始まりの街
アリカが辿り着いたその街は『石壁の街トーテル』という人族の街だった。
石壁というのは、その名のとおり街を囲っている三メートルほどの石の壁を指している。日本城の城郭のようなその石壁には、魔物たちの襲撃による無数の爪痕と、嵐や地震などの災害の痕跡が残っていた。しかし、どこには石壁が壊された、あるいは壊れたような痕はない。この壁が出来てから半世紀が過ぎようとしているが、一度も大破したことはないのだ。それは、強固な壁を作りあげた先人たちの知恵。そしてそれを継続して補強する町民たちの努力により為し得た偉業であるだろう。壁に残された無数の戦いの痕こそが町民たちの誇りであり、災害による損傷の痕こそが街を守った証でもある。
アリカは、その石壁にそっと手を触れる。
ただの石壁だ。特別な工夫がされているわけじゃない。
大きな岩石を砕いてできた石たちを積み、粘土をつなぎとして使われている。緻密な計算により無駄なく敷き詰められた石たちは、互いに自分たちの役割を全うして巨大な壁を造り上げていた。
恐らく、機人族であるアリカであれば、この壁を跳躍して乗り越えられるだろう。そればかりか、本気で殴れば石壁を貫通することも可能かもしれない。しかし、その石壁には、それらの行動さえを起こさせない迫力があった。無数の傷跡たちが、この壁に畏怖を感じさせ、『戦う前にその意思を折る』無敵の要塞へと変貌させていたのだった。
「圧巻だなあ……」
機械の合成音声のような声色では感情を表現しきれないが、アリカはその壁を見上げて感嘆していた。壁に手を触れつつ、アリカは石壁の端に向かって歩き出す。どうやら、石壁は街を長方形の形で囲っているらしく、アリカの視界にはその端、つまりは長方形の直角の部分が見えていた。今いる面には入口が見当たらないことから、別の面を目指すことにしたのである。
すでに目的地が見えていることから、そんなに長い時間は歩いていない。十五分ほどしたところで、アリカは石壁の端に辿り着いた。その先の景色が見えなかったこともあり、アリカは立ち止まってその光景を眺めた。
見えたのは、草原を開拓してつくられた一面の農場だった。今までの緑一色の草原とは違い、耕して出来た土色の絨毯、そしてその上には農作物たちが収穫の時期を待ち望んでいるかのように実っている。
アリカはまるで田舎に来たような、壮大な自然を堪能しつつ、壁伝いに歩き出した。
一面が農場であるが、もちろんその中には人が歩くための歩道が整備されている。一際大きい歩道の先は石壁へと繋がっており、そこにはこの街の門が見えた。石壁とは不釣り合いな大きな木の扉に、鉄で所々を補強しているようだった。
そして、門の前には二人の門兵らしき男たちが立っていた。両人とも、革で出来た鎧と兜を身に着け、その右手には簡素な鉄の槍を装備している。その装備を見て、アリカは二人が門兵であることを確信した。ならば、あの門から街へと入ることが可能だろう。
「あの、すみません」
アリカは、二人の門兵に話しかける。
声に出して感じたが、アリカの合成音声のような声色は、聞く人が聞けば不気味に感じるかもしれない。彼が訓練を積めば、まるで音声を不気味に加工したような声も出せそうだ。
この声のせいだろうか。
それとも、この異質な見た目のせいだろうか。
二人の門兵は、アリカの声に気づき、彼の姿を確認すると、目を見開いていた。
欠伸を欠いていた方など、槍を地面に落として、腰が抜けたかのように座り込んでしまっている。身体が震えているのか歯をガチガチと鳴らし、目からは涙が零れている。
もう一人は、果敢にアリカを睨みつけ、息を荒くさせながらも槍先を彼に対して向けていた。しかし、アリカが一歩前に踏み出すと、すぐにその槍を放り投げて、腰が抜けて動けない兵士を担いで街の中へと消えてしまった。
その二人の態度に、アリカは呆然とする。
どう見ても、二人は自分に対して友好的な態度ではない。
その槍先を向けることからも、敵対心は明らかだ。
腑に落ちない出来事に既視感を覚えつつも、アリカは門兵が守っていた門を見上げる。
彼らが入ったことにより、門は開いたままであり、今なら簡単に入れそうだ。
「こういうところって、よく身分証は? とか訊かれるのがお決まりなんだけど……門兵がいないんだから別に良いよね」
不思議なのは門兵たちのあの怯えようだったが、アリカは深く考えず、街の中へと足を踏み入れた。
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アリカは石畳で出来た道を歩きつつ、街の建物などを眺めて回っていた。石壁を造り上げ、そしてそれを守ってきた石工の技術力は高いのだろう。ほとんどの建物が煉瓦で造られており、中世の雰囲気を感じさせる街並みだった。しかし、至るところに街灯と思われるランプが設置されていることから、一定以上の科学水準は存在しているようだ。中世の古き良き景色に、少し進んだ科学技術が取り入れらた世界……と、いったところだろうか。当たり前ではあるが、アリカのような進み過ぎたテクノロジーは存在していない。それだけでも、アリカは自分が異質な存在であることを再認識した。
「それにしても……やっぱり気になるな」
それは、アリカに向けられる視線だった。
道すがら会う人たちは、皆あの兵士のように怯えた態度を取るのだった。かなりひどい人だと、その場で失神した老人もいる。アリカは、新型のフルダイブゲームデバイスによる豊富なNPCの反応を楽しみたかったが、それが自分を怯えているような態度では素直に楽しめない。
ここで考えるのは、やはり『機人族』という種族についてだろう。
アリカは、町民たちの怯える態度は、自分が機人族だからではないか、という仮説を立てた。
というより、それしか考えられなかった。
人族から怯えられているとすれば、機人族は人族と敵対する種族なのかもしれない。そう考えると、アリカは現在武器を持たずに敵地に入りこんでる状況であり、危ない立ち位置といえる。しかし、まだ別の可能性はあった。それは、アリカが魔物と思われているかもしれない……ということだ。金属特有の、メタリックな輝きを放つ四肢は、鎧には見えず、そして人にも見えない。仮に機人族が少数しかいないレア種族ならば、初めて見た人々は魔物と勘違いしてもおかしくはないだろう。
しばらくアリカは考えていたが、やはりわからないことが多いために結論を出せずにいた。せっかくのファンタジー世界の建物を素直に味わえないことを残念に思っていると、大きな広場に出た。
テニスコートが四つは入るであろうその空間の中心には、大きな石の柱が見える。その柱を中心にして、円状に建物が広がっているようだ。喫茶店や宿屋、されには武器屋や防具屋などの商売店が多くある。そしてアリカから見て、柱の奥にある階段の先には、駅のような建物も見えた。
「なるほど、駅前広場……という感じだね」
駅があるということは、おそらく蒸気機関車も存在しているのだろう。つまり、人族のプレイヤーたちは、この機関車を使って次の街へと移動できるわけだ。
アリカは、広場に出て駅の周囲を探索したかったが、自分が怯えられていることを思い出した。現状では、町民に話を聞くことすら難しいだろう。
やはり機人族は不遇種族ではないだろうか、と思考放棄しかけているところで、声を掛けられた。
「ちょっ! あんた、なんだよその姿! めっちゃカッコいいな!」
「え? あ、あの……」
「声も機械っぽい! なあなあ、あんたの種族なんて言うんだよ? それって多分レア種族だろ? ていうか、男か女かわかんねえな! 個人的には女だとめっちゃ嬉しいんですけど!」
アリカは、一人で盛り上がっているその男を見る。
初期装備と思わわれる簡素な布の服装に、腰には短刀が収まっている。身長はアリカよりもやや高い。百七十五センチくらいだろう。そこまでは普通だ。しかし、目立つのはその髪型と顔だった。黒い髪をオールバックにまとめており、その額から後頭部にかけて稲妻のような黄色のラインが複数本走っていた。毛髪が黒いのであれば、他の毛も黒いと思いきや、眉毛や睫毛はすべて黄色だった。瞳はするどく吊り上がっており、大きな口から見える歯はするどく尖っていた。
「……獣人族?」
「残念! こんなんだけど、俺っちはれっきとした人族さ! さいっこうに、クールでファンキーでパッション溢れるダンディな見た目だろ!」
「ごめん、よくわかんないよ……」
オッケーオッケー! ノープロブレムさ!
そう言って、その男はアリカの肩を叩く。しかし、それは鋼鉄を叩いたと同義であり、すぐに手の痺れと痛みに悶えていた。
「うおお……なるほど、本当に金属なわけか。いってえ……」
「だ、大丈夫ですか……えと…」
「ん? ああ、俺っちの名前はバンジ。棒棒鶏が大好物の粋な男さ。お前は?」
「僕は……アリカって言います。よろしくお願いしますバンジさん」
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バンジは、アリカと同じParadise Worldに参加するプレイヤーだった。
こうして会えたのも何かの縁だと感じ、アリカはバンジに情報交換を提案した。
どうやらバンジとしても、アリカの種族について訊きたいことは多かったらしく、そしてそのために話しかけた一面もあったことから、二つ返事で「オッケイ!」と了承した。
二人は、駅前広場にあるベンチに座って会話していた。
まず話題に挙がったのはこの街についてだった。
どうやらここは、人族のプレイヤーがゲームを始める最初の街らしい。石壁による防護壁によって、街にいれば魔物に襲われる心配もなく、周囲のフィールドの魔物も初心者向けの弱い個体が多いらしい。さらには機関車が通っていることから、物流に関しても優れてりるため、まさに始まりの街として適しているだろう。
「そういうことだな。大体の奴はここでレベル上げをしてから、機関車を使って王都へ向かうと思うぜ。そういう俺っちも、今日はレベル上げに邁進してきたっつーわけよ!」
「なるほど……。ああ、そういえば……このゲームって十八禁でしたっけ? 僕も狼と戦闘したんですけど……その、結構グロテスクで…」
アリカの言葉に、バンジも頷く。心なしか顔が青ざめていることから、その短刀で魔物を突き刺したときの感覚を思い出してしまったのだろう。
「ああ。確かに現実と同じくらいにリアルな血と肉の感触だったな。俺っちも、このゲームにそんな要素があるとは思ってなかったぜ。そればかりか、ステータスは見えない。体力バーも見えない。わかるのはスキルの説明とアイテムだけ! 初日して問題の山積みだぜ、こいつはよ」
どうやら、アリカが体験した不具合は他のプレイヤーにも起きていることらしい。自分だけでないことに安堵しつつも、現在の状況についてバンジと確認し合った。
やはり、ステータスと体力、それに加えてログアウトのボタンが見えないらしい。しかし、バンジはそれに関しては違和感があると言う。
「メニュー画面見たらわかると思うけどよ。明らかにログアウトのスペースを考えたインタフェースじゃねえのよ」
そう言われて、アリカはテスタメントに触れてメニュー画面を呼び出す。
円環状に六つの円が並べられており、その配置のバランスは整っている。逆に言えば、そこに他の円が入るような余分なスペースは無いということだ。
「確かに……。言われてみればそうですね」
「だろ? 設定とか開いても同じように、ログアウトの欄なんて最初から考えてねえつくりをしてるんだよ。これは明らかにおかしい。……脅すつもりはねえが、脱出不可能なデスゲームの可能性もワンチャンあるぜ」
それは、一度アリカが考えたことだ。
しかしテスタメントに、人体を仮想世界に縛る鎖は備えられていない。そればかりか、安全性を重視して、長時間の遊んでいるプレイヤーに対して警告し、強制ネット遮断を行う機能もあるくらいだ。それならば、デスゲームは成立しない。
「知ってるって。だから、ワンチャンあるって話だよ。もしかしたらの話。イフだよ、イフの話。デスゲームなんてまっぴら御免だぜ。……それより、そろそろあんたの種族の話について聞かせろよ。それ、レア種族なんだろ?」
バンジはにやりと笑いつつ、声を潜めて問いかけてくる。
別に悪い話をしているわけではないが、相手の声が小さくなると自然とアリカの声も小さくなる。なぜだか、悪い秘密を共有しているような変な連帯感が生まれると同じようなものだ。
「種族名はなんていうんだよ?」
「『機人族』……だそうです。文字通り、機械の身体ですよ」
「へえ……確かに人族、魔人族、獣人族、水人族、妖人族の五大種族のどれにも当てはまらねえ、レア種族ってわけだ。一体、どうしたらそれを引き当てられるんだよ? やっぱり運なのか? ランダムなのか? 参考までに質問なんて答えたから教えろよ」
「覚えてませんよ。途中までは人族を狙ってそれらしい質問を答えていたんですけど、途中から面倒くさくなって……。気づいたらこの身体です。言っておきますけど、お勧めしませんよ。色々と不都合が多いんです」
不都合?
アリカの発した単語に、バンジは首を傾げる。
レア種族とは、その稀少価値ゆえに突出したスキルやステータスを持っていると思われがちだが、ゲームバランスのせいか思いがけないハンディキャップを背負っているものだ。
機人族は、スキルが全く成長しないという大きなハンディキャップを背負っている。
つまり、今後キャラクターを育成するには装備を変えるくらいしか方法が無いのだ。
しかもその装備についても、機人族特有の武具でないと装備できないという縛りがある。機人族にとっての防具とは、その身体のパーツそのものだ。つまり、アリカは自分の身体を換装することでしか強くなれないのだ。
アリカがこのことに気づいたのは、森の中を歩いていたときのことである。
これは機人族の今後を左右する重大な弱点であり、簡単に教えてはならないものだと判断した。そのため、バンジに対してもスキル成長しないことは全く教えていない。代わりに、自分は森の基地から来たことを伝えた。
「なるほど。その設定から考えるに、機人族ってのは古代の超文明の遺産ってところだな。いいねえ。ファンタジーの世界に、まさかの近代兵器を投入してくるとは! いや、近代兵器っていうより、未来兵器になるのか?」
「さあ? まだわからないことが多いんですよ。ひとまず、自分のことに関しては一度基地に戻って調べてみようと思います」
一瞬、バンジも同行したいと言い出すかとアリカは思ったが、バンジは「いいねえ。やっぱり探索はゲームの基本だぜ」と笑うだけだった。どうやら、一応アリカのレア種族としての立ち位置を理解してくれているようだった。基地の内部の情報を知られたら、機人族にとってマイナスなことがあるかもしれない。それは、アリカだけでなく他の機人族にも迷惑がかかる行為だ。バンジはそれがわかっているからこそ、同行を言い出さなかったのだ。
そこで、アリカは気づく。
他の機人族?
自分以外の機人族は、一体どこにいるのだろうか。
基地には、自分以外はいなかったように思える。としたら、他の基地?
「バンジさん。人族はみんなこの街からゲームを始めるんですか?」
「んん? いや、なんでも王都に続く駅がある四つの街にランダムに割り振られるらしいぜ。人族はプレイヤー人口も一番多いって噂だからな。ひとつの街にそんなにプレイヤーが集まったら、それこそ処理落ちすんだろうぜ」
バンジの言うことは最もだろう。
機人族はレア種族であるために、その個体数は限りなく低いと予想される。しかし、自分のいた西部第三基地に他のプレイヤーがいないことから、アリカ以外の機人族プレイヤーは別の基地で目覚めた可能性が高い。出来れば他の機人族と早く合流したいが、それを可能にする手段が今のアリカにはなかった。
現実世界に戻り、ネットの掲示板を見れば呼びかけることも可能であるが、ゲームの中にいるアリカには到底無理な話だ。
その後も、アリカとバンジは情報交換を続けた。魔物の出現分布であったり、効率の良い狩り方であったり、装備の種類などについてだ。その中でも有用なのは、アクセサリはすべての種族が装備可能なものが多いという情報だ。つまり、それは装備が限定されている機人族にとっては、自分のスキルを手軽に変更できる数少ない方法のひとつになるだろう。
容姿と異なり、バンジはかなりお人好しな性格だった。
いや、単純にお喋り好きな男なだけかもしれない。
すでに情報交換ではなく、単純に雑談へと発展したところで、バンジが唐突に言い出した。
「よし、ここで出会ったのも何かの縁だ。俺っちとフレンド登録しようぜ、アリカ!」
「そうですね。よろしくお願いします」
二人はテスタメントのメニュー画面を開き、メールボックスを表示させる。そして、互いのフレンドコードを教え合うと、メールボックスのアドレス欄に互いのキャラクターネームが表示された。これで、フレンド登録は終了となり、あとはメールを利用して自由に連絡を取り合うことが可能になる。
「さて、それじゃ……」
と、アリカが基地に戻ろうかと立ち上がったところで。
テスタメントに一段と強い光が灯った。