ショッピングの時間
「改めて、私の名前はエトワールと申します」
アリカとエトワールと名乗った少女は、トーテルのとある喫茶店に来ていた。
来ていた……というより、エトワールがあの場からアリカを連れて来たという表現が正しい。情緒不安定なこの少女は、恍惚な表情だと思った次の瞬間には、立ち上がってアリカの手を引いていた。楽しくて嬉しくて堪らないといったその表情は、アリカを震え上がらせるほどに恐ろしいものだった。
優雅にお茶を嗜んでいるエトワールではあるが、つい数分前までは店を半壊させ、倒れていた男に追撃しようとしていた女なのだ。どうぞと言われてお茶を差し出されるが、そんな女の前で心休まるひと時にはなりもしない。そもそも、お茶を飲めるような身体でもないが。
「それで、その……あなたのお名前は?」
エトワールは、緊張した顔つきでアリカに訊いてくる。
何を考えているかわからない少女であるが、反抗すればあの男のような目に遭うと思うと逃げ出すわけにもいかない。
「アリカ……アリカっていいます」
アリカがそう言うと、エトワールはまた満面の笑みを見せる。
両拳を胸の前で握り、何度も力を込めている様子は、何かに感動しているようにも見える。
「アリカ……そう、アリカさんと言うのですね」
「あ、あの……僕の方が年下だと思いますし、敬語じゃなくても……」
「気にしないで下さい。これは癖のようなものです。それよりも……アリカさんはこんな辺鄙な街で何を? 見たところ、私たちと同じプレイヤーのようですし」
そう言って、エトワールはローブの下から証を出してアリカに見せてくる。アリカは外套の上に証を露出しているため、エトワールはすぐにわかったようだ。
「さらに、初心者のようですね」
「? ……たしかに、そうなんだけど……よくわかったね」
アリカはParadise Worldのサービス直後にログインしたにも関わらず、実際にはまだプレイ三日目だ。三十日という長い期間に起きた出来事を知らなければ、この世界での常識や生き方を知らない。まだ初心者と何も変わらない、スタートラインに立ったも同然の立ち位置だった。
エトワールは、今度は得意げな顔をしながらアリカに語る。
「ええ、証を隠さずに露出させているなんて危険過ぎますからね。すぐに、初心者だとわかります。証は、道具と同じように他人に奪われることもありますから、隠すのが基本です。覚えておいて下さい」
「そうなんだ。ありがとう、助かったよ」
アリカがそう言うと、エトワールはまた恍惚な表情を見せる。
「はあ~……。可愛いです……。まるでお人形のようです……」
アリカは、エトワールが何に対して可愛いと言っているのかは気づいている。
それは彼女に視線や反応を見ればわかることだ。エトワールはアリカの顔を見て、『可愛い』と悶えているのだ。それこそ、彼女の手元にクッションなどがあれば、それを引き裂くほどに握りしめるくらいに。
アリカ自身にはわからないが、彼の幼い顔はたしかに可愛らしい。それだけに、目立つ容姿ともいえる。こうして容姿を褒められるのに悪い気はしないが、アリカは再びフードを深く被った。
「ああっ!? ……残念です。そんなに可愛いのに、なぜフードなんて被っているんですか?」
「えっ? あっと……それは、あまり顔を人に見られたくなくて……」
嘘は吐いていない。
目立つ容姿だと理解しているからこそ、アリカはフードを被っていたのだ。今のアリカは、最初に比べてまるで別人のような容姿だ。そのため、アリカの顔だけを見て、彼が以前にこの街に訪れた機人族だと判別できるような者はいないだろう。しかし、今後のことを考えればできるだけ人目につくような行動は避けるべきなのだ。そして、自分が目立つ顔をしている理解しているならば、尚更隠しておく必要がある。
そんなアリカの心中などエトワールは知る由もないが、「なるほど、美少女に生まれた宿命ということですね」と壮大な勘違いをしていた。アリカが少女という点も含めてだが。
「それにしても、自分で言ってなんですが初心者とは驚きですね。先ほどの弓の腕前からして、かなり強者のような印象を受けましたが……それなのに、こんなゲーム開始の街にいて……」
エトワールは、フードの奥のアリカの顔を覗きつつ怪訝な顔をしていた。アリカの機転がきけば、現在の彼の境遇を上手く誤魔化せるような作り話が出来るのだが、アリカはそこまで器用ではない。そのため、とっさに話題を変えるしか思いつかなかった。
「えっと、エトワールさんはなんでこの街に?」
「え? ああ、私ですか? ちょっとしたお遣いですよ。私は普段は『首都パラディミス』に住んでいます。アリカさんは?」
「ぼ、僕は……自分の家はない……です」
それはかなり勇気が必要な発言だった。
もしかしたら、自分の家を持つことがプレイヤー間では当たり前のことかもしれないからだ。ここで、不用意な発言によってさらに怪しまれるのは避けておきたい。アリカはエトワールの反応を待つと、なんと彼女は泣き出していた。
「そ、その歳で……ずっと一人で……! 辛かったですよね。寂しかったですよね。いきなりこんな世界に連れて来られて……それで帰れないなんて……!」
「え? あ、いや別に……」
黄色いローブの袖で涙を拭い、エトワールは言う。
「アリカさんは、私が責任を持って護ります!」
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何がどうしてこうなったかわからないが、アリカはエトワールと供にトーテルの街を歩いていた。何でも、アリカを一人にするわけにはいかないと言い張り、仕方なく二人でショッピングとなったのだ。
「え、あの……僕は別に一人でも……」
「何を言ってるんですか!? あなたみたいな小さな少女が、たった一人でこんな残酷な世界を生きていけるわけがありませんよ!」
見た目がまだ十三歳の子供に説教をされ、アリカは戸惑う。
どうやらエトワールの中では、すでにアリカを護衛することが決まっているらしい。
その気になれば、全速力で走りエトワールの束縛から逃げ出すことも可能であるが、彼女の今までの様子から考えるに、恐らくはアリカを探し出し始めるだろう。それは、恐らく街中を駆け巡り、アリカの名前を叫ぶほどに慌ただしい捜索となる。見つからない自信はあるが、それではアリカの名前が悪目立ちする結果となる。
「あ、そういえば、アリカさん。何か欲しいものはありますか?」
「え? 欲しいもの?」
「はい。どうやら、何かを探している様子でしたので……良かったら私がこの街を案内しますよ?」
隣を歩くエトワールが、覗き込むようにして訊いてくる。
そして、逃げ出せないもうひとつの理由が、彼女からの厚意だった。出会って一日も経っていないというのに、エトワールは何かと世話を焼きたがるのだ。アリカにとっては、それがうざったいわけでもなく、むしろ知らないことを色々と教えられて助かったのが事実だ。そのため、そんな彼女を裏切るような行為をするのは、アリカにとっては心苦しいことだった。
勿論、本当に心苦しいわけではないが。
エトワールの提案に対し、アリカは答える。
「欲しいもの……。えっと、この近辺の地図と……あと、弓矢を補充したいかな?」
「地図ですか? それならば、書店へ寄りましょうか」
アリカは、エトワールの案内により最寄りの書店に辿り着いた。
中に這入れば、そこは書店というよりは、古本屋といった方が正しいくらいに古めかしい本で溢れていた。天井にまで届きそうな本棚が所狭しと並べられており、それに収まり切らない本たちが床に平積みされている。そもそも店自体が狭いために、そこはただ本が並べられている書庫のような場所だった。灯りは無く、入り口からの光だけしか光源がないために店内は薄暗い。加えて、埃が積もっていることから不衛生な印象が拭えなかった。
「……ふふ。汚いとか思いました?」
「い、いえ。でも……なんというか、すごいファンタジーな感じがしますね」
並べられている本を見れば、『火炎魔術の基本』や『魔物図鑑』というタイトルが背表紙に書かれている。その他にも、現実世界には売られていない本が多くある。アリカは、積み上げられた本により狭くなっている通路を通りつつ、気になる本を手に取って軽く読んでみる。
すると、頭の中にレイヴンの音声が流れた。
『視覚情報より書籍データの保存を開始』
「え?」
アリカは、突然のレイヴンの案内に呆気に取られる。
軽く読むといっても、それはページをただ捲るだけの動作であり文字として読んだ文章などほんの少ししかない。しかし、レイヴンの優れた知覚では、それだけでも十分に『読書』になっているようだった。
「アリカさん、地図はこっちにあるようですよ?」
エトワールが本棚の陰から現れて、アリカに告げる。
慌てて読んでいた本を本棚に戻すと、露出していた手を外套の中に隠した。それと同時に、レイヴンの声が聞こえる。
『……〈始めてみよう! 楽しい裁縫生活 第一巻〉の全データの保存を確認。開きますか?』
「今はいいです……」
レイヴンへの指示は肉声である必要がある。機械音声であるアリカの声が肉声というのはおかしいかもしれないが、とにかく音声指示が基本だ。可能な限り小さな声でレイヴンに指示したつもりが、どうやらエトワールに聞こえてしまったらしい。
「何か言いましたか?」
「い、いや? 何も言ってないよ? それよりも、地図はどこ?」
またしても怪訝な顔をするエトワールではあるが、アリカに地図が置かれている場所を示す。本棚に並べられているわけではなく、筒のような入れ物に丸めて入っているようだ。アリカは、そこからレイヴンに保存されている『ヒューミ大陸西部』とほぼ同じ範囲の地図を探した。幸いなことに、地方ごとに分けられているためにすぐに見つけることができた。
「目当ての物はありましたか?」
「うん。あったよ。ありがとうエトワール」
「あ、ありがとうだなんて……。私は当然のことをしたまでですよ……」
アリカは、顔を紅潮させて身体をくねくねさせているエトワールを放置し、カウンターで銅像のように微動だにしない老婆に地図の代金を支払った。
ちなみに、アリカの所持金は多くは無い。森で狼たちを倒したことによる報酬と、森で死んでいた少女の所持金の一部を拾ったのみだ。基地で遭遇した機獣たちは、倒しても報酬金が貰えず、代わりにドロップするアイテムが豊富なだけだった。それらのアイテムを売却すればそれなりの金額になるだろうが、果たしてそのような機械部品が売れるかどうかもわからない。そのため、計画的に買い物をする必要がある。
書店を後にし、次にエトワールは武器屋へと案内を始めた。
目的は、アリカの弓矢の補充だ。
「アリカさん? 別にあなたが戦う必要はないんですよ? 私が護りますから……」
「いや……護られているだけの僕は、嫌なんだ。少しでも、強くなりたい」
そもそも、アリカが機人族となったのは、懐かしき転移宮にて『強くなりたい』と願ったからだ。その思いに偽りはなく、この身体になった今でも誰かに護られる存在ではなく、誰かを護れる強さが欲しいと思っている。
アリカの言葉を聞いたエトワールは、まだ苦い顔をしたままだ。
歯切れが悪いことから、言葉を選んで話していることがわかる。
「しかし……それでも、弓はおすすめしませんよ?」
「え? どうして?」
少し、迷ったような表情を見せるが、アリカの真直ぐな瞳を見て、何かを諦めたのかエトワールは話し始めた。
「弓は、単純に火力が低いです。それに、弓矢が尽きれば戦力としては……その、足手まといにしかなりません。対人戦においても、矢を番えて放つという動作は致命的なスキでしかありませんからね。私たちの間でも、全く人気のない武器です」
エトワールが言ったことは、実のところ正しい。
戦闘において弓が優れている点は、『遠距離から攻撃ができること』その一点に尽きる。さらに、戦闘はすべてプレイヤースキルに左右され、ゲームシステムによる補助は存在しない。つまり、弓を番い、狙い、そして目標に命中するかはすべて使い手の実力次第なのだ。そして、敵に対して効果的なダメージを与えるには、的確に弱点に命中させていくしかない。仮に頭部や心臓に命中すれば、一撃で屠ることも可能であろうが、常に動き回る戦闘中にそれを実現させるのはやはり困難であるといえる。
「魔人族や妖人族であれば、〈魔弓〉といわれる武器を装備できると聞いたことがあります。それは、魔力を矢の弾丸として放つ武器らしく、火力は普通の弓と段違いだそうです。それにですね……ぶっちゃけますと、遠距離攻撃なんて魔術があれば十分なんですよ」
それも、正しい。
魔力を消費する魔術ではあるが、その火力と効果範囲は弓とは比べ程にもならない。遠距離からの攻撃を行う状況を考えれば、それはつまり奇襲や一方的な蹂躙が狙いだ。魔術であれば、どちらにおいても十分な戦果を期待できるだろう。
これらの理由により、『弓は弱い』というレッテルを貼られている。
そのため、人気が無く、射手の人数もごく僅かなもの好きしかいないという状況だ。
「そっか。そうなんだ」
「はい。……あっ! そうです! これを機に、アリカさんも私と同じ魔術師に――」
「ごめんね。でも、僕は弓でいい」
それは、もちろん、彼女が相棒だからという理由もある。
彼女を手放しては、アリカ自身では何もできない。
それでも、アリカはレイヴンで戦うことを第一に考えており、それは彼なりの理由もあった。
その後も、エトワールは何度も自分と同じ(どうやらここが重要らしい)魔術師になるように勧めるが、アリカは首を縦に振ることはなかった。少々暴走的な一面があるエトワールだが、アリカに対して無理強いすることはない。最後には彼女が折れて、予定通り武器屋へと行くことになった。
武器屋での買物はすぐに終わった。
エトワールの行きつけの店に行き、レイヴンの射出に耐えれる強度の矢を探した。
レイヴンとともに置かれていた弓矢〈鴉爪〉は、圧倒的な威力と貫通力を誇るが、その数は少ない。先ほど、エトワールの魔術を消し飛ばして、一本が消失したために、残りは七本しかないのが現状だ。可能な限り戦闘は回避するが、魔物が世界を闊歩し、種族間での闘争が尽きないこの世界では、それは厳しいとアリカは考えていた。故に、威力は大きく低下するが〈鴉爪〉の代替品を購入しておく必要がある。エトワールの説明通り、弓矢が尽きれば戦えないのもまた事実なのだから。
アリカは狼の戦闘で得た素材を全て売り払い、〈合金の矢〉を二十本購入した。
鏃が合金で鍛えられた弓矢であり、通常よりも高い攻撃力を有している。〈鴉爪〉に比べれば強度は落ちるが、ゲームが始まるこの街では一番高価な弓矢である。背中の相棒に確認したところ、これならばレイヴンの弓矢としても利用可能であるらしい。
「二十本じゃ絶対足りませんよ……。私が出しますから、せめて五十本は持っててください」
「え? いや、そこまでは……」
「いいですから!」
二十本で満足げなアリカの顔を見て、それとは逆に青ざめた顔をしたエトワールが追加で〈合金の矢〉を三十本購入してアリカに与えた。戸惑うアリカであったが、エトワールは「お願いですから」と、まるで懇願するように彼に訴えかけたため、仕方なく受け取ることにした。
これにより、アリカの戦力は整った。
加えて地図も購入したため、目的地である基地へと目指すことが出来るだろう。
「さて、そろそろ汽車が出る時間です。行きますよ」
矢筒に入った多量の弓矢を見て満足していたアリカに対し、エトワールは言う。
何のことかわからないアリカは、首を傾げる。そんな彼のさん子を見て、エトワールは「もう、決まってるじゃないですかー!」と、やけに上機嫌な様子だった。
「アリカさんは私が護ると誓いました」
「あの、別に頼んでないんですけど……」
「しかし、私のもう一人の守るべき人は首都パラディミスにいるんです」
「あ、うん。僕の話は全く聞かないんだね……」
「ですから、アリカさん」
エトワールはアリカの肩に手を置いて、言う。
「私と一緒に、パラディミスで暮らしましょう?」
ああ、逃げた方が良かったかも。
アリカはエトワールの笑顔を見て、そう思った。




