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Paradise World ~涙を求めて~  作者: 真空
アリカの旅立ち
2/19

転移宮

 その日は朝から落ち着かなかった。

 恐らく、昌だけでなく仁や神船の方も興奮しているだろう。

 もしかしたら、Paradise Worldのサービス開始は正午からだというのに、すでに新型のフルダイブゲームデバイスを装着して待っているのかもしれない。


 昌は、数日前に三人そろって購入した新型のフルダイブゲームデバイスを手に取る。

 従来のヘッドギアタイプから改良を重ね、アクセサリタイプへと軽量化を果たしたそれは、簡単にいえばネックレスのようなものだった。恐らく、本体はその円柱状の結晶だろう。単三電池のような大きさである半透明の結晶の上部には金色の装飾がなされている。そして装飾の中心、つまりは円柱の上面にはスイッチのような突起があり、他にらしきものがないことからそれがデバイスのメインスイッチであると判断できた。さらに半透明の水晶の中に注目すれば、粗く削られた青い宝石のような物体が埋め込まれているのが見える。それが何を担っているか昌には想像出来ないが、最新技術のものであることに変わりはないため丁寧に取り扱おうと心に決めた。円柱の尻、つまり下部は捻ることで、ネットや外部機器と接続するためのインタフェースを露出させることが可能である。一目見れば、まるで魔術道具のようにも見えなくはないが、その部分を見ると科学技術により作られた物であると認識してしまう。また、円柱の結晶には鎖が取り付けられており、それを首に掛けて結晶を胸元に置くことで装着が完了する。


 この新型フルダイブゲームデバイスは【テスタメント】という名前だった。


 購入した日から昌は何度もテスタメントを装着していた。

 ネックレスを眺めては、これから始まる冒険に心臓が高鳴ってしまい、小さなこどものようにはしゃいでしまう。すでにParadise Worldのソフトウェアはテスタメントにダウンロード済みであり、アクティベーションによる認証も完了している。


 つまり、あとはサービス開始を待つだけなのだ。


 昌は時計の針を見る。時刻は十一時五十分。

 正午からのサービス開始であるため、そろそろ準備が必要だろう。

 昌は慣れた手つきでテスタメントを装着すると、プレイ中に身体に負担がかからないようにベッドに仰向きになる。


 枕元にある時計を見れば、もう正午まで五分といったところだ。


 不思議な緊張感を昌は感じていた。

 この身体を離れて、仮想空間の仮の身体で一体どのような冒険をするのか。

 Paradise Worldの世界には何が待っているのか。


 期待を胸に、昌はテスタメントのスイッチを入れた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 目を開けるとそこは不思議な空間だった。

 昌が辺りを見回すと、空だけでなく自分を取り巻く空間すべてに小さな星が見えた。まるで宇宙の中に立っているような感覚に戸惑うと同時に、これが新型のゲームエンジンが実現したというリアルな世界か、と感嘆する。


 闇の世界に輝く白い光たち。

 その空間に昌はひとりきりだ。

 そう考えると急に昌は心細くなる。

 もしこれが突発的に起こった……そう、異世界への転移などであったら、今ごろ昌は恐怖のあまりに泣き出していただろう。 これがゲームであるからこそ、フィクションの世界であるからこそ、平常心を保てているのだ。


 しばらくその幻想的な光景に見蕩れていたが、遠くに何やら建物があるのことに気づいた。

 まるで古代の神殿のような姿をしており、浮いている地面に白い柱が何本か建っているのが見える。その奥にも何か見えるが、ここからでは判断できない。


 昌は、何もない空間に立っている。確かに足場は感じるが、下を見ても星が光瞬いている様子しか確認できない。試に一歩踏み出してみると、足裏に確かな地面を感じる。どうやら自分が歩いた場所に足場できるようであり、昌はゆっくりと前方へと歩み出した。


 数分して、昌はその建物の前までたどり着いた。

 神殿という表現は正しい……というより、事実それは古い神殿であった。

 何もない足場から、確かな石段へと足を打つし、昌は神殿内へと進んでいった。

 石段を登り終われば、そこはプラネタリウムのようなドームに囲まれた広場があった。しかし、何本かの柱は折れ、頭上を覆っていたであろう天井も半壊しており、物寂しい雰囲気がそこにはあった。それと同時に、周囲の宇宙のような幻想的な光景と調和し、神聖さを感じることもできた。


 昌がドームの中心部まで歩みを進めると、その床には魔法陣のような紋様が描かれていることに気づく。そういったオカルトの知識には詳しくない昌だが、それが明らかに中心に立っている自分に何らかの影響を与えることはわかっていた。急いで離れようとした瞬間には、すでに昌は魔法陣の光の中に吸い込まれていた。


「な、なにが起きて……」


 昌は、足元から噴き出す猛烈な光の奔流の中にいた。自分の姿を認識できないほどに眩しく、そればかりか身体が自由に動くことができない。あの魔法陣は何かの罠だったのか? と自分の軽率な行いに後悔する昌であったが、その憂慮はすぐに拭い消える。


『私の声が聞こえますか?』


 昌は、その声を正しく聞き取ることが出来ていた。

 耳に届いたはずなのに、なぜか脳内からも聞こえてくるような、自分の中でリフレインしているような妙な声だった。女性らしきその声は、再び昌に問いかけてくる。


『私の声が聞こえますか?』

「あ、はい。聞こえています」


 同じ言葉を繰り返した彼女に対し、昌は返事をした。

 あの魔法陣に立ち、この光の中で彼女の声を聴くまでが一連のイベントだったことがわかり、昌はほっとした。取り返しのつかないミスだったらどうしようかと、せっかくの新しい冒険が前途多難になってしまう、と身構えていたのだ。


 光の中に立つ昌のもとに、再び女性の声が聞こえてくる。


『良かった。聞こえているのですね? 私の名前はイデア。この転移宮にて、あなた達を新しい世界へと誘う役割を任されております』


 イデアと名乗ったその声の言葉を聞き、これはキャラクタークリエイトのイベントであることを知る。仮想世界での自分自身の分身を創るために必要な演出なのだ。

 近年は、キャラクターをつくる意味を与えてくれないゲームが多く、キャラクタークリエイトが終わったらすぐに冒険という流れが多い。昌としては、仮想世界に没入するためにも、こういった設定やシナリオを嬉しく感じていた。それと同時に、緊張もする。何せ、このParadise Worldのキャラクタークリエイトは種族・容姿ともに完璧にランダムなのだ。これから長年の相棒になるわけなのだから、自分でも気に入るようなキャラクターが好ましいのは当たり前だろう。


『それでは、まずはあなたの名前を教えてください』


 イデアの声に従い、昌は自分の名前を言おうとする。

 しかし、これはあくまでも仮想世界での名前を言っているのだ。前のゲームでは安直に昌を音読みにした「ショウ」にしていたが、せっかくなので少し趣向を凝らしてみることにした。一分ほど考えた結果、昌は自分の新しい名前をイデアに対して告げた。


「アリカ。僕の名前はアリカです」

『アリカ様ですね? 間違いはありませんか?』


 確認するイデアに対して、昌は間違いないと答えた。

 この瞬間から昌は『アリカ』となった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 そこからが長かった。

 すぐにランダムでキャラクターを創られるのかと思いきや、始まったのは『イデアが訊きたい百の質問』だった。どうやらβから仕様が変わり、質問に対する返答によってキャラクターの種族が変わるようだった。だとすれば、なりたい種族を狙うことも可能であるが、百もある質問に対していちいち考えるのは骨が折れる作業だろう。


「き、きつくなってきた……」


 アリカは、イデアからの質問に答えつつもそう呟いていた。

 当初は○か×の二択であったが、回数を重ねるごとに三択、四択、そして五択へと増えていった。質問が始まったばかりであった頃は、質問から狙いである『人族』になるための回答を慎重に考えていたが、五十を越えたあたりで馬鹿らしくなった。それに質問自体も、胡散臭い性格診断テストのように内容がない薄っぺらい質問ばかりなのだ。例えば『休日はどう過ごす?』『インドア派? アウトドア派?』『好きなスポーツは?』『好きな教科は?』『人には言えない性的思考がある?』などのようなものだ。到底、種族を決定づけるような重要な質問があるようには思えない。そのため、アリカは途中からは自分が思ったことを即座に口に出すことにしていた。正直のところ、さっさとキャラクタークリエイトを終わらせて、Paradise Warldで遊びたいのが本音だった。


『それでは最後の質問です』


 イデアのその言葉に、アリカは思わず「えっ」と驚きの声を漏らしてしまう。

 どうやら何時の間にか99問答え終わっていたらしく、自分が投げやり過ぎたことを反省していた。そのため、アリカは最後の質問くらいはきちんと考えようと思った。


 イデアの最後の問いかけは次のようなものだった。


『あなたは、どんな自分になりたいですか?』


 それは。

 それは、まさに種族選択を左右するような重要な質問であると考えられる。すでに五択ではなく、自由な回答が許されている中、アリカが口に出したのは自分の素直な願望だった。


「簡単に泣かない、強い人になりたい」


 そもそも、彼がVRMMOを始めた契機は、現実世界とは違う人物になれることに興味をもったからだ。泣き虫な自分が嫌いだったアリカは、仮想世界という仮初の空間であるならば、強くて泣かない自分になれるかもしれないと考えた。まるで物語の中に出てくる勇者のように、勇敢に戦う男になれるのではないかと、夢を視たのだ。

 結局のところ、泣き虫は変わらなかった。むしろ、現実よりも感情を直接的に表現してしまう仮想世界では、彼の泣き癖は増長したようなものだった。それでも、彼がゲームを止めなかったのは、自分でもできることを見つけたからだ。泣き虫で無能な現実とは違い、泣き虫だけどだ確かに必要にされるその世界に、アリカは自分の存在意義を見つけることができたのだ。それが悪いことなのか、それとも善いことなのかは彼自身もわかってはいない。


 アリカの端的な答えに、イデアは柔らかい声色で語りかけてきた。


『ありがとうございました。私にあなたという人格がわかったような気がします。それでは、あなたが新しい世界で生きていく上で、最も相応しいと考えられる現身を与えましょう』


 アリカの足元から突風のように立ち上る光たちの輝きが増し、ピンポン玉のような光球が成形されていく。それは、徐々にアリカの身体を包み込んでいき、ついには彼は光の泡に包まれてその姿を消してしまった。何も抵抗することはできず、何も言うことはできず、ただ為されるがままだった。


 地面が足から離れる感覚とともに、アリカは浮遊感に包まれていることに気づく。すでに上下左右はわからず、自分が天を仰いでいるのか、地面に俯いているのか判別することはできない。それと同時に、何かに引っ張られているように、身体が宙を漂っていることに気づいた。

 恐らく、キャラクタークリエイトが終了し、ゲームの本編が始まるということだろう。まるで全身が分割されるかのように、多方向にバラバラに引っ張られる不気味な感覚が全身を襲う。しかし、アリカはわくわくしていた。泣きもしないで、アリカはその不気味な感覚すら新しい経験だと捉えていた。そして、次第に眠くなるように瞼が重くなり、意識が混濁していく。


 遠のいていく意識の陰で、イデアの呟くような声が聞こえてきた。


『あなた達が望む世界で、あなた達が感じられるままを生きてください』

『我々は、あなた達のためにその世界を創りました』

『すべては、あなた達の望み通りに――』


 まるで祈りのような、独白のような言葉にアリカは疑問を感じるも、思考する能力はすでに失われ、アリカは深い意識の海に沈んでいった。


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