に大きな声で怒声を飛ばしてくる。
「こ、この……! ただの人形ごときがっ!」
「待って下さい。なんでいきなり襲い掛かってきたんですか。理由を教えてくださいよ」
アリカにこれ以上の戦意はない。
そもそも、彼らが攻撃しなければ戦うつもりは全くないのだ。それよりも、なぜ襲い掛かってきたのか、なぜアリカを敵視するのかを彼は知りたかった。いや、知らなくてはならないと感じていた。
アリカの言葉に対し、男は一瞬目を見開いたかと思うと、みるみる内に顔が赤くなり腰元の鞘から剣を振り抜いた。
「なぜ襲い掛かってきた……だと? 理由を教えろだと? それをお前が言うのか、機人族!?」
「ちょっと……冷静に……」
「理由もなく世界を滅ぼそうとしたのはお前たちの方だろ!!」
男の言葉に、その意味に、駅前広場に静寂が訪れる。
アリカは、驚くと同時に、運営から送られてきたメールの意味を理解した。
敵対種族:なし
しかし、すべての他種族から敵と認知されている
男の言葉が正しいのであれば、機人族というのはかつて世界を滅ぼそうとした種族だ。つまり、古代に機械人族と他種族の大きな戦争があったと考えられる。それは、彼が言っていた『世界の敵』という言葉からも想像できる。
何のために? どうして世界を滅ぼそうとした?
それはアリカ自身にもわからない。
わかるわけがない。
わかるのは、機人族は、世界から恨まれ、憎まれ、恐れられる異端の種族であるということ。
友好関係のある種族など皆無であり、この世界の住人すべてがアリカの敵だということ。
アリカは、世界の敵だということ。
静まり返った広場を、アリカはぐるりと見回す。
すると、そこにいる人族全員がアリカを見ていた。
ただ見ているわけじゃない。その視線は、恐れであり、怒りを孕んでいる。
怖がり身を震わせる女もいれば、武器を抜いてこちらを睨みつけてくる男もいる。
そして、アリカと同じParadise Worldに囚われたプレイヤーたちでさえも、彼らと同様の視線を向けていた。アリカはそれに納得出来なかった。この世界で生きてきたと考えられる住人たちが、自分を恐れるのは理解できる。アリカにその気がないとしても、自分を恐れる理由はわかる。
しかし、なぜ他のプレイヤーたちも、自分たちと同じ境遇であるアリカを恐れるのだろうか。
「バンジ……さん」
まだベンチに座っているバンジにアリカは話しかける。
名前を呼ばれたバンジは、体をびくりと震わせ、腰元の鞘から短刀を出した。
その先端はアリカに向いている。しかし、恐怖で身体が震えているのか、短刀の狙いが付けられていない。
突然のバンジの凶行にアリカは戸惑い、彼に歩み寄ろうとするが、バンジが叫び出す。
「く、来るなっ……! 頼む、許してくれっ!」
「ま、待ってくださいよ……。別に僕はみんなを傷つけるようなつもりは……」
「う、嘘だっ! だって、メールには書いてあったぞ……! 敵対種族に『機人族』って! それにさっきの話を聞く限りじゃ、お前の敵対種族は全種族なんだろ!」
まるで頭を鈍器で叩かれたような衝撃が、アリカの脳内を襲った。
考えてみれば当然のことだ。
メールの文面は、『すべての他種族から敵として認知されている』であり、すべてのプレイヤーたちの敵対種族に『機人族』の名前が表記されて当たり前だ。
そのことに気付けなかったアリカは、今まで歓談していたバンジからこうして拒絶されたことに衝撃を受けていた。
たった、一通のメールで、ここまで壊れるものなのか?
人と人の絆は、こんなにも脆いものなのか?
アリカは、呆然とバンジが突き出している短刀を見る。
ベンチに座り込んでいるバンジでは、到底アリカに届くことはない。しかし、仮にバンジが怯えることがなければ、その短刀は今頃アリカの身体へ向かっていただろう。結局は、兵士たちと同様、武器が壊れる結果は変わらないが。
しかし、刺されていたのだ。
自分と同じプレイヤーから。
その意味を理解すると、アリカはこの街にいるべきではないと考える。
少なくとも、人族の街でのんびりとしているわけにはいかない。
「……バンジさん。ありがとうございました。また、どこかで会いましょう」
今は彼に敵意を向けられてはいるが、ほんの数十分前は歓談していた仲なのだ。そして、彼からアリカは多くのことを教えてもらった。アリカからしたら、バンジは面倒見の良い兄貴分に違いなかった。だからこそ感謝しており、それを言葉として伝えたかった。
しかし、彼から返ってきたのはさらなる拒絶だった。
「やめろ! やめてくれ! また会おうなんて言わないでくれ! 俺っちがお前の仲間のように思われるだろうが! 違うぞ、俺っちは人族だ……人族なんだ……っ!」
そう言うと、バンジはテスタメントからメニュー画面を開いていた。
第三者が、他人のメニュー画面を見ることは出来ない。そのため、アリカにもバンジが何をしようとしているかわからなかったが、不安があった。もしかしたら、という懸念があった。
バンジは、震える指で一心不乱にメニュー画面を操作している。
そして目当ての項目を見つけたのか、怯えつつも希望を見出したのような薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「お前とフレンドなんて、他の人族に知られたら俺っちが粛清されるかもしんねえよな……」
「……待って、お願いだから――」
アリカの言葉が終わる前に、バンジは自分の指で強く画面に触れていた。
その行動で、すべてが終了したことをアリカは知る。
胸にぽっかりと穴が空いた気がした。
せっかく出来た繋がりが、切られた。
一方的に、無残に、全てが終わったような気分だった。
なのに、なぜ、自分は。
涙を流さない?
「あ、あれ……?」
アリカはそっと自分の顔に触れる。
こんなにも絶望しているというのに、悲しい気持ちが広がっているというのに、泣き虫の自分が涙を流さないことに気づいた。それだけじゃない。ここまでの道中も、なぜ自分は泣かなかった?
身体を機械にされ、換装作業時には自分の身体をバラバラにされる光景を目の当たりにし、狼たちの吐き気を催すほどの凄惨な姿を見て、そしてこうして世界から敵視されている絶望的な状況だというのに。
なぜ、泣かない?
いや、それだけじゃない。
アリカは自問自答を続ける。
そもそも、自分は絶望しているのか? 悲しいと思っているのか?
それならば、なぜ表情も変えずに自分は平然と立っている?
以前の自分ならば、人間の身体である自分ならば、今頃は大号泣のはずだ。
この感情は……自分が知っているだけの感情だ。
この状況ならば、そう抱くであろう想像上の知識だ。
現実を見ろ、アリカ。
機械の身体に感情があるわけないじゃないか。
機械の身体に心があるわけないじゃないか。
機械が、泣くわけがないじゃないか。
絶望も、悲しみも、アリカが知っているだけの、偽物の感情だ。
実際のアリカは何も感じていない。感じられない。
悲しみも、苦しみも、怒りも、喜びも、嬉しさも。
すべては、ただの勘違いだ。
自分は、作られた人形に過ぎない。
「ふんっ!」
アリカと対面していた男が、いつの間にか正面まで肉薄し、上段から迷いなくアリカの頭めがけて剣を振り下ろしていた。それに対し、アリカは全く動じず剣をその身に受け入れる。
何本かの黒髪が切れ、アリカの周囲に舞うようにして落ちていく。
しかし、それだけだ。
周囲には金属と金属が衝突したような甲高い音が響き渡るだけで、鮮血が噴き出すようなことはない。代わりに、その衝撃を腕に受けた男の苦痛な叫びが聞こえるだけだった。
地面に倒れ、腕を抑える男をアリカは見る。
彼はまだ戦意を失ってはいなかった。腕を怪我したその身で戦えるとは思えないが、部下たちとは違い心は折れてはいなかった。顔に脂汗を浮かべつつ、男は怒りの言葉を吐き出す。
「人形ごときが……俺を、見下すな……っ!」
アリカはそれに対し何もすることはない。
それで、終わりだった。
身を翻し、アリカは街の出口へ向かって歩き出す。周りでその様子を見ていた住人やプレイヤーたちは、彼の機嫌を損ねるのを怖がったのか一目散に走り出して道を開けた。自らを畏怖して開かれた道を見ても
アリカは何も思うことはない。感じることはない。
自分が機械であることを、人間ではないことを、生きていないことを、このとき実感した。
そして、自分が嫌っていた『泣き虫の昌』が死んだことを理解し、悲しんだが、その感情さえもただの知識であることを思い出した。
アリカが思い出すのは、あの『転移宮』でイデアと名乗る女性からの質問だった。
イデアは最後にこう訊いてきた。
『あなたは、どんな自分になりたいですか?』
それに対し、アリカはこう答えた。
『簡単に泣かない、強い人になりたい』
その結果が、この身体だ。
その結果が、このざまだ。
泣くことができない、強靭な身体。
笑うことさえもできない、空っぽな身体。
アリカはこの世界のどこかにいる二人の友人を思う。
突然の事態に、二人は大丈夫だろうか。伏見はどんな状況下でも平然と笑うタフさがあるが、意外と繊細な神船は、今頃不安で仕方ないかもしれない。いや、もしかしたら自分よりも昌のことを慮り、心配しているかもしれない。
その身が安全であることをだた願う。
しかし会いたいとは思わなかった。
この温もりも感じられない機械の身体で、表情さえも変わらない人形の身体で、会いたくはなかった。
会えるわけがなかった。
二人が知っている昌という人物は、死んでしまったのだから。
機人族のアリカはたった一人で街を出た。
彼を引き留める者は、誰もいなかった。