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Paradise World ~涙を求めて~  作者: 真空
救済の剣士
15/19

星光の魔術師


 アリカがトーテルに戻って来たのには理由がある。


 彼の旅の目的は、機械の身体を捨てて人間の身体を手に入れること。

 そして、そのためには自分の権限を上げて、その情報を開示するしかない。現在Aランクのアリカが、その上のSランクに到達するためには、他のSランクの権限者からの承認が必要となる。そのため、アリカは他の基地跡にいると思われるSランクの思念器(ハート)を探しているのだ。


 レイヴンによれば、最寄りの大型基地が近くにあるらしい。

 しかし、試しに経路案内をしてみれば、青い光が指し示すのは遥か山の向こうだったのだ。疲労を感じない身体ではあるが、徒歩では限界があるとアリカは考えていた。加えて、具体的に地図を表示して場所を確認しても、レイヴンに保存されているマップデータは古代のものだ。現在と比較すれば、街道の位置や街の有無、さらには森や山の地形なども変わっているだろう。


 そのため、アリカは現在の地図と移動手段の確保が必要だと考えた。

 地図は必須にしろ、移動手段については最悪後回しでも良い。そのため、アリカは地図を売っている店を探してトーテルの街中を歩いていた。


 名も知らぬ少女の遺体からもらった外套、〈夜の帳〉によって、アリカの身体は黒いポンチョに覆われている。フードを深く被り、足元までなにひとつ肌が見えない。その怪しげな風貌により視線を集めることはあったが、彼が機人族だと看破する者はいないようだった。可能な限り他種族との戦闘を避けたいアリカにとっては、それは幸いなことだった。


 かつて歩いた街並みを思い出しつつ、アリカは駅前広場に辿り着く。

 そして、この場所で知らされた事実と、出会いと別れを思い出す。


 ほんのわずかな間だが、アリカのフレンドとなったバンジは今どこで何をしているのだろうか。出来れば、誤解を解きたいとも思った。しかし、彼の怯えようとあの別れ方、加えてこの世界における機人族の立場からしてそれは難しいとも理解していた。


「……神船(のあ)ちゃんと仁も……どうしてるかな」


 アリカ……いや、昌にはこのゲームをともに始めた二人の友人がいた。

 今となってはゲームを始めたというより、ともにこの世界を訪れたといった方が正しいかもしれない。

 

 一人は、幼馴染でもある少女、東雲(しののめ)神船だ。

 泣き虫だった昌の世話役でもあり、彼の一番の理解者と自負している彼女は、この世界のどこで何をしているのか。それがわかる手段はアリカにはない。この世界での連絡先も知らなければ、彼女の種族さえわからない。加えて、アリカもだが容姿が極端に変わっている可能性もある。街ですれ違っても気づかない可能性はあるだろう。

 しかし、判別する方法はある。

 それは彼女の名前だ。

 神船は、依然の仮想世界においても、自分のキャラクターネームを「ノア」と設定した。実名は避けた方が良いと昌が進言するが、彼女曰く「私の名前って、どう考えても日本人じゃないし大丈夫」とのことだった。それ以外にも理由がある気がするが、昌は深くは追及しなかった。

 それを考えれば、この世界においても彼女は「ノア」と名乗っている可能性が高いといえるだろう。しかし、相手の名前を確認するには、相手が自発的に名乗るかフレンドになるかしかない。この広大な世界で、ノアと名乗る少女を見つけるのは、現実的ではない。それはアリカも理解していた。


 もう一人は、腐れ縁ともいえる間からの伏見(ふしみ)仁だ。

 彼についてはアリカは全く心配していなかった。いや、心配する方が彼を信頼していないとも考えられ、むしろ「今頃、多分暴走しているんだろうな」と夢想するほどだ。それに、『売られた喧嘩は買う』が信条の男ではあるが、あれで実は冷静で計算高い一面もある。恐らくではあるが、このサバイバルにも似たような空間に適応していることだろう、とアリカは考えていた。

 仁の名前に関しては、彼の嗜好がわからないために判別は難しいだろう。前回の仮想世界では、ふざけて「シジミ」と名乗ってはいたが、同じ名前にしているかどうかはわからない。


「でもまあ……今は自分の心配もしなきゃね」


 再び、胸を張って彼らに会うためにも、早く人間の身体を手に入れる必要がある。

 駅前広場に並ぶ焦点を確認しつつ、アリカはまた街中を歩き始めた。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼ 



 アリカが立ち止まったのは、とある店の前だった。

 その店が特徴的だとか、欲しい品物があったという理由ではない。何やら店内から騒がしい声が聞こえて来たために、つい立ち止まってしまったのだ。アリカの耳には、男女の怒声と何かが落ちて散乱したような音が聞こえる。


「……関わらない方がいいよね」


 それは至極当然の判断といえる。

 そもそも、自分が機人族だとばれるわけにはいかないのだから、人との接触は最低限に抑えるべきだ。ならば、こんな面倒ごとに首を突っ込むことは避けなくてはならない。


 そう考え、店に背を向けたところで、何かが割れる音が聞こえた。

 いきなりのことにびっくりして後ろを振り返れば、店のショーケースが割れてあたりにガラス片が散乱していた。そして、そのガラス片の中心には、石畳に倒れる屈強な男性がいた。完璧に意識を失っているのか、ぴくりとも動く気配がしない。


 何があったんだ……?

 と、それもまた至極当然の疑問をアリカは抱く。

 状況だけを見れば、男がショーケースを突き破って店の外に出たということだろう。扉が見えなかったのかな? なんて冗談めいたことも考えるが、すぐにその疑問は解決された。


 割れたショーケースに足を乗せ、倒れている男を見下ろす女性がいた。

 まず目に入るのは、彼女の特徴的な出立(いでた)ちだ。

 まるで雨合羽のような黄色のローブで全身を包み、頭に被っている三角帽子も同様の色である。ショーケースの縁に乗せている足は黒い長靴で、やや彼女の足のサイズよりも大きく、合ってないようにも見える。そして、その右手には星の装飾で飾られた小さなステッキが握られていた。まるでアニメに出てくる魔法少女のような可愛らしいものだ。

 三角帽子に隠されていたその顔は、魔法少女という年齢に相応しい童顔だった。身長も考えれば、恐らく十三歳くらいだろう。タトゥーかシールかはわからないが、彼女の右目の下には黄色い星形のマークがあり、前髪も星のピンで留めているために大きい額を見せている。


 少女は、すでに男を見下ろすのではなくて見下していた。

 それは明らかに敵意を含めたものであり、この少女が男を何らかの手段で吹き飛ばして、ショーケースを割ったのだとアリカは直感で理解した。

 

「ふん。これだから、男は……」


 そう言って、彼女は右手に持ったステッキを男に向けた。

 何をするかと思いきや、彼女は魔術らしい詠唱を始めたのだ。


「キラキラの星。ピカピカの星。可愛くキュートな星さんたち……」


 詠唱……?

 と、首を傾げる内容ではあるが、彼女の声に応えるかのように、ステッキの先には黄色い光が集まる。アリカが目を凝らせば、そこには光は複数の星形の物体が形成していた。その数は、全部で三つ。それらは、仄かに発光しつつ、ステッキの中心に回転を続けている。


「あれは……?」

『警告。【星光】の魔術を感知』


 アリカの疑問に対し、外套に中に隠しているレイヴンが応えた。

 【星光】がどういったものかはアリカにはわからないが、あれが魔術だということはわかった。

 つまり、あの少女はすでに意識が無い男に対して追撃しようとしているのだ。


「それは……やりすぎじゃ……?」

『……対象の健康状態を目視により診断。複数の裂傷および火傷を確認。すでに意識は失っており、これ以上のダメージは心身に多大な影響を及ぼすものと判断されます』


 つまり、やりすぎ、ということだろう。

 悲惨な光景を目の当たりにしているが、これをアリカが止める必要はあるのだろうか。いや、そもそも彼には関わり合いが無い。倒れている男と少女だけの諍いなので、アリカが介入する必要性は皆無だ。と、機人族であるアリカは判断する。

 しかし、彼の中にいる昌という存在を考える。こういうとき、昌はどうするのだろうか。それもわかっている。泣き虫で、すぐに泣いてしまう弱い男ではあったが、こういった状況を見逃せるほど弱くは無いのだ。


 胸を張って二人に会えるように。

 それは、つまり、昌として会うということ。

 彼を、人間性を、捨てないということ。

 感情を知識だけでしか知らない人形ではあるが、行動の判断基準は実に人間じみていた。


「クルクル回ってぇ……パンって弾けろ!」


 少女が叫ぶと同時に、彼女のステッキの周りを回っていた星たちを男に向かって飛来する。螺旋の軌道を描きつつ、眼前の憎き相手を滅ぼすためにその星の光を最大限までに輝かせる。そして、星が割れて、内包する光と熱が弾けようとしたところで。


 それを霧散させる黒い残像が少女の視界に映った。

 そして、一瞬のうちに星たちをかき消したのだ。


 自分の行動に邪魔が入っただけでなく、無効化されたことに驚愕した少女は、あの黒い残像の正体を探すべく周囲を見渡す。そして、アリカと少女の目が合った。彼女の攻撃を阻害したために、アリカの左手にはレイヴン、右手には〈鴉爪(レイヴンクロウ)〉が握られていた。周囲には、アリカと少女の姿だけしか見当たらないために、言い逃れは出来ないだろう。


 少女は、今まで眼中になかった存在を見つけると、ショーケースから飛び降りてこちらに向かって歩いてくる。大きめの長靴が揺れて、歩きにくそうではあるがそれを気にしている様子は無かった。

 そして、少女がアリカの目前まで来ると、実に不愉快そうな表情で語りかけてくる。


「邪魔しないでくれませんか?」

「……やりすぎ、じゃないかな?」


 アリカの反論に、少女は「やりすぎ、ですか……」と肩を竦めた。


「いいですか? そこの男は、こともあろうかあの店の店主を脅していたんですよ? 話をよく聞けば、それも一方的ないちゃもんでしかありませんでしたし。何より、それを私が指摘したと思えば、すぐに殴りかかって来る野蛮さ。ああ、本当に、男という生物は汚らわしいです」


 些か私情が含まれているような気もしたが、アリカはそこで争いの事情を知った。少女だけの言い分を聞けば、確かに悪いのは倒れてる男だろう。


「でも……もう、あの人に意識もありませんでした。それでは正当防衛ではなくて一方的な私刑です」

「それで良いんです。世の中を良くするためには、ああいった野蛮で粗暴で馬鹿で助平な男を滅ぼす必要があるんです! これはその一歩に過ぎません!」


 現在、アリカに性別という概念は無いが、元男としてその思想は恐ろしいと思った。彼女の過去に何があったかはわからないが、あまりも独善的過ぎる。予想ではあるが、彼女とは話し合いでは解決できないだろう。そもそも、話し合いが成立するかも厳しい。だとすれば、彼女が冷静になるまで拘束しておく必要があるのだが……。


 どうしようかと模索していたところで、少女はアリカに掴みかかる。

 突然のことに動揺してとっさに腕が動くが、それを何とか留める。今のアリカが人体を本気で殴ればどうなるかは、以前の狼の一件で想像に容易い。肉は抉れ、骨は砕かれ、一撃で絶命する結果となるだろう。

 そんなアリカの内心など関係なく、少女は彼の肩を掴んで身体を揺らす。


「大体、あなた誰ですか!? 私の『スターライト・シュート』も簡単に消し飛ばしましたし、しかもそんな弓で! そもそも、顔が見えない時点で胡散臭いです! こんなフード、ええい!」

「あっ!? ちょっと!?」


 必死に自制していたところで、少女はアリカのフードを掴み上げてその顔を露わにさせる。

 その時点で、やはり関わるべきでは無かったと、アリカは後悔していた。無視して、さっさと街を出るべきだったのだ。しかし、アリカに少女を止めることはできず、彼の顔をはっきりと見られてしまう。


 機人族とばれる……!?

 と、とっさに身構えるアリカであるが、目の前の少女の様子がおかしいことに気づいた。


 目を見開いて、顔を紅潮させて、小さな手を胸元に持ってきて苦しそうに抑えている。

 アリカから一歩離れたと思いきや、すぐさまその場に座り込んで恍惚な顔を見せてくる。


 そして、一言、呟いた。


「か、可愛いです………。ハグしたいくらいに……」

 

 さようならシリアス。

 こんにちはコミカル。

 でも、また会いましょうシリアス。

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